第50話 幸福に潜む牙(下)地獄の牙
レジリエンスとアイディオンは同じ開発者によって作られた試作機とその発展型もしくは後継機といった間柄にある。その関係かお互いの位置を感知する事が出来た。その機能を使いレジリエンスはアイディオンが異世界へと移動した事を察知して救援に来たのだった。
「アイディオン、一度引きましょう。この数は流石に無茶だ」
「ですがここにもあの障壁に囲まれた街が出来ているのです」
レジリエンスはアイディオンの示す方向にあの光輝くドームが平原を流れる川沿いにいくつもあるのに気づく。
「なんて事だ。しかしやはりここは戻りましょう。どこに攫われた人達がどこに囚われているか分からないと対処の仕様がない。あの光のドームは魔力を遮断してしまう力があるみたいだ」
「ですが…タツト、プノエーを」
レジリエンスの唱えた突風の魔法に合わせアイディオンがフロギストンを唱える。
2つの魔法は炎の渦となってフラットウッズ・モンスターを群れの一部を焼き尽くす。
その間にアイディオンは近くのドームへと接近する。そこには攫われたソフィアが虚ろな目をしてこちらを見ていた。
「ソフィア!?今行きます!」
アイディオンはドームの壁に手を掛ける。瞬間バリバリと猛烈な衝撃がアイディオンを襲う。出力を最大にまで高めた障壁の防御装置はアイディオンさえ侵入を拒む凄まじい威力を誇っていた。
「ウッ」
「エリイ、ここは」
アイディオンを担ぐようにレジリエンスは現世へと撤退する。その様をソフィアはガラスの様な眼で眺めているだけだった。
そしてフラットウッズ・モンスター達も彼らを追わず、巨人の姿から分裂し、元の姿に戻ると各々が任されたドームへと帰っていく。
「ウ・・・・ム?」
現世へと戻る次元の通路を移動中2人はこの通路が不自然な構造になっている事に気が付いた。何か見えない壁があって通行止めをしているといった具合だった。
「まるで壁に阻まれている様ですね。こちらに来るときにはこんな事はなかったのに」
「ドームの影響ですかね?」
「かもしれませんね」
エリクシリオの声に覇気は無かった。
現世に戻って来た芹沢達人とエリクシリオから報告を受けた笠井恵美と黒川ケイは愕然とした表情で息を吐くと腰を下ろす。
「まさか現世と異世界両方を侵略するとは」
「おまけに大繁殖しているとはね」
「向こうの覆いのある町は私がこちらに来たのと入れ違いに出来たようですが」
「異世界ってどんなところなんです?」
ケイの質問に
「場所によって色々ありますが私の町の周辺は少しの平原と荒野のある場所ですね」
「そこに1万年以上も住んでいたらまああっちに行くか」
ケイの発言に笠井は肘で彼を小突くがエリクシリオは暗い顔色を変えず
「そうですね。私は生を受けてまだ2千年程であの世界の生活しか知りませんが、極少数ですがもっと長く、都市建設から携わっていた方々もまだ生きていらっしゃいますから」
ため息をつく彼女にその言葉に全員が凍り付く。
「そう・・・ですか」
(2千歳・・・こちら換算で一体何歳なのかしら)
笠井も内心失礼な事を考えながらも
「少し休みましょう。リフレッシュしたら何かいい案が浮かぶかも」
そう言って一同を解散させた。
川の土手に達人とエリクシリオは腰かけていた。彼女は太陽に反射する川面に顔をほころばせる。
「いつ見ても素敵な所ですね。私はこの豊かな景色を取り戻そうとしてきたのですが・・・」
「それを町の人達は知っていますよ。だから誘拐の様な形でドーム内に強制移住させたんだと思いますよ」
土手に腰かけて並んだ達人は隣のエリクシリオの体が震えているのに気が付くと肩に抱き寄せた。肩が濡れるが気にはならなかった。
「すみません・・・でももう少しだけ・・・」
