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星の扉  作者: 斎木 涼
第四章 Innovator――そして船は大海を征く
16/16

 「さぁて、これからは楽しい旅になるわよぉ」

 心底楽しそうに言うミシェルに、アレーシャが首を傾げた。

 「旅……?」

 「このままここに浮かんでる訳にもいかないでしょ?」

 口元に笑みを浮かべたセイが、そう返す。

 ひっそり……はしてはいないが、沈黙したままのヨウもまた、同じく頷いた。

 確かにその通りだ。

 何時までもここでぐずぐずしていたのでは、その内網に引っかかることは間違いがないだろう。

 だが何処へ?

 「今じゃあ、御伽の国って言われてる、オールドテラよ」

 それが顔に出ていたのだろう。ミシェルはアレーシャの表情を読むのが上手い。

 まあ、もっとも、この状況で出る疑問と言えば、それしかないのだろうことは確かだが。

 「あそこは規制がある筈では?」

 現在、オールドテラは保護特区となっている。

 余程のことがなければ入国出来ない筈だ。

 観光目的の人間が行けるのも、その一番外側の氷に覆われた第十一番惑星まで。

 内部へは到底入れるものではない。

 「それがねぇ、入れちゃうのよねぇ」

 「?」

 「自分の実家に帰るのに、何で規制されにゃならねぇんだ」

 憮然とした様子で、セイが腕組みしつつそう答えた。

 「………。――ええっ?!」

 通常であればあまり大きく動くことのないアレーシャの顔が、驚愕に染まった。

 そう。ある意味盲点なのだが、御伽の国と呼ばれるそこにも、当たり前の様に人は住んでおり、彼らがそこへGO HOMEするのを遮ることは出来ないのだ。

 当初、保護特区とすることが決定した際――そもそも保護特区が決定したのが先だったのか、事が起こったのが先立ったのかを知る者はほぼいないが――、そこに住まう人間を当たり前の様に強制退去をさせようとしたのだが、それは叶わなかった。その詳細は明かされていない。どう見ても、何か連邦に都合の悪いことがあるのだと、ギャラクシー・コム・ネットで喧伝しているのと同義である。それでも連邦は口を貝の様に噤んだままだ。

 「セイちゃんはね、こう見えても坊主なのよぉ」

 「坊主とは何ですか?」

 「あぁーん、そうねぇ……。ルイーズ・ステラの聖職者みたいなもんね」

 全く邪気なく言うミシェルのそれは、当たり前ながらルイーズ・ステラのことを知っている者からすれば、怒髪ものの言い草である。

 「このクソアマっ! なんてこと言いやがるっ! てめぇの垂れ流しポエムより、タチ悪ぃわっ!!」

 「えぇぇぇーー。セイちゃん酷ぉい」

 ちなみにマジでミシェルに悪気はない。全く、ホントにミジンコ程にも。

 「今のはどう聞いても、ミシェルが酷い」

 「ヨウちゃんも酷ぉい」

 賑やかすぎる。とてもではないが、アレーシャは自身の身に起こったことを真面目に振り返る気にはなれない。

 「あー、もうっ。取り敢えず、俺んちはオールドテラが地球って呼ばれてる頃から続く、寺……、あーと、なんて言えば良いんだ」

 セイはそう言うと頭を抱える。

 今日、あまりに多数の種族が存在する為、銀河連邦で大多数の人間が信仰している宗教はない。個々の種族でそれぞれ違う為、どれを例に出して良いのか解らないのだ。

 そもそも信奉している宗教がない者も、可成り存在する。

 アレーシャは元々テラノーツだから、知っていても可笑しくはない。だが、アレーシャはやはりアレーシャとも言うべきで、自身の興味の範囲外のことに関してはどうでも良い。つまりはそう言うことだ。

 「取り敢えず、地球から昔からある宗教で仏教ってのを信奉してる家系で、そいつらの墓を預かったり宗教行事、仏事ってんだが、それを中心になって行う家なんだよ。これについては、OK?」

