今日も弟が後ろをついてくる
て、て、て。
廊下をすたこら歩いていく私の後ろを一生懸命についてくる、影あり。
うむ、振り返った方がいいかしら。
私ちょっと急ぎの用があって、構っている時間もあまりないのだけれど。
隠れようとしている可能性もあるし、私の足のスピードが速くて追いつけていない可能性もあるし…。
うーん、侍女やメイド、廊下になし。
人の気配も他にない、…いいか、振り返っても。
そう思って、足を止めることなく一気に振り返った。
「ばあ!」
思いっきり両手を広げてみせると、すぐそばまで来ていた3歳児ほどの男の子がきょとんとしてから、破顔した。
「きゃはははっ、なんで姉さま、ボクがいるってわかったのぉっ?」
「わかるわよ。姉様にはすぐにわかっちゃうんだから!」
「アロン、こっそりしてたよぉ?」
「それでもわかるの、アロンのことなんて姉様はお見通しなんだからっ!」
「へへへ、姉さま〜!」
そう言って、追いついた弟のアロンは、両手を広げてきた。
「抱っこ!」
「もう〜、いつまでもお子ちゃまなんだから〜」
「アロン、まだ3歳だもん!」
「はいはい、姉様は今日忙しいのよ。だから、抱っこしている暇がないの」
「ええぇ〜っ!」
ブーイングが来ても、抱っこはしてあげない。
その代わりに、可愛い弟に手を差し出した。
「だから、あとでね。姉様はこれからウェディングドレスのデザインの話をデザイナーとするんだけど、アロンはどうする?」
「それ、たのしい?」
「ん〜、姉様は楽しいかな」
「じゃあ、一緒に行くっ!」
「ええ、じゃあ手を繋いで行きましょう」
「うんっ!」
無邪気に握ってくるアロンの手に、私は曖昧に笑って誤魔化した。
一生懸命私の歩幅に合わせようとしてくるのはいじらしくて、なるべくスピードを合わせていく。
これははたから見たら、いい姉なのだろうか。
この手を握っていると不安になるのは、きっと私だけだろう。
「アロン、あんまり姉様の後ろばっかり歩いてきちゃダメよ?」
「だって、姉さましかボクと遊んでくれないんだもん」
「それは、そうだけどぉ…」
うーん、難しいなぁ…、なんて思っているうちに、デザイナーのいる部屋に来ていた。
「アロン、姉様大人の人とお喋りしているから、静かにね」
「はーい」
「よかったら、アロンも姉様のドレス選んでね」
「姉様のドレス!一番可愛いのがいいよ!」
「ふふふ、じゃあ一緒に選んでもらおうかな」
「うんっ!」
そう言って、アロンに言い聞かせてから、部屋へと入っていった。
ドレス選びは順調で、アロンが途中で「つまんなーいっ!」と部屋を飛び出していく以外は、特に何も起こらなかった。
ずっと構っているわけにもいかないし、アロンのことはあとで慰めようと思って、私はドレス選びの方に集中した。
婚約者の意向も聞きつつ、相応しいドレスを選ぶのって、意外と大変なのね。
でも、もう結婚式を挙げたら、この家の人間ではなくなる。
そうしたら、アロンのことはどうしたらいいのかしらね。
そんなことを頭の片隅で思っていることを、あの弟はわかっているのだろうか。
きっと、知らないのだ。
だって、まだ3歳だしね。
ようやく終わったドレス選びから、廊下に出ると、昼寝に最適な程よい時間になっていた。
外はほんのりあたたかく、ほんのり日差し。
アロンを誘って、庭でピクニックみたいなことでもしようかしら。
そうしたら、機嫌もなおるでしょう。
なんて思っているうちに、また後ろに気配を感じた。
振り返ると、こちらに走って向かっているアロンが見えた。
「姉さま!」
「アロン、どこに行ってたの?」
「どこか!」
「もう、何それ。姉様は用事が終わって、お勉強まで時間があるのだけれど、アロンはどうする?」
