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二人が一緒にいる理由  作者: 四折 柊


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3.新しい名前

本日21時20分に最終話を投稿します。

 こんなはずじゃなかった。

 流行の歌劇を見て、そのあとはカフェに入って告白するつもりでいた。

 個室のあるおしゃれなカフェはデイジーから教えてもらっていた。そこで勇気を出して「好きです」とヴィクターに伝えるはずだった。すべてが台無しになってしまった。

 私は帰宅すると涙目になってベッドの上で膝を抱えた。


 ジェシカ様はとっても可愛らしい女性だ。話し上手で男子生徒たちからの人気もある。ヴィクターが好きになってもおかしくない。そういえばヴィクターはたくさんの女性から告白されていたが、どう返事をしたか聞いていない。

 ヴィクターの変わらない雰囲気にみんな断っていると思い込んでいた。けれど受けていた可能性もある。私に言わなかったのは照れ臭かったのか、もしくは今日打ち明けるつもりだったのかもしれない。

 あのあと、二人でお茶に行ったのかな。嫌だな。逃げなければよかった。


「もしかして、私……告白する前に失恋しちゃったのかな……」


 でもこのまま終わりたくない。ヴィクターから恋人ができたという報告を受けていない以上、ダメもとで打ち明けよう。(報告の義務はないが教えてくれると信じている)明日会ったらまずは先に帰ったことを謝って、それから告白してみる! 振られたらきっぱり諦め……られるかわからないけど、とにかくすっきりはすると思う。


 翌日、私は学校へ早めに行った。まだヴィクターは来ていないけれど早く謝りたかったのだ。でも告白は放課後にする。朝一番に振られたら授業を受けられなくなってしまう。


「ヴィクター、おはよう。昨日は先に帰ってごめんね。ちょっと体調が悪くて」

「キティ。おはよう。それはいいけど、具合はもういいのか?」

「うん。元気になった。えっと放課後話があるのだけど、いい?」

「ああ。わかった」


 ヴィクターは昨日のことを気にしていなさそう。いつもの柔らかい雰囲気のヴィクターに戻っていて安心した。

 側でデイジーが私たちを観察しながらニヤニヤしているのは思い過ごしだろう……。


 私の新しい計画は、昨日行くはずだったカフェに誘ってそこで告白する。ジェシカ様のこととか、ごちゃごちゃ考えずに自分の気持ちをぶつけるのだ。

 今日の授業は午前中だけ。そわそわしながら過ごして、ようやく放課後になった。


「ヴィクター。行きたいカフェがあるの。そこで話がしたのだけどいい?」

「ああ、いいよ」


 二人で教室に出ようとしたらヘイデン様に呼び止められた。


「キャサリン様。昨日は本当にありがとうございました。それで今日これから時間はありませんか? ぜひお礼をしたいのです」

「ヘイデン様。お気になさらないでください。それと今日はこれから約束があるので、ごめんなさい」


 そんなに気にしなくていいのに。丁寧な人だなあと感心した。ヘイデン様は側にいるヴィクターを無視したまま私ににこりと笑う。


「そうですか。それなら明日は? 明後日は?」

「え? あの……」


 ヘイデン様の執拗な誘いにさすがに困惑する。


「私はキャサリン様と親しくなりたいと思っています。委員会での真面目な姿も素敵でしたが、ミリーを助けてくれたことで、ますますあなたに好意を抱きました」

「え? 好意?」


 私は間抜けな声を出した。ヘイデン様の躊躇いのない言葉に驚きもあるが、それ以上に困惑が強い。まさか、これは私のことを好きだと言っているのだろうか? そんなはずないわよね? だって私はいまだかつて異性にアプローチを受けたことがないもの。


「そうだ。私もキャサリン様のことをキティと呼んでもいいですか?」

「それは嫌!」

「駄目だ!」


 間髪入れずに私とヴィクターの声が重なった。

 私はヘイデン様の提案に考えるよりも先に返事をした。「キティ」という愛称は両親とヴィクターしか呼ばない。それ以外の誰にも呼ばれたくない。それがたとえ親友のデイジーであっても。だからヘイデン様に許せるはずがない。

 ヘイデン様は私たちの揃った声と圧に背をのけ反らせた。そして肩を竦めると苦笑いを浮かべた。


「残念です。保護者殿がすごい顔で睨んでいるので、諦めて退散しますよ。ですがミリーのことは本当に感謝しています。ありがとうございました」

「は、はい。どういたしまして」


 ヘイデン様は踵を返すとそのまま去っていった。

 それより保護者殿とは何のことだろう? 不思議に思いながらヴィクターを見るとムッとした顔をしている。


「あの、ヴィクター。どうしたの?」

「……何でもない。行こう」

「う、うん」


 ヴィクターは私の手をぎゅっと握るとすたすたと歩きだした。手を繋ぐのは子供の頃以来でドキドキする。

 ヴィクターもヘイデン様が「キティ」と呼ぶのを断ってくれた。これは幼馴染としてではなく、私を特別に思ってくれていると受け止めてもいいのだろうか。胸の中に淡い……ではなく強い期待が込み上げる。


 お目当てのカフェはちょうど個室が空いていて入ることができた。

 まずはメニューを開く。不思議な名前のケーキやアイスが載っている。どんなものが出てくるのか楽しみだ。

 話は注文して食べて落ち着いたところで切りだそう。うん、うん。これは逃避ではなく、告白をするための心の準備なのだ。


(さて、何を食べようかな。なになに……えっと、月の王子様のお勧めチーズケーキ? どんな味かしら。海からの贈り物の爽やかアイス? これ、頼んで大丈夫かしら……) 


 私が眉間に皺を寄せ悩んでいるとヴィクターがメニューを閉じた。もう決まったのかとヴィクターを見ると真剣な顔で私をまっすぐに見ている。

 私はつられて居住まいを正す。ヴィクターは私と目が合うとゆっくりと口を開いた。


「キティ」

「はい」

「好きだ。私と結婚してほしい」

「……はい?」


 私は首を傾げた。ヴィクターを好き過ぎて幻聴が聞こえたのかも? 


