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星の扉  作者: 斎木 涼
第一章 Begining――発端
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 その場はあたかも戦場の様だった。

 いや、ここは戦艦であるのだから、戦場にあるのは別段不思議なことはない。だが、現在、その艦は平素とは到底言えない状況である。

 不気味に赤く染まる艦内。耳を劈く様に鳴り響いているアラート音。

 紛う事なき非常事態の証であった。

 中枢部にあるブリッジでは、絶え間なく各部署から届けられるエマージェンシーが聞こえており、それだけで既にクルーはもうパニック状態に陥りそうになる。通常であれば、エマージェンシーごときでこれ程の醜態を晒す者など、この艦に搭乗してはいない。

 クルーが半ば恐慌状態に陥っている原因は、この時代では本来あり得ない、そして発生した場合、助かる術はないとまで言われているトラブルであるからだ。

 そう、これはワープ移行中の事故だった。

 宙域離脱の為、亜空へと突入して間もなくのこと、けたたましいアラートが艦内に響き渡る。そしてそのアラート音の原因を理解した時、クルーは誰もが凍り付いた。ブリッジに報告が成されると同時、彼らは無駄であると知りつつも、直ちに障害箇所であるジェネレーター部の復旧にかかったのだが、やはりそれは徒労に終わる。メインジェネレーターが正常稼働することはなかったのだ。所詮亜空での復旧など出来はしない。そしてそれは、クルー達に死を自覚させた。運良く生き延びる事が出来たとしても、このまま亜空にいる時間が長ければ、人は精神破壊を起こしてしまう。亜空間生命体でもない限りは。

 「総員、直ちに退――」

 「待て」

 必死の形相で、艦長が言い募ろうとした台詞をひったくる様にして、彼は止められてしまった。

 艦長の声を素早く遮ったのは、淡い金色の髪を持つ、未だ青年の域を出ていない様に見える男だ。怒りをその胸に、屈辱のあまり唇を噛んでいるのが見えた。未だ嘗て、この男がこんなに感情を露わにするのを艦長は見た事がなかった。

 そしてそれが艦長に束の間の冷静さをもたらす。

 そう、その制止はもっともなことだ。

 この状況で、一体何処へ退避すれば良いのだろう。命令を発し様とした艦長ですら解らない。緊急脱出用シャトルに全員搭乗出来る訳もなく、そして例え運良く乗り込めたとしても、通常空間でないここから逃れる可能性など殆ど存在しなかった。

 艦が沈む――。

 ただその事実のみが、艦長である彼に、退避の指示を出させるに至ったのだ。

 ワープ中である今、その亜空から脱出出来るかどうかすら危うい……いや、ほぼ不可能に近いシャトルだが、それでも確実に沈むだろう艦の中にいるよりはと言う心理が、そう言わしめたと考えられる。

 そもそもが、φドライブをシャトルのみでやろうとするのが、無謀であるのだ。

 ではどうすればと言いたくなる。思わず鋭い視線をやるが、男はその視線を気にも止めず、けれど苛立ちを含んだ声で鋭く告げる。

 「今ここで、艦の援護も得られない、そして大した出力も持たぬシャトルへ退避させるのは無意味だ。まず、この艦で、この場を抜ける」

 押さえられた声音は、決して諦めていないことを告げている。しかしこの状況下で一体何が出来ると言うのだろう。

 「ではどの様に?! メインジェネレーターは使用不能、個々のサブジェネレーターの出力さえ、七十%は切っている。これで一体どうやって――!」

 ジェネレーターは、エンジン部にある大容量のエネルギー供給装置だ。特に今回イカれているのは、その中でもワープ航法を行う為に重要な役割を果たすメインジェネレーターである。通常航行であれば、サブジェネレーターで十分可能であるが、特殊な航法であるこのφドライブだけは、必要とする出力が段違いな為、サブのみで同出力を叩き出すのはほぼほぼ不可能と言える。