「俺も貴女が皆の為にしてきた事を知っている。以前2つの世界を繋げる、救うなんて夢を語ったんですが、それはレフテリアの町の皆の貴女の努力を否定するものじゃないかと思うようになったんです。だからこれを」
達人は創世の宝玉の片割れをエリクシリオに差し出す。
「いいえ。それは貴方が持っていて下さい。それこそご自身の努力を否定する事になります。その思いやりの心があるからこそ宝玉も貴方を選んだのだと思います。別の良い方法が見つかった時にそれを実現するにはその強い意志が必要となるでしょうから」
「迷ってばかりの俺が?」
「誰かの為の悩むのは強い心の証だと思いますよ」
エリクシリオは笑顔を向ける。暫く見つめ合っていたが気恥ずかしさに視線を同じ対岸に向ける。
2人の視線の先には川を挟んですぐの所に新宿ドームが見える。2人から見れば異様な光景なのだが僅か10日余りでそれは急速に日常に溶け込んでしまっていた。
「彼らが今どんな目に遭っているのか」
「恐怖や絶望か。それにしては手間をかけ過ぎな気がしてならないが」
「別の目的があると?もしくは全くの別の存在が?」
「それにフクロウがこんな川沿いに巣を作るとも思えない」
その言葉にハッとしたエリクシリオはドームを見据える
「エリクシリオ、何を?」
訝る達人に
「タツト、私達はとんでもない勘違いをしているかもしれません」
休憩時間が終わり再びトレーラー内に戻ったエリクシリオは笠井に
「すみませんがこの国にある、あの要塞都市の分布が分かりますか」
「それはもちろんわかる、いえ判りますけど」
そう言ってトレーラー内に設置されたモニターに日本の主要なドームの位置情報を表示する。
「これが何か?」
ケイの質問に
「よく見てください。これらは全て川の近くに建てられています。あのフラットウッズ・モンスター達はフクロウですよ?確かに水は飲むでしょうがこんな所に巣を作るとは考えられない気がします。さらにあの障壁は彼らの使う物に巧妙に似せた別物です。タツトの考えた通りこの事件には我々の知らない黒幕がいるのです」
エリクシリオは達人を見ながらそう結論を出す。
「だとすると振り出しに戻ったな。そいつはどこにいるのか」
「それも分かるな。妙な『通行止め』を食らった場所、異世界と現世の狭間の異空間にそいつは潜んでいるんだ」
ケイに説明する達人
「そうです。ただ範囲が広すぎます。もっと絞り込まないと」
「それならドームのエナジー反応の強弱を調べてみれば潜伏先が分かるかも」
「異世界の方はどうするんです?」
「それは俺達がやろう」
「技術部に連絡して。携帯型があるはずだからそれを持ってきてもらいましょう」
1時間後に届いた携帯型エレメンタル・エナジー反応機を持ってエリクシリオと達人は異世界で、残りのメンバーは手分けして現実世界のドームの反応を調べる。
そして笠井は得られたデータを分析する。
「後は異世界の座標軸を現実世界の物と照合すると・・・ここね、新宿B地区の直径100m以内、黒幕はここの目と鼻の先という事になるけど」
「魔法戦に長けたケイモーン・ノテロスなら異空間でも戦える。任せてくれ」
達人はレジリエンスの鎧を装着するとサンダーバードとガッシングラムを呼び出す。
2体が獅子の頭のグリフォンへ融合しレジリエンスと合身、ケイモーン・ノテロスへと変わる。
「行くぞ」
ケイモーン・ノテロスの巨体が地中に吸い込まれていく。
『姿を見せず黒幕気取りとはいけ好かねえ野郎だぜ』
『逆だガッシングラム。姿を見せない事が重要なのだ』
『どういう事だよ?サンダーバード』
『姿が判らないからこそ人は勝手にその姿を想像する。その力を振るうに相応しい姿に』
『じゃ奴さんトンデモない姿をしているって事か』
『少なくとも人間からの信仰を集めるには程遠い事は間違いないだろう。だからこそ代理人を立てあわよくば彼らをスケープゴートに仕立て上げる事まで計算した巧妙な支配計画だ』