「キティが好きだ。私と結婚してほしい」


 聞き違いじゃないし、幻聴でもないみたい。嬉しい。夢みたい。いや、現実でお願いします。


「はい。私もヴィクターが好きです。お願いします!」

「よかったあ」


 ヴィクターが相好を崩した。その表情を懐かしく感じた。だって初めて会った時の幼いヴィクターを彷彿とさせる笑顔だったから。思わず私も顔が緩んだ。というかにやけているのかもしれない。


 私たちはお互いの気持ちを知り、一安心すると注文をした。急に甘い雰囲気になるのではなく、いつも通りでいられることが嬉しい。


 私が注文したのは、女神さまの微笑みケーキ。きっとすごいデコレーションがされているに違いないと期待をしたが……それは普通のイチゴのケーキだった。ヴィクターが頼んだのは月の王子様のお勧めチーズケーキでこれもまた普通のチーズケーキだった。うん、名前負けで紛らわしいと思う。味は美味しいけれど……。不満を心にしまい、食べながらヴィクターにいくつかの質問をした。


 まずはジェシカ様のチケットについて。


「実はあの日の歌劇のチケット、私も買っていたんだ。それでキティを誘おうとしたら先に誘われてしまって、格好悪くて言えなかった。チケットがもったいないから友人に譲ったら、それが巡ってテイラー男爵令嬢の手に渡ったみたいだ。私が彼女にあげたわけではない。それとテイラー男爵令嬢から交際を申し込まれたが、その場で断っている。誤解しないでほしい」

「そうだったのね。わかったわ。あと公園でヘイデン様と話している時、どうして怒っていたの?」

「それは……キティがすごく楽しそうに笑っていたから嫉妬した」


 ヴィクターがむくれている。なんだかこそばゆい。でも私は楽しそうに笑っていたかしら? ヴィクターのことしか記憶にないわ。


「ヴィクターは私にプロポーズをしてくれたけど、我が家に婿入りしてくれるということでいいの?」


 これはとっても大事なことなので確認しないと。


「もちろん。クレイ子爵様にはキティがプロポーズを受け入れるならいいと許可をもらってある」

「ええっ!? いつの間に?」

「……それは内緒だ」


 少し照れた顔が可愛いから追及をするのは止めた。

 この日、私の片思いという恋の名前が、両想いという素敵な名前に昇格した。


 私は帰宅するとお父様とお母様に報告をした。二人とも「わかっていた」と言った。わかったではなくわかっていた? 首を傾げるとお母様が呆れ顔になる。


「キティは昔からヴィクター様が大好きだったでしょう? 会えた日は次に会えるのはいつなの? って毎日聞いてきたし、学園から帰宅してもヴィクター様の話しかしないじゃない。お父様はいじけていたわよ?」

「え……そうだった?」

「無自覚か。まあ、ヴィクター様はちゃんと筋を通す人だから、キティを託すことを心配していない。婿入りについてはアルバーン伯爵様も異存はないそうだから、キティにとってもいい話だろう」


 お父様は微妙に不本意そうだけれど納得した顔をしている。両親にヴィクターとの婚約を認めてもらえて安堵した。よかった~。

 驚いたことに私自身がヴィクターのことを好きだと気付く前から、両親には知られていたようだ。そうか、私昔からヴィクターのことが好きだったのね。ん? もしかして私、鈍いのかな……。

 しかも私はすでに外堀を埋められていた。すなわちヴィクターもずっと前から私を好きでいてくれたということだ! そうなると片思いだ、失恋だと悩んだ時間は一体……。まあ、いいか。幸せになってしまえば、それもいい思い出になる。


 翌朝、私はデイジーに報告した。


「やっとかあ。ヴィクター様も想い人が鈍感だと大変よね」

「私、鈍感?」


 やっぱりそうなのか……。


「そうよ。ヴィクター様は最初からキャサリンを特別に大切にしていたわよ? 悪い虫がつかないようにとガードを堅くして。そのせいで陰で『キャサリンの保護者』って呼ばれているし」

「そうだったのね……。でもそれなら教えてくれればよかったのに」

「キャサリンは人伝に告白を聞きたいの?」

「あ、ごめんなさい。嫌かも」


 確かに直接聞きたいし、直接伝えたい。

 気になっていたヘイデン様の保護者殿の言葉の意味も、ようやく知ることができてすっきりした。私は今までヴィクターに守られていたらしい。


「とにかく、おめでとう。結婚式には招待してね」

「ありがとう。もちろんよ」


 私とヴィクターの結婚式については、卒業後に詳しいことを決めることになっている。すごーく待ち遠しい。


「キティ。帰ろう」

「うん。デイジー、また明日ね」

「はいはい。また明日」


 デイジーに手を振るとヴィクターのもとに小走りで向かった。

 私が隣に並ぶとヴィクターが目を細め口元を綻ばせる。


 その顔を見て私の胸の中に、お日様のような温かい幸せが広がった。






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