さよなら、無の世界
あぁ、夢だ。これは夢である。
そう思いながら私は、曇り空の囲む森の中を歩いている。
手と足が冷たい。
先程から30分程…まぁ、考えてみればここは夢の中であるから、現実の時間は無関係なのだが。
とにかく体感ではそれほどの時間が経っている。
「私がなぜこの世界を夢だと感じたと思うかい。」
「さぁ、分からないね。」
そんな会話を交わすのも、自分の心と、だけである。
誰もいない。ここは無の世界だ。
それがおそらく、この世界を夢だと感じた理由だろう。
何にせよ、このような無意味な夢は、早く覚めてほしい。
そう思った直後、私の耳が感じた、1つの冷たさ。
雪だ。
空が曇っていたのは、その予兆を意味していた。
いわゆる吹雪と形容されるものとは真逆の、粉雪である。
私はしばらく足を止め、その粉雪に目を向けていた。
空は、じっと私を見つめている様でもあり、また、無関心な様でもあった。
そこで、私は眼を開いた。
予想は見事に的中した。やはり夢だった。
とにかく夢だと知って、私の心には平穏が訪れた。
もう少し夢を見ていたかった気持ちが、無い訳ではないのだが。
ふと、窓越しに外を見る。
雪だ。
夢で見た、粉雪と同じ。
正夢と言うのは怖いもので、私は森の中にいたのである。
正しく言えば、森の中の小屋。
ここは、私の住居ではない。
私は誘拐されたのだ。
鉄の檻がそれを物語っている。
なぜ誘拐されたのか。私は何も悪いことをしていないはずなのだが。
ガチャリ、ドアの開く音がした。
ドアの前に立っていたのは、猟師風の格好をした男である。
「やぁ。俺を知っているかな。」
…何の事だか。私は貴方を見たことなど無い。
「まぁ、知っている訳が無いよなぁ…。さて。そろそろ行くぞ。」
そう言われ、私は檻ごと車の助手席に乗せられた。
森を通り抜けていく様子を、私は窓から見ていた。
「外が珍しいのか。それとも車が珍しいのか…。変わった子だな。まぁ、産まれて間も無いしな。」
そうそう、私はまだまだ子供です。
貴方はよく見抜けましたね。
しばらくして、車は停車した。
猟師風の男は、私を持ち上げて、とある建物に入って行った。
迎えたのは、杖をついたご老人であった。
「こちらの子で、間違いはないですか。」
「ありがとうございます。間違いはありません。」
そう言って、猟師風の男はドアを出た。
「さて…これからよろしく。これから、貴方は私の家族です。」
何のことやらわからないが、私はこのご老人と共に住むようである。
とにかく、この人は良さそうな人だ。これからよろしくお願いします。
そのような気持ちを込めて、私は精いっぱいの気持ちで、「わん」と鳴いた。
窓の外には、まだ雪が舞っています。