 説明が正しいかどうかなど、さっぱり解らない。もっと良い説明があれば、自分が聞きたい。何となく感覚で掴んでくれと言う雰囲気が、セイからは漂っている。

 「一応は」

 アレーシャが例えはともかくとして、聖職者と言う言葉から一応の理解を示した。

 悲しい事実だが、セイの説明はあまり役に立たなかったらしい。本人が解らなくて幸いだろう。

 「まあ、そう言う訳で、実家がそこにあるのよ。ほっとんど帰らねぇんだけどな」

 「流石にねぇ、実家のある人間を差し止める訳にも行かないのよねぇ」

 「あいつら馬鹿だが、そこら辺は流石に弁えただろうしな」

 恐らく保護特区となった際に起こった話を言っているのだろうが、聞いても間違いなく教えてくれないのだろう。アレーシャはそこの住人ではないのだから。

 ともあれ、行く先は理解した。

 アレーシャは少し気分が高揚する。

 まさかオールドテラへと行くことになるとは思わなかった。こうして伝手でもない限り、あそこには通常行けないのだ。

 自分の興味の対象ではなかったから、あまり良くは覚えていない。既に遡れない程昔には、自身の一族もそこにいた筈。ある意味ルーツとも呼べる場所なのだ。浮かれない訳がなかった。

 その顔色を読んだのだろう。ミシェルが柔らかな笑みを浮かべ彼に告げる。

 「そこであーちゃんの疑問は、色々解消してあげるわね」




 落としたのがヴァレンティーンでなければ、恐らく一笑に付することだろう。

 リヴァーシアンについての謎が全て解明されていないのに、実は公表されていないがと前置きされても、当たり前だろうと思うからだ。

 だがまさかこの男は、銀河系で躍起になって調査しているこの秘密を、もう既に知り得ているのだろうか。

 「リヴァーシアンを、リヴァーシアンたらしめているのは、特殊遺伝子である『T Not's』が、常に他の遺伝子に介入し続けているからだ」

 『T Not's』遺伝子は、ヴァレンティーンの言う通り、特殊遺伝子と呼ばれるもので、その遺伝子が他の遺伝子に作用し、更に変質させている。ただどんな法則を以てそれを行っているかと言うことが解らない。そう言われていた。

 「先ほどリヴァーシアンは、マシンシステムとリンクすることが出来ると言った。しかし何故それが出来るのか。考えてみたことはあるか?」

 「何故と言われても……」

 「お前らも、あの馬鹿共と同じか? ライヒアルト、シェスティン」

 「何ぃっ!!」

 せっかく押さえていたシェスティンの感情がまた、挑発しているヴェンツェルに向かって爆発しそうになる。ライヒアルト自身だとて、今の言い様には可成りムカついた。

 別に自分のことを温厚だと言うつもりなど全くないが、こうしてシェスティンの沸点の方が低い為、彼女の方が早く言動に出るから、必然的に自分も同じ様にぶち切れると言う訳にいかないだけだ。取り敢えず間一髪、ヴェンツェルの顔をシェスティンの拳から救っておいて、険のある眼差しで彼を睨め付けた。

 「離せっ、アルトッ!!」

 「お前はじゃあ、自力でその結論に辿り着いたのか? ええ? ヴェンツェル」

 離せと言われて離すのなら、最初から止めない。ライヒアルトはシェスティンの腕を掴んだままそう言い放つと、今度はヴェンツェルが渋い顔をした。

 剣呑な雰囲気を漂わせている三人を咎めるでもなく、ヴァレンティーンは面白そうに見つめている。それに気付いた三人は、三者三様のリアクションで我を引っ込め謝罪した。

 「もう良いかね?」

 ばつの悪い顔をするシェスティンと対照的に、ヴェンツェルとライヒアルトはしれっとした表情を貼り付け頷く。

 「失礼いたしました」

 全く悪いとも思っていないのがありありと解るライヒアルトとは対照に、シェスティンはバツの悪さに微かに頬を赤らめている。それに面白くなさげにライヒアルトがムッとしてしまうのは、ほぼ条件反射と言えるだろう。

 「リヴァーシアンをリヴァーシアンとなさしめる『T Not's』。そしてその変異を持つ遺伝子には、実はヘイフリック限界はほぼ存在しない上、遺伝子エラーは起こらないばかりか修復されると言う特性がある。これは軍や議会が隠していることだがね」

 「まさかそんな……っ」

 これにはライヒアルトも流石に驚きを隠せず、思わず言葉が漏れてしまう。同時にシェスティンは言葉をなくした。けれどヴァレンティーンは、二人の驚愕にも頓着せず、そのまま続ける。