 悲鳴の様な艦長の言葉は、力強いそれによって返された。

 「まず、使用可能であるエネルギー源全てを、サブジェネレーターへ回せ。システムから同期を取り、φドライブへ移行。それを持って出力を最大にし、通常空間へ出るのだ。ワープアウト後のなどは考えずとも良い」

 「なっ――!! それでは、通常空間での航行も不可能となります!!」

 サブジェネレーターでφドライブ航行の為の出力を弾き出すのは無謀の極みだ。一度でもそれを行えば、間違いなく今稼働しているジェネレーターは使い物にならなくなる。メインジェネレーターが使用不可能になった今、サブジェネレーターが頼みの綱であるのに、それまでも潰してしまおうと言うのかと、初めてこの男の真意を疑ってしまう。

 だが返った言葉はにべもなかった。

 「構わん。このまま亜空にいれば、遠からず皆揃って廃人だ。急げ」

 亜空感には通常空間とはまた異なる時間の流れがある。その中にいるのが主観的時間で長期に渡ると、脳がその負荷に耐えられなくなってしまうのだ。

 まずは通常空間へと戻ること。話はそれからだと、彼はそう言っている。

 恐らく、この状況へ陥った原因の一端は、隣の男と先の特務旗艦に搭載されている新型戦闘機にあるだろう。

 いや、新型戦闘機にすらこの男が絡んでいるのだから、原因の一端と言うより、ほぼ全てがこの男の存在にある。

 艦長はそう確信していた。

 あの新型戦闘機は元より、それの論理を与えたこの男は、あまりに有能過ぎる。

 詳細は知らされていないものの、あれが普通の戦闘機でない事くらいは十二分に理解出来た。その秘密は、この男を消してしまえば、特務……と言うよりはその後ろにいる者達のみで独占することが出来る。勿論独占だけが目的ではなく、あまりに切れすぎる頭脳と、有り余る程の行動力に危機感を覚えた何処ぞの誰ぞが、男を葬る決心を付けたのだろう。

 彼の抜けた集団は、優秀ではあるものの、有能には少々劣る。所詮は龍の頭をなくした蜥蜴の尾。

 そう考えたのだろう。

 そしてある意味その考えは正しい。

 けれど。

 それはこの男が戻った時に、鮮やかなまでの逆転劇を見せるだろうことは間違いがなかった。その時を思い浮かべれば、得も言われぬ爽快感が広がってくる。

 ただそれにはまず、この状況を脱することが先決だ。

 取り敢えず、不穏な動きを見せた特務の旗艦ユースティティアへは、亜空へ飛び込む前に報復を果たす事は出来た。少なくとも、あちら側でも程度の差はあれど、この艦と同様の事態が起こっている筈だ。

 誤算は、既にこの艦への仕掛けが済んでいたことであるのだが。

 この男を中心とした結束力は、他に類を見ないほどに堅い。

 だからこそこの状況であれ、絶望感に打ち拉がれつつもクルーは必死に動いている。

 「特務如きが嘗めた真似を……」

 うっそりと、そして小さく囁く様に言うその言葉を、艦長の耳は拾った。

 ふと男の方を見ると、彼は唇に薄笑いを浮かべている。

 あり得ない振動が間隙なくこの艦を襲い、シートから放り出されたブリッジクルーは、呻きつつも必死になって状況の打開を果たそうと這いずり戻ろうとしていた。

 艦長以外に唯一立っていたその男は、鮮やかな微笑みと共に、今のこの状況に怨嗟の言葉を吐き出した。

 「フリードルめ……。私を裏切ったツケは、高くつくぞっ――!!」




 「おい、私のベッドを汚すなと、何度言ったら解る。お前のその頭に詰まっているのはゼリーかプリンかスライムか?」

 誰しもが百万回ほどごめんなさいしたくなる様な、素晴らしく極悪な視線で睨め付けているのは、まるで氷の女神を模した様な最上級のビスクドールの容貌を持つ女性だ。

 だがそれを受け止める男の方は、その彼女に恐れ入っている様には微塵も見えない。

 クリムゾンレッドの軍服を身につけ、ついでにブーツも履いたまま、ベッドで彼は自堕落に寝そべっている。

 煙る様なハニーブロンドは、僅かばかりのウェーブを見せているが、きっちり短く揃えられている為、見苦しいとはほど遠い。垂れ目がちな濃い菫色の瞳は、楽しそうな色を浮かべてのほほんとその視線を受け止めていた。

