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星の扉  作者: 斎木 涼
第三章 extravaganzas――狂想曲
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 第一級戦闘配備のアラートが、喧しく鳴り響く中、それに負けじとばかりに叫んでいるのは、このコロニーの守備隊の指揮官だった。

 事も有ろうに自軍のエース達が、隔壁をぶち壊して脱走を謀り、それを追撃していた矢先のこと。上層部も何を思ったのか、自分達を差し置いてロートルエースの『ルーベル・ルプス(赤い狼)』へ、出撃を許可してしまった。血管が切れそうな勢いで怒りが沸いていた彼は、次にこのコロニーが襲撃されると言う事態に、切れそうだった血管をとうとうぶち切ってしまった様だ。

 うるさい蠅の様に周囲を飛び回る、識別コードが判明しない戦闘機が引っ込んだかと思うと、突如として目映い光がスクリーン越しに見ている目を焼き、コロニーへと一直線に突き進んで来た。エネルギー波動を感知し、都度展開する光子防御壁がそれを相殺することが解っているから、大して慌ててはいなかった。大抵の光子や粒子に対応しているそれは、普通であれば破れることはほぼない。粗方のそれは、全てエネルギーを相殺することに依って無効化してくれるのだ。

 「全砲門、前方敵戦艦に向け、撃てぇっ──!!」

 そう怒りの咆哮にも似た声を上げ、目の前の敵に迎撃命令を下す。

 だが泡を食ったのはその後だった。

 一斉砲撃を受けているにも関わらず、敵戦艦がこちらに戸惑いもなく突っ込んで来たのだ。

 しかもその戦艦の矛先が、不味い。

 第十三ドッキングベイ。

 現在そこは、3S封鎖されていて特定の者達しか入ることが出来なくなっている場所だった。

 特務が占有しているとは聞いたものの、そこに何があるか彼には知らされていないのだが、3S封鎖ともなれば、そこにあるのが軍の機密事項に触れるものであると言うことくらいは解る。そこに焦点を絞られているのだから、青くもなるだろう。

 光子防御壁はあくまでもエネルギーを相殺させるものであるから、エネルギー弾を無効化はするが、実体弾にはさほど効果を示さない。実体のあるものには、各所に設置されている砲門と、内包している銀河連邦軍標準の戦闘機、アーベントで対処することになる。

 つまり実体である戦艦が突っ込んで来ると言う、あり得ない状況には、その防護壁は役に立たないと言うことだ。そもそもが戦艦で突貫すると言うことは、言わば最後の手段となる為、いきなりそれをすると言うのがあり得ないのだ。

 集中してその戦艦を狙い撃つが、全てがそれに到達する前に消滅した。敵戦艦からは、前進してくる以外、何もアクションがないのに……。

 「何だ……、あれはっ!!」

 目の当たりにしたそれにより呆然となる彼だが、その間にも敵影は大きくなるばかりだった。三面あるスクリーンの内、一面からの情報で、その第十三ドッキングベイのある箇所の外壁が消滅した。距離が未だあるにも関わらず、だ。その幾重にもなる構造の外壁がなくなった箇所から、人が宇宙へと放り出されていくのが見える。第一級戦闘配備が掛かっていたから、最低でもノーマルスーツを着ている者達ばかりだが、ノーマルスーツ如き、どれ程の時間持つか解らない。また恐ろしいことに、放り出された者達まで、見えない壁に触れたかと思うと、影も形もなく消滅しているのだ。

 不意に視界を影が過ぎる。

 「モルゲンロートかっ!! 今頃……っ!!」

 漸く戻って来たモルゲンロート──レイン機を見て、彼は理不尽な怒りを爆発させた。

 ここまで接近されれば、今更戦闘機一機戻ったところで、大した歯止めにはなりはしない。しかも何故かこの無謀な特攻をしている戦艦には、レーザーも実体弾も効かないのだ。こんな非現実的なことが起こっても良いのかと憤慨しても、実際に目の前に展開しているのだから全く以て不毛なことだった。

