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第3話 天敵

芹沢達人は自分がなぜ自分がこの見知らぬ土地に出てきたのか分からなかった。


だが人との接触を避けて裏通りや小さな路地をあてもなくさ迷ううちふと広域避難所を示す看板が目に入る。


看板には先ほどの戦闘を行った公園より数倍広い公園や神社が記されていた。


(自然が多いからか)


言葉を話す事は無いがしかし明確な意志ある鎧としてはここでエレメンタル・エナジーを回復させるつもりだったのだろう。


先の戦闘中、その鎧は一方的にいくつかの『魔法』を伝えるとエナジー不足からか再び沈黙してしまった。


「しばらくそこで寝泊まりすることになるか」


彼はその公園に向けて歩き出す。


最大の問題は大通りを越えねばならないという事だ。


もう何度目かになるかわからないほど自分の手を見つめる。


今怪物に変身したらという恐怖は常に心を支配していた。


先ほどの戦いも仲間への罪滅ぼしであると同時にまだ自分が人間なのだと確認させてくれる儀式でもあった。


「最後まで抗うさ。あらゆる理不尽からな」


それがこの男の生きている最大の理由でもある。




K県f市。


この都市の市街にあるターミナルから隣のO市へと向かうバスがあった。


本格的な帰宅ラッシュ直前ではあるが車内の座席はすべて埋まり数名が車内中ほどに立っている。


この路線は芹沢達人が渡る機会を伺っている大通りがその経路に入っている。


その大通りに差し掛かる交差点を通過する時バスの運転手は両替機のそばに立つ人間に注意をしようと声をかける。


危ないのでご遠慮下さい。


それは過去何度ともなく彼が繰り返してきたありきたりなものだったが、それがこの人物にとって最後の言葉になった。


首の後ろに針か何かがチクリと刺す痛みと同時に全身の力を抜かれ、彼はこと切れた。


その最後の瞬間何か異様なものを見た気がしたがそれを他人に伝えることはできなかった。


他の乗客は座っている者も立っている者もスマホを見ているか居眠りしており、異変に気が付いたのは運転手同様その命が終わる瞬間だった。


達人が異世界で感じたあの気怠さや圧迫感を感じたのは大通りにつながる路地で人通りがもっと少なくなるのを待っていた時だった。


およそ彼の人生の大半は自身に与えられた個室と施設内の各『教室』しかなかった。


それでもふらふらしながら徐々に速度を上げ他の車に接触しても停止や減速しないバスを見れば異変の中心がそこにあることは想像がついた。


通りに出るとバスの直線上にバス停でそのバスを待っていた数人の人々が異変に気付き避難しているのが目に入った。


「危ない!」逃げ遅れた同年代であろうショートカットの髪の少女を達人がかばって歩道奥に飛ぶ。


少女の目の前でバスはバス停の標識版をふきとばし、歩道に乗り上げその日定休日だった花屋のシャッターに突っ込んでようやく止まった。


「大丈夫か?」


「えっ、ええ」


「すまないが手伝ってくれないか」そう言って背中の金属製の箱から甲冑を取り出し装着し始める。


「手伝うって着せろってこと?わからないわよ。ってこれ軽ッ」


「腕じゃなく胴の方を。ああそれだ」


最後に兜を被り左腰のスイッチを入れるとシュッと音がして全身のメカニズムが起動する。


「あんた一体何者?それは何よ。バスに何が起きているかまさか知っているの?」


「そのまま家に帰れ。それから」


車内に入る直前達人は振り向かず少女に「ありがとう」と伝えるとドアに穴をあけそのまま引き裂くと中に入った。


状況をのみこめず立ち尽くしていた少女、八重島紗良はその光景に小さく悲鳴を上げる。


しかしその後彼女が見た車内の人間全員が干からびたミイラと化している光景は紗良どころか達人さえ想像していなかった凄惨なものだった。


兜に内蔵された機能によって強化された聴覚が紗良の絶叫を数倍に増幅したため無理もないとは思いつつも顔をしかめる達人は運転席付近の床から起き上がった怪物が次元の穴を通って地面に消えようとしているのを見た。