 「えー、だって何時もはもっと汚れるじゃない。どろどろのぐちゃぐ……ってぇ!」

 卑猥な手つきをしつつ言い返そうとしたが、それは最後までは言うことは適わなかった。

 「シェス! 痛いじゃないよ!」

 シェスと呼ばれたビスクドールが、そこにあった分厚い書物を思いっ切り彼めがけて投げつけ、それを避けようともしなかった彼の頭にクリーンヒットしたからだ。

 「少しは物覚えが良くなったか? アルト」

 腕を組み、ふふんとばかりに顎を気持ち斜めにくいと上げて、見下す様に彼女は言った。さらりと肩を流れ落ちるのは、冴えた銀の髪。高慢な色を湛えた蒼瞳は、ざまあみろと言っている

 「オレは元から物覚えいーの。シェスこそ、オレがここにいたらもっと別のこと思い出すから、汚れるだのなんだの言うんじゃないのー?」

 「貴様……!!」

 下品さ極まりない笑みを浮かべ言うライヒアルトに、シェスティンの導火線より危険な堪忍袋の緒が、ステキな音を立ててブチ切れた。

 男の名をライヒアルト・フィッシャー・ディースカウと良い、女の名をシェスティン・リクセト・オズボーンと言う。

 二人は銀河連邦軍内十三の艦隊の中でも、たった五名しか選ばれることのないエースの中の二名であり、またこの銀河系の中核を担う、六代氏族と呼ばれる者達の一員である。

 軍内部では、一艦隊が途方もない人員を擁する中の頂点、そしてそれを内包する銀河連邦としてもある意味、頂点である立場だとも言える。

 ライヒアルト――アルトは、その中でもディースカウ家の総領息子だ。

 対するシェスティン――シェスは、オズボーン家の長女である。女子ではあるものの、所謂女系の一族であった為、本来ならば跡取りとなるところだったが、継承権は彼女がアルトと婚約した時に、妹へと移っていた。

 六大氏族とは、後の四家のフリードル、カンナギ、ノルトラム、ヴェイナスを含めた一族のことだ。

 この時代、テラノーツと呼ばれるオールドテラ――お伽噺の世界になるほどの昔に地球と呼ばれていた星を発祥とした種は、銀河系の至る所に蔓延り、様々な種と邂逅を果たし、そこで邂逅した種達と共に大きな政府を築いた。

 そして銀河連邦と呼ばれるその組織が確立し、更に年月が流れてその中核を担う者が必要とされ、それが現在の六大氏族と言うことになる。

 各種族から選ばれているとは言え、様々な地への順応が高く様々な種との混血も比較的容易いと言う以外、大した特性も持たないテラノーツが、六代氏族の半数以上を占めているのが、ある意味マイノリティ達の不満を燻らせている原因ともなっている。

 とまれ。

 所謂王子様とお姫様と言っても過言ではない生まれであるものの、どう言う訳かこの二人にそんなほんわか穏やかな雰囲気は欠片もない。

 どう見積もっても、女王様とそこら辺のチンピラである。

 そしてその女王様は、切れた堪忍袋の緒に変わり、手近にあったライティングチェアを徐に持ち上げた。ちなみに普通は持ち上げるのは、大変な重労働である。

 女性の身であるシェスティンがこれほどの馬力を出すことが出来る理由は、彼女を含めライヒアルトも特殊遺伝子持ちであるリヴァーシアンと言うテラノーツから派生した種であるからだ。

