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第8話 水底の怨念歌(後編)

  達人と紗良が家路についているのと同時刻


先の戦闘のあったS川にナウエリトが現れた。


彼をテリトリーを荒らす侵入者と見たドアル・クーは川面から飛び出し、その顎で噛みつく。


それをバリア―で防ぎながら


「噂通りの狂犬いや、狂カワウソか?おれは味方だよ。うちの大将がお前さんを仲間に引き込みたいんだと。え~となんだっけな。そうだ、お前さんは上級UMAになりつつあるんだとさ。そういう意味でもお前は貴重なんだよ」


ナウエリトはフライング・ヒューマノイドから散々暗唱させられた文章を思い出しながらも同時にこいつが首を縦に振る事は絶対にないと確信していた。


フライング・ヒューマノイドは確かにナウエリトより力も知恵も上だ。


だからこそ彼はフライング・ヒューマノイドがこんな回りくどい方法と手段で仲間を集めている事が気に入らなかった。


かつてこう言った事がある。


『「俺達の仲間になれ」でいいだろうが』


『かつてそれを聞いてあなた自身が私にどう返答したか覚えていますか?』


『馬鹿だと思うってな。あんときゃ悪かったよ』


『だから力を見せる必要があるのですよ。とはいえあなたの能力は同胞を殺してしまいかねない。説得する時に加減できますか?』


その時は無理だと言った。


だが今度ばかりは前回の襲撃失敗の汚名返上として合わない任務を買って出たのである。


UMAなりたての頃の巨大なウミヘビでもなければ進化したての頃の単眼からの熱線しか武器の無い頃でもない。


生きる事と戦う事への強い意志がナウエリトを上級UMAとしての強力な力を与えたのだ。


目の前のドアル・クーもその道を今進みつつあるのだ。


そのプライドが分かるからナウエリトも協力と尊重を惜しむ気になれないのだ。


「いざって時にはそれを吹け。俺なりフライング・ヒューマノイドなりが駆けつける。なあ、催眠音波で人間のガキを操ってそいつを疑似餌に獲物をおびき寄せるなんて事をするんだ。そんなお前さんが自分の勝負時を誤っちゃならねえ。分かってくれるな?」


「ヨケイナオセワダ。ソレニアノコドモハオレト契約シタノダ」


「そうかい。まあ人間を殺す分には何でもいいや。だがこいつは万が一の時に取っておいてくれや」


そう言って白い角笛を投げるが、自分がドアル・クーと同じ立場ならそんな事はしないというのが分かりきっていた。


だが何もしませんでしたでは自分も仲間も困るのだし、万が一の心変わりもありうるのだ。


相も変わらぬ警戒の唸り声を上げるドアル・クーを残しナウエリトは去って行った。




八重島家へと戻った達人は家人が寝静まったのを見て母親探しへと鎧を纏って出かけた。


(あの程度の労働ではとても協力してくれとは言えないしな)


そんな思いもあって結局言い出せずじまいのままだった。


(今日はいつもより遠くへ行ってみるか)


自室の窓から外に出て窓を閉めてトイコスで即席の土の柵を窓枠へ作成すると屋根から屋根へと伝って駅へと向かう。


夕方戦ったS川に差し掛かった時達人は川の中から何かの音波が出ている事をヘルメットが探知した事に気が付いた。


(方向は団地の方か!・・・母さんごめん。俺は目の前の危険に曝されている人を見過ごせない)


一瞬の逡巡の後彼は団地へと歩みを向けた。


音波の向かう先は達人の懸念通り刀馬の住む建物だった。


建物の屋上から『身体強化』の魔法で増幅された聴力でその内容を聞き取ろうとしたが無理だった。


だが代わりに子供のかすかな祈りの様な声が聞こえてきた。


「ヴァシュタール、ヴァシュタール、どうか願いを聞き届けて下さい。ヴァシュタール、ヴァシュタール、どうか願いを聞き届けて下さい」


(まさかあの怪物と交信しているのか?あの音波がその返事だとすれば内容を聞き取れないのはマズイな。刀馬君は


そこまで追い詰められていたのか)


達人が川の方へ戻ろうとすると音波はピタリと止んだ。


(感づかれたか?恐らく今行ってももうあそこには居るまい。決着は明日まで持ち越しか)