 「しかし人為的にその変異を起こした場合、限界値は通常よりも低くなり、確実に遺伝子エラーを起こしてしまう。……これらがどう言うことか、君たちには解るね?」

 「しかし……。私達は……、いえ、リヴァーシアン達は成長しています。このことは、ある意味そのことを否定しているのではありませんか?」

 漸く反論の糸口を見つけたシェスティンは、そう言ってヴァレンティーンに問うた。

 そもそも細胞とは、分裂することにより個体の成長、そして生命を維持している。そしてまた、細胞分裂の能力の多くは、永久に続くことはない。例えば人の場合、五十回ほど分裂すると限界が訪れ、分裂する能力をなくしてしまう。これをヘイフリック限界と呼ぶ。

 更に完全ではないまでも、ヘイフリック限界をなくす方法としてテロメラーゼを使用すると言うことが、既に遙か昔に確認されてはいる。けれどそれも完璧な技術を確立するには至らなかった。

 そのヘイフリック限界が存在しないと言うことは、つまりのところ無限に細胞分裂が起こし続ける為に老化しないと言うことだ。そして老死や病死と言う概念もまた、存在しなくなる。更に、エラー修復が速ければ、それ以外の死も遠ざける可能性があるのかもしれない。

 逆に言えば、シェスティンの言う通り、成長しないとも言えた。

 だがリヴァーシアンは、ノーマルと同じく日々成長しているのだ。

 「君達は、リヴァーシアンで年老いている者達を、見たことがあるかね?」

 「それは勿論っ、……?!」

 『ある』と答えようとして、シェスティンの声が小さくなった。

 リヴァーシアンと言う存在が確認されて数百年、……正確には三百八十七年が経つ。最初に認められたリヴァーシアンは、その存在を快く思わなかった者達に暗殺された。

 二人がよくよく思い起こしてみると、この宇宙で名の知られているリヴァーシアンは、不慮の事故にて亡くなっていることが多い。それもまだ壮年の域の内に。

 軍に入っている者がその筆頭になるのは、いかなリヴァーシアンでも状況と確率の問題で当然と言えば言える。また軍籍になくとも、研究者として生きているリヴァーシアン達も、遺跡の調査で行方不明だの、調査中の事故にあったのだので死亡している者が殆どだ。生存している者達は、まだ死に至るには早い年齢であった。リヴァーシアンだから、か弱いノーマル達が行けない危険な場所へと行く率が多く、逆にそのことを優越感に変える者も多かった。

 いくら頑健頑丈であったとしても、頭を潰されたり真っ二つに切断されたり、または空気のない場所や耐性のない毒物が充満した場所へ行けば、勿論死ぬ。

 だから軍籍、研究者など種類に限らず、行く先に危険が多い場所での死亡率は高くて当たり前で、疑問など挟む余地がない。言うまでもない話だが、そうやって死亡するのは、リヴァーシアンだけでなく、ノーマルや、リヴァーシアンよりも生命力のある種族も等しく死亡している。……筈だ。

 では普通の生活をしているリヴァーシアンで、年老いた者とあったことがあるかと問われれば、彼らにはないと答えるしかなかった。リヴァーシアンが平凡な人生を送ることは数少なく、更に彼らの周りに『一般人』はいなかったのだ。

 その数少ない人々の人生を追ってみることなど、やってみたこともなければ考えたこともなかった。

 そして二人は戦慄した。

 身近な存在である、自身の身内、祖父や祖母、曾祖父曾祖母。当然彼らにも兄弟姉妹はいる。そしてそこから更に系譜は続いているのだ。

 勿論『T Not's』遺伝子を持っていない者もいた。

 だが持っていた者も大勢いるのだ。

 彼らは確かに、全ての者達が墓にいる訳ではない。

 では何処へ――?

 改めて思い出してみると、己の迂闊さに呆然とした。

 そもそも、何故それを考えることをしなかったのだろう。

「理解したかね?」

 ヴァレンティーンの言葉が、じわじわと身に染みる。

 生まれ落ち月日を経て、そして変わらずいる人間が、何時までも社会に溶け込める訳もない。そう、彼らは消えるしかないのだ。元より寿命が長い種族であればいざ知らず、テラノーツの平均寿命は、昔に比べて延びたとは言え、せいぜい百五十年と言ったところである。