 通常のテラノーツをノーマルと呼び、そこから派生した変異種はリヴァーシアンと呼ばれる。

 リヴァーシアンは、生まれ落ちたその時より既にその能力が発現している者、または生まれて暫しの後に、その身に持つ因子が目覚める者と言う二種類に分かれている。遺伝であるとも、変異体であるとも言われているが、事実は未だ不明。ただその遺伝子は、同じ家系であれば発現する確率が高いことは、今までの統計上の事実となっている。

 リヴァーシアンによって差違はあるものの、共通していることは、誰もが一種類、または数種類の卓抜した才能を持ち、大半のテラノーツと比較して、身体能力や知能が須く高かった。だがしかし、それだけではない。

 彼らをリヴァーシアンたらしめているのは、一つの遺伝子の特異性だ。

 『T Not's(沈黙の資質)』。

 略さずに言うと、『The nature of the silence』と言う、『ノーマルをリヴァーシアンへと変異させる理由を秘して語らず』と言う意味からついた名であった。

 謎の多いそれは、現在判明している内容と言えども、何時覆るかは解らない。

 全貌を掴むのは、何時の事になるやもしれぬと言われる程なのだ。

 『T Not's』は、遙か昔、未だテラノーツが、オールドテラに住んでいた頃の置き土産なのかもしれないと言われる始末だった。

 『何でもかんでも、不確かなことをオールドテラにかけるってどうよ』とは、ライヒアルトの弁だが。

 とまれ。

 だからこそ、そのシェスティンが投げつけようとしている物を確認し、その威力を想像したライヒアルトはそれなりに慌てる。

 「ちょ……、ちょっと待て! それ投げられたらオレ、死んじゃうじゃない」

 「賢く生まれ変わってくる事を願っているぞ」

 腹筋と背筋をフルに使って、投げつける準備を始める。

 「いや、だから待ってってば。それ備品じゃなくて持ち込み品なんだから、高いっしょ!!」

 「気にするな」

 女王様は気前が良かった。

 「てかあんたのベッド壊れるし!」

 そこで初めて女王様は我に返ったらしい。ごすんともどすんともどっかんとも言えない擬音が聞こえ、シェスティンがライティングチェアを下ろした。寝るところがなくなるのは、困ると考えたらしい。

 が。

 ほっと胸を撫で下ろすライヒアルトが、再度余計な一言所か、二言三言をのたまってしまったのはほぼ何時も通りとも言えよう。

 「そんな愛想も欠片もないモン投げつけるとかないわー。シェスが俺に飛び込んできてくれるなら、喜んで受け止めるし、跪いて足くらい舐めるのに」

 「このっ……、ド変態!!」

 怒りが再点火した女王様は、そのままデスクの上にあった鶏の卵の二倍以上あるペーパーウェイトをひったくる様にして掴みとると、ライヒアルトへと見事なフォームで投げつけた。

 「うぉぉっ!?」

 下手に手で受ければ骨折間違いなしなそれを、流石に顔面で受ける気にはなれず、ライヒアルトはベッドから転げ落ちる勢いで飛んで避ける。

 凄まじい音に隠れる様にして、床を踏み鳴らす音が聞こえたが、そちらを振り返るよりも前に、被害にあった内部が鋼鉄製のベッドボードを見やる。

 状態は悲惨だ。ベッドボードの装飾は剥がれ落ち内部へ減り込み、ペーパーウェイトもまたひび割れて使い物にならない状態になっている。

 それを確認した彼は、顔面蒼白であった。

 「ちょっと! 流石にこれは……」

 無理やりそこから剥がした視線を、先ほどまでシェスティンがいた場所へと向けると、果たして――。

 「あれ、シェスが出てっちゃったし」

 何時もなら自分がつまみ出される筈であった。予想外のことに考え込むも、数瞬。

 「……ま、いっか」

 今追いかけても、どのみちまた喧嘩だと考え、暫くしてから探すことにする。

 「結局ベッド壊れてるし……」

 あーあ、と、自分が原因であるのに、完全に他人事状態で呟いたラインアルトは、どうやって機嫌を直そうかと考えつつ、時間待ちの為暇つぶしの方法も考えるのだった。


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