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今日も弟が後ろをついてくる

作者: 有梨束
掲載日:2026/09/09

て、て、て。

廊下をすたこら歩いていく私の後ろを一生懸命についてくる、影あり。


うむ、振り返った方がいいかしら。

私ちょっと急ぎの用があって、構っている時間もあまりないのだけれど。


隠れようとしている可能性もあるし、私の足のスピードが速くて追いつけていない可能性もあるし…。

うーん、侍女やメイド、廊下になし。

人の気配も他にない、…いいか、振り返っても。


そう思って、足を止めることなく一気に振り返った。


「ばあ!」

思いっきり両手を広げてみせると、すぐそばまで来ていた3歳児ほどの男の子がきょとんとしてから、破顔した。


「きゃはははっ、なんで姉さま、ボクがいるってわかったのぉっ?」

「わかるわよ。姉様にはすぐにわかっちゃうんだから!」

「アロン、こっそりしてたよぉ?」

「それでもわかるの、アロンのことなんて姉様はお見通しなんだからっ!」

「へへへ、姉さま〜!」

そう言って、追いついた弟のアロンは、両手を広げてきた。


「抱っこ!」

「もう〜、いつまでもお子ちゃまなんだから〜」

「アロン、まだ3歳だもん!」

「はいはい、姉様は今日忙しいのよ。だから、抱っこしている暇がないの」

「ええぇ〜っ!」

ブーイングが来ても、抱っこはしてあげない。

その代わりに、可愛い弟に手を差し出した。


「だから、あとでね。姉様はこれからウェディングドレスのデザインの話をデザイナーとするんだけど、アロンはどうする?」

「それ、たのしい?」

「ん〜、姉様は楽しいかな」

「じゃあ、一緒に行くっ!」

「ええ、じゃあ手を繋いで行きましょう」

「うんっ!」

無邪気に握ってくるアロンの手に、私は曖昧に笑って誤魔化した。


一生懸命私の歩幅に合わせようとしてくるのはいじらしくて、なるべくスピードを合わせていく。

これははたから見たら、いい姉なのだろうか。

この手を握っていると不安になるのは、きっと私だけだろう。



「アロン、あんまり姉様の後ろばっかり歩いてきちゃダメよ?」

「だって、姉さましかボクと遊んでくれないんだもん」

「それは、そうだけどぉ…」

うーん、難しいなぁ…、なんて思っているうちに、デザイナーのいる部屋に来ていた。


「アロン、姉様大人の人とお喋りしているから、静かにね」

「はーい」

「よかったら、アロンも姉様のドレス選んでね」

「姉様のドレス!一番可愛いのがいいよ!」

「ふふふ、じゃあ一緒に選んでもらおうかな」

「うんっ!」

そう言って、アロンに言い聞かせてから、部屋へと入っていった。


ドレス選びは順調で、アロンが途中で「つまんなーいっ!」と部屋を飛び出していく以外は、特に何も起こらなかった。


ずっと構っているわけにもいかないし、アロンのことはあとで慰めようと思って、私はドレス選びの方に集中した。

婚約者の意向も聞きつつ、相応しいドレスを選ぶのって、意外と大変なのね。

でも、もう結婚式を挙げたら、この家の人間ではなくなる。


そうしたら、アロンのことはどうしたらいいのかしらね。



そんなことを頭の片隅で思っていることを、あの弟はわかっているのだろうか。

きっと、知らないのだ。

だって、まだ3歳だしね。



ようやく終わったドレス選びから、廊下に出ると、昼寝に最適な程よい時間になっていた。

外はほんのりあたたかく、ほんのり日差し。

アロンを誘って、庭でピクニックみたいなことでもしようかしら。

そうしたら、機嫌もなおるでしょう。


なんて思っているうちに、また後ろに気配を感じた。

振り返ると、こちらに走って向かっているアロンが見えた。


「姉さま!」

「アロン、どこに行ってたの?」

「どこか!」

「もう、何それ。姉様は用事が終わって、お勉強まで時間があるのだけれど、アロンはどうする?」

