クジラの夢と星の子
今日もうっとりするような夜空ですね。
夜空にうかぶ美しい星たちは、よく目をこらすと、となりの星に近づいたり、少し離れれた星に手を振ったりして遊んでいます。時おり、星がすーっと伸びて流れているのは、星たちが追いかけっこをしているのです。
星の子も同じようにみんなと遊んでいました。しかし、星の子はいつもの〝夜空すべり〟や〝星つなげ〟はもうあきてしまっています。
「毎日、こうやって遊ぶのもつまらないなぁ。なにか面白いことはないのかなあ?」
そうやって、ふらふらと夜空のはじっこを歩いていると、あらあらうっかり落っこちてしまいました。
落ちたのは夜の海。水の中では、上へ上がろうにもうまくいきません。
暗くてしんとした夜の海。心細くなってしまうのも当然で、星の子は光る元気もなくなってきました。あぁ、どうしよう、どうしようと、もう少しで泣きだしてしまいそうです。
その時、海の中から不思議な音がきこえました。星の子が今まできいたことのない音です。目をつぶってよくきくと、それは唄のようでした。
そう思っていた次の瞬間、大きな波にぐわんと持ち上げられたかと思えば、気がつくと、星の子は青い大地の上にいました。
でもおかしなことに、まだ星の子は海の中にいるようです。あたりを見渡してみると、それはごつごつしていて、なんとなく生き物のようにも思えます。星の子はからだを乗りり出して、大地のへりを見てみると、そこには大きな目がありました。
青い大地だと思っていたのはクジラの青い大きなからだなのでした。クジラは、その目を輝かせながら星の子に話しかけました。
「あなた、星みたいにきれいね!」
クジラと星の子は静かに夜の海をさんぽしながら、たくさん話をしました。星の子がうっかり夜空から落ちてしまったことを打ち明けるとクジラは、
「怖かったわね、ケガはしていない?わたし、星の子に会ったのなんて初めてよ」
と、ゆっくりとした調子で話しかけます。
「ケガはしていないよ、心配ありがとう。あなたはこんな夜に何をしていたの?」
「わたしはね、夜のさんぽが好きなの。夜って、静かで、いくらでも時間があるみたいでしょう?自分だけの時間だから、なんでもできる気がして好きなのよ」
クジラは、小さなすずのようにコロコロ笑いました。星の子にはその顔が、いたずらをたくらむ子どものようにも、自由に生きるおとなのようにも見えました。
「夜空ってどんなところ?星の子が他にもたくさんいるのかしら?」
「夜空にはたくさんいるよ。いつも一緒に遊んでいるんだ。でも、このところ夜空で遊ぶのはあきちゃったから、ひとりで夜空のはしをなぞってたんだ。そしたら、海へ落ちてあなたに会った」
「ふふふ、これはステキな出会いね。でも、あなたは夜空に帰らなければね。みんなが心配しているわ、きっと」
そう言うとクジラは、自分の背中の真ん中あたりに行くよう星の子に言いました。
「あなたを夜空へ帰してあげるわ。短い時間だったけれど、ありがとう。生きていて星の子に会えるなんて、こんなこともあるものね。とっても楽しかったわ」
星の子はなんだかクジラともっと話をしたいと思いました。
「今日はちゃんと帰るよ。でも、また会いに来てもいい?」
「まぁ!いつでも来ていいわ!といっても、あなたは星の子だから、会えるのは夜ね。わたしはまた夜のさんぽをしているでしょうから、いつの夜でもいらっしゃい。今夜みたいにひろってあげましょう」
クジラはおじぎをするように、ゆっくりまばたきをして見せました。
「今日は間違えて落ちちゃったけど、上手くやればふわふわ飛んでくることだってできるんだよ。次は、星らしく降りてくるから楽しみにしていて!」
星の子はそう言うと、クジラの背中に乗りました。すると星の子は水しぶきにぐわんと持ち上げられて波に乗ったかと思えば、あっという間に夜空に手が届きました。
夜空に戻ってからもしばらく星の子は、落ち着きませんでした。だって、こんなにワクワクした気分になるのは久しぶりでしたから。
次の夜、星の子はゆっくりゆっくり夜空のはじっこにあしをかけ、光の欠片を踏みながらふわふわと夜の海へ降りていきました。
「降りてきたよ!星の子だよ」
海はしんとしたままです。海の上からだとクジラにきこえないのかもしれません。星の子は海の中をのぞいてもう一度クジラを呼びましたが、返事はありません。約束を忘れたのかなと、星の子は少しさみしい気持ちになりながら待っていました。
