第2話 今そこにある危機
住宅地の真ん中に作られた小さな公園はこの付近に住む子供たちの遊び場である。
特に小学校に上がる前の幼児にとってこの四角に区切られた学びと驚きをもたらす場所は自分達こそが支配者になれる聖域といえた。
「あっトカゲだ」男の子が公園の植え込みから這い出てきた小さな茶褐色のトカゲを見つける。
「本当だ。ねえトカゲってさ、しっぽ切っても生えてくるって知ってる?」もう一人の男の子が尋ねる。
「そうなの?僕はお父さんが見せてくれた動画でトカゲは太陽の光がないと動けないって見たよ」
じゃあ試そうか。最初に質問をした子が虫眼鏡を取り出す。もう一人がトカゲを捕まえる。
ジタバタ動くトカゲに虫眼鏡で集めた太陽を当てる。
単に抜け出そうと動いていた『モノ』が次には命の危機からもがき苦しむ様は2人の心に圧倒的上位者としての愉悦と好奇心が芽生えていた。
「これでしっぽ切ったらどうなるかな?」そう言って手近にある先のとがった石をトカゲに打ち付けようと振り上げた。
石が尻尾に刺さる直前生命の危機を感じたトカゲは自身を熱する太陽光線に含まれる火のエレメンタル・エナジーが発する赤黒い光に包まれ子供たちの親と同じかそれ以上の大きさとなった。
日が傾いていた。
それはこの聖域の支配者の交代を告げる儀式の幕開けだった。
暗いトンネル内を見えない激流に押し流されるように地面からはじき出されるように達人は現実世界へと帰還した。
しかし『施設』の中しか世界を知らぬ彼にとって見知らぬ土地に出た事は先程の異世界とさして違いはない。
それでも彼に分かるのは風と周囲の木々のざわめき、金属製のブーツ越しに伝わる砂の感触と夕暮れの西日の熱
そして2人の子供が血を流して倒れて事切れていた。
惨劇の主犯たるトカゲの怪物を見た時達人の体は考えるより先に動いていた。
最も少し前の状況を見ていれば子ども達の行動を自業自得と思ってその場を去ったかもしれなかった。
だが達人の目の前の状況ではトカゲの怪物は無辜の子供達を襲った理不尽の使者としか思えないのも事実だった。
「高密度のエレメンタル・エナジーを確認」
モニターや計器類がズラリと並ぶ一室で文明存続委員会主任オペレーターを務める笠井恵美の声が響く。
「やはり増えてきたな。近くのドローンを回せ」黒川博士が指示する。
「現状偵察機を増やすのが手一杯ですな」
「今に巻き返しますよ。我々人類がね。四人のうち確実に一人は戻ってきますよ」
「問題は彼らが我々の思惑通り動くかどうかですが」
「ある程度はやるでしょう。その後は・・・」
「まあそういう計画ですからね。本命さえ機能すれば、いえさせねば人類は滅ぶ」
恵美としては自分の後ろでどこか他人事のように会話する二人の中年男達に辟易する。
現在開発中の『地球製』魔法の鎧は戦闘中いつ機能停止するかわからないほど出力が不安定な欠陥品で、それをあろうことかデータ収集の名目で最近UMAに家族を殺されたという部外者の少女に渡してしまったのだ。
(それならば私こそ資格がある)
10年前の自分はその少女と同じ運命を背負わされたのだから。
だが魔法の適正も耐性も無い彼女は早々に「脱落」してしまった。
今回の千載一隅の機会も来るべき正式採用型のためのサポートをしてほしいと却下されてしまった。
恵美にしてみれば自分のような特殊な資質を持たない人間が使える魔法の鎧の開発こそ最優先事項のはずだのに当の創設者達の目的は全く違うように思えるのが我慢ならなかった。
(本当に勝つつもりがあるの?)その怒りと疑念は新たな反応で掻き消える。
「新たなエナジー反応」
「モニターに」
「出ます」黒川の指示より先に恵美がコンソールを操作する。
正面モニターには人間大のトカゲに全身に藍色の装甲を纏った騎士らしきものがその長い尻尾でコンクリート壁に叩きつけられている光景が映し出された。
「あれは水の鎧ですか」黒川の問いにティブロンは答えない。その驚愕に目を見開いている表情を見て
(この男もこんな顔をするのか)
「未知の鎧ですか?」
「いや、確か聞いたことがある。四元将の前に四大元素すべてを使える鎧を作ろうとしたことがあると。しかし元素間の相性の悪さやそもそもの技術不足で期待された性能の半分も発揮しなかったので各元素特化型の四元将が作られることになったのですよ。製作者は病的な完璧主義者でね、あの鎧は名前さえ付けられず何度かのテスト後破棄されたと聞いていたが」
「中途半端な性能のまま残っていた、というのですか」
「装着者のお手並み拝見と行きましょう。彼とあの鎧があのリザードマンを倒せるのか。そして倒せるのならどう倒すのか」
ティブロンの言葉に多少の疑問を感じつつも黒川は初めて目にする戦いを凝視する。
その達人は巨大トカゲの尻尾の攻略に苦しんでいた。
なにせ伸縮自在、尻尾に別の生命が宿っているのではないかと疑うくらいだ。
今も背後を取ろうとした所を振り上げた尻尾に叩きつけられ、立ち上がった瞬間体を締め上げられる。
怪物はそのまま絞め殺さんと尾に力が入り、鎧が軋む。
(負けるわけにはいかない。俺にはあいつらの為にも母さんを探す為にもこんなところで負けられない!)