達人もまた自身の家へと戻るのだった。




翌日


高階刀馬はいつもよりも早起きをして朝食の準備をしていた母親へ今日から学校へ行くと言った。


突然の事に驚いた母・蓉子は無理しないようにと言ったが


「明日にしたらまた決意が鈍るから」


そう言った息子の決心を尊重する事にして息子を見送った。



刀馬が学校へ着いたのは始業時間ギリギリだった。


団地を出て早くも不安で胸が苦しくなったが、母親へああ言った手前帰るという選択肢はなかった。


ヴァシュタール、ヴァシュタールと呟きながらノロノロと3週間ぶりの通学路を進んでようやく正門にたどり着いたのだった。


ガラガラと教室のドアを開けた刀馬の目には彼が不登校になる原因となる光景が繰り広げられていた。


刀馬の体操着袋をボクシングのサンドバックの様に殴りつけているグループのリーダー格長藤剛が振り返り


「へっ、もう来ないのかと思ってたぜ」


「あいつ、明日からゴールデンウイークだからって1日だけ来やがった」


体操着袋を持っていた取り巻きの少年が嘲笑うとそれにつられて教室に少なくない笑い声が響く。


それに応えず刀馬は物凄い目で剛を睨む。


「なんだよ。文句でもあるのか?」


「今日、学校が終わったらS川の河川敷に来い。そこで決闘だ。お、お前達も、だ」


「声が震えてるぜ。まあいい二度と逆らえないようにしてやる」


「でもよ、S川って確か行方不明になった人がいるって聞いたぜ。ヤバいんじゃ」


「ばーか。速攻で片付けりゃいいだけよ。それともビビッてんのか?」


「ち、違うよ」


剛は同年代でも一回り体が大きい。それは見せかけではなく体力や腕力は強く、体育の時間はちょっとしたヒーローだった。


そういう事もあり彼に逆らう事はいじめのターゲットが自分に向くことを意味している。


それを理解しているから取り巻きも黙って従うしかないのだった。



「あいつ、キモいったらなかったな。1日中ずっと下向いてブツブツ呟いているんだからな」


約束通り剛は取り巻きを従えてS川へ向かう。


川沿いに暫く歩いていると1人の人影があった。


「おい、来てやったぞ。こっちも忙しいんだ。サッサと終わりにしてやるよ」


刀馬は川を背に立っているので囲むことが出来ない。


その為剛は大股に刀馬へ近づく。


「ヴァシュタール!!」


河原の方へ引き寄せる為剛が胸倉をつかもうと右手を突き出した瞬間川の中からあのドアル・クーが出現した。


「う、うわああああ!」


「バケモノだあああああ!!!」


わが身可愛さに取り巻きの少年たちはボスを置きざりにして散り散りに逃げ去った。


見捨てられ、尻餅をついて恐怖の叫びをあげる剛目掛けてドアル・クーが飛び掛かる。


そのドアル・クーの側頭部へ鎧をフル装備した達人の蹴りが炸裂し、吹き飛ばす。


「貴様ヲコロスコトモ契約ノナカニハイッテイタナ」


「契約?」


「ソウダトモ。コイツノジャマな人間共ヲ食い殺すカワリニオレハコイツノメイレイヲキク。オレハライッパイ。コイツストレスフリー」


「違うよ!ヴァシュタール、その人は駄目だよ。その人は良い人だよ」


「コイツ、オマエノジャマヲスル。コイツ殺ス」


「違うったら!」


「刀馬君、下がっているんだ。どの道奴を生かしてはおけない。こいつは危険すぎる」


両腕を振り上げ襲い来るドアル・クーを達人は巴投げの要領で投げ飛ばす。


飛ばされた怪物が川へ落ちる前に達人は飛び上がりその上顎の牙をチョップで叩き割る。


「グ、オッ!」


ドアル・クーは追撃を躱して後方へ跳び、水に潜った。そこはS川で最も深くなっている場所だ。


(どこへ行った?奴を探知する魔法はないのか?)


達人は鎧の中の情報を探すがその間にドアル・クーの吠え声が辺り一帯に響き渡った。


(あの音波だ!俺はこの兜を被っている限りは向こうの影響を受けない。だがこの期に及んで奴は何をするつもりだ?)


朗々と響く吠え声を聞きながら探知魔法の情報を探す事に気を取られていた達人は河川敷を歩いていた人々がドアル・クーの催眠音波によって操られて自分の背後に来ている事に気が付かなかった。


彼が異変に気が付いたのは自分の腕や首、腰にしがみ付く刀馬や剛達を間近で見た事だった。


「この人達は?目が正気じゃない。あの声に催眠効果でもあるのか?ならば」


達人は右手を強引に動かし三角形を宙に描くとその2線を横薙ぎにするように腕を振るい四元素の風の現す図形を描く。


「プノエー最大出力!」


突風が巻き起こり、怪物の吠え声をかき消す。


「なんだ?どうして俺はこんなところに?ってうわあ!」


達人にしがみついていたサラリーマン風の男が正気に返ると同時に目の前にいた藍色の西洋風甲冑を身にまとった達人を見て腰を抜かす。


その横で剛は恐怖の叫びを上げながら全力疾走で川から上がった。


「ここは危険です。早く逃げて下さい」


「逃げるって?」


意味が分からないというサラリーマンへ刀馬が


「この川に怪物が居るんだ」


「怪物う?どこに?」


彼は明らかに侮蔑的な視線を刀馬へ送る。


(!エナジー反応が急激に上昇している!?)