その時、昨日クジラに会う前にきこえた唄のことを思い出しました。星の子は、クジラに届きますようにと願いながら唄をうたいました。そうしていると、星の子の唄に続いてもうひとつの唄がきこえてきました。クジラもうたいながらやってきたのです。
「こんばんは、探していたわ!唄をうたってくれてありがとう。すぐにあなたってわかったから!」
どうしてわかったのか星の子はたずねました。
「なぜならね、あの唄はわたしが夜のさんぽをする時だけうたっているお気に入りの唄だからよ。これを知っているのはわたしの他にあなたしかいないわ」
そういってまたコロコロ笑いました。星の子もまねしてコロコロ笑いました。
星の子とクジラはまた、お互いのことをたくさん話しました。夜空のこと、海の中のこと、クジラは夜空を見るのがとても好きなこと。
「夜空って、海よりももっともっと広いのでしょうね。あなたは迷子になったことはない?」
「迷子になることはないよ。自分が行きたい場所を、頭のなかで思い浮かべたらしゅーって飛んでいけるんだ。初めてだと少し難しいけれどね、いつも遊んでいたら簡単にできるようになるんだよ」
月のてっぺんや、一番星のとなり、行きたいところを思い浮かべるコツを星の子は楽しそうに話しましした。こんなことを話すのは初めてだったので、少し自慢げになってしまったかもしれないと思いながらも、星の子はクジラに教えてあげるのが嬉しくて、ついたくさんのことをしゃべってしまいます。
「じゃあ、あなたは海の中で迷子になったことはあるの?」
「あるわ。小さいころにね。その時もこんな夜の海だったわ」
まだクジラが今のように大きなからだになる前のことです。
「その日は月に雲がかかっていて、海の中も暗かったわ。前を行くお母さんについて行っていたんだけれど、ちょっとよそ見をしている間にお母さんを見失ってしまってね」
星の子はうんうんとうなずき、小さなクジラを想像しながら、昨日の自分のようにさみしかっただろうと思いました。
「あたりには他のクジラたちもいないし、どうしようどうしようってしばらく下を向いて泳いでいたの。あんなに心細くなったのは、初めてだったから。でもね、しばらくしていると急に月が出てきて、海の中も明るくなったの」
すると、ちょうどその日のように、月の光に照らし出されて海が明るくなりました。
「あら、明るくなったわね!あの日もこんなふうだったわ」
「月もあなたの話をきいているのかもしれないね」
「ふふふ、そうかもしれないわね。月を見に上がってみましょうか」
ゆらゆらと泳いでクジラは海から顔を出しました。
「その日の月はとっても明るくて、さみしい気持ちもどこかへいってしまったわ。それからね」
クジラはとっておきの話をする様子で、少し間を置いてから、また話しだしました。
「それからその時、月から離れた、あのあたりに見えた二つの星が、みどり色とピンク色に光っていて、たまらなくきれいだったわ。迷子になっているのも忘れてしばらく見惚れていたのをよく覚えているの。だから海であなたを見つけた時、考えるより先に、からだがあなたの方へ泳いでしまったのよ。だって、あなたはその両方の色に光っているでしょう?」
自分の話になるとは思いもよらず、星の子は少し驚ききました。でも、自分がなに色に光っているかはよく知っています。
「その時に見えた星はもしかしたら、パパとママかもしれない。パパはみどり色でママはピンク色に光るんだ」
「まぁ、ステキな偶然ね。ほんとうにとってもきれい」
「そうなのかなぁ、生まれた時からこの色に光っているから自分ではわからないや」
星の子はからだをひねって、光る自分をくるくる見回しました。みどり色とピンク色が鮮やかに光り、クジラのからだにもその色が反射しています。
「きれいよ。それに、お父さんとお母さんがくれたものならなおさら自信をもって、胸を張らなくっちゃ『この色はパパとママがくれたんだ』って」
「なんだかちょっと、はずかしいなぁ」
星の子はそんなに光る色のことをほめられたことはありませんでしたから、どうしたらいいのか困ってしまいました。
「大丈夫よ、何度も言ってしまうけれど、本当にきれいだから。それに暗がりから見える光は、ただの光じゃないわ。真っ暗な中を照らす希望になるのよ。だから夜空が好きなのかもしれないわね。真っ暗なはずの空が、星たちのおかげでとてもきれいなキャンバスになるんだもの」
そう話すクジラの目は、月の光を受けて青い星のようにきらきらと光っていました。
「あなたの目もとてもきれい。やさしい色だね」