達人は2体のUMAの会話を聞きながら内心葛藤していた。
『それよりもタツト、お前体は大丈夫か?』
「平気だ。何度目かで流石に慣れてきた」
(俺は今多くの人の夢や幸福を壊そうとしている。それで救われた人もいるはずだ。だがこれでいいはずはない)
『いたぞ』
達人はサンダーバードの言葉に我に返るとそこにはあのドーム内でとぐろを巻く20メートルもある銀色に輝く巨大な魚がいた。
「一気に片を付ける」
『奴はホラディラだ。そうか封印されていたのは奴だったのか。地獄の牙と呼ばれる奴なら考えつきそうな計画だ』
今回の黒幕の正体に思い至ったサンダーバードに達人は
「強いのか?」
『いや。だが悪知恵は働く。だがあそこまで大きいと力比べで手こずるかもしれんが』
ケイモーン・ノテロスは一気に加速すると翼からの熱線と手に持ったトライデントでドームを強引にこじ開ける。
「ここまで来るとは貴様何者だ!?」
巨大魚が顔を上げて威嚇する。
「私はケイローン・ノテロス。ホラディラ、人間達を解放しろ」
「その魔力はサンダーバードだな。馬鹿め。飛んで火にいる夏の虫とは貴様の事だ」
アロワナ型精霊級UMAホラディラはドームの天井から数十条の紫色の電撃を発しケイモーン・ノテロスを襲う。
「グウッ」
「人間はいつも自分の幸せの事ばかり考えている。だから私が与えてやったのだ。彼らの望む幸せを、欲望を叶えてやったのだ。それ以外の事を考えられなくなった人類なぞ私の思うままだ。更なる幸福を、欲望を求めて私に縋る。
フラットウッズ・モンスター共もな。私は2つの種族と世界を完全に支配するのだ」
「違う。幸福とは誰かから与えられるのでもどこかにあるのでもない。多くの存在が支え合って作り上げる物だ!」
電撃を受けながらもノテロスはホラディラの尾を掴みドームに叩きつける。
「身の程しらずが!」
ホラディラは身をくねらせ体を巻き付ける。
刃の様な背びれがノテロスの体を突き刺さり、装甲をガリガリと削る耳障りな音がドーム内に木霊する。
「エピタキンシ!」(ギリシア語で加速の意)
怪魚を巻き付けたままノテロスが翼を広げ猛スピードで上昇する。
ドームの天井を突き破ってそのまま次元移動し、新宿ドーム付近へ怪物諸共地面から現れた。
「人間よ。私がお前達の幸せの為のドームを作ってやったのだ。私はお前達のとっての幸福の神である。そしてこやつはお前達の幸せを奪う者だ。さあ私に祈れ。私が奴を倒すように」
ホラディラは世界中に自身とケイモーン・ノテロスの姿を映し出し、惨めな信徒らへ号令をかける。
だが人間というものが突如地面から現れた人型の戦士とそれに絡みつく魚の化け物を見れば果たしてどちらを応援するかという事をホラディラは考えていなかった。
悲鳴と落胆どころか侮蔑さえ混じった表情で逃げ惑い、戦士を応援しさえする人々を見てホラディラは人間の身勝手さを改めて思い知るのだった。
「何故だ!?どうしたのだ?お前達は幸せが欲しいのではなかったのか?逃げるな!戻って私に祈れ!!」
「今回の1件がお前が身勝手な理由で始めた幸せの押し売りだと皆気がついたんだ。クーリングオフは当然だな!」
自分に縋る『信仰』を急激に失ったホラディラの姿は徐々に小さくなり4m程に縮む。同時にノテロスを締め上げる力も比例して弱まり、戦士はその縛めから逃れる。
「風よ嵐を呼べ。炎よ空を熱し、稲妻となれ。アネモヴロホ!」(ギリシア語で暴風雨の意)
片方の刃に暴風がもう片方に稲妻が弾けるトライデントがケイモーン・ノテロスの頭上に舞う。
その二つの魔力が合わさり凄まじい暴風雨の結界を作り出す。
ケイモーン・ノテロスが地面に槍を突き立てると同時に暴風雨を巨大な雷が貫いた。
「不信神者どもがアアァー!!この恩知らず共がアアァー!!呪ってやる、末代まで呪ってくれルゥゥー!」
呪詛の言葉を絶叫しながらホラディラの姿は雷に焼かれ消滅する。
