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星の扉  作者: 斎木 涼
第二章 Labyrinth――迷路
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 その部屋では、軍支給品とは比べ物にならない程にクリアな亜空回線を確保している3Dホロが展開されていた。その中で物腰も優雅にシートへと着席している男は、ホロの中であるのにまるで実際にその場にいるかの様に見える。そしてそのホロを映し出しているのは、部屋の主の掌に収まる程度の大きさしかない亜空間送受信装置(ヴィジホン)だ。それは今、彼の背後にある簡易ディスクの上に置かれていた。

 回線が開かれた時点で、そこに誰が座っているのかを互いに知っている二人は、そのまま本題に入っている。今回はいくつかの確認と、新たに発生した報告事項のみだ。

 「……定通り、私どもの方でそちらの対処はすると言うことで、宜しいのですね?」

 『頼んだぞ』

 「お任せ下さい。私たち三人が出れば、否応なしにコロニーの警備は薄くなりますから……」

 その言葉に、悪魔的な笑顔を向けた男は簡潔に言う。

 『そうだろうな。期待している』

 二人が会話している様子は、一見和やかに見えるものの、その内容はかなり物騒だった。同僚が聞けば、間違いなく目を剥く……どころの騒ぎではなく、軍法会議をすっ飛ばして、その場で極刑が執行されてしまうだろう。

 軍のコロニー内部に向けて亜空間通信を開いているにも関わらず、これだけクリアに、そして内部の人間に気づかれると言う懸念も見せずにいるのは、この回線を開いている技術に揺るぎない自信を持っているからだ。現在の常識からは考えられないそれは、亜空間への干渉に置いて、銀河系内で彼らの右に出るものはいないと知っているからだった。

 それを得るに至ったのは、あの五年以上も前に起こった事件が原因だった。

 真っ赤に染まった艦内。鼓膜が破れようかと言う程に響くアラート。

 ヴェンツェルの幸運は、あの艦に戻っていたからと言うだけに他ならない。もし通常通り、特務の艦にいたのなら、彼は今ここにいなかっただろう。

 不幸な事故で済ますには、あまりに悪意に満ちているそれであったが、そのことが逆に彼らに幸運を与えたのだ。

 発狂しそうな空間から漸く抜け出ることが出来た時、彼らの眼前に映ったのは、そして光学レーダーが映し出したものは、あり得ない風景だった。

 あの時、艦に搭乗していた者全てが、その事実を目の当たりにした時にはもう二度と故郷へは帰れないと思ったのだ。

 見たこともない星の位置。ガス星雲。ダークマター。

 映し出された星図は、そこが自分達の知り得る銀河系でないと言うことを如実に示していた。

 ヴェンツェルが当時を振り返っていると、その心地良い声がとんでもない言葉を紡ぎだした。瞬間瞠目しそうになったが、続いて出た言葉で漸く余裕の表情を張り付かせる。

 『……なことも多々あるが、まあ、この場に二人も揃っているのは、むしろ幸運だな』

 肘を椅子で支え、その上に軽く顎を乗せた彼が、さらりとそう言ってのける。

 対してすっきりとした目元の青年は、口元に皮肉気な笑みを浮かべて目の前にあるホログラムの中で今まで話をしていた男に向かい口を開いた。

 「仰る通りです。しかし先ほどお聞きした方法は、可成り無謀かと思いますが……? 貴方らしくもないですね」

 簡潔に結論づけようとした男が、その前に耳を疑うことを言った為、ヴェンツェルはわざと溜息混じりにそう言った。

 それを聞きホロの中の人物は、口元だけを歪ませて笑みを作る。

 『そうだな。それには私も同感だ。ではヴェンツェル、君が直ぐさまアカデミーにでも赴いて、あの嘘つきな少年を連れてきてくれるかな? ああ、それと、後もう一人いたな……。そちらは今、連邦軍のお膝元だったか……。二人まとめて君が拾って来てくれるのなら、私もこんな無策で無謀で無様な真似をしなくて済むのだがね。何、ここにいる二人は、私がきちんと面倒見よう。君の大切な後輩であり、そしてこれからは私の大切な部下になる筈なのだから。ああ、どのみち、今のままではダメだったな。それを知りつつ忠告してくれるとは、ヴェンツェルも存外人が悪い』

 一つ言えば、十も百も千もの言葉が返って来ることくらい、良く解っていた。しかし解っていても言ってしまうのだ。今回もそのパターンで、なおかつ当然その言葉が肯定されることはないとも知っていても、だ。いい加減長いつき合いだから、この性格にも慣れた。長年この男の下にいると、図太くなるか精神を失調するかのどちらかであると囁かれていたのは、あながち誇張ではない。そしてヴェンツェルは、前者の方だった。

 口で勝てた試しはない。そして腕でも勝てた試しもなかった。この男と良い勝負が出来るのは、この銀河系を見渡しても、一人しかいないだろうと彼は思う。

 これ以上つつけば、全て自力でなんとかしろと言われるなと感じたヴェンツェルは、肩を竦めて降参の意を表明した。

 「口が過ぎまして、申し訳ありません、サー」

 あっさりとそう謝罪する。

 「まあ、嘘つき少年のことは、ミシェルに任せてある。これが終わり次第、合流することになっているよ」

 なら最初から言えと思うが、すぐさま気持ちを切り替えて彼は言う。

 「……では、予定地点でのご連絡、お待ち申し上げております」




 寝乱れたシーツがもぞりと動くと、金の頭が持ち上がる。

 その傍らには、銀の髪が見えた。

 「……うーーん。後、……二十時間…、か」

 すっかりと落ちた前髪を掻き上げ、ライヒアルトはデジタル表示の時計を見てそう呟いた。しっかり図太く仮眠を取っていた彼は、そのまま隣で未だ眠っている恋人を起こさない様にそっと起きあがった。