 そしてその『死亡した』者達の中に、今では自分達も入っている。

 事情は彼らと違うとは言え、このまま生存していると知られる訳にはいかなかったと言う理由では同じだ。

 そしてまた、軍や議会はそのことを感づいたからこそ、恐らくはA72が発令されたのだろう。

 「まさか、A72とは、今まで消えたリヴァーシアン達が……」

 「どうだろうねぇ。流石の私も、全てを知り得る立場にはいないのだよ」

 YESともNOとも答えない。悟らせない笑みを浮かべたヴァレンティーンは、ゆっくりと二人を見つめた。

 またこのことが今はまだ秘密にされていることも、納得出来る。こんなことが公になれば、間違いなくリヴァーシアンの居場所は銀河系の何処を探してもなくなるのだ。

 『T Not's』から与えられる秘密を未だ解明していないにも関わらず、リヴァーシアンの存在さえ手に入れれば自分達にその利益が与えられると錯覚した者達の手により、彼らリヴァーシアンは狩られてしまう。昔からイヤになるほど繰り返された話だ。

 恐らく、彼らの親もまた、この秘密を知っているに違いない。なのにいわば当事者でもある自分達に何も言わなかったのは、一体どう言うつもりだったのだろうか。

 「……ったく、あんなに必死になって、リヴァーシアンをモルモットにしてたのは、この所為かよ…」

 小さく呟いたライヒアルトの声は、シェスティンだけでなくヴェンツェルやヴァレンティーンにも聞こえていた様だ。

 確かに人類の永久(とわ)なる願望とも言える不老や不死は魅力的なもので、隠す理由には十分になる。

 けれど今ヴァレンティーンが言おうとしているのは、恐らくそれだけではない。ただ単に、リヴァーシアンを狩ると言うだけの話であれば、このことだけでも十分すぎるだろうが、それでは先ほどのヴァレンティーンの話とは繋がらなかった。

 「だが君達も察しているとは思うが、これだけではないのだよ。

 『T Not's』遺伝子は、有機体であるリヴァーシアンのヘイフリック限界をなくすと言う属性を与えることに加え、マシンシステムとニューロリンクすることに依って、無機体の限界値までリミッターのカットを行う。これを繰り返し行い、マスターと幾度となく邂逅を行いその情報を取り込むことで、無機体を限りなく有機体に近い存在へと変化させる。

 それを可能としているのが、本来のXシリーズとなる訳だ。

 だがしかし、現在完成したとされている銀河連邦建造のXシリーズには、それがない。彼らの論理では、可能である……と言うことになっているがね」

 一気にそこまで言い切ったヴァレンティーンは、一旦言葉を止めた。

 彼の口にした言葉の意味を、何処まで理解できているかを確認している教授の様だ。

 そして勿論、彼ら二人はそれの指すところは何であるかが理解出来る。

 これはヴァレンティーン側の切り(ジョーカー)の一つだ。

 何を話せば良いのか、考えれば良いのか、ある種思考停止状態に陥りそうな二人だったが、そこへヴァレンティーンへとブリッジからコールが入った。

 「少し待っていてくれないか。五分程で戻ってこよう」

 二人の返事を待つことなく、ヴェンツェルを残して彼はブリッジへと戻っていった。




 「イグナーツ。繋げ」

 隣り合わせになっているそこから出てきたヴァレンティーンは、キャプテンシートへ身を沈めつつ指示をした。

 軽く頷いた艦長が、通信士へと更に指示を出す。

 僅かなタイムラグもなく、ブリッジの大画面に美貌の女性が現れた。

 ただし、緊張感をぶち壊して。

 「こぉーんにぃちはぁーー」

 満面の笑みを浮かべて手を振り浮きに浮きまくっている彼女に、恐ろしいことだが誰も突っ込まなかった。

 ――慣れていたからだ。

 「ミシェル、首尾は如何かね?」

 完全にスルーしたヴァレンティーンは、にこやかな笑みを浮かべてそう聞いた。

 「ヴァルちゃんの鉄面皮ぶりってステキねぇ」

 語尾にハートマークが付きそうなのは、別に嫌味を言っているからではなく、本当に本気でそう思っているからだと、それなりの付き合いがあるブリッジクルーは知っていた。そして対応する彼らのキャプテンが、次どう言った行動を取るかも。

 「それはどうもありがとう」

 ちらりとイグナーツが隣に鎮座するヴァレンティーンへと視線をやるが、当然の様に彼は完璧な笑みを貼り付けたままだった。

 「あ、そうそう、あーちゃんのことよね。勿論ちゃんと保護して来てるわよぉ」

 「それは重畳」

 ちなみに笑顔の深みは全く変化していない。当然だろうとヴァレンティーンは考えているし、ミシェルもまた当たり前だとばかりににこりと笑う。

 ミシェルがアレーシャの元へと迎えに赴いたのは、ヴァレンティーンから依頼されたからである。勿論、状況を知っていたのなら、彼が言わなくとも愛弟子へと手を差し伸べたのは間違いがない。ただ今回に至っては、ヴァレンティーンの方へ早くに情報が入ったまでだ。

