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短編集

月鬼−つきおに−

作者:

紅の瞳に鮮血が飛び散る様が鮮やかに写って、忌々しいはずのその紅を身に纏った男はどうしてだかとても、美しく見えた。


「ふん」


顔色一つ変えず、その場にいた人間全てを一刀の元に切り殺した男は無造作に刀を振るい、血を飛ばす。


そして洞窟の一番奥……岩牢に鎖で繋がれている少女に視線を向けた。


牢の中で少女の細い手足は頑丈な枷を付けられ、部屋の四隅に繋がれた鎖で吊されていた。


老人のように白い髪はすだれのように流れ落ち、生気もなく宙をさ迷う瞳は紅。


人にはない異貌を持つ少女は鬼と呼ばれる人外の存在。


住んでいた里を焼かれ、同胞を殺され、幼かった少女だけが捕まり、この岩牢に捕われた。

どうして同胞を殺されたのか、どうして己だけこうして囚われ続けているのかその理由を少女は知らない。

ただ、この岩牢に繋がれ、そしてごく希に枷をつけられたまま人間の言うがままに力を振るう。

それだけの生。

怒りも苦しみも悲しみも何も感じない。

ただ、永久にも近い永の時を生きるだけだった。


今日、この日までは。


永い永い間人に囚われ続けた鬼の虚ろな瞳に男は忌々しそうに舌打ちした。


男の髪は少女と同じ白。そしてその瞳は少女のものよりも鮮やかな紅。同胞にしか分からぬ感覚が目の前の男が己よりも強いと訴えかける。


強い強い純血の鬼。


男もまた、鬼と呼ばれる存在だった。


「無様だな」


眉を顰めながらそうはき捨てるなり刀が月光を跳ね返し、そして金属が砕ける音と共に少女を戒める鎖が砕け落ちた。


「…………あ」


萎えた足では衝撃に耐え切れずそのまま無様に地面に倒れこむ。のろのろと顔を上げれば眉をしかめたまま自分を見下ろす男の姿。

もう、遠い記憶の彼方で薄れかけていた同胞の証である紅の瞳に心の奥で何かでちりっとはじけた。


男は少女の眼前に血に濡れた刀を突きつける。


冷たい紅と銀が混じりあう。だが、不思議と恐怖は感じなかった。ただ理解できない熱が胸に燻り続け、少女の心に広がる。


「誇り高き鬼。その純血種でありながら誇りを忘れ、己をなくしたか」


冷たい声。言葉。手を差し伸べることなく無様にもがくしかない少女を見つめる。


「選べ。誇りを取り戻し生きるのかそれともこの場で俺に切られるのかを」


少女の暗い紅と男の鮮やかな紅が刹那重なる。広がる熱は熱さを増していく、熱は忘れ去られた何かを表に押しやり張り付いた氷を溶かしていく。


「う………あ、……わた……し、は………」


少女の瞳に徐々に、本当に徐々に光が戻る。

萎えた手足を無理やり動かし、それでも何度も倒れこみ、また、立ち上がろうともがく。声を何年も発することのなかった声帯はその機能を忘れたかのように言葉を紡いでくれない。咳き込みながらも少女は言葉を届ける。


熱い熱い。ただ熱くて。

熱は叫びに変わる。


「わたし、は!」


熱が力に変わる。それはきっと永い永いあいだ抑圧されて続けていた感情の吐露。

よろよろと壁を支えにしながら細い手足でどうにか身体を起き上がらせる。


暗い紅の瞳に感情が弾けた。


「生き、たい………生きたいよぉ!」


生まれたての赤ん坊があげる産声のような叫び。


いや、感情と心を氷つかせていた彼女はまさに今生まれたと言えるのかもしれない。


ならばこの叫びは正しく産声。

世界に己の存在を主張する彼女の魂の産声だ。


荒い息をし、よろけながらも一歩男の方へ歩き出す。


生きたい。ただそれだけを願った。


熱かった。胸の奥も頬も。

その熱が彼女が生きていると教えてくれる。


よろよろと頼りない足取りで何度も転び、もがきながら少女は男の元を目指す。


あと、一歩という所で少女の体が傾いていく。地面に再び叩きつけられるはずの体を伸ばされた腕が抱き止める。


「ならば、生きろ」


抱き締められた感覚と共に降ってきた言葉に少女の目から涙が零れ、それは月の光に照らされながら流れ落ちていった。



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