「異世界に逃亡するつもりか?」


怪物を追ってその怪物が消えた穴に飛び込む。


穴の中は無重力状態だった。


達人が体をまっすぐにしようとするとその思惟に連動して右腰部にある何らかの機能が体の平衡感覚を保っており先ほどの怪物を追いかけるのに役立った。


(そうか。これは一種の重力制御装置か)


鎧の機能をそう解釈した達人は改めて敵を追跡する。



穴の先は沼地でその周りを高い木々があの異様な空と太陽を遮っていた。


時折微風が吹き水面にさざ波を立たせるが水中には魚や虫はおろか水草もない。


逃げきれぬと思ったか、それともここで相手をしとめるつもりか怪物がジグザグに跳ね回りながら襲いかかってきた。


達人はその飛び蹴りを躱し背中を蹴り飛ばすがその時右足に妙な感覚を覚えた。


(同じ蹴りでもこうも威力が違うのはマズイな)


達人にはこの鎧の動力源が火・水・風・土の各エレメンタル・エナジーである事が分って来た。


問題は鎧内部に貯めておける量は少なく、そのエナジーの大部分を外部から取り入れて賄っている事なのだ。


このためこの鎧の戦闘力はその時の外部環境に左右される。


今回は森の中の湖沼という事で水と土のエナジーが鎧内部に充満している。


よって鎧の攻撃能力の大半を司る火の魔法はこの木漏れ日ではエナジー不足で使えない、という事態が起こる。


事実火の魔法である身体強化の魔法の筋力増幅度は先程の戦闘よりも劣っていた。



相手の姿形から何か攻略の糸口はないかと立ち上がった怪物を改めて見るが全身に毛がある所と皮膚がむき出しなった部分がまだらにあり、頭部もオオカミや犬が噛み合っているかのような形をしているため元の生物を正確に特定するのは難しかった。