 「流石に疲れちゃったみたいで、今お休みなんだけどもね。取り敢えず、合流はオールドテラで良いのよね?」

 「ああ、変わりはない」

 「りょーかい。あ、あーちゃんが欲しかったら、ちゃぁーんとヴァルちゃんがお話するのよぉ? あたくし、邪魔はしないけど、手伝いもしないからねぇ」

 笑顔を浮かべたままの彼女だが、はっきりとそう言い切った。

 冷たい訳ではない。

 彼女自身、可愛いアレーシャを助けるのは当たり前だが、その後どうしたいのかを決めるのは自分ではなくアレーシャであると考えているからだ。

 ヴァレンティーンの話を聞き、彼と共に生きたいと言うならば喜んで送り出す、勿論自分の元へと残りたいと言えば、それもまた喜んで迎える。どちらも嫌だと言うなら、それもまた良し。自分の手助けが欲しいなら、いくらでも助けようし、いらないと言うのであったとしても、笑って見送るつもりなのだ。

 「解っているよ。そちらはまた面識を得てからの話だ。とにかく、彼を連れてきてくれたことに感謝する」

 「良いのよぉー。あーちゃんのこと教えてくれてありがとねぇ。あたくしも助かっちゃったわ。じゃあ、今度はオールドテラでね」

 ばいばぁーいと言って手を振りつつ、終始笑顔のままでモニタから彼女の姿は消えた。




 五分と言う時間が与えられたものの、二人には有難くも何ともなかった。

 他にどんな隠し球が出てくるのか、まるで検討も付かない。

 互いをちらと眺めるやるも、同じ心持ちでいると言うことが解ったくらいだ。

 そして五分と言う時間は、あっと言う間に過ぎていく。

 「待たせたな」

 ヴァレンティーンは悠然として同じ位置へ戻り、ゆったりとした姿勢を崩さず二人を見た。

 「さて、続きだ」

 思わず顎を引き、次に来る言葉を待っていたのだが、ヴァレンティーンは何かを思い出したかの様に唇を微かに上げて笑みの形を取った。

 「ああ、その前に、少し安心させてあげようか。『T Not's』のことだが、何も不老不死と言う訳ではないし、成長を止める訳でもない。ただ己に最適な状態を保つ為に、作用していると言うだけだ」

 全く安心できた気がしないのは、二人とも同じだろう。

 だが、ある意味これで、Xシリーズにおける『T Not's』が果たす役割と言うのが解った気がする。

 ノーマルにおけるアプローチは、この際考えるのは後回しだ。

 いや、大凡の予想だが、これに関してもXシリーズからのアプローチは変わらないのだろうと思われる。

 所謂、Xシリーズと『T Not's』は、互いに反応仕合い変化していくものなのだろう。

 「察したかね?」

 頷く二人に、宜しいとばかり微笑んだ。

 「そう、Xシリーズは、変化を促そうとする。そしてそれを受けるのは、リヴァーシアンであれば『T Not's』。だが現状のXシリーズは、『T Not's』の何たるかを理解していない為、人間的なコミュニケーションに例えるなら、会話が成立しない状態なのだ」

 「成立しない、ただそれだけなら、まだマシだ」

 ヴェンツェルが、皮肉気にそう嗤う。

 つまり。

 「会話が成立しないと、少将は仰った。そしてヴェンツェルは、それだけならまだマシだと。つまりそれはただ不成立で反応を起こさないのではなく、何かの影響をパイロットに及ぼすのだと、そう言うことなのですね」

 眉間に皺を寄せつつ、そう確認するシェスティンは、けれどそれが最悪の結果を及ぼすのだろうと確信している様だ。

 「そう、コアで無機体を変化させる様に組み替えられたそれが、行き場を失いパイロットへと逆流する。それが為、パイロットは……端的に言うと、死亡するか廃人かのどちらかの道を辿ることになるな」

 良く出来ましたとばかりに、彼は答える。

 ヴェンツェルが平然としているのは当然のことだが、二人は更に眉間へ皺を深くする。またここであれば、そのシステムを完全に解放することが出来るのだろうとライヒアルトは推測した。何故なら、それが出来ないのでは、何の為にコロニーから奪取したのか解らなくなるからだ。