「ありがとう。これはわたしのおばあちゃんの目と一緒なのよ。ふふふ」
柔らかく目を細めるクジラを見て、星の子はとても嬉しい気持ちになりました。星の子には、幸せそうなクジラが、夜空のどの星たちよりも輝いて見えたのです。
「その目と同じ色に光れないかなぁ…」
クジラに話しかけたのか、ただつぶやいたのかわからないくらいの声でしたが、クジラにはしっかりきこえていました。
「星のことはよくわからないけれど、願ってみてはどう?あの場所に行きたい、と思うのと同じように!」
「ふふふ、そうだね。願ってみようか。500万年生きてきて、そんなことは考えもしなかった」
「あら、ずいぶん長く夜空にいるのね」
星たちの寿命からすると、折り返しくらいです。
「あなたはどのくらい海にいるの?」
「そうねぇ、120年くらいかしら。あなたからしたらついさっきね」
広い夜の海の真ん中で、星の子とクジラはいっそうコロコロと笑いあいました。
「今日も楽しい時間をありがとう。そろそろお別れね」
「そうだね。ありがとう。また、次の夜に」
クジラの背中に乗り、星の子は昨日と同じように夜空に帰ります。帰る時に見えた月は、海のクジラと夜空の星の子をきらきらと眩しく照らしていました。
クジラと星の子が会うのはもう何回目でしょう。今夜も、星の子はふわふわと夜空から降りてて来ては、海をのぞき込んで唄をうたいます。
「こんばんは。星の子さん」
「今日は早いね。ちっとも待たなかった」
今夜もゆらゆらと夜のさんぽをしながら、お互いの話をします。
星の子は500万年の中で、クジラは120年の中であった面白かったことを話しました。知らない世界のことですから、星の子もクジラもおとぎ話をきいているような気分でした。
「じゃあ次は、何かひみつにしていることを話しましょうよ。誰にも言っていない、自分だけのひみつ。こういう話を誰かとしてみたかったの」
クジラはそう言って、青い目を輝かせました。
『ひつみ』考えるだけ、なんだかわくわくする言葉です。
「ひみつかぁ。なんだろうな、言っていないこと。うーん」
星の子はしばらく考えてから、ぽつぽつ話しはじめました。
「えーとね、じゃあ、星のひつみを教えてあげる。星はね、一度だけどんな願いも叶えられる魔法が使えるんだ」
どこかまごまごしながら星の子は言います。
「あら、ステキね!だからみんな、お星さまに向かって願いを唱えるのかしら。でも、どんな願いでもだったら、自分のために使うことだってできるの?」
「うん、できるよ。自分の願いでも、どんな願いでも、なんでも」
「あなたの叶えたい願いはあるの?あっそうだ!この前に話していた、青色に光れるよう願うのはどう?」
クジラは、なかなかいい考えだと思いました。
「うーん、いちばん叶えたい願いかと言われたらぴんと来ないんだ。それに、その魔法を使う時に星は〝心からの幸せを手に入れられる〟って言われているんだけど、どんな幸せなのか、その意味がよくわからないんだ。500万年生きていても」
「わからないことは、いつまでたってもわからない時もあるわよね。あまり気にしないことよ。でも、その魔法を使った時にきっとわかるわよ」
星の子は、「そういうものかなぁ」と首をかしげましたが、クジラに言われるとなんだかそういうものである気がしてきました。
「じゃあ、次はあなたのひみつだね。あなたにはたくさんありそう。だれにも言ってないような面白いことや変なこと」
そうきかれたクジラは、少し考えてから「そうねえ」とつぶやき、穏やかな声で星の子にささやきました。
「じゃあ、わたしのひみつの夢を教えてあげる。あなただから言うのよ?」
星の子はそんな風に言われたのは初めてだったので、胸がどきどきしはじめました。
クジラは夜空を見ながら、だいじな宝石箱を開けるように話しだします。
「わたしはね。わたしは夜空になりたいの。あの中を泳いで、夜空から海を眺めてみたい」
星の子は驚きました。驚きましたが、ばかにすることはしません。「どうして?」と聞くとクジラは言いました。
「海の中はたくさん見て回ったけれど、空からはまだ見ていないのよ。それから、夜空を泳ぐのはすっごく楽しいと思うの。夜空の方から近づいて来ないかしら?って考えていたこともあったわ」
クジラは、カモメたちのように飛べませんし、イルカたちのようにジャンプできませんからね。時どき、からだを大きくそって、一瞬だけ夜空に近づくくらいです。「不思議なことを考えるんだね。こんな変わったクジラにはじめて会ったよ」
