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妖精の森に、僕はいなかった  作者: 江藤ぴりか


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第三話:フェアリーリングの光

 ゾーイの薬小屋をあとにしたセルゲイは、チャーチルドッグに話しかけた。

「フェイ、二日後の僕がどうなってもついてきてくれるかい?」

(もちろんだ。隣人の国への扉が開かれずとも、女王のめいにおいて離れることはない。それに……共に歩んだ月日もあるからな)

 その言葉に胸をなでおろした。寡黙な家妖精のエシルもそう思ってくれているだろうか。


 村では月夜祭の準備が始まっている。色とりどりのガーランドで飾り付け、酒樽やチーズ、燻製肉が広場に集まっていた。いつもより騒がしい祭りの雰囲気に、セルゲイは圧倒されている。すると、見知った顔に出会った。

「精が出ますね、ニックさん」

 肉屋のおじさんはセルゲイの声に笑顔で応えた。

「ああ、この日のために良い家畜を仕入れて〆たからな!」

「確かに美味しそうですね。今日は聖女クララも帰省していると聞いたのですが」

 ニックは顎に手を当て考え込む。

「うーん。さっきまでこの広場にいたのだが……」

「そうですか……」

 妖精界に旅立つ前にクララの顔を見ておきたかったのだが、しかたない。彼は残念そうに広場を背に森に向かった。


 恵みの森。ここはかつて穢れの森と恐れられ、村のはぐれ者が集っていた。セルゲイが村を巻き込んで、領主の不正を暴いたユルゲン村の事件をきっかけに、呼び名が変わったのだ。

 以降、はぐれ者も村や森で住まうようになり、交流も盛んに行われている。

「オークの古木……といっても今はどの樹か分からないな」

(あるじ、左の奥の三つ目の樹だ。あの樹から妖精の気配がする)

 黒っぽい樹皮を観察すると、所々苔が生えている。グネグネと曲がった枝ぶりは不規則なようで規則的だ。枝から生えた葉は、端が波打っていてフォルムが可愛い。木漏れ日に目を伏せると、うねる根っこが辺りを侵食していた。


「こんな植物、日本では見たことなかったな。イチョウばっかりだったかも」

 都市公園の街路樹は秋になると黄色く色づいていた。銀杏には辛酸を嘗めさせられたが。

 そんな風に思い出していると、フェイが尻尾を振っていた。

「……思考、読んだのかい? 銀杏で滑ってよく転んでいたよ」

(綺麗な風景だな。銀杏も興味深い)



 それから墓守小屋に戻り、仕事に取り掛かって夜になった。引き締まった体を濡れ布巾で拭く。風呂のない生活にも慣れたものだ。

 墓守の仕事は、有志の修道士のおかげで随分楽になった。教えたことはすぐに覚えてくれるし、なにより一日がかりだった仕事が半日で済むことも多い。

 今日はクララには会えなかったが、明日には会えるかなと思いを馳せた。

(明日のことは分からないが、後悔のないように)

 フェイが念話で語りかける。なんだか母親のようだ。

(せめて兄でお願いしたい……)

「……はいはい、フェイガードお兄ちゃん」

 フェイの念話はエシルにも分かるのか、小さく笑っている。



 翌日。朝から懐かしい顔が訪ねてきた。

「どうもー! 聖女の護衛がてら、遊びに来ましたよ!」

「ちょっと気になったから来たわよ」

「元気しとったか! 半妖の!」

「もちろン、クララもいル」

 ルーネの街の冒険者パーティ『風詠みの刃』だ。ラッセル、リリス、ガルド、レオ。異種族のパーティだが、勢いのあるパーティなのだとギルドの受付嬢が言っていた。

 彼らの後ろには恥ずかしそうに顔を出すクララの姿も。

「おはようございます……。セルゲイ様」

「おはようございます、クララさん」

 二人は見つめ合い、顔を赤らめている。風詠みたちの姿は見えないようだ。

「今日は月夜祭の前日祭です。一緒に見て回りませんか?」

 セルゲイはクララの提案に戸惑った。

「申し訳ないですが、今日は立て込んでいて。嬉しいお誘いなのですが、ぜひ皆さんで楽しんでください」

 今日は明日のための旅支度に時間を割きたい。彼女の残念そうな顔が胸を締め付ける。

「そうですか……。ならぜひ明日でも良いので時間をくださいね」

 切なげな瞳に、セルゲイはますます罪悪感に押しつぶされそうだった。

 そう言い残すと、彼らは墓守小屋を後にした。



 月夜祭当日。この日は十五年に一度、二つの月が満月になる日だ。

 村の者は前日からお祭り騒ぎで、村の外れの墓守小屋までその喧騒が届いていた。

「今日でもしかしたら僕は――」

 昨日、訪ねてきた風詠みのリリスはセルゲイが今日旅立つことを知っているだろう。妖精と近い距離にいるエルフはあの伝承をよく知っているはずだ。もしかしたらそのためにクララに会わせてくれたのかも。

(もう夕方だぞ、あるじ)

「ああ、分かっている」

 恵みの森のオークの古木へ足を進めた。


 夕日の差し込む森はいつの間にか闇が支配している。落ち葉と小枝が踏まれる音が響く。遠くで狼の遠吠えが聞こえた気がした。

 足を進めるたび、辺りに霧が立ち込め、彼の足音さえ消えた。セルゲイの隣を歩くフェイが尻尾を丸め、体を震わせる。

「フェイ?」

 声をかけても、返事がない。このまま進んで大丈夫だろうか。黒い犬は怯えながらも彼についてくる。

 フェイの様子が気になったものの、茂みをかき分けた。すると、二日前に下見した古木が銀色に光っていた。

「これが妖精界への扉……」

 黒っぽかった樹皮が根本を中心に銀色に輝いている。二日前になかった紫色のキノコの輪が出現していた。

「フェアリーリング? こんなのなかったはずだけど」


 意を決して輪の中心に立ってみる。霧が晴れ、月光が差し、銀色の扉が現れた。

「取っ手のない扉か。選ばれし者のみ扉は開かれるってことかな」

 フェイがセルゲイの影に飛び込み、姿を消す。

 銀の扉が開くと、セルゲイは試される。彼の魂、冬木悠真ふゆきゆうまなのかセルゲイの魂として扱うか。ゾーイにもらった古びたコンパスが光を放つ。すると、彼の記憶が浮かび上がった。


 耳の長いエルフのセルゲイが弓を構え、弦を引き絞っている。

 黒髪の青年、悠真がスーツに身を包み、誰かに頭を下げていた。

 金髪緑眼のエルフ、セルゲイが森に佇んでいる。

 黒目の青年、悠真は公園のベンチで一人、所在無げに座っていた。


 そんな映像と共に、扉は開き切り、セルゲイは自ずと足を進める。



 光の中に人影が見えた。

「来たか……」

 セルゲイはその声に聞き覚えがあるような気がした。だが、光は強まり影が溶けた。

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