帰り道
ここは銘東高校の陸上部
銘東高校はかなり有名なスポーツ校で、毎年全国からスポーツ推薦で入学をする生徒が多数いる
だが一般入学の偏差値はかなり低く、名前を書いただけで入れるとも有名な高校だった
「お疲れー」
「お疲れさまでしたー」
部活が終わり、部員達は次々に帰って行く
もちろんこの【伊藤 健治】も同じだった
「ふぅ、疲れたな、、、」
伊藤はタオルで汗を拭った
伊藤の種目は200メートル
彼は身の丈に合わない練習を毎日こなし、体力ギリギリのところで踏ん張っていた
というのも、伊藤はスポーツ推薦ではなく一般入学生だった
入部テストを受け、何の間違いがあったのか、入部出来てしまったのだ
伊藤は小中学校と、別段スポーツが好きな訳ではなかった
得意ではないが苦手でもなく、特に陸上競技というモノに興味を持った事がなかった
そんな伊藤が、何故陸上部に入ったのかというと、、、
「片瀬先輩!お疲れさまです!」
「さようなら!片瀬さん!」
女子部員達は部活を終え、部室に帰ろうとする片瀬に挨拶していた
伊藤はこの、片瀬香織という人物に片思いしていた
高跳びの選手で、インターハイ決勝の常連である片瀬は、見た目の美しさも加わり、憧れる人が多かった
伊藤もその1人で、なんとか仲良くなりたくて陸上部に入部したのだ
(相変わらず綺麗だなぁ、片瀬先輩、、、)
伊藤は離れた場所から片瀬に見とれていた
「ケンジくーん!!」
すると伊藤の名を呼ぶ声がした
三河奈津実である
三河は伊藤と同じ一年で、種目はこれまた同じ200メートル
元気で、いつも笑顔で、愛嬌のある子だった
「、、、三河か なんの用だよ?」
伊藤は少し怪訝な声色になった
「今日も一緒に帰ろ!!」
そう言いながら三河は伊藤の腕を引く
「バッ、、、ちょ、やめろって!」
伊藤は三河を苦手としていた
別に三河は悪いやつじゃないしむしろ良いやつだと思っている
みんなに優しいし明るいし、もちろん伊藤も、三河の事が嫌いな訳ではなかった
ただ、、、
「あ、片瀬先輩!お疲れさまでした!」
片瀬が歩いてくるのに気づいた三河は挨拶する
「あっ!」
伊藤も慌てて三河の手を振りほどき、一礼する
「お、お疲れさまです!片瀬先輩!」
伊藤はいつもガチガチに緊張しながら挨拶してしまう
「うん 三河さん 伊藤くん お疲れさま」
片瀬は天使のような優しい笑顔で挨拶する
片瀬は陸上で常に良い結果を残し、凄く綺麗で周りもチヤホヤするのに全く高飛車な様子がない
しかもどうやら数多い部員の名前も全員把握しているみたいで、何の活躍も出来ていない伊藤の名前もしっかり覚えていた
伊藤は片瀬のそんなところも好きだった
「じゃあ帰ろっか!!」
三河はまた満面の笑みで伊藤を帰りに誘う
「、、、はぁ、ちょっと待っとけよ、着替えてくるから」
三河が近くにいると話しかけづらくてなかなか片瀬と仲良くなれない
毎日こうして帰りを誘われると、片瀬に変な勘違いをされそうで、、、
それが伊藤が三河を苦手としている理由だった
(まあ勘違いとか関係なく、そう簡単に仲良くなんてなれないんだけどな、、、)
伊藤はどうしたら片瀬と仲良くなれるのかいつも考えているが方法が思い浮かばない
唯一あるとすれば帰りに誘うぐらいなのだが三河が来るのでこれも難しいのだ
「早く着替えてねー!!」
「お前はいつも着替えんの早いよな」
こうして毎日、三河と歩く帰り道にも伊藤は慣れていた
「なぁ、、、どうすりゃ良いと思う?」
「どうするって、、、何をだよ?」
伊藤は昼休みの教室で親友の東翔太と話していた
「片瀬先輩の事に決まってんだろ!?どうすりゃもっと仲良くなれんのかなぁ、、、」
伊藤はやっつけに卵焼きを頬張る
「まあ難しいよなぁ、、、お前は別段かっこよくもないし勉強も出来ない 陸上も全然だし話が面白い訳でもない」
東は遠慮なくズバズバ言った
「う、、、」
間違いなく事実なため、伊藤は言い返す事が出来なかった
「しかもお前は奈津美ちゃんと仲良さげにしてるからな~ 付き合ってるのかとか思われてるかもな」
「、、、だよな、、、その印象もちょっとは邪魔してんだよなぁ、、、」
すると三河が弁当を持って教室に入ってきた
「ケンジ君!ショウタ君!一緒に食べていい!?」
三河はそう言いながら弁当を2人の間あたりに置く
「何の話してたの?」
三河はそれとなく訊ねた
「ああ、健治がさ、片瀬せ、、、」
ボコッ!
