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星の扉  作者: 斎木 涼
第四章 Innovator――そして船は大海を征く
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 まるでここは、何処かのオフィスの様だった。

 それと違うと理解出来ているのは、そこから見えている景色が、漆黒の宇宙であると知っているからに他ならない。

 中央には真っ白で大きな円卓。そこには複数の座り心地良さそうなリクライニングチェア。様々な加工を施され外が見えている窓の側には、観葉植物が適度な間隔と絶妙なバランスで配置され、場を和ませている。床は足音を吸収してしまう様な黒い毛足の長い絨毯が敷き詰められ、また天井の明かりも落ち着いた光を放っており、ここが安心できる場所であると認識させる一端を担っていた。

 「お、ちゃんと拾って来れたか。お疲れ」

 リクライニングチェアの一つに座していた影が、そう言いつつ振り向いた。顔上部を覆っていたゴーグルを外して現れたのは、淡く光る金色の瞳だった。寝そべる様にして腰掛けていた椅子から立ち上がったのは、野生の獣の様に撓やかな身体を持つ長身の男だ。

 肩まで伸ばした癖のない黒髪が、光を弾いて滑り落ち、現れたその表情から、今まさにここへと到着したアレーシャに、興味津々と言った調子の視線を向けてきている。

 「あったり前じゃなぁい。あたくしが、可愛い可愛いあーちゃんを落としてくる訳ないでしょ」

 ふふんと自慢げに宣う恩師を何処か遠い目で見つめているアレーシャだが、もう一人の気配を感じ、視線を前方へと戻す。

 先程までは、確かに三人だった筈。全く気配すら感じ取れなかった。彼が意識させたから、アレーシャにも解った、まるでそんな風にも思える。

 そこにいたのは、先程の男とは好対照とも呼べるべき男だ。

 短く刈り上げた銀色の髪と血色に輝く瞳、アレーシャより頭二つ分くらい余裕で上回る長身だが、その体格はがっしりと筋肉で覆われていた。だがその彼の表情は、あまりに無表情だ。永久氷壁よりも硬質である面は、ぴくりとも動かない。なのに何故か、アレーシャを気遣っている様にも感じられるのは不思議だった。

 「あの……」

 まずは挨拶からだろうなと、何処か惚けたことを考えているアレーシャだが、その彼の思考を読み取った様に、彼の師匠が満面の笑みで口を開く。

 「あーちゃん、安心してね。見た目が変な上に鬼畜で非道で変人で小五月蠅い小姑と、愛想の全てをゴミ箱に捨ててきた様な脳筋おバカの二人だけど、現在あたくしの仕事仲間なのよ」

 その紹介の、何処に安心要素があるのか謎だ。

 「お前な……」

 唖然とした黒髪と、やはり無表情な銀髪だが、取り敢えずこのままでは話が進まないと理解したのか、黒髪の方が愛想の良い笑顔を貼り付けてアレーシャに向き直った。

 「まあ、取り敢えずこの非常識は放置しといて、俺はセイ・キンナミ。んでもってこっちのがヨウ・コンラート。よろしく」

 『何か違和感』

 なんですってぇとばかりに暢気にいきり立つ恩師を尻目に、アレーシャもまた、違和感を覚えつつも調子を取り戻して挨拶を返した。

 「アレーシャ・カラシンです。この度はありがとうございました。ご迷惑をおかけした様で、申し訳ありません」

 「んーー? 迷惑って、ミシェルのこと?」

 「え?」

 「あたくしもあーちゃんも迷惑なんじゃじゃないわよぉ」

 「同列に並べてんじゃねぇよ」

 同意とばかりにヨウと紹介された彼が頷いた。

 「ああ、そうか」

 あまりに小声で呟いたアレーシャのそれを、ん? とばかりに三人が拾う。

 「あ、いえ……」

 「何?」

 「あーちゃん、どうしたの?」

 「いえ、……あの。上手く言えないんですけど、……貴方達は、確かに仲間なんですね」

 片眉を上げたセイと、小首を傾げたヨウだが、ミシェルだけがその意を察した様に頷いた。

 「セイちゃん、あんたの猫かぶり、バレてるのよ」

 「あ? ……ああー、ナルホド」

 ミシェルの答えに少し悩んだセイだが、思い当たる節があったのか納得した。

 「直ぐ慣れる」

 初めて聞いたヨウの声は、見かけ通り耳に心地よい落ち着いた低音だった。

 「ヨウちゃん、あんたそれじゃぁ、意味解らないわよぉ」

 「まあ、なんだ。お互い歩み寄って来たら、その内に、な」

 そう言うセイは、先程に比べて何処か暖かな雰囲気を纏っている様だった。




 「パラダイム…フュー…ジョン?」

 耳慣れない言葉を聞き、シェスティンが問いかける様にそう言った。

 「パラダイムシフトと言う言葉は知っているな?」

 ヴェンツェルがそう二人に問うと、金色と銀色の頭が頷いた。

 「科学や物理法則等の法則と言うものは、古いパラダイムから新しいパラダイムへとすり替わることに依って発展する。これをパラダイムシフトと言う」

 違うか? とばかりにシェスティンが言うと、ヴェンツェルは頷き、そしてヴァレンティーンは微かに笑みを唇に乗せる。

 『パラダイム』と言うのは、そもそもがクーンの提唱した『パラダイム論』より発生した言葉で、ある時代や分野に特徴的な物の見方や考え方の規範の意だ。

 例えば、昔々、オールドテラに住んでいた人々は、自分達の大地が動いているとは考えず、見上げる空が動いているのだと考えていた。所謂プトレマイオスの天動説が主流だった。

 だがしかし、十四世紀に存在したコペルニクスは、その天動説に疑いを持ち、大地は天に見える太陽を中心に回転していると考えた。所謂『コペルニクス的転回』と呼ばれる地動説だ。