水飛沫と共に川底から姿を現したドアル・クーの姿は先程までと変化していた。


全身に毛皮のついた皮鎧と水中メガネの様な面頬を付けた平たい兜


鎌状の刃を付けた両腕


これらの特徴を持つ人間に近い姿へと進化したドアル・クーは両腕を振るって達人へ襲い掛かった。


その姿を見てやっと危険だと悟った人々は我先にと逃げ出す。


振り下ろされた両腕を躱し、ドアル・クーが振り上げようとする右腕を腰に装備した杖を鎌に引っかけてその動きを止めると同時にその腹を蹴り飛ばす。


怪物はクルッと一回転して着地。まるでスケートをするように水面を滑るように高速移動し、腕の鎌で達人を切り裂いていく。


達人も杖先へ水のエナジーで作った銛を形成し迎え撃つが先日の戦い同様にエレメンタル・エナジー製の銛もまたドアル・クーの毛皮にゴムの様にグニャリと弾かれる。


「フッ」


勝ち誇ったような笑みを上げたドアル・クーはすれ違い様数度目となる斬撃を達人の脇腹を切り裂く。


「ウッグ・・」


火花と青い血液状のエレメンタル・エナジーを流しながら達人は膝をつく。


その様子を川岸から見ていた刀馬は自分と同じ恐怖の表情で逃げていった剛を思い出していた。


(僕もあいつも同じなんだ。暴力の前では逃げるしかない弱虫だ。でもあの人は)


「戦って!あいつを倒して、お兄ちゃん!」


「契約をホゴニシタイジョウ貴様モフヨウダ。コゾウ、コレガオワッタラマッサキニ食ってヤル」


そう言うとドアル・クーは両腕を大の字に広げて達人へ突進する。


「ディーネー!」


ドアル・クーの目の前に水の渦が出現する。


「ソンナモノガ!」


戸惑いながらもスピードを落とし、跳んだ。


「だが、その馬鹿スピードにブレーキを掛けたな!」


達人も飛び上がり怪物の胸に全力の跳び蹴りを放つ。


「くッおおおっ!!」


「ゴオアァ!」


毛皮は火炎を拡散しながらもその蹴りの威力で徐々に皮鎧にヒビが入り、更に最大限に強化され赤熱・炎上した右足が遂に怪物の体を貫いた。


2つの影が川に落ち猛烈な水蒸気を上げ、その一瞬後に赤い光と爆炎が上る。


その炎を吸収し立ちあがった達人は角笛が川に流されていくのを見ていた。




「ドアル・クーは死んだな。やはり助力を拒んだか。戦士としては天晴れと言いたいが仲間としてはどうだかな」


「結局無駄足に終わっちまったな。どうするんだ、計画とやらは」


イエティとナウエリト双方の嘆息とも非難ともとれる物言いにフライング・ヒューマノイドは


「計画に変更はなし。こちらの力を合わせなければ人類に勝つことなどできませんよ。永久にね」


異世界の太陽を見上げながらそう言った。



例の戦いの後剛と刀馬は和解し、いじめは無くなった。今では元気に学校にも梓の私塾にも顔を出している。


「それで、あの鎧はなんて名前なんですか?」


八重島家のリビングの庭に一番近い机を挟んで刀馬が目を輝かせながら達人に問う。


「名前?分からないな。今度考えておくか」


達人としてはあの鎧は単に自分が使えるというだけでさして愛着が無かった。


「じゃあ、武器の名前は僕が決めてもいいですか?色々考えてきたんです。この中から気に入った名前を選んで・・・・もしかして考えていたりします?」


「いや。随分沢山あるが・・・・これにするか」


何を選んだのか興味を引かれた紗良が覗き込むと


「どれどれ・・・タイダル(洪水)キャリバー?そんな勢いなかったと思うけど」


「こういうのはハッタリも大事だからな」


やはり男の子だな、と今さらながら思う。


少しだけ週末が楽しみになる紗良だった。


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