4
フェリックスがコロニー内部へと帰投したのは、あれから僅かな後だった。見るも無惨な姿を晒しているコロニー外部からは、これ以上ないくらいに破壊されてしまった特務艦隊の旗艦ユースティティアが見える。相変わらずヴァレンティーンのやり方には容赦がない。それでもコロニー自体を全損させなかったのは、まだ救いがあると考えるべきなのだろうか。
ヴァレンティーンはどうやら、その内部にある積み荷を狙ったらしい。
何故彼ほどの人間が、あんな無謀なことをやらかしたのか、フェリックスはその理由を知りたいと思ったが、何時もの如く、特務の任務の内容は教えられないと突っぱねられた。
その積み荷の内容は、後に知ることになるのだが、現在それを知らされなかった彼は、思い切り釈然としない思いを抱えている。
これから軍は、体面を保つ為に右往左往することになるだろう。まあそれを考えると、不謹慎ながら腹から込み上げてくる笑いがあった。
彼自身、リヴァーシアンへの扱いは、あってはならないことだと考えている。
上層部にその旨を申し立てしても、鼻で笑われるだけであった。それを上申したのは、当然彼だけではなく、他にもいただろうが、リヴァーシアンの持つ能力を手にすると言う欲に目が眩んだ彼らには、何の感慨も及ぼさなかったのであろう。
だからせめて彼自身の下にいる者達だけでも、あのA72-Zへと召集された時には逃そうとしていた。
それが自己満足であることくらい、ヴェンツェルに指摘されるまでもなく解っている。自分が助けようとしている人間が一部でしかない限り、大して意味もないと言うことも解っている。これが反逆行為であると言うことも解っている。軍人としての、自分の責任の重さも解っている。そしてこのことが露見すれば、自分だけでなく周囲にまで被害が及ぶことも解っている。軍人である限りは、軍の、引いては連邦政府の為に働かなければならないと言うことも解っている。
そう、何もかも承知の上だ。
けれど彼は行動を起こしている。
一時的な感情の問題ではないし、正義感と言うものとも違う。
勿論『許せない』と言う気持ちは多分にあり、見て見ぬ振りと言うのも性分ではないが、そんなことで動くほど、彼は青臭くはない。
リヴァーシアンを言わば『狩る』と言う様な行為は、異種・異能狩りと言うことに繋がり、延いては、せっかく一時的とは言え平穏を頂いているこの銀河が、またもや割れることが考えられる。そうなれば能力的に特化していないテラノーツのノーマルは、可成り不利だ。そのことが何故解らないのだろうかと、彼は思う。
軍を離反することも考えたが、それでは今以上に召集される人間の情報が入って来なくなる。
それに自分一人が騒いだとしても、一個人であれば、何の足しにもならないと言うことも解っている。軍の中にいればこそ、出来ることも増えるのだ。出ていくのは、軍に対して何の利用価値もなくなった時で良い。その為に自分が内包せざるを得ない二重思考など、大した問題ではない。そう考えている。
久々に搭乗したモルゲンロートから、名残惜しそうに降り立つと、すぐさまジャッジが近寄って来た。
「大佐、お疲れさん」
「お疲れさん」
今までの思考を吹っ切るかの様に笑顔でそう返したフェリックスは、何か言いたげなジャッジに向かって、機先を制して口を開いた。
「あー、オレも現役引退して大分経つからなー。腕が鈍ったかな?」
命令は撃破ではなく、捕獲だった。それをわざとであるとは言え、破壊したのだから、後で出頭命令が下されるだろう。
そしてジャッジは、そのことについて気遣っているのだ。
「まあ、モルゲンロートはこっちで万全の整備をしていますからね。ミスったのは、大佐が年喰ったからじゃないですかね」
その彼らしくない、何処か含みを孕んだ口調から、フェリックスはどうやら彼にはばれているらしいと悟った。
「えーーと、今回だけは、見逃してくれると嬉しいんだけどさ……」
