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星の扉  作者: 斎木 涼
第一章 Begining――発端
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 癖のある栗色の髪を肩に掛かる辺りで一纏めにしている、まだ少年の域を出ない様に見える彼は、新緑の瞳を困惑の色を潜ませ、そのメールを凝視していた。

 「どうして……?」

 その身には、学術都市アンカブレイルで通称アカデミーと呼ばれる学園の制服を纏っている。

 ファンタジーの世界での魔術師が着るローブの様なものを羽織り、中身はスタンダードなベスト、シャツ、ズボンで、襟元には 輝石で止めるタイプのループタイが掛けられていた。ローブやベスト、ズボンと輝石は叡智を示すと言うフォレストグリーンで統一されている。

 彼の名は、アレーシャ・カラシン。

 テラノーツのノーマルの身でありながら、その頭脳、身体能力はリヴァーシアンにも引けを取らぬと言われた、まだ少年の面影を僅かに残している男だった。

 それ故、軍から是非にと声がかかるも、全くその方面に興味がなかった為、本人の元よりの希望で、この学術都市にて研究することを選んだのがアレーシャである。

 その際、さんざっぱら勿体ないだの馬鹿だの言われたが、常時マイペースなアレーシャには耳元で戦ぐ風程の価値すらもなかった。

 そのアレーシャの心が、これ以上なく乱れている。

 自分はノーマルのテラノーツの筈なのに……、そんな思いが彼の脳裏を駆け巡った。

 確かにアレーシャは、ノーマルの中でもリヴァーシアンに匹敵する能力を持っている希少な一人だ。だからと言ってリヴァーシアンが持つ『T Not's』がある訳ではない。

 アレーシャの元に届いたのは、一般的には知られていなくとも、情報に聡い者達であれば常識となっているこのプロジェクトへの召喚命令の様なものだった。

 アレーシャは、ノーマルだ。これはリヴァーシアンにのみ届く筈。

 なのに何故?

 彼の思考にあるのは、ただそれだけ。

 それに呼ばれたが最後、後の消息は知れなくなると言うプロジェクトに声がかかって、何処の誰が心穏やかでいられるのだろうか。

 それでもアレーシャはアレーシャだ。恐らくこれを見た誰よりも早く、その状態から脱することが出来た。

 暫くの自失の後、瞬き一つ。

 彼の瞳から冷静さが戻ったことが解る。

 再度来たメールをじっくりと読み直し、そこに疑問を見つけた。

 「……? Z?」

 末尾に付けられた記号に、眉を顰める。

 通常のものとはどう違うのだろうか。

 この都市に住まう研究者として生きている者なら、誰だって銀河連邦のプロジェクト体系程度は理解していて当たり前だ。むしろもっと突っ込んだ内容にまで、精通している者だってごまんといた。常に最新の情報を収集していなければ、ここでは生き残れない。

 ただこのプロジェクトに関してだけは、なかなかその扉をこじ開けることが出来ないのだ。

 自分の知り得ているものの中でも、こう言った末尾に記号を持つものはない。

 派生なのかもしれないと思いつつ、派生なら派生で、別にナンバリングされるのが普通だ。けれどあまりに密接に関係している内容だったらどうなのだろうか、そんな風に考えてみる。

 「ダメだな」

 自分の専門は『亜空間接続におけるニューラルネットワーク限界』についてだ。

 このリヴァーシアン専門のプロジェクトとは何の関係もない。召喚される理由としては全く関係がなく、派生と考えられる何かに結びつくものも考えつかない。

 ただ。

 召喚される理由が彼の研究ではなく、彼自身にあるとすれば……。

 「リヴァーシアンでないのに、それに劣らない能力値……かな」

 自分のことを傲っている訳ではない。ただ比較対照としての自分なら、Zと言うコードは逆にそう言ったリヴァーシアン以外の者を研究する為のプロジェクトとして起こった物と考えられなくもない。

 「それでも、可笑しい……」

 だが悩んでいても仕方がないことは事実だ。

 アレーシャには、それに応ずるつもりがない。いや、つもりどころか、全くない。

 しかしここにこのままのほほんとしていれば、間違いなく追い立てられることになるのは、想像に難くなかった。

 「ここ、結構良かったのになぁ……」

 心底残念そうに言う彼は、つい今し方まで動揺していた人物には見えなかった。

 このアカデミーは、アンカブレイルの中でも最高峰だ。結構良いどころか、誰もが羨む様な環境であることは間違いがない。

 それを捨てることになるのかと思うと、アレーシャの中にふつふつと怒りが沸いてきた。

 温厚の極みとも言える彼だが、唯一怒ることがあるとすれば、自身の趣味の邪魔をされることだ。そして彼の研究は、彼自身の趣味の延長と言っても過言ではなかった。

 「このままじゃ、絶対済まさないからね」

 無表情に怒るアレーシャは、ここに紹介状を書いてくれた人物のことを思い浮かべる。

 このまま何も言わずに消息を絶つなどは出来ない。少なくとも、ここへと居場所を作ってくれた人には、きちんと謝罪を述べなくてはならないと思っている。本来ならば、直接会って詫びたいのだが、今はそれも厳しい状態であることを、アレーシャは理解していた。