 寝れる時にはきっちり寝て、食える時にきっちり食っておく、これが基本だろうとばかりに、二人はふてぶてしくもこれからに備えて休息を取っていた。

 互いの部屋に偽装を施し、且つ通常であれば二人が大抵揃っていることは当たり前の認識となっていることもあり、何か不測の事態があったとしても対応できる様、そのまま二人揃っているのだ。

 まあ、その眠っている当人であるシェスティンは、通常であればなかなか起きる筈もないのだが。

 シェスティンは可成り寝起きが悪い。ちなみに寝付きも悪い。

 当たり前だがスクランブルでもかかろうものなら、起きるのは起きる。が、しかし、考えたくはない程に、機嫌が最低最悪の状態だ。ライヒアルトですら、びびりまくってしまうのだから、他の人間は言わずもながである。

 慎重にベッドから降りると、そのまま簡易キッチンへと向かおうとした。ふとした気配に振り返ると、シェスティンがもぞもぞと動いているのが解る。

 どうやら起こした様だ。

 寝起きはさぞかし機嫌が悪かろうと思い、恐る恐る様子を伺いつつ小さな声で呼びかける。

 「シェス…。起きちゃった?」

 ゾンビの断末魔の様な声が応えると思いきや、地を這うナメクジ程度で済んだ声が聞こえる。

 「……起きた」

 ベッドに戻り、半分だけシーツから覗かせている顔を見て、額にキスをする。

 「飲む?」

 「………何を?」

 声はマシでも、頭は起きていない様だ。

 「オレは寝起きのコーヒー。あんたはやっぱり紅茶のが良い?」

 何でも良いと言う風に顎であちら側を指し、ベッドにぐったりと張り付いている。

 オーケーィと陽気に返し、お気楽に鼻歌なんぞを奏でつつ、ライヒアルトは一旦行こうとした道にと戻った。

 軍隊に入っても、ティーパックはイヤだと言うシェスティンの為、何時も好んで飲むカンヤムのセカンドフラッシュを取り出す。紅茶のシャンパンとも言われるそれはお伽噺の国と呼ばれるオールドテラ産で、今や手に入れること自体が難しいのに、ライヒアルトは何処からともなく手に入れてくるのだ。

 機嫌良く、そして手際良く、二人分のそれをいれていると、背後から掠れ気味の声がする。

 「お前……暢気だな」

 「あーー?? ……ああ、まあ、シェスティンが着いてきてくれるって言ったから」

 首だけシェスティンの方を向いて言うライヒアルトは、上機嫌なライオンの様に笑う。

 あれだけ悲壮感漂っていたのに、シェスティンが一緒に付いてきてくれると言っただけで、こんなにも気持ちが楽になる。単純な自分に苦笑しつつも、まあ良いかと思った。

 呆れた様な溜息を聞いても、気にもならない。

 頃合いを見計らって、互いのカップに注ぎ入れると、大股に歩いてベッドに懐いているシェスティンの方へとやって来た。

 「ほら」

 「う………ん」

 ゆっくり起きあがると、ヘッドボードにもたれ掛かるとライヒアルトからカップを受け取り一口飲んだ。

 寝起きで呆けまくっている、日頃より大層おとなしい女王様を見つつ、ライヒアルトは自分もまたコーヒーを口に運ぶ。

 一口紅茶を飲む度に、徐々に覚醒していくシェスティンは、ぎろりとライヒアルトを睨み付け言った。

 「なんだ、その変態な目つきはっ」

 「これは生まれつき」

 ふふっと笑うと、垂れ目がちな紫の瞳が更にスケベそうに垂れた。

 すっかりシェスティンの眠気は飛んだ様だ。完全にテンションが何時も通りになっている。ぶりぶりと怒る彼女を見て可愛いと思うのは、銀河広しと言えどもライヒアルトくらいのものだろう。普通ならシェスティンの一睨みで、誰もが硬直してしまうのだから。

 唇を歪ませて笑みを作る。

 大してない距離を更に縮め、カップを置くとベッドに座って身体を擦り寄せた。

 「寄るなっ! このケダモノっ!!」

 ぐーで殴りかかられたが、抜群の反射神経でそれを躱すと逆に右手首をつかみ取る。

 「離せっ、この馬鹿! 変態っ!!」

 「変態大いに結構だね。あんたの前じゃ、ケダモノにも変態にもなるって」

 単純な力比べなら、ライヒアルトの方に軍配は上がる。

 取り敢えずしっかり寝て元気になったし、別の補給がしたい。

 「シェスって、ある意味天然だわ。オレのドSスイッチ入っちゃったし」

 にやにやと笑いを顔に張りつかせ、ライヒアルトはシェスティンを抱き寄せると天性のタラシな声で囁いた。

 「イタダキマス」

 返って来る筈の怒鳴り声は、ライヒアルトの唇で吸い取られた。

多分何時もの半分くらい……かな?

そして恐らく全体の半分くらい来てる筈。

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