こそこそと耳打ちをしたフェリックスに、ジャッジはやれやれと言った調子で溜息を吐いた。
「こっちに言っても仕方ないでしょうが。とにかく、釈明だけはきっちりした方が良いんじゃないですかね」
これから行われる軍法会議にて、何の権限も持たないジャッジが言えることは、ただそれだけだった。
「取り敢えず大佐。一言言って良いですかね?」
可成り真面目な顔になっているジャッジに、一体何だとフェリックスが首を傾げる。
「壊されたドンナーですがね、あれの部品、もう廃盤になってますからね」
一瞬、理解出来ないと言った顔をしたフェリックスだが、次の瞬間、この世の終わりの様な顔をして叫んだ。
自分の勘は、やはり良く当たる。
「マジかよっ?!」
二人の男にとっては、何よりそれが大事なことだったらしい。
何ら代わり映えのしない漆黒の中を、星間列車は走り抜けていく。
勿論、その黒の所々には、点々と瞬く星の光はあるものの、大して変化のないそこは見ていても退屈なだけだった。
その為、列車の中は、まるで最高級であるとランク付けされるホテルも真っ青な程の空間が存在している。
宙征く高級ホテルの渾名は伊達ではない。
ちなみに言えば、お値段も伊達ではない程に徴収されていた。
煌びやかなサロンには、有閑の人々が互いに行き交い、ソファーで談笑し、さざめきを作り出していく。その様は、まるで遙か彼方昔のオールド・テラにあった豪華客船を思い起こさせる。
弾力性のある質の良い絨毯は、染み一つない。高い天井にあっても、その存在感を主張するシャンデリアは、どんな速度で列車が走ろうとも、その場から人々の影をちらりとも揺らすことはなかった。サロンのそこかしこに、けれど決して調和を乱すことなく配置されているテーブルには、躾けられたボーイやメイドに給仕された料理や飲み物が溢れている。
通常であれば、その空気の中に溶け込むことを最良とし、楽しむことを最優先するのだろう。
だがそんな中にあっても、然程それに興味を示している訳ではない男もいる。
先に自身の本来の主を追いかける為に、オールド・テラ行きのここへと乗り込んだ彼だった。
平時と変わりない様相であろう姿でいる彼は、豪奢なその中で浮きまくっているのに、何故か誰も気にもとめてはいない。
むしろ認識すらされていないのかもしれなかった。
サロンの片隅で、ひっそりと存在している彼の周囲には誰もいない。ともすれば、悠然と夕食後の一時を過ごしているかの様に見える。
「まさか本当に、全くもって、一度たりとも、脳裏をよぎることさえ、されないとは思いもよりませんでしたねぇ」
ゆっくりとティーカップを傾けながらそう呟いた。
困っている様ではないが、呆れた風ではある。
まあ、主達の今の状況を鑑みれば、それも仕方のないことなのかもしれないとは思うのだが。
何と言っても、彼の主――ライヒアルト・フィッシャー・ディースカウへと通牒が来てから二日と経ってはいないのだ。
雇い主が彼を送り出したのは、その何処にも紛れ込むと言う彼の特性故だけではない。彼自身であれば、確実に主と合流できるからであると言う理のが最たる理由だ。
だがしかし。
その特性も、確実と言う点においては、主が彼を思い浮かべたらと言う条件付きだ。
「このままでも方向は解るんですけどねぇ」
その彼の視線は、誰にも解らないことではあるが、正確にライヒアルト達が今まさに存在するその方向へと向いていた。
一応、彼の言う方向以上も、解らないことはない。ただやりたくないだけである。
主に彼の手間の問題で。
傍目には解らない程に、彼は僅かばかりに思案する。
「まあ、本当に困る様なことにでもなれば、否応なしに思い出すでしょうし……」
――もう少しこのままでも宜しいでしょうね
続きを心の中で呟いき、再度カップを口にした。
前回分割するところを間違えていたようです(
なので今回短くて申し訳なく……(倒