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星の扉  作者: 斎木 涼
第三章 extravaganzas――狂想曲
10/16

 小惑星群へと入り込もうとする三機を見て、無理やり出てきたフェリックスは口角を上げて笑みの形を取った。

 お迎えまで、きちんと相手をしてやるさ、と。

 その後はタイミングを見計らい、そして彼らから入る合図を待って、機体を撃ち落とさなければならない。

 綺麗さっぱりと機体を破壊しないことには、中途半端な残骸から余計な物を拾い出される可能性がある。特にナビへ入力したデータなどが復旧させられたら、目も当てられない。それは彼らが死亡したと言うことが、フェイクであったと言うのは勿論、今回不自然にまでモルゲンロートで出た自分にも、疑惑の目が向けられるだろう。

 「さて、久々のモルゲンロートだし、腕が鈍ってないと良いけどねぇ」

 言葉はいざ知らず、その言い様は全く不安に思っていないのが知れた。

 何時以来だろうと彼は思うが、直ぐにそれを思い出す。いや、彼らにこの連絡用の回線を教えた時、既にあの頃を懐かしんでいたことを自覚したのだ。

 彼らに教えた回線は、この日まで彼と、後もう一人の人物しか知らないものだ。

 『ヴァル。お前はまだ覚えているか?』

 そしてその刹那。

 「この感覚は──?!」

 不意にくる威圧感。フェリックスはまさかと言う疑惑に囚われる。

 慌ててカメラアイとレーダーセンサーの精度を最大にし、範囲を広げて索敵を行った。

 何時の間にか小惑星群の遙か向こうに戦艦が見える。最大にまでズームアップすると、その思いも掛けない映像に、レインは絶句した。

 そして先程の感覚に納得する。

 彼の瞳に映ったものは、嘗て彼の元から去った筈のもの。

 そう、高速戦闘艦カラドボルグだった。

 「マジかよ……。なんで今頃あれが……」

 突然に入る通信。回線アドレスは三人に教えたものだ。

 それをオンにすると、ヘルメットの耳元から昔良く聞いた美声が聞こえた。

 『久しぶりだな、フェリックス・レイン。私を覚えているか?』

 懐かしいと思える声は、憎らしいほどに落ち着いている。

 「ヴァレンティーン・エーレンベルクっ──!! 忘れるかよっ!! 生きてんなら、連絡くらいしろっ」

 五年以上経つ。

 彼がいなくなってから、こんなにも時が経ってしまった。

 あの日、特務旗艦のユースティティアが消息を絶ち、そしてその傍らに、カラドボルグがいたと聞いた時、嘘だと思った。カラドボルグは、情報部が極秘裏に建造した高速戦闘艦だ。本来、情報部には軍艦は存在しない。いや、作ってはならないと言うのが、今までの決まりごとだった。それなのに六大氏族の一つ、フリードル家が後押しし、超S級の機密事項として建造プロジェクトを開始、そして終了に漕ぎ着け様としたのが五年と少し前。

 その誰にも知られぬ処女航海の時に、特務のとばっちりを受けて行方不明になったままだった。

 元が無理を押して作られたもの、そしてカラドボルグに直接の非はないものの、結局は何の役に立つ間もなく失われた為、流石のフリードルも更にもう一度……とは言わず、情報部所属の戦艦は、以降建造されることがなかった。

 ──少なくとも、フェリックスはそう聞いた。

 ただ、それをそのまま信じるほど、彼は御目出たくはなかったが。

 カラドボルグのことは機密であり、それを知る者は殆どいなかったから、真相は闇の中へと葬られた。フェリックスも本来は、そのカラドボルグのことを知りうる立場ではなかったのだ。失われた人材は、急遽失笑ものとも言える理由をつけて処理され、補充された。それがまかり通ったのは、銀河系を分裂さしめるかと言う内乱が激化している最中で、その発表を穿り返す者がいなかったからだ。

 その処理された中の一人が、この情報部のトップである、ヴァレンティーン・エーレンベルクだ。

 誰もが情報部部長の肩書きを持つ彼の損失を嘆く中、彼だけはヴァレンティーン自身のことを思って断腸の思いを己の心に叩きつけた。

 死んだとは思いたくなかった。けれど生存は絶望的だとも解っていた。

 だから──。

 『相変わらずだな。無茶を言う』

 回線の向こう側で笑っているのが解る声。戦友だった者の懐かしい声は、フェリックスの胸を熱くさせる。

 「坊主達の待っていたお迎えってぇーのは、お前のことだったのかよっ!!」

 『お前がそれに荷担しているとは、私も思ってもみなかったよ』

 そう嘯いてはいるが、彼にはしっかりとお見通しの様だ。いや、どうやら彼と繋がっていたらしいヴェンツェルから、報告を受けているのだろうか? シェスティンとライヒアルトが、ヴァレンティーンと繋がっていたとは考え辛い。彼らには接点が何もないのだから。