 溜息一つ、彼は連絡を取るべく動き始めた。





 晴天の霹靂。

 まさにその言葉が、彼の元へとのし掛かって来た。

 何時もの様に喧嘩して、シェスティンがブチ切れてと言ったルーティンワークが起こって然程時間も経たない内に、この展開はないだろう。

 ライヒアルトは頭を抱えたくなった。

 その時々に程度の差はあれど、全て世は事もなし的な日々を送っていた筈だった。

 例え辺境で戦禍が見舞っていようと、そしてその戦禍へと身を投じることとなっていても、彼には全く平時と変わりないレベルである。

 だがしかし。

 通常の皮肉な色を見せている濃い菫色の瞳が、現在はあまり見ることのない真剣な色を見せていた。

 日に良く焼けた褐色の肌には、心なしか汗が浮いている様だ。

 「マジかよ……」

 その参画依頼と言う名の強制召喚メールを確認し、ライヒアルトは呆然とそう呟く。

 彼が呆然としていたのは、時間としてそう長いものではなかった。

 シェスティンの怒りが収まるまでの暇つぶし程度、そして待機中とは言え、何らかの連絡でも来ているかもしれないと思い、メールチェックをしようとしてそれを見つけたのだ。

 彼の所へ来ているなら、同じくシェスティンにも恐らく、いや間違いなく来ている筈だと、論理的思考とはほど遠い確信を持って、シェスティンの端末も既に知り得ているパスワードを入力して起動させた。

 果たして。

 当然の様に、彼女の元にも彼と同じメールが到着していた。

 内容は簡単だ。

 『通達:ライヒアルト・フィッシャー・ディースカウ。銀河連邦政府合同プロジェクト、A72-Zへの参画を命ず。銀河系統一時刻0四五五・0七・一一・0八00、統括本部直轄技官の招聘に応ざれたし』

 「……ん?」

 ライヒアルトは、再度見直して目を眇めた。

 「Z?」

 A72とは、即ちレベルAの七十二番目に立ち上げられたプロジェクトと言う意味だ。だが、その最後にある『Z』とはなんだろう。

 現在公表されている中で、最重要に位置づけされるのがレベルA。

 このプロジェクトは、リヴァーシアン達の特殊遺伝子『T Not's』の解明をその目的としている。

 この時代、遺伝子操作の技術も発達し、人道的見地という建前から禁止されてはいるものの、人クローンなどは造作もなく作り出す事が出来る様になっている。ただ、人為的にリヴァーシアンを作り出すことは、どうやっても可能にはならなかった。

 テラノーツだけでなく他種族であっても、『T Not's遺伝子』を絡めようとすると様々な異常を見せるのだ。

 気難しいと言うレベルではない話だが、そんな存在を研究しているのがA72と言うプロジェクトである。

 「あれだったら、Zとかついてなかったよな……」

 材料もないのに、ここで深く考えても始まらない。

 A72と頭についているからには、それに関する内容であるのは間違いないと思えるからだ。

 この銀河系の何処に行っても見る事が出来る程、移住した星に真っ先に馴染むと言う特性や、発祥の地であるオールドテラが現在銀河連邦の保護特区になっていると言うことくらいで、大した特徴も持たぬテラノーツからいきなり抜きん出た新種族が誕生したと言うことに、今を生きる人々は目の色を変え、躍起になってその秘密を知ろうと画策した。それが高じて、A72が発動することになった訳だが、まことしやかに伝え聞こえてくるプロジェクト内容があまりに酷く、リヴァーシアン達はこの召喚メールが自らの元へと届くかもしれないと、日々戦々恐々していたのだ。

 まともな神経を持つ人間ならば、到底看過することの出来ない、言わば人体実験と同義なその内容は、当然の様にライヒアルトの耳にも届いている。

 だからこそ、彼は動く必要があった。

 「このままのほほんカマして、言いなりになるつもりなんかないからな」

 噛み締めた唇の端が、ほんの僅かにつり上がった。




 視界には、美しい星の海が見えた。

 ここはリフレッシュルームとして使用されることもある、コロニーの第二展望台だった。

 このコロニーは、テラノーツの祖先が住んでいたオールドテラより、バルジ地帯を挟んで向かい、銀経90度以内の第一象限にある。

 第一象限とは、この銀河系を大まかに四つの地域に分ける時に表される言葉だ。

 その分割方法だが、銀河系中心にあるバルジから北極方向へ正面に立ち、四等分する。銀経0度から左回りの銀経90度、バジル左上方向にあるのが第一象限、そこから反時計回りに銀経180度までを第二象限、銀経270度までを第三象限、銀経360度、すなわち銀経0度までを第四象限と区分けされていた。