伊藤はいきなり東を殴った
「いってえっ!何すんだよ!」
「バカ!言うんじゃねえよ!」
「なんで!?」
「、、、、、」
伊藤は三河を気にしながら東に耳打ちする
「あいつにンナ事知られてみろよ 毎日からかわれた挙げ句、片瀬先輩に言われるかも知れねえじゃねえか!」
「、、、ふ~ん、俺は知っといてもらった方が得だと思うけどね」
冗談じゃない、と伊藤は思った
(毎日それをネタにニタニタ近づいてくるに決まってる!)
伊藤はキッと三河を見た
「2人はいっつも仲良いね~」
三河はそう言いながら食事をすすめる
3人はいつもたわいない雑談をしながら昼休みを過ごしていた
キーンコーンカーンコーン
放課後になった
伊藤はいつものように陸上部に向かおうとしていた
「おい健治」
いつもは部活前に声をかけない東が伊藤に声をかけた
「ん?」
「お前さ、部活の後とかに片瀬先輩と喋りたいんだろ?」
「え?ま、まあな、、、」
「だったらさ 今日、俺が奈津実ちゃんと帰ってやろうか 俺のサッカー部の方が陸上部よりいつも早く終わるしな」
「、、、?」
伊藤はよく意味が分からず首を傾げた
「だから、お前は部活が終わった後に片瀬先輩に話しかけたいけど奈津実ちゃんが帰りを誘ってくるから無理なんだろ?じゃあ俺が強引にでも奈津実ちゃんを健治のとこに行かせなけりゃお前もやりやすいんじゃねえのか?」
「、、、なるほど」
伊藤はやっと意味を理解した
(確かにその方が話しかけるチャンスは作れるな、、、でも、、、)
「いいよ ンナ事しなくて」
「え?」
「なんか、、、情けねえよ お前にそこまでしてもらわねえと片瀬先輩に話しかける事も出来ないなんて」
「でもよ、なんとか仲良くなりたいんだろ?」
「そりゃなりたいけど、、、それはもっと正々堂々とした方法でだ!」
伊藤はきっぱり言い切った
「なんだそりゃ?」
「ま、まあとにかく俺なら大丈夫だ!心配すんな!」
伊藤はひたすらに虚勢を張る事しか出来なかった
その日も部活が終わり、伊藤は水道で顔を洗っていた
「ふぅ~、気持ちいいなぁ~」
練習後の冷たい水は伊藤にとって欠かせないモノになっていた
「お疲れさま 伊藤くん」
すると片瀬が水道を使用しに隣に来ていた
「あ、、、お、お疲れさまです!」
伊藤は慌ててタオルで顔を拭きながら言った
「練習の後に顔を洗うのって気持ちいいわよね」
片瀬はそう言いながら水で顔を洗った
「は、はい、俺、いつもここ使ってるんです」
伊藤は水道の蛇口をまわし、水を止めながら言った
「へぇ~ そうなんだ じゃあ私もこれからはここの水道を使おうかな」
片瀬はタオルで顔を拭き、優しく笑った
「え、、、」
片瀬の言葉に伊藤は素直にドキッとした
「そ、それが良いと思います!オススメですよここの水道は!」
「はは!オススメって何なの??」
片瀬は笑いながらこたえた
それから10分ほど 何気ない会話をしていた
(なんか夢みたいだな、、、片瀬先輩とこんなに話せるなんて)
2人は水道に腰かけていた
「あ、そういえば三河さんは?」
「え?」
「いつも一緒に帰ってるみたいだけど、、、今日はいいの?」
「え、、、あ、あれはたまたまなんですよ!帰る方向が同じだから!待ち合わせしてる訳でもありませんし!」
伊藤はこれを機にそういう意識を持たないでもらおうと強く説明した
「そうだったんだ 付き合ってるのかと思ってた」
片瀬はニコッと笑いながら言った
「いえいえそんな、、、」
(くっ、、、やっぱりそう思われてたのか、、、)
伊藤はそう思ったあと、ある事が気になった
(、、、そういや、、、なんで三河のやつ、今日はこないんだ、、、?)