それを見届けたケイモーン・ノテロスも合体時間が来てレジリエンスとグリフォンに分離する。グリフォンはサンダーバードとガッシングラムへと分離し異世界へと去って行く。アイディオンと共にアトランティス側のドームの人々を救出する為だ。残されたレジリエンスも全身から煙を上げ装甲表面は薄いカサブタの様な物が出来ていた。
庇護者を失ったフラットウッズ・モンスターの大群が一斉にドームから飛び出してきた。その数は昼間の空を覆いつくして地表を真っ暗闇に閉ざしてしまう程の多さだった。
この状況で可動限界まで戦ったレジリエンスにはもはや戦闘はおろか歩く事も出来ない。だが達人は後方から微かに聞こえるガンウルフの駆動音を聞き安堵の息をつくと装着解除のスイッチを押す。
「後は任せる」
「了解。後はこちらの仕事ってね!」
マルスは側車型トーテム・ビハイクル、カノンボアと合体しマルス・ガンフォートレスモードとなってミサイルを、カノン砲を、そして両手のガトリングとビームガンで怪物共を狙い撃つ。しかし敵の数は文字通り空を覆いつくす程の多さで実弾はあっという間に底をついてしまう。
「数が多すぎるな。しかし、ディバイン・ジャッジメントはチャージに時間がかかりすぎるし・・・」
言う間にガトリングランスも弾切れとなり、砲身の回転も止まる。
そこに背後から強力なビームが怪物の群れを焼く。
マルスが振り向くとそこにはマルスの量産機と言えるハスカールが6体立っていた。
ハスカールはマルスの機能を簡素化していてヘルメットもゴーグル型のバイザーのみ(マルスはその下に双眼がある)
ボディは外観が青と白のツートンで装甲はマルスよりも少なく黒いフレームの露出部分が多かった。
反面武装は強化されており、主武装の『グレイブラスター』の一射はガトリングランスの一斉射と同等の威力とマルスブラスターの2倍の24発の装弾数を誇る。そしてこの武器はその名の通り銃身下部にエレメンタル・ブレードを形成し、長刀としても使用可能なマルチウェポンだった。
この部隊が今世界中で大量発生したフラットウッズ・モンスターの殲滅に掛かっていた。今日本の新宿にいる6名の隊員は達人やケイと同じく文明存続委員会の孤児院(彼らは施設とか収容所と呼んでいた)出身者達、つまり精鋭部隊だった。
「黒川博士良かったですね。各国首脳がこの事態を憂慮しハスカールの開発を後押ししてくれたおかげで配備が2か月ほど早まりましたよ」
古川努は上機嫌だった。モニターにはグレイブラスターの火線とディバイン・ジャッジメントの白色光が闇を切り裂き、地表に太陽の光を取り戻していく様は正しく文明存続委員会が思い描いた『救世主』の姿だった。
「良識ある人々がいてよかったよ」
黒川博士も頷いた。
もはや自分達の勝つ見込みは無くなったと悟った怪物の残党は次元の穴を開けてどこかへと消えていった。
「すみません。またお邪魔してしまって」
「いいのよ。大活躍だったんでしょう。なら栄養付けなくちゃね」
事件解決後エリクシリオは達人から八重島家へ泊るよう誘われた。彼女も無事攫われたレフテリアの住民達を救う事が出来、その報告に来たのだった。戦いの疲労もありその申し出を受けた彼女は今リビングで達人と八重島紗良の作る料理を待っていたのだった。
「チッ」
「ちょっと大丈・・・夫?」
紗良は達人の指から青い血が流れるの見て絶句する。
血は直ぐに赤い色に変わったが2人はそれを暫くじっと見ていた。
翌日町へと帰還したエリクシリオに来客があった。
それは行方不明となった住民達だった。
「すみません。私の至らぬばかりに」
「それは私達も一緒です。私達が洗脳されなければいらぬ苦労をなさらなくて済んだのに。エリクシリオ様が私達の為に良くして下さっているのは知っていますから」
その言葉こそがエリクシリオのもう1つの幸せだった。