 もっと話していたい気もするが、今はそうも言ってられない。

 「色々問い詰めたいことはうんとこさあるが、とにかく、オレは坊主達の合図を待ってんだ。お前と昔話をしてる余裕はない。取り敢えず、何でも良いから後で連絡寄越せ。戻ってきたってことは、出来る様になったってことだろ。でもって、あいつらのこと、頼んだぞっ!!」

 言いたいことは、多分言った筈。

 三機を相手にして、更にヴァレンティーンとの会話に気を取られていたのでは、いくらフェリックスでも危険だ。あの三機は片手間に相手が出来る様な者達ではない。

 さっさと回線をクローズしようとした時だった。

 『それは失礼した。そして君からの頼み、しかとお受けする。……ああ、それと、リック。もう一つばかり見逃してくれると、私も助かるんだがね』

 「な……っ?!」

 問いかけようとする間もなく、ヴァレンティーンからの通信は途絶えた。

 何を一体と思いつつ、ともかく旧友の無事を知り、安堵の溜息を吐いた刹那。

 『レイン大佐っ!!』

 いきなり飛び込んで来たコロニー側の通信により、フェリックスは危うくドンナーの発射スイッチを押しそうになりひやりとした。

 「フェリックス・レイン、なんだっ!! こちとら、現在坊主達をお仕置きしてる最中なんだけどねぇっ!!」

 フェリックスの周り諄い当てこすりにも、耳を貸す状態ではないらしい。

 『レイン大佐。至急コロニーの救援へっ』

 管制からの悲鳴の様な声が聞こえ、何事かと思った彼は、HUDに二分割して表示させた、レーダーとカメラアイを映す情報の両方から、コロニーが攻撃されていることを知った。

 「了ー解。オレが戻るまで、持たせろよっ!!」

 通信回線をオフにすると、思いっ切り毒づいた。

 「くそっ! 見逃せって、こう言うことかよっ!!」

 フェリックスはヴァレンティーンの言った言葉の意味を理解する。

 あのヴァレンティーンが、たかだかお迎えなんぞに来る筈がないとは解ってはいたものの、実はコロニーに用があったなどとは、思いも寄らない話だった。

 それにしても、あまりにも早い行動だ。彼と交信した時、あの戦艦は小惑星群の向こう側だった。なのにあり得ないスピードでそこまで到達し、コロニーへの攻撃が始まっていたのだ。

 「まさか…、ここでφドライブしやがったのか…っ?!」

 フェリックスの額に汗が流れる。φドライブ──所謂ワープであるが、それの際に起きる空間の揺らぎは探知していなかった。なのに、どう考えてもそれしかないスピードだ。そしてそれはまた、自分達の知らない航法が、既に何処かで運用されているのではないかと言う疑念にも繋がる。更に返して言えば、そんな疑念を植え付ける行為を是としたのは、それほど急ぐ必要があったとも言えるのだ。

 一体あの場に、何の用があるのだろう。

 全機最大速度で帰投との命令を下し、己は三機の合図を待つ。

 「あいつ……、いやらしい真似しやがってっ!!」

 如何にもヴァレンティーンらしいやり口だと思った。

 と、ヴェンツェル機が、コロニーへ戻ろうとした機体を牽制する様な動きをする。

 「おいおい、お前ら、何でそっちにちょっかい出すかなー」

 そう言っても解っている。あちら側の目的が遂行し終えるまで、あるいは粗方目処が付くまでの囮役をも担っているのだ。それにはちょろちょろとした動きをするアーベントをあちらにやるのは、上手くはない。

 また、どうやら意図を察したらしいシェスティンとライヒアルトも、すぐさまヴェンツェルに習い、逃げようとしたアーベントを攻撃する。白い閃光が、戸惑いもなく帰投しようとした彼らを射抜いた。

 「あいつらまでっ……。ったく、こっちの足下見てくれちゃってぇっ!!」

 あそこまでコロニーに接近されてしまうと、戦艦を繰り出している余裕はないし、出たとしても逆に邪魔だ。あくまでも、コロニーの光子防御壁と砲門、そしてアーベントでの対処しか方法はない。

 もしかすると、あの時のヴェンツェルが難癖を付けつつ了承したのは、ここまで見越していたのではと、勘ぐりたくなるフェリックスだ。ヴァレンティーンがコロニーを攻めるなら、一番面倒な存在になるのは、他でもないフェリックスである。一介のパイロットであったとしても、フェリックスにはヴァレンティーンを阻止することが出来る可能性があった。彼の下にいたヴェンツェルなら、当然そのことは知っていて然るべきだ。また、ヴェンツェルの意図を察し、なおかつ自分達の利を計算して、数瞬も置かずに行動した二人の頭の回転の早さ、そして狡猾さにも眩暈がしそうだ。