するとふと、校門にいる三河が目に入った
(あ、、、三河、あいつ何してんだ、、、?)
よく見ると、東と話しているのが分かった
「、、、翔太、、、?」
校門付近で東は三河を帰りに誘っていた
「いいじゃん奈津実ちゃん たまには一緒に帰ろうぜ」
東は三河の手を引きながら言った
「でも、私はケンジ君と、、、」
「おい!!」
その声に2人は振り返った
走ってやってきたのは伊藤だった
「ケンジ君、、、?」
三河は何故か急いでやって来た伊藤を不思議に思った
「おい翔太!余計な事しなくて良いっつったろ!」
「なにしてんだよ健治 今片瀬先輩と話せてたんじゃねえの?」
「ばっ!お前言うなって、、、!!」
伊藤は三河を気にしながら東の口を塞いだ
「、、、?片瀬先輩?」
三河は何のことやらと首を傾げた
「そうだよ コイツ、片瀬先輩の事が好きなんだってよ」
東は伊藤の手を押しのけた
「、、、え?」
「お、おい、、、!」
「でもいつも奈津実ちゃんが帰りを誘うだろ?それを片瀬先輩に勘違いされそうで嫌だったんだと」
「、、、、、」
全てを聞いた三河は伊藤の顔を見る
「い、、いや、、、あの、、、嫌とかじゃ、、、」
伊藤は何を言っても言い訳にしかならないと分かっていた
「、、、そっか、、、」
三河はそうゆっくりと呟き、歩き出した
「三河!」
「ショウタ君、、、やっぱり私、今日はもう帰るね、、、」
三河は伊藤の呼びかけには反応せず、東に一言断りを入れ、去ってしまった
「あ、、、」
伊藤は三河にかける言葉も見つからなかった
「、、、おい翔太!!言うなっつっただろうが!」
伊藤は東の胸ぐらを掴んだ
「なに怒ってんだよ これで良かったじゃねえか これからは部活終わりに片瀬先輩といれるじゃん」
「、、、そ、そうだけど、、、」
(あれ、、、なんで俺、こんなに怒ってんだ、、、?)