そう訊くと、にんまり笑って、私に手を伸ばしてきた。
「姉さまと一緒にいるっ!抱っこ!」
「はいはい」
そう言って、よっこらしょと弟を抱えた。
抱き上げられて、アロンはキャッキャしている。
可愛い弟の顔がすぐそばで見られるのは嬉しいが、やはりモヤッともするのだ。
その時、聞き覚えのあるザラッとしたまた別の声がした。
低くて、アロンとは大違いの声。
「おい、何をしているんだ?」
「あら、お兄様」
「兄さまっ!」
私の腕の中からアロンはお兄様に手を伸ばしたけれど、兄は怪訝な顔をするだけだ。
「なんだその変な仕草は。荷物でも抱えているみたいな」
「あー、これはそのぉー、…アロンをこうやって抱っこしていたなぁと思いまして」
私が歯切れ悪くそう言うと、兄はもっと険しい顔になって、ため息を吐いた。
「アロンを抱っこできるほど、お前だってそんなに大きくなかっただろう?」
「少しはできましたよ?私だって、8歳でしたし」
「もう10年も前の話をするなんて、お前はもうすぐ嫁ぐんだからシャキッとしなさい」
「だって、懐かしんでしまいますよ。…私、もうすぐここから出ていくんですよ?」
私が首を傾けると、腕の中にいるアロンも一緒に首を傾けた。
お兄様には見えていないアロンだけれど、何かを感じ取ったのか、少しだけ穏やかに笑った。
「アロンが亡くなってもう10年も経つのか。そりゃあ、お前も大きくなるわけだ」
そう言って、普段ならしないのに、そっと私の頭を撫でてきた。
その手のひらのぬくもりを感じて、思わずホッとする。
アロンはいくら手を繋いでも、抱っこしても、体温を感じないから心許ない気持ちになるのだ。
「あーっ!姉さまだけずるいっ!ボクも頭撫でてほしいっ!」
「ふふっ、お兄様。よかったら、少し庭に出ませんか?」
「ん?なんだ、お前も私もそこまで暇じゃないだろう」
「あの子が…、アロンが亡くなった時に植えた木に花が咲く頃だと思うんです。見納めに付き合ってくださいません?」
「……紅茶と茶菓子を用意するように言ってくる。先に行っていてくれ」
「ええ、ありがとうございます」
お兄様の背中を見送りながら、アロンの頭を撫でた。
何も触れている感触がしない、当然あたたかくもない。
でも、目の前のアロンは満足げにしている。
「ボクの木、ボクも一緒に見にいくっ!」
「それはいいけど、あなた。10年歳を重ねていたらもう13歳なのに、いつまで3歳でいる気なの?」
「アロンはずっと3歳だよっ!」
「あら、そう。霊って歳取らないのね」
「姉さまが歳取っちゃっただけだもん」
「あらっ、失礼しちゃうわ!」
そう言う私に、ケタケタと笑うところを見るに、無邪気な3歳児というよりは、中身はしっかり成長している気もする。
アロンが亡くなってから、アロンの姿を見える人は誰一人いなかった。
だから、いつまでもこの家にふらっと現れるアロンに、私だけが構ってしまう。
「ねえ、アロン。あなたに一つ聞きたいことがあったのだけれど」
「なーに?」
3歳児のアロンを抱き抱えたまま、廊下を歩いていく。
「私、もうすぐ嫁ぐけど、あなたどうする気?私以外とお喋りできないじゃない?」
「むむむっ、それは困っちゃうね!」
「困っちゃうの?」
「困っちゃうよ!」
「あら、でも私ずっとここにはいられないわよ?」
「じゃあ、アロンも姉さまと同じ家に行く〜!」
「ええぇっ、それも厳しいと思うけどなぁ〜…」
アロンの発言に誰もいないことを確認しながら、返事をする。
まあ、そうなったらそうなったで、また考えるかぁ。
そんなことで少し悩みながらも、アロンがいることもやっぱり少しは嬉しくて、私は一人庭に向かったのだった。
了
お読みくださりありがとうございました!!
251日目。