 彼らが引かない限り、そして彼らを送り出さない限り、フェリックスはコロニーへとは戻れない。

 勿論、戻るつもりはないが。

 ここで彼らの機体を破壊せずに戻れば、この戦闘が茶番であると見抜かれる可能性がある。それはフェリックス自身の立場をも、危うくするのだ。

 そのことを瞬時に理解したのだろう。

 「全く……。頭の良い坊主達だぜ」

 少しばかりの苦々しさと、そして手放すのは惜しいと言う軍人としての感覚。

 ぐるりと一度転回し、三機と僚機の間に分け入るとドンナーの照準をセットした。

 それぞれを狙おうとした、瞬間。

 『ヘイ、大佐殿(ダーリン)! 後は宜しくぅっ!』

 ライヒアルトの茶化した様な声が聞こえる。

 不意に三機は小惑星群を抜け、白い軌跡を残して疾駆した。

 しかし、延々と逃げるかの様に見えたそれは、彼らとの距離を十分に稼いだからなのだろう、三機同時に反転すると、一気にドンナーへと向かって来る。

 「お前ら、……ホント完璧だな」

 にやりと笑ったフェリックスが、そう呟く。

 その刹那、残った三機全てのドンナーが、濃紺の宇宙を一閃した。




 宙を舞う白い光。そして無音の世界で起こっている爆発。遠く離れた箇所からでも解るそれは、彼らが今まで乗っていた機体だ。

 シェスティンが不意に感じた気配に振り返ると、ライヒアルトが背後にいた。

 そのまま肩に手が掛かるに任せ、もう一度その爆発した方向を見ると、もう既にその光は消えている。更にヴェンツェルもまた、そこへと合流した。

 小惑星に取り付き、迎えを待っている彼らは、何処か呆然とした面持ちで、その消えてしまった自分達の機体が最後にあった場所を見つめている。

 『消えちまったな』

 ヴェンツェルの声が、回線を通して聞こえる。

 『そうだな』

 ライヒアルトの声も、何処か張りがない。

 ぶるっと(かぶり)を振ると、シェスティンはその方向を見るのを止めた。

 『ヴェンツェル、まだか?』

 『もうすぐだと思うぜ』

 何時も通りの少し偉そうで皮肉気な声が返って来る。

 ヴェンツェルの合図があってから、コロニー側の騒動も終息に向かっていた。遠目にも、既に派手な光の乱舞は見えない。

 始末を付けてから戻ったフェリックスをふと思うが、気にするのはらしくないとばかりに頭を振って思考を捨て去る。

 『何やってんの? シェス』

 そんなシェスティンを見て、ライヒアルトが不思議そうに声をかけた。

 『お前は……、……いや…別に』

 言いかけて止めたシェスティンを見て、ライヒアルトが微かに笑った様だ。

 『大丈夫だってば。あの人、一筋縄じゃあいかねぇしさ』

 ライヒアルトにはすっかりとお見通しの様で、何だか少し腹が立つ。

 何故何時も彼には考えていることが解るのだろう。自分はライヒアルトの考えていることなど、あまり解らないのに。そう思う。

 勿論、戦闘などになれば、阿吽の呼吸ではあるが、こうしている時にライヒアルトが何を考えているのか、正直さっぱり解らない。それが悔しかった。

 ライヒアルトにしてみれば実は極々簡単なことで、つまりのところ、何時もシェスティンを見ているからと言うに他ならない。

 そう考えているシェスティンの耳に、ヴェンツェルの声が聞こえた。

 『さて、どうやら迎えが来た様だ』

 彼の声に背後を見返すと、ヘルメットのバイザー部分に着いているレーダーセンサー機能に頼ることなく、視認できる距離にシャトルが見えた。先ほどのカラドボルグの出現状況を知っているから、こんなことではもう驚きはない。

 恐らく、ここでシャトルに収容され、コロニーから十分に離れた位置で、カラドボルグへと乗り込むことになるのだろう。

 シェスティンは少しばかりの興奮を憶えた。

 社交界のパーティで軽くは話したことがあるものの、噂ばかりが先行し実際の人となりなど知ることがなかったヴァレンティーン・エーレンベルクとは、一体どんな男なのだろうかと。シェスティンは軍に入った当初から、ヴァレンティーンには可成り興味を覚えていた。ライヒアルト辺りが聞けば、眉を顰めるかもしれないが、憧れにも似た感情があった。

 情報将校であるにも関わらず、そこに上り詰めるまでに上げた戦績は目を見張るものがあったのだ。そう、フェリックス・レインと互角だろうと言われたその腕。

 レインはそのままパイロットの道を歩み、そしてヴァレンティーンは情報将校の道に進んだ。

 もしも彼らがそのまま同じ舞台に立ったなら、一体どんな未来が見えたのだろう。

 これからそのヴァレンティーンに逢うのだ。シェスティンの期待感は、否応なしに高まった。

 戻るところはなくしたけれど、もうそれでも良い。時は過去には流れない。シェスティンは済んだことを憂えるよりは、まだ見ぬ未来に向けて視線を定めることの方が有益であると考える。

 そう、もう、戻れな──。

 『……いや…まだあったな』

 『シェス?』

 動こうとしないシェスティンを不審に思ったライヒアルトが、そう呼びかける。

 何時も何時も一緒にいた。生まれた頃からのつき合いで、腐れ縁が何時の間にかこうして人生を一緒に歩く者へと変わった。

 『何でもない』

 そう、シェスティンが戻る場所は、ここにあったのだ。


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