第37話 イミテイション・ソルジャー(下)
魔甲闘士レジリエンスと魔甲闘士マルスを模した幻魔闘士レジリエンス・シャドーと幻魔闘士シャドー・マルス
レジリエンスとレジリエンス・シャドーの戦いの序盤はほぼ一方的な物だった。
「はッ!」
「グウオッ」
改修された達人のレジリエンスと改修前の鎧の影を着るDr田出井とは鎧の性能も装着者の技量も雲泥の差があった。
運動のうの字も知らない様な貧相なDr田出井の体では長年鍛え上げてきた達人の動きについてこられず、今も後方に跳び下がった所を追い付かれ、痛烈な右ストレートを食らって地面に転がった。
「おのれッ、だがこれは出来まい!」
立ち上がったレジリエンス・シャドーは両手と杖にそれぞれ火球を形成し発射する。
「チッ、一丁前にフロギストンを撃てるのか」
着地した直後を狙われたレジリエンスは咄嗟に左腕で逆三角形を描き下の頂点付近を横に薙ぎ払い、四元素における土の記号を描くと「トイコス」(ギリシア語で壁の意)と叫ぶ。
左腕に灰色の防御壁が形成され3つの火球を防ぐ。
「まだ終わりでは無いぞ!」
そこに両脚に炎を纏ったレジリエンス・シャドーの飛び蹴りが加わる。防御壁が崩壊するがレジリエンスは左腕を払い強引に相手を吹き飛ばした。
シャドーは転がった勢いを利用して器用に立ち上がる。
「テベリスの鎧の一部を媒介にした副産物だ。一々詠唱やポーズを取らなくとも思考をダイレクトに再現できる。これはオリジナルにはあるまい?そして」
レジリエンス・シャドーの全身の影が急速に増大する。
「まさか・・・」
「その通り。こういう芸当も出来るのだよ!君は藤栄高校の連中に少し姿と力を見せすぎたようだな!」
影はレジリエンスの最強形態の1つケイモーン・ノテロスの姿へと変わる。
「死ねっ芹沢達人!」
翼を広げた黒いケイモーン・ノテロスは上空から膨大な数の火球を発射する。
凄まじい爆発が巻き起こり、更に爆発で起こった黒煙ごと周囲の地面をプノエー(ギリシア語で突風の意)で薙ぎ払う。
「ン?」
プノエーによってアスファルトの抉られた大地にはライオン型上級UMAガッシングラムと合身したレジリエンスの強化形態『グランドウォリア―』が立っていた。
「1つ前の形態で敵うと思うのか!」
シャドー・ノテロス(便宜上そう呼ぶことにする)は翼から火球を両手足から突風を放つべくエナジーを凝縮させる。
『そろそろか?』
ガッシングラムの声と同時にシャドー・ノテロスはその姿を維持できなくなりレジリエンス・シャドーの姿に戻り地表へと落下していく。
「何ッ、どういう事だ!?」
「造った本人が合身時間を把握していないとはな!」
地面に激突する直前のレジリエンス・シャドーへグランドウォリア―は横薙ぎに高周波アックスを振るう。
上半身と下半身で文字通り真っ二つになったシャドーは地面に転がる。その切断面からは血や骨や内臓は一切存在しない、黒い闇そのものだった。
「どうなっているのだ?」
その言葉は切断された痛みより形態変化が解除された事に驚いているらしかった。
「確かに藤栄高校の生徒達の一部は俺達が初めてケイモーン・ノテロスになった時の記憶がある。だがその時は全員消耗していたからな。その時の合身可能時間は1分程度のはずだ。記憶を完全再現させすぎたな」
「そうだな。だが2つに分離させたことは悪手だったな!」
上半身と下半身それぞれに分かれたレジリエンス・シャドーのその言葉と共に避難していたはずの住民があちこちから踵を返しふらふらと周囲に集まりだした。彼らはシャドー・ピープルの姿に変貌するとレジリエンス・シャドーは彼らを吸収し、2体に増えた。
「見たか。これが生命の究極の形たるシャドー・ピープルの力だ。飲食も休息も必要としない、つまり食料問題等を考える必要の無いエコ兵士という訳だ。そして上位種たる存在である私に絶対服従する理想の奴隷でもある」
愉悦の笑いを上げながら2体のレジリエンス・シャドーは全身の影を増大させると、ケイモーン・ノテロスとスィスモスへとそれぞれ姿を変える。
「それなら悪夢の間違いだろう」
「君にとってはそうだな。こちらは変化のインターバルなど必要としない。そして2対1でどうするつもりかね?」
「決まっている。融合大合身!」
レジリエンスは一旦ガッシングラムと分離するとサンダーバードを呼ぶ。鳥とライオン2体のUMAが融合したグリフォンとレジリエンスは合身し、ケイモーン・ノテロスへと変わる。
「今さらそんなものが!」
「私に通用する物か!」