ジャンプしながら繰り出される怪物の爪や噛みつきをいなしながら達人もパンチや杖での打撃で応戦する。


「しまった!」


達人の幾度目かのパンチを怪物は飛んで躱しその背後に回り込み体を拘束される。


体毛が接触した部分や首筋に突き立てられた牙からエネルギーが抜けていく感覚で怪物の特性に達人は気づいた。


「こいつはエレメンタル・エナジーを吸い取るのか」


厳密にはこの怪生物チュパカブラは他の生物の生体エネルギーを全身の体毛を針のように伸ばして吸収する。


今の場合針は達人の体にまで到達せず接触した鎧を動かすエレメンタル・エナジーをその代わりに吸収していたのである。


目の前がぼんやりとかすみ始める。


達人はエネルギー不足で動きが鈍くなりつつある右腕を強引に動かしチュパカブラの脇腹に肘打ちを決める。


ひるんだ隙にその体を振り払う。


「魔法の鎧の天敵というべき相手だが先ほどの感覚からして毛のない所には吸収能力はない。そして長期戦はできないとなると急所を狙うしかないが」


再び素早い動きで周囲を飛び回る敵をまずは封じ込めるか動きを鈍らせる必要がある。


そう達人は考えるがその隙に繰り出された敵の爪を躱した直後に繰りだされた蹴りを食らい倒れる。


そこに再びエネルギーを吸うべく覆いかぶさろうとしてきた怪物をバク転でかわし距離を取る。


水しぶきが顔にかかり「水か。魔法の渦で止められないか?ディーネー(ギリシア語で渦の意)」


敵の足元の水が渦を巻くがそれよりわずかにチュパカブラの方が早く動く。


ディーネーはプノエーの水版というべきだがこちらの方が消費エナジーが少なくいくつもの渦を形成できる利点があるが攻撃力は無いに等しい。

挑発するようにギャッギャと叫びながらチュパカブラは達人の周りを縦横に跳ねる。


その動きを観察する達人はチュパカブラの毛におおわれた胸部に一ヶ所それがない部分を発見した。


それは大きさにして1センチもないほど小さなものだがそこを弱点と見た達人は杖先を怪物に向けて風のエナジーを

集中させる。


杖先に横倒しにした三日月上のパーツとその左右から白い糸状のエナジーが発生して杖の中ほどに集まる。


いわば魔法のクロスボウであるが、それはすぐ消えてしまった。


「エナジー不足か。ならば」


今度は水のエレメンタル・エナジーで作り上げた銛を投げつける。


流水の様な細くとがった銛の攻撃力は低いが杖先から分離した槍状エネルギーは空気中の水分子を糸状に変化させ杖とつながりある程度軌道をコントロールしながら離れた敵を狙うことができる。


同時にチュパカブラの跳躍の軌跡を読んだ達人は再びディーネーを唱える。


チュパカブラの着地時に起こった波紋が渦を巻きチュパカブラを拘束する。


突然の事に動揺する怪物の胸に銛が急所に突き刺さった。


苦悶の声をあげて刺さった先端部を引き抜こうとする怪物。


そうはさせじと達人は糸を手繰りそれがつながる杖を振り回し、怪物を湖底に叩きつけたり宙へ投げる。


そのたび水の銛はチュパカブラの体にめり込んでいき、悲鳴は徐々に大きくなる。


(まだなのか) そう達人が思った時


ついにチュパカブラの急所から水のエレメンタル・エナジーがさざ波が起こしその体を巨大な水泡に変える。


その水泡が破裂し青い光を放つと以前同様赤黒い穴から凄まじい嵐が起こり達人を巻き上げる。



達人はその穴に飲み込まれながら(あいつは無事に帰れたかな)と思った。


そんな事を考えたせいだろう。


達人が飛び出した先は見知らぬ家の庭だった。





自動車数台を巻き込む大事故と前代未聞の大量殺人事件の『第一発見者』となった八重島紗良は警察や消防から詳しい話を求められ、迎えに来た母親と共に事情聴取を受けた。


とはいえ話せることは断片的かつ異常な物であり詳しい事情を知っていると思しき少年もしくは青年は霞のように消えてしまっていたため警察は突然の事で混乱しているのだと結論して二人を帰した。


「あんな事故だったのに軽い打撲だけで済むなんて、その人に感謝しなくてはね」


「信じてくれるの?お母さん」


「もちろん。その人の名前は?今度会ったらお礼を言わないと」


ショックから制服も着替えず家のリビングの椅子に座ってぼんやりしていた娘に八重島梓は優しく声をかける。

母親としては娘が大したケガもなくこうして家にいる。それだけで十分だった。


彼女の無事を夫の修一郎にも知らせると彼も安堵の息をつき早めに帰ってくると返事があった。


一息入れるため紅茶を用意しリビングに持っていく。ありがとう、と返事を返す紗良の声には元気がなかった。


「あれは何だったのかな」


「そうね。でもね紗良。あなたはこうして生きているわ。今はそれを喜ばなくちゃ」


「そうよね。消えた奴の事をいつまでも考えても仕方ないか」母親の声に紗良も努めて明るい声を上げる。


「へえ。その人イケメンだったんだ?」梓は気を紛らわすように日常的な話題を振る。


「違うって。そうだ。服はぼろいし変な箱は背負ってるしおまけに」紗良もそれに乗る。


確かに助けてはもらったが断じて恋愛感情やそれに類するものではない。


彼女も俗にいう「吊り橋効果」は知っていたが今回の吊り橋は揺れが強すぎて気分が悪くなったことで相手に対し悪感情を与えただけだった。


「それにどうしたの?」


続きを促すが娘の顔が驚きで硬直しているのを見てその視線の先、つまり庭の方を見た。


そこには藍色に光る全身を装甲した中世の騎士のようなものが立っていた。

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