 「先ほども言ったが、五年半前にも実はXシリーズと呼ばれた新型戦闘機が開発されていたのだよ。ただそれはユースティティアに搭載されていた為、あの時一緒に消え、幻となったのだがね」

 「ユースティティアは半年後、発見された筈ですが? その中には、当時のXシリーズも残っていた筈」

 頭を素早く切り換えていかなければ、話についていけなくなる。ライヒアルトは驚きも焦燥も後回しにして、その都度に起きた疑問を口にすることにした。

 「そうだな。しかしその時搭載されていたXシリーズは、過去のそれとは違ったものへと変わり果てていたからな」

 「またそうやって、人ごとの様に仰る。貴方が変えたのでしょうが…」

 呆れた様に言うヴェンツェルを歯牙にもかけず、ヴァレンティーンは話を続けた。

 「私は待っているのだよ。Xシリーズのパイロットが全て揃うのを。幸運にも、ここには君達二人がいた。後、二人だ」

 「パイロットが揃えば、何かが変わると仰りたいのですか? 変わると言うのであれば、それは一体何でしょうか?」

 シェスティンもライヒアルトと同じく考えた様だ。少しばかり紅潮している頬で、ヴァレンティーンにそう問うた。

 ああ、そう言えば、シェスティンは停滞よりも変化を好むのだったなと、今更ながらにライヒアルトは思い出す。自分達をパイロットと呼ぶからには、四機ある内の二機は、それぞれ彼らが乗ることになるのだろう。私淑していたヴァレンティーンからそう匂わされれば、ライヒアルトとしては腹立たしいことだが、シェスティンにとって心楽しかろう話だ。また、それがあれば、シェスティンが気にかけている彼女の親族を救い出すことが、万に一つの可能性で出来るかもしれない。

 彼女の切ないまでの思考が読めて、ライヒアルトは少し悲しくなった。

 「私が目指すXシリーズは、今の銀河系を席巻しているパラダイムと、別の銀河系からもたらされたパラダイムとを融合した、言わばその証だ。だがまずはパイロットが揃わねば、Xシリーズを動かすことすらままならぬ」

 ヴァレンティーンは両手を組み、その上に自身の顎を乗せた。

 「私はね。この世界が変わり行く様を見たいのだよ。古きパラダイムが新しきパラダイムと出会い、どう変質するのかを。そしてそれを見た人々の反応を。幾度となく起こって来たそれだが、私自身、実際に目の当たりにしたことはない。しかもこのパラダイムは、今までのものとはレベルが違う」

 彼が何処まで本心で、そして何処まで全てを話しているのかは解らない。

 シェスティンは厚敬の為に、見えなくなっている部分があるのかもしれないが、ライヒアルトにはそんなものは存在しない為、常に疑惑を持ちつつ話を聞いている。恐らく今ヴァレンティーンが話していることは、彼の思惑の一部に過ぎないのだろう。本当の狙いは、別にあると考えていた方が妥当だ。

 けれど何かが大きく変わると言う、その場面に出会(でくあ)せる可能性は、捨てがたい。

 とんでもないところに来たと思いつつ、ライヒアルトもシェスティンも、心が沸き立つのを抑えられなかった。

 ここは自分達の限界、そして可能性を知るにはもってこいな場所だ。

 所詮頭打ちの論理しか持ち得なかった連邦軍では、到底味わえないスリル。

 今いる場所を守るのではなく、一体何処まで進めるのか、それを確かめたいと思うのは、もう彼らのサガとも言えるだろう。

 呆れたことだが、シェスティンだけでなく自分もまた変化を求めるタチであったと、彼自身今まで忘れていたのだ。

 隣に並ぶシェスティンを、あまりに見過ぎていて。

 「面白いことだとは思わないか?」

 ヴァレンティーンは笑う。

 心からの信頼など、全く持って出来ない相談だが、それでもこの話には心惹かれてしまう。

 ちらりとシェスティンを見やると、彼女自身とても乗り気な様だ。

 「決まり……だな?」

 ヴェンツェルがそう言う。

 過去は今日、捨ててきた。だからもう、何も持ち合わせていない。互い以外は。

 だから──。

 「今度こそ、本当に……」

 ヴェンツェルの後を、ヴァレンティーンが拾う。

 「ようこそ、カラドボルグへ」

 ヴァレンティーンの言葉と共に差し出された手を、二人は受け取る為に一歩前へと進んだ──。


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