伊藤は自分の感情が自分でよく分からなかった
「離せよ」
東は伊藤の手を振り払う
「とにかく、お前が本当の意味で、自分の気持ちに素直になりゃいい話だろ?」
「え、、、?」
「じゃあな、まあお前なりに頑張れよ」
東は後ろ手に手を振りながら帰っていった
制服に着替え、伊藤は家に向かって歩いていた
「、、、、、」
伊藤はふと、アスファルトの隙間から咲いている花を見た
『ねぇーケンジ君!こんなところからお花咲いてるよ!』
「、、、、、」
伊藤は次に、コンビニを見た
『やっぱり飲むならいちごオレだよね!』
「、、、、、」
伊藤はなんとも言えない虚無感に襲われていた
「、、、なんでだろうな、、、ただ家に向かって歩いてるだけなのに、、、」
(いつもより、、、)
伊藤は自分の胸にぐっと拳を押し付けた
翌日 放課後
伊藤はいつもの水道で顔を洗っていた
「お疲れさま 伊藤くん」
すると昨日同様、片瀬がやってきた
「あ、、、お疲れ様です 片瀬先輩」
「、、、? どうしたの?元気ないみたいね」
片瀬は心配そうに伊藤の顔を覗き込む
「いえ、、、大丈夫です」
伊藤は笑顔でこたえ、またバシャバシャと顔を洗い出した
「、、、、、」
伊藤は昨日の三河を思い出していた
『、、、そっか、、、』
「、、、、、」
(初めて見た、、、三河のあんな顔、、、)
伊藤は水道の蛇口をひねり、水を止めた
「、、、、、」
伊藤は、三河が消えていきそうな錯覚にとらわれた
『とにかく、お前が本当の意味で、自分の気持ちに素直になりゃいい話だろ?』
「、、、、、」
伊藤は東の言葉を思い出しながら一気にタオルで濡れた顔を拭った
「、、、、、よし」
伊藤は静かに呟いた
「?」
片瀬は不思議そうに伊藤を見る
「片瀬先輩!」
伊藤は意を決し、片瀬の方を見た
「え、、?は、はい」
片瀬は思わず水道を止め、返事をした
「あの、、、俺、、、」
「、、、、、」
片瀬は黙って伊藤と正面で向き合っていた
「俺、、、行ってきます!」
「、、、え?」
片瀬は思わず聞き返した
「早く行かないとダメなんです!今日はお疲れ様でした!」
「あ、う、うん お疲れ様」
片瀬が返事を終えるのと同時に伊藤は更衣室に向かって走っていった
「、、、真っ直ぐな子ね、、、」
片瀬は伊藤の後ろ姿を見ながら安心したよな表情で呟いた
「、、、、、」
三河は今日もまた、1人で帰っていた
『コイツ、片瀬先輩の事が好きなんだってよ』
「、、、、、」
三河は東の言葉を思い出し、グッと目に力を込めた
(そんな事分かってたよ、、、ケンジ君が、私の事なんて見てないって、、、)
三河は今までの色んな伊藤の姿を思い出していた
(でも、、、毎日たくさん話しかけたりすれば、、、一緒に帰ったりすれば、、、ケンジ君の気持ちが変わるんじゃないかなって、、、)
三河は伊藤を思い出す度に、涙がこぼれそうになった
(簡単じゃないって分かってた、、、無理かもしれないって分かってた、、、)
三河は、伊藤と片瀬が仲良く喋っている姿を想像してしまった
(、、、分かってたのに、、、)
ついに三河の瞳から、涙が溢れ出してしまった
「三河!!」
すると後ろから、自分を呼ぶ声が聞こえた
(、、、え?)
三河は勢いよく振り返った
そこには、息が切れて膝に手をつきながらも、三河の目を見ている伊藤の姿があった
「ケ、、、ケンジ君、、、?」
「三河、、、はぁはぁ、、、一緒に帰ろうぜ、、、」
伊藤は限界ギリギリで走ってきたようだ 立っているのも辛そうである
「え、、、か、片瀬先輩は?」
「、、、片瀬先輩じゃなくて、三河と一緒にいたいんだ 俺は」
「、、、、、」
三河はその言葉にまた、涙が溢れ出した
「、、、え、、、ど、どうしたんだよ三河、、、」
急に泣き崩れてしまった三河の様子を、伊藤は心配そうにうかがう
「、、、バカ」
「、、、え?」
三河はバッと顔を上げた
「バカバカバカ!遅いよ!遅すぎだよ!」
三河は伊藤の胸や頭をポコポコ叩いた
「ご、ごめんな 明日はもっと早く来るから、、、」
「、、、私なんて、、、もう何ヶ月も待ってたんだよ、、、?」
三河はコテンと額を伊藤の胸に傾けた
「、、、え、、、?」
「、、、、、」
三河は振り返り、前を向いて小走りした
「あ、三河、、、」
伊藤が呼びかけると、三河はクルッと振り返った
「、、、一緒に帰ろ?」
三河は嬉しそうにニコッと笑った
「、、、ああ」
伊藤健治
三河奈津美
その日から2人の帰り道には、、、、、
毎日、幸せな影が刻まれる事になった
最後まで読んで頂きありがとうございます!
何かしらコメントして頂ければ嬉しい限りです!
これからもよろしくお願いします!