 原理すら解らないのだから、このまま手を拱いているだけだと言うのも、彼の怒りに拍車をかける。大容量のエネルギーをぶつけて反応を見たい気もするが、下手をすればこちら側に深刻な状況をもたらすかも知れないと言う可能性が脳裏に過ぎり、悔しさを噛みしめつつも断念した。

 更に腹の立つことは、3S封鎖だからと言うことで、こちらに第十三ドッキングベイの詳細な被害状況が入って来ないことだ。特務の秘密主義にも程があると思っていても、それを訴える訳にはいかなかった。

 五年前より六大氏族のフリードル家と急接近した特務は、元々の秘密主義に益々拍車がかかっている。特務のことに口を出せば、後ろに控えているフリードル家の圧力が掛かった。

 連邦軍切っての切れ者と名高かった以前の情報部部長、……エーレンベルク少将と言い、そして特務と言い、フリードル家は一癖も二癖もある者達と連むのがお好きなようだとは、影で叩かれている口さがない話だ。

 外部のモニター越しにしか入らない第十三ドッキングベイの有様を見、無意味としか思えない攻撃を加えているパイロット達や、この場で出来うる限りの防衛を試みているオペレーター達を見ていると、あまりに哀れすぎて涙が出そうだった。コロニー外壁から突き出すようにしてある砲門は、そのコロニーにめり込んでいる状態の戦艦になど役に立ちはしない。

 恐らく内部側でも特務が応戦しているのだろうが、内部モニターすらこちら側が手を変え品を変えアクセスしようとしても全く反応が返らない。

 ただ不幸中の幸いは、彼がこの悪夢のような光景から逃れられたのが、それほど後のことではなかったと言うことだった。




 フェリックスは最大限にスピードアップしてコロニーを目指す。見る間に背後に消える、木っ端微塵に砕け散った機体。そして漆黒と濃紺を織り交ぜた様な宇宙は、心理的な風が流れる様に後ろへと去って行く。

 漸く到着した彼は、破壊された第十三ドッキングベイを見て、息をのんだ。

 「あのエンブレムはっ──! 特務かよっ!!」

 フェリックスは驚きの声を上げる。

 「特務がここにいるってことは……。何かある」

 ヴァレンティーンの乗る高速戦闘艦カラドボルグが、完全にコロニーへとその船体を突っ込んだ為、もう特務の艦は見えなくなる。

 その脳裏では、コロニー内部の騒動がほぼほぼ正確なものとして転開されていた。

 ただでさえ、自分が出てきて指揮官は怒りMAX状態だろうに、その上これだ。帰投した際のことを考えると頭が痛い。

 嘗ての同輩との関係を浮かべるに、確かにあいつは涼しい顔をしてとんでもないことを平気でしでかした上、しれっとした顔をして他人に泥をぶっかけるやつだったなと思い出した。思い出しはしたが、ムカつく。

 面倒くさい事態になったなとフェリックスは考えつつも、取り敢えずは上層部への言い訳の際に、足を引っ張られることのない様に算段を見積もり終えた。

 「ったく、コロニーに突っ込むなんざ、……あいつらしくもない無謀さだこと」

 戯けた台詞だが、口調は全く以て真剣そのものだ。フェリックスの目にも、カラドボルグが起こしていたあり得ない光景は映っていた。カラドボルグの周囲を、何かが包んでいるかの様に、ある一定距離に到達すると、全てが無に帰してしまっている。

 カラドボルグに考えも成しに突っ込むと、自分もまた消滅コースへと案内されてしまうだろう。こちらの放ったレーザーまでを無効化していた。どうやら光子防御壁とは違う論理で覆われているそれは、途方もなく危険なものだ。光子防護壁はエネルギーの相殺を行い、このカラドボルグのシステムは、エネルギーを吸引しているかの様に見えた。