シャドー・ノテロスは先程中断させられた、翼から火球を両手足から突風を放つべくエナジーを凝縮させ、今度はそれらをケイモーン・ノテロス目掛けて撃つ。
その攻撃と同時に突進したスィスモス・シャドーは魔法攻撃を全身を覆うバリヤーを張って防ぐケイモーン・ノテロス目掛けて大斧を大上段から振り上げる。
「この攻撃はバリヤーを打ち消す!貴様も自身の能力を把握していなかったな!」
だが大斧が振り下ろされた瞬間ノテロスの姿がかき消えた。
「何処に行った?ゥぐう!?」
背中に衝撃を受けたスィスモス・シャドーは振り返るとシャドー・ノテロスが自身の背中に叩きつけられていた。そして2体の周りを稲妻の走る竜巻が渦巻いていた。
「いつの間に後ろに回ったのだ?奴には高速移動能力でもあるというのか?」
シャドー・ノテロスはケイモーン・ノテロスが振り回すそれぞれ赤と緑に輝く双刃のトライデントのその速度に合わせて周りの竜巻の速度は上がり、稲妻の数も増えていくのを見つめながら譫言の様に呻く。
「エピタキンシ(ギリシア語で加速の意)。あの時見せなかった、いや使えなかった能力だ。俺達はあの時のままじゃない」
そして赤く光る刃の部分を上にした状態でトライデントを垂直に掲げると
「過去という影を踏み越えて俺達は進む!アネモヴロホ!!(ギリシア語で暴風雨の意)」
ケイモーン・ノテロスがトライデントを振り下ろすのに連動して上空から巨大な稲妻が竜巻の結界を貫く。その凄まじい光と熱は2つの影の巨人を一瞬で消滅させ、その体を赤と緑の粒子に変えて天へと誘う。
「助けられなかった人達の魂の様だ」
『そうだ。影に囚われた人々の魂を解放することが出来たのだ』
達人の気落ちした呟きにサンダーバードが慰めるように返した。
一方レジリエンス=芹沢達人と別れてシャドー・マルスを追う黒川ケイ=マルスは文明存続委員会本部からの再三の呼びかけを無視しつつ、専用バイク・ガンウルフの速度を上げる。
「少し冷静になりなさい、ケイ君!!」
「至って冷静ですよ、僕は!」
ヘッドホンからの耳をつんざく怒声に顔をしかめながら笠井は深呼吸すると
「そう。じゃあ先日渡したマルスの新装備の名前とその効果を言ってごらんなさい」
「・・・・ADプレート。目標に投げる投擲武器でその刃は特殊コーティングがされてる」
「正解。それ使う事もマルスに装備されているのも気が付いてた?」
「・・・・いいえ」
「素直でよろしい。仮想敵として想定されていた対ソーサリィメイル戦がマルスの模造品なのはショックでしょうけど、あなたの敵は私達の敵でもあるのよ。それを忘れないで」
「はい、笠井さん。そっちでは奴は追えませんか?こっちはまだ確認が」
「そろそろ見えてくるはずよ」
その言葉通り、闇より黒いバイクとそれに跨るシャドー・マルスが見えた。
追手を認めたシャドー・マルスはマルスブラスターを振り向きざま撃ちかける。
「早速出番だぜ」
マルスは左腰に下げていた撓んだフリスビー状の武器、ADプレートを投げる。
ADプレートは回転しながらシャドー・マルスへ向かっていき、ブラスターの熱線が中央部に当たると同時に円の一部が外れた。
「フン、何かと思えばコケオドシか」
だがあり得ない事に正面の道にブラスターの熱線が突き刺さり、シャドー・マルスは専用マシンシャドー・ウルフを思わず減速させた。
バックミラー越しにマルスがブラスターを撃つのが見え回避しようとハンドルを右に切る。
「ウッ、これは・・・」
そこへ破片の様な物が飛来し右腕を切り裂き前方へと飛んでいく。さらにその破片目掛けてブラスターが飛び、破片は熱線を反射してシャドー・マルスの首筋を掠めた。間髪入れず左前方の破片に当たった熱線がシャドー・ウルフの左グリップを貫通する。
「黒川め、厄介な物を作ったな!」
破片の正体はADプレートである。これは中央部のミラーシールドとマルスからの指令電波を伝える親機とその外周に装着される破片、つまり4つの子機に分離することが出来る。
更に子機の外周部はマルスと同じプロメシューム合金製の刃の上にマルスのブラスターを始めとした低威力のビームを反射する特殊コーティングが施されている。
当然こんな武器を喜納は知らない。それは古川技術主任がサイ型UMAエメラ・ントゥカの反射装甲から思いつき突貫工事で作り上げた代物だったからである。もっと言えばシャドー・マルスは八重島紗良の記憶を元に再現されている為、その時彼女の見たマルスはガトリングランスも携帯していなかった。つまり接近されての撃ち合いは不利に働く。よってシャドー・マルスの取る手段は2つしかない。ここで何としてもマルスを振り切るか。そして