 ちなみにオールドテラは、第二象限と第三象限の狭間に存在することになる。

 このコロニーからでは、当たり前だが欠片すらも見えなかった。

 現在ここで大層不機嫌な顔をしているのは、先程ライヒアルトと馬鹿馬鹿しい喧嘩をしてぶち切れて出てきていたシャスティンだった。

 銀河連邦軍第七艦隊所属のパイロットであり、エースの証でもあるクリムゾンレッドの制服は、その濃紺の宙の中でも良く映える。

 銀河連邦軍は、制服を色で区分けしている。

 通常一般兵は須くアーミーグリーンであるが、戦闘部署のトップはクリムゾンレッド、情報部署のトップはロイヤルブルー、技術系部署のトップはオフホワイト、そして通常人目に晒されないとある部署はグラファイトと言った具合に。

 目の覚める様な銀髪はそのクリムゾンレッドの軍服を滑り落ち、きつい色を見せる蒼瞳は眼前の星の海をまるで親の敵の様に睨み付けている。雪の様に白い肌が、僅かばかり紅潮している様にも見えた。

 勿論、その理由が、先にある物好き達が違法に住まいしている小惑星群が存在しているからな訳がない。

 「くそっ」

 まるで童話の中のお姫様の様な容貌であるが、口から飛び出た言葉は大層品がなかった。

 先程のことにまだ怒っているのかと言えば、実はそうではない。

 彼女が最も怒り心頭来ているのが、大変我が儘な話だが、何時もならば追いかけて来る筈のライヒアルトが、未だその気配を見せないと言うことである。

 話を聞けば、他人であるなら馬鹿馬鹿しい事この上ないが、彼女にとっては重要なことだった。

 「追いかけても来ないっ……」

 そんな気すらなくしたのかと、彼女の眉間に皺が寄った。

 見た目だけなら最高級な氷のビスクドール。けれどその内面は大層苛烈で熱かった。

 彼女の視線一つに怯える者は、所属艦隊のみに及ばず、軍全体へと広げたとしても少なくはない。銀河連邦軍は、多種多様な人種が揃っている組織だ。その中には、生まれながらの戦闘種族と呼ばれる種族も数多い。そんな種族ですら、全く別のところでシェスティンには潜在的な恐怖を覚えていた。

 平時の気性は元より、戦闘時においてはその気性が更に激しい。

 無能は消えろとばかりに、その言動には容赦がなく、非情とも言えるだろう。作戦成功の為には、可成りの無茶を平然と行い、どれだけ周囲が戦こうともその表情をぴくりとも動かすことはなかった。そして、無茶だと思っているのは、シェスティン以外のその他大勢で、彼女からしてみれば勝算があるからこそやっているのだ。勿論、前にはきちんとその旨を僚機には打電済み。これで何の問題があるのかと、彼女は真面目に思っている。

 ちなみに彼女の勝算の元となっている一つには、ライヒアルトのフォローが組み込まれている。あって当たり前、私の三歩後からついておいでとばかりな様子は、まるで女王様と下僕の関係である。

 シェスティンが寄越したそれを確認すると、ライヒアルトは『またかっ!』と叫ぶが叫ぶが早いか、即座に僚機を演算した回避コースへ誘導し、彼女のバックアップを繰り返すのが常だ。下手を打てば、宇宙の藻屑へ直行コースを開きかねないことから、密かに彼女は『味方殺し』と囁かれている。当たり前ながら、味方が巻き添えを喰って退役したり、医務室へ直行したことなど一度もないが。

 とまれ。

 「くそっ!!」

 彼女が再度お下品に罵りつつも壁を蹴ったところで、ピアスにもなっている携帯端末から呼び出し音が聞こえた。タップして正面に彼女にしか見えないホロディスプレイを表示させ、呼び出し元のIDナンバーを確認すると、それはライヒアルトであった。

 「この私を呼びつける気か!!」

 そんな訳がない。

 だが、人とは、思考の基準がどうにも自分になってしまうきらいがある。

 彼女がライヒアルトを呼びつける時には、必ずコール音を鳴らせることから、ライヒアルトが自分を呼びつけようとしていると思い込んだのだ。

 更に激怒したシェスティンは、気に障るコール音をとっととオフにしてしまった。

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