 「しかしヴァルがわざわざ狙うってこたぁ、また特務のヤツ、とんでもないもん持ってやがるな」

 そうは言いつつも、下手に撃つとコロニーの破壊がますます進んでしまう。

 舌打ち一つ、フェリックスは一つ減ってしまったドンナーを展開し、慎重に侵入者の機体のみを狙った。

 「……。これ、マジで直るかねぇ……」

 別の意味でも嫌な予感をさせつつ、彼は目の前のことに集中した。




 時は少し戻る。

 「ハーヴェイ機。目標を確認。収容要請が来ています」

 それを聞き、ヴァレンティーンが頷くと、イグナーツの顔に緊張が走った。

 「本当にやるのですか?」

 思いっきり顔を顰めているイグナーツに、唇を歪ませたヴァレンティーンが答える。

 「仕方ないだろう。私もこんな無様な真似など、本来したくはないさ。だがあれがパイロットを選ぶし、その上今はそのパイロットに任せる訳にはいかん状態だ。こうするより他はないのだからね」

 確かにもっともな話だ。

 あの機体がそうなる様に仕組んだのは、他でもないこの男だった。当然デメリットも承知でいたから、こうして主義や好みに反することに渋々でもやっている。

 いや、本当に渋々なのかは、過去の経緯から鑑み少々疑問が残るところではあるが。

 あの機体――Xシリーズと呼称されているそれは、少々特殊なシステムを搭載していた。

 機体がパイロットを選ぶのだ。一度機体がマスター登録をなしてしまえば、他の人間を乗せることは出来ない。マスターとして認められない人間が乗ってしまえば、即座に鹵獲目的とした敵として認識し、排除――廃人にしてしまうのだ。

 ただそれだけであれば、まだマシだ。連邦軍の軍人など、人としていくら使い物にならなくなっても、彼らにとっては痛くも痒くもない。

 問題は、それに搭乗させようとピックアップされた人間であり、且つ最重要なのが、今現在の機体の仕様では、搭乗したパイロットは間違いなく使いものにならなくなってしまうと言うことだ。

 勿論、機体を建造した軍には、そんなことは解らない。彼らの持つ科学法則に則った技術の範囲では、このXシリーズと呼ばれる機体は完璧な状態であるからだった。だがこの機体のコアは、今まで銀河連邦にて確立されているものと全く違う。この論理は、別の体系からなる科学法則でのみ構築される為、科学法則が違う銀河連邦軍に、それが解ける筈もない。

 だからこそ、そんなものに乗せる訳にはいかず、またパイロットも軍に渡しておく訳にはいかない。

 「本来は、もう少し煮詰まってからにしたかったのだがねぇ……」

 そして小さく、馬鹿が時期を見誤るから仕方なかったと嘯いた。

 恐らくそれは半分くらい本心だろう。

 残り半分は、間違いなく嫌がらせだろうと、イグナーツには解っていたが。

 彼らの戦闘機──グィーの機体では、遙かに大きいそれを運ぶには、どうにも推力が足りない。更に機体があっても乗せることが出来ない、ついでに言えば、例えそれが搭乗出来るものであったとしても、肝心要のパイロットがそれに納得するかどうかも解らないと言う、無い無い尽くしである。

 「さて、現在のエネルギー残量では、どれほど持つかな?」

 ヴァレンティーンのその問いに、オペレーターの一人が結果を報告する。その数値は、彼を満足させるに十分過ぎるものだったらしく、唇に笑みを浮かべて頷いた。

 それを見たイグナーツは覚悟を決め、腹に力を入れる。

 「全機撤収命令っ! 機体格納後、一気に突撃する!!」

 これより以降、前代未聞の事態が、この星系内の銀河連邦軍の前衛であるコロニーを襲った。

 そう、一つの戦艦が、コロニー内部へと無謀とも言える突撃をしたのだった。

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