そう訊くと、にんまり笑って、私に手を伸ばしてきた。


「姉さまと一緒にいるっ!抱っこ!」

「はいはい」

そう言って、よっこらしょと弟を抱えた。

抱き上げられて、アロンはキャッキャしている。

可愛い弟の顔がすぐそばで見られるのは嬉しいが、やはりモヤッともするのだ。


その時、聞き覚えのあるザラッとしたまた別の声がした。

低くて、アロンとは大違いの声。


「おい、何をしているんだ?」

「あら、お兄様」

「兄さまっ!」

私の腕の中からアロンはお兄様に手を伸ばしたけれど、兄は怪訝な顔をするだけだ。


「なんだその変な仕草は。荷物でも抱えているみたいな」

「あー、これはそのぉー、…アロンをこうやって抱っこしていたなぁと思いまして」

私が歯切れ悪くそう言うと、兄はもっと険しい顔になって、ため息を吐いた。


「アロンを抱っこできるほど、お前だってそんなに大きくなかっただろう?」

「少しはできましたよ?私だって、8歳でしたし」

「もう10年も前の話をするなんて、お前はもうすぐ嫁ぐんだからシャキッとしなさい」

「だって、懐かしんでしまいますよ。…私、もうすぐここから出ていくんですよ?」

私が首を傾けると、腕の中にいるアロンも一緒に首を傾けた。


お兄様には見えていないアロンだけれど、何かを感じ取ったのか、少しだけ穏やかに笑った。



「アロンが亡くなってもう10年も経つのか。そりゃあ、お前も大きくなるわけだ」

そう言って、普段ならしないのに、そっと私の頭を撫でてきた。

その手のひらのぬくもりを感じて、思わずホッとする。

アロンはいくら手を繋いでも、抱っこしても、体温を感じないから心許ない気持ちになるのだ。


「あーっ!姉さまだけずるいっ!ボクも頭撫でてほしいっ!」

「ふふっ、お兄様。よかったら、少し庭に出ませんか?」

「ん?なんだ、お前も私もそこまで暇じゃないだろう」

「あの子が…、アロンが亡くなった時に植えた木に花が咲く頃だと思うんです。見納めに付き合ってくださいません?」

「……紅茶と茶菓子を用意するように言ってくる。先に行っていてくれ」

「ええ、ありがとうございます」

お兄様の背中を見送りながら、アロンの頭を撫でた。


何も触れている感触がしない、当然あたたかくもない。

でも、目の前のアロンは満足げにしている。



「ボクの木、ボクも一緒に見にいくっ!」

「それはいいけど、あなた。10年歳を重ねていたらもう13歳なのに、いつまで3歳でいる気なの?」

「アロンはずっと3歳だよっ!」

「あら、そう。霊って歳取らないのね」

「姉さまが歳取っちゃっただけだもん」

「あらっ、失礼しちゃうわ!」

そう言う私に、ケタケタと笑うところを見るに、無邪気な3歳児というよりは、中身はしっかり成長している気もする。



アロンが亡くなってから、アロンの姿を見える人は誰一人いなかった。

だから、いつまでもこの家にふらっと現れるアロンに、私だけが構ってしまう。


「ねえ、アロン。あなたに一つ聞きたいことがあったのだけれど」

「なーに?」

3歳児のアロンを抱き抱えたまま、廊下を歩いていく。


「私、もうすぐ嫁ぐけど、あなたどうする気?私以外とお喋りできないじゃない?」

「むむむっ、それは困っちゃうね!」

「困っちゃうの?」

「困っちゃうよ!」

「あら、でも私ずっとここにはいられないわよ?」

「じゃあ、アロンも姉さまと同じ家に行く〜!」

「ええぇっ、それも厳しいと思うけどなぁ〜…」


アロンの発言に誰もいないことを確認しながら、返事をする。


まあ、そうなったらそうなったで、また考えるかぁ。


そんなことで少し悩みながらも、アロンがいることもやっぱり少しは嬉しくて、私は一人庭に向かったのだった。








了

お読みくださりありがとうございました!!

251日目。

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