(ディバイン・ジャッジメントで奴を葬るより他は無い)
だがこの反物質砲のチャージに時間がかかる事はこの武器の実装の進言と基礎プログラミングを行った自分が1番知っている。
尤もそれは相手も分かっていて、攻撃をシャドー・ウルフに集中してきていた。
(どうやらあの小うるさい端末だがドローンだかは高火力ビームは反射できんらしい。ガトリングランスを使用してこないのがその証拠だ。もっとも周りの被害を恐れているだけかもしれんがな。だがそこにつけ込む隙がある)
再度シャドー・マルスは振り向くと追手目掛けてブラスターを連射すると同時にコンソールをもう片方の手でディバイン・ジャッジメントの起動ボタンを押す。
ビームを躱したマルスはガンウルフを敵の真後ろにつけるとスリップストリームの要領で相手を抜き去ろうと加速を掛ける。それを阻止しようと至近距離でブラスターを撃つシャドー・マルス。
「ゲッ」
シャドー・マルスは声にならない叫びを上げてバイクから投げ出された。マルスがバイクのハンドルを握ったまま倒立しその勢いのまま延髄斬りを放ったのである。マルスの躱したビームが待ち構えていたADプレートの破片に反射、主が居なくなったシャドー・ウルフは反射ビームに焼かれながら横転した。
「これで終わりだ。フルファイア!!」
マルスはバイク後部の架台から取り出したガトリングランスを右手に、左手にブラスターを構えて同時に発射する。破壊ビームの奔流は大型マシンを1秒と経たずに蒸発させる。
「これでディバイン・ジャッジメントは撃てなくなった。潔く降参して変身を解いて下さい」
「馬鹿な奴だ。さっさとオレを撃っておけばよかったものを」
バイクを降り、2丁の銃を向けながら仰向けに倒れているシャドー・マルスへ近づくマルス。
(いつの間に周りに人が集まっている?)
「ケイ君、シャドー・マルスから何かの電波が出ているわ。そしてここに集まっている人達の反応は皆シャドー・ピープル!?奴らに肉体を乗っ取られた人達よ!」
「今さら遅い!!」
シャドー・マルスは周りのシャドー・ピープルを黒い煙へと変えると右腕の試験管へと集め拳をマルスへ向ける。試験管から再び煙が吐き出され再びシャドー・ウルフが姿を現した。その狼を模したカウルから白い光を発しながら。
「これが人間のあるべき姿だ。黒川、見ているか?聞いているか?あの時オレが然るべき人間に強権と力を与え、それ以外の人間はそれに隷属するのが対UMA戦争とその後の世界の在り方だといった時お前はそれを危険思想だと言って即刻クビにしやがった。だが見ろ、俺の理想とする民衆たるシャドー・ピープルは支配者たるこの俺の指示に絶対服従だ。その身を文字通り捧げてな。どこかで見ているんだろう、黒川博士。俺がお前達を打ち砕き、お前達の代わりの希望になってやる様をその眼に焼き付けておくんだな!!」
長広舌が終わるや否やシャドー・ウルフから白色光が放射される。
その光が跨ったマルスの跨ったガンウルフの鼻先へ迫った時ガンウルフの口からも反物質砲の白色光が放たれた。
「そんな馬鹿な事が!?チャージ時間は足りないはずだ!」
自身の放った白色光が押し戻されているという2つの現実を受け入れられず、シャドー・マルスいや喜納朔太郎の脳は狂乱に支配されていく。
『聞こえているかね。喜納朔太郎君?』
ガンウルフに備えられた通信機から黒川博士の声が聞こえる。
『技術とは日進月歩の存在だ。君のプログラムと発想は素晴らしいが、改良の余地のまだまだある試作品にすぎん。最強兵器の発射可能までのインターバルを短くすること、新装備の開発、これ全てUMA、いや地球が仕掛けたこの種族戦争を生き残る為当たり前にやる事にすぎん。私がかつて否定した君の言う、思考する人間がただ一人しかいない傲慢の王国の夢は今崩れ去る。君自身の死によって』
黒川博士の言葉を最後まで喜納朔太郎が聞いたかは永遠に分からない。その言葉が終わるのと彼の肉体とバイクが白の奔流に飲み込まれたのは同時だったからである。
ここに後世『影事件』と呼ばれる事件は終息した。この事件は世界へ与える影響の大きさを鑑みて、文明存続委員会の手によって隠蔽される事になる。
事件は後に公表される事になるのだがその時は日本はおろか世界全体に新たな危機の訪れでもあった為真相を覚えている者は極僅かという事態となった。
芹沢達人と黒川ケイ
今回共闘したこの2人の人間と世界に対する考え方の違いによる微妙な関係がこの先の世界の命運を握っているとは誰も知らない。




