第四話:記憶を食むもの(一)
妖精界こと『隣人の国』は光のカーテンが森を包み、陽光で照らされた鉱石が現世とは違うとセルゲイは思った。
「魔素が濃いと色のついた風だらけだ……」
セルゲイの目には赤や青、黄色といった風が空気中に漂って見えていた。これはハーフエルフの特性ではなく、彼に与えられた不思議な力だった。
(試練は合格だったんだな。懐かしい匂いだ)
いつの間にか影から出てきたフェイガードが、念話を飛ばす。
「そういえばフェイは妖精だったね」
二尾の黒犬は赤い目を契約者に向け、不満そうに鼻を鳴らした。
ふかふかの土の上を歩いていると、強い風が吹き、セルゲイの長い髪を揺らす。
「……この髪も少し邪魔になってきたな。そろそろ髪紐を買うか、切っちゃおうかな」
「ええ? もったいない! 切っちゃダメだよ、悠真くん」
声をかけられ、セルゲイ――冬木悠真は驚く。中性的な声がセルゲイを前世の名で呼んだのだ。
声の主を探すと、からかうように目の前を飛ぶ小さな存在が笑っている。十センチほどの人型のそれは、背中にトンボのような翅がついていた。
「あなたは? 妖精、ですよね」
「おお、ぼくが食べた記憶の通りの反応だ! そうさ、ぼくは記憶妖精メムナ。ティターニア様にご用なのかな?」
記憶を、食べた? 彼が眉をひそめた。
「記憶妖精なんて聞いたこともないですね。一体、どういった妖精なんです?」
その言葉にケラケラとセルゲイの周りを飛び回る。彼の顔の前で止まると、セルゲイの鼻に人差し指を置いて、ニヤリと笑った。
「そりゃ悠真くんの記憶をちょーっとばかし味見しただけさ。えーっと、三十歳で自死して、この世界に来て、何を思ったのかティターニア様に正式に会おうとしている。そうだね?」
舌をペロリと舐めながら、数日前に思い出した前世の記憶をスラスラと言い当てる。かと思えば、メムナはフェイの身体に身を預け、ふかふかの体毛を堪能していた。
「……僕の記憶をなぜ食べたんです? ……いや、気まぐれなんでしょうけど」
「いいや、女王の命だよ? 前世で生きてきた記憶を食んでいいって。それで、記憶を上手いこと〝加工〟して悠真くんに気づかれないようにしてた! 一応、保存してたのがまずかったのかなぁ。マリテちゃんが現世に来ちゃった拍子にきみに戻っちゃったよね、アハハ」
妖精の悪びれもしない態度に、セルゲイは少し苛立った。フェイがメムナに向かって吠えると、黒犬から慌てて逃げて、彼の後頭部に隠れた。
「きみは〝セルゲイ〟なんだよ。経緯はともかく、地球(?)とかいう異界にいるのが間違い。だって、地球では上手くいかなかったでしょ?」
それはそうだけれども。上手くいかない理由を別の世界の住人だからと説明されても、飲み込めない。
「難しい話は置いといてさ。セルゲイだった者の場所に行きたくない? あれは『セリオル』という名を与えられて女王に仕えているよ」
エルフだったセルゲイ。彼の魂の行き場が知りたかったので、言いたいことをグッと堪えて、メムナについていくことにした。