 当時主流であった地動説に異を唱える天動説が、徐々にその天文学者の間に浸透して行き、ガリレオが木星の周囲を公転する四つの惑星を発見することによりその論理は裏付けされ、更にニュートン力学を経て、実質的には十六世紀から十七世紀にかけプトレマイオスの天動説は否定された。

 またニュートン力学より、アインシュタインの相対性理論を経て、ミクロの物体の不確定運動により量子論が誕生し、更にアインシュタインの特殊相対性理論が生み出された。

 そして先に一例として提示した、天動説と言う古き『パラダイム』から、地動説と言う新しき『パラダイム』へと移行することを、『パラダイムシフト』と言う。

 物理学のパラダイムシフトは、天動説、地動説、ニュートン物理学、相対性理論、量子力学へと移り変わっている。

 数学の分野に置いては、ユークリッド幾何学、ロバチェフスキーの幾何学、リーマンの幾何学、カントールの集合論、メタ数学、ゲーデルの不完全性定理へとシフトしている。

 『パラダイム』、または『パラダイムシフト』は、どの分野においても存在するのだ。

 「しかしそこで、『パラダイムフュージョン』と言う言葉は聞いたことがないですが?」

 ライヒアルトがそのパラダイムフュージョンの言葉の意味を問う。

 いや、言葉の意味と言う点では解っている。けれどその概念は聞いたことがない。

 フュージョン──、つまりは融合だが、そもそもがパラダイムと言うものは、古きパラダイムが新しきパラダイムに取って代わることにより成立する例が多く、パラダイムの確立以前であればいざ知らず、それが互いに並ぶことは稀だ。そう、融合と言う概念はほぼあり得ない。ないとは言えないまでも、二つのパラダイムが、共に並び立つことが難しいからだ。

 万有引力の法則で太陽系の惑星運動を証明したニュートン力学が、プランクの量子仮説への敗北と言う過程を経て、アインシュタインの特殊相対性理論へと到着することにより、古代物理学から中世物理学、近代物理学へとパラダイムシフトした様に。そして今では、その当時に証明された物理学も、ハシェクの永久機関論により既に古典と見なされる状態だ。

 旧パラダイムでは説明し得なかった矛盾を証明することにより、新パラダイムは生み出されるのだ。

 全ての事象は、パラダイムシフトにより進化して行く。

 だがしかし、ヴァレンティーンは言う。

 「すり替わるのではなく、融合と言うことだ。Xシリーズとは本来、現在銀河系で確立されているパラダイムと、また新たなパラダイムを融合させたものを完成とするのだよ。どちらの科学法則が欠けたとしても、その論理を解くことは出来ない。

 故に今のままでは、Xシリーズをエラーなしに起動させることは出来ずにいる。そしてそれを元に構築したXシリーズは、君たちが考えている様な方法で、有機体を使用している訳ではない」

 有機体……、彼ら二人が考えていたのは、つまりのところコアのみならず様々な箇所へ使用されているのは、人間のもの──有り体に言ってしまえば、コアが特殊な人間の脳髄──、そしてその周囲を覆うのもまた、それが適応でき得るパーツだと言うことだ。

 特殊な人間、つまりはテラノーツにおける、リヴァーシアンの。

 「有機体を無機体に取り入れるのではない。無機体を有機体へ、いや、完全な有機体へ変換するかどうかは、これからに期待することになるから、まあ半有機体とでも言っておくが……、それへと進化させるのだよ」

 「馬鹿なっ……」

 まるでここが真空へと変化した様な錯覚を憶えたシェスティンは、溜まらずそう声を上げる。

 現代科学の常識から逸脱しているその論理の原点は、まるで魔法の様に思えた。

 確かにAIと言う技術は、遙か昔に成功を見ている。しかしあくまでもそれは無機体にしかあらず、また古典の世界と比較しての成功にしか過ぎない。そしてヴァレンティーンが今言っていることは、それとは根本的に違うのだ。

 「機体自体が、そのパイロットとリンクすることによって得た情報を元に、機体の限界点を判断し、より高次の存在へと姿を変える。それはまずコアの部分が、無機体から半有機体へと進化することより始まるのだよ」

 眩暈がした。

 ライヒアルトもシェスティンも、共に質の悪い冗談を聞いた気がしたのだ。

 「魔法じゃないんだぞ……」

 シェスティンのその呟きは、小さく掠れた声であるにも関わらず、ヴァレンティーンの耳にしっかり届いた。

 「無論のこと。……それは手品でも魔術でも、そして冗談でもない。現在銀河系に存在するのとは、別体系にて発祥した科学に裏打ちされた技術だ」

 「その別体系とは、一体何処のことでしょうか?」

 冷静であれと自分に言い聞かせ、ライヒアルトは言う。しかしそれに答えたのは、ヴァレンティーンではなく、ヴェンツェルだった。

 「先ほど俺が言ったことを、覚えているか?」

 「?」

 ヴェンツェルの言うのは、ブリッジに到着するまでにしていた会話のことだろう。その中に何かあったのだろうか。ライヒアルトとシェスティンの二人は、互いに訝しげな顔をした。

 「『宇宙の不思議』ってヤツさ」

 そう言えば、最後にそう言ったっきり黙ってしまったことを思い出す。しかしそれが今のこの話とどう繋がるのだ?

 何か確認を取る様な視線をヴァレンティーンに向け、軽く頷くのを認めた後、ヴェンツェルは再度話出す。

 「五年半前、俺達がどうなったのかは話していなかったな?」

 疑問の形を取っているが、それは断言だった。二人の返事を待たず、ヴェンツェルは続きを口にした。何処か懐かしい様な、そして切ない様な表情で。


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