「ふふふ、ありがとう。変なのって楽しいのよ。そうやって思っていたら星の子に会えたんだから」
星の子はなんだか嬉しいと恥ずかしいが半分ずつで、変な気持ちになりましたが、きらきらした顔で話すクジラの夢を、星の子は楽しそうにききました。夜空で退屈していたことが嘘のように楽しいのです。星の子は、〝あなただから〟と言って夢を話してくれたクジラに、自分も何かお返しをしてあげたいと思いました。
そしてその時に、星の子は、たった一度きりの魔法の使い道を決めたのでした。
「ぼくは、あなたの夢を叶えたい」
クジラから夢の話をきいた少しあとの夜、静かに星の子はクジラに言いました。突然のことに、クジラはきょとんと大きな目を丸くして星の子を見つめます。
「急にどうしたの?」
「そう思ったから、そう決めたから、今伝えたの。魔法であなたの夢を叶える」
今日言うぞと決めていた星の子は、実はここ数日をとても大切に過ごしていました。
「たった一度しか使えないのに、クジラの夢を叶えようだなんて、変な星の子ね」
「変なのって楽しいんだよ」
一緒にしばらく笑って、また目が合って笑いました。
「じゃあこれから魔法をかけるね」
「わかったわ。なにをしたらいいかしら?」
「あなたはじっとして、夜空になる想像をしてて」
そういうと星の子は、今までで一番強く光りはじめました。みどり色とピンク色の光がクジラを包み、あたりも明るくなります。
「すごい!ほんとうに魔法だわ!」
クジラも目をきらめかせて、眩しく光る星の子を見ていました。しかし、どうしたことか星の子の輪郭が、少しずつ透明になっていくのに気がつきました。
星が使える魔法について、星の子はひとつだけクジラに言っていないことがありました。星が願いを叶える魔法が使えるのは、たった一度。その魔法を使うと星は、はらはらと割れて、消えてしまうのです。
少しずつ消えていく星の子を見て、クジラは泣きだしました。
「どうしたの?だんだん、あなたがいなくなってしまうわ」
澄んだ青い目から、次々にしずくがあふれ出します。
「ごめんね。言ってないことがある」
クジラは星の子が何を隠しているのか、わかってしまいました。
「あなたの夢は?あなたの夢を叶えましょう。今ならまだ間に合うんじゃないのかしら?」
消えていく手でクジラの涙をぬぐうと、星の子は嬉しそうに言いました。
「はじめて夜空をおよぐ時は!お月さまの近くを泳ぐこと!他の星たちにぶつからないように注意すること!」
星の子は大きな声でそう言うと、花火のように空いっぱいに広がり、そしてはらはらと消えていきました。
星の子の最後のひとかけらが消えると同時に、クジラのからだはふわふわと軽くなりはじめました。星の子の魔法で浮かびはじめたクジラは、近づいてくる夜空とお月さまがあんまり眩しくて目をつぶります。
クジラが次に目をあけた時には、もう海を見渡せるほど高く浮き上がっていました。夢が叶ったクジラは、唄をうたいはじめました。その唄は、とても幸せそうで、でも同じくらいさみしそうな音色です。
輝く光と、空からきこえる唄に誘われて、夜の海の上をジャンプして遊んでいたイルカたちや、寝ぼけた小さなクジラたちが集まってきました。
「わあ!今日の夜空とってもきれい!」
「昨日、海の中で見つけた宝石みたい!」
イルカたちは目をきらきらさせて夜空を見上げます。
「まん丸のお月さまに照らされて、夢みたいにきれい!」
夜空に浮かんだクジラはいつしかみどり色とピンク色に光る星をまとっていました。この輝く星は、クジラにとって何よりも大事な光です。クジラは、空をゆったりと泳ぎながら誰にともなく言いました。
「これはわたしの大切な友だちがくれた光なのよ」
クジラがゆったりと夜空を泳いでいると、夜の海からいちだんと楽しそうな声がきこえます。
「見て!あの月の近く!」
大きな声で指差す先に、イルカたちはみどり色とピンク色の他にも、きれいに光る星の色を見つけたようです。
「きれいな色だねえ。夜空に光る青色はあんなにきれいなんだ。知らなかったよ」
クジラの目のまわりの星は、それはそれは美しい青に輝いているのでした。みどり色とピンク色の星も、そこによりそって光っています。
親愛なるクジラさん、今日も美しい夜空ですね。わたしからも、美しいあなたと、光り輝くお友だちのすがたが見えますよ。もし、小さな迷子さんがいたら、今度は、あなたとお友だちの光で照らしてあげてちょうだい。真っ暗な中を照らす希望になるように。
おしまい