達人の思いに鎧に宿る意思が応えたか、体の内部で炎が吹きあがるように全身に力が漲ると両腕が凄まじい怪力を発揮し敵の尻尾をバラバラに引き裂く。
この鎧に刻まれた火属性の魔法『身体強化』が発動したのだ。
転倒し唸り声と共にのたうち回る怪物は咆哮と光に包まれながら第二の変身を遂げた。
砲弾型とか涙滴型と言われる兜を被った巨大な一つ目の頭部
全身に鎖帷子状の鱗
ケープのようなものが左肩にある。明らかに人型に近くなり右手に細身の剣まで持っている。
巨大トカゲいやリザードマンと呼ぶべき怪物は無造作に剣を敵に向けて振り下ろす。
しかし達人の側も先ほどの怪力で鎧の残りエナジーが枯渇しかかっており、止めはおろか歩行がやっとという状態だった。
夕闇の迫る中では火のエレメンタル・エナジーを供給していた太陽光が弱まった為である。
そんな状態でも達人は容易くその腕を跳ね上げ腹を蹴り飛ばす。
(先ほどの方が手強かったがこの形態に何か意味があるのか?これなら突破口が見いだせるはずだ)
とは言え現状有効打を思いつかない達人の脳裏に風の声に耳を傾けよという女性の言葉が蘇る。
意識を集中させると敵の単眼にエネルギーが集中するのが見える。
同時に一つ目から熱線が発射される。
しかし狙いを誤ったのか目標である達人の左を数メートル逸れて公園のコンクリート壁を貫通しその裏にある生垣とその側に置いてあった盆栽の鉢植えを燃え上がらせた。
運悪く洗濯物を取り込んでいた老婦人は突然の火災に驚き夫を呼ぶがその間に火の手は庭に及んでいた。
「いけない」
彼女の救出に向かおうとするが新たな武器を得た怪物はその力に早くも順応していた。
先ほどより熱量の上がったビームを相手の頭目掛けて放つ。
達人は両腕を曲げて体の前に突き出しそれを防ぐ。人命救助の為にこれ以上目の前の敵に構っていられない、という思いからこの場を切り抜ける為の方策を考え、精神を集中させる主人に鎧が風のエナジーを介して示す打開策。
熱線を受けて赤熱化する両腕に模様が浮かび上がり始める。
「そのまま打ち返す。アダナクラスィ(ギリシア語で反射の意)」
両腕を焼く熱線を火のエナジーへと変換させその装甲を駆け上がり両手の平に集めたそれを両手で包み込むように球状にして放った相手に打ち返す。
光球が当たり敵が大きく後退したのを横目に達人は庭に駆け込んだ。
そして火炎が庭と老婦人を焼き尽くさんと迫る中彼女の前に立つと全身の装甲が炎を火のエレメンタル・エナジーに
変換吸収し『消火』した。
婦人の無事と彼女とその後ろにいて困惑している夫をちらりと見て達人はその元凶に再び向かっていく。
杖先から炎の刃を形成し横一線に振り抜く。
それは向かってきたリザードマンの右袈裟切りよりわずかに早かった。杖から離れた火のエレメンタル・エナジーの
刃は腹部に食い込んだまま現実の炎さながらに全身に広がり数秒の後敵の体を爆散させた。
激しく息をつきながら、達人は左腰のスイッチを押す。全身から灰色の煙を吹き出しながら装甲の結合が緩む。彼は
真っ先に右手の装甲を外して自分の手を見る。
見慣れた自分の手を見て「まだ大丈夫だ」と安堵する。
(あの人たちから離れなければ)
いつの間にかあの金属製の箱があり、その中に鎧を分解して中に入れると足早に立ち去る。
いつ自分が信彦たちと同じようになるか判らないのだ。
「今回は敵に助けられましたな」その様子を見ていたモニターを通して見ていたティブロンは黒川博士に告げる。
「奴の肉体の進化に精神が追い付かなかった」
「精神?」笠井が横から質問する。
「君は我々がUMAと呼称する生物がどう発生するか知っているかね」
「急激な環境の変化、つまり昨今の地球環境悪化がそれを助長していると以前聞きました」
「そうだ。この変化に晒された時強力な生存本能つまり生きたいという強い意思が引き金になってあのトカゲをリザードマンへと進化させたのだ。人に近い姿を取るのは人間の適応性の模倣とも単純に憎悪の結果とも言われているがね」
「そして地球環境の悪化とはエレメンタル・エナジーのバランスが崩れた状態を指す。UMAとは高濃度のエレメンタル・エナジーの塊であり、存在するだけで周囲の動植物を例外なくUMA化させていく。」
「問題なのは」割って入ってきた黒川に代わりティブロンが話の主導権を戻す。
「分子構造上の問題であちら側からは触れることができるがこちらからは通常では触れることもできないし不用意に近づけばUMA化する。そのための魔法の鎧だ」
「彼を追いますか?」笠井が黒川に尋ねる。
「いやそう遠くへはいけないだろう。画面をサーモグラフィに切り替えてくれ」
画面が切り替わるとその表示に笠井は驚く。画面に映る屋外と空調のかかるこの部屋の室温が同じなのだ。
「嘘。さっきまで28度もあったのに」
「エレメンタル・エナジーによって『適正値』に戻ったのだよ。それに」
「おじいさん、見てください。盆栽や生垣にほら芽が」
「本当だ。少し涼しくなった気もするし今日は不思議なこともあるのう」
そんな会話をする二人を画面越しに眺める三人は夫婦が何かに驚いた顔をすると同時にエレメンタル・レーダーに反応がありそして映像が消えた。
「すごい数値です。リザードマンの数倍もしかするとそれ以上かもしれません。他の機を出しますか?」
「同じことの繰り返しになるだろうから公園を避けて周囲を監視してくれ。芹沢達人の動向を探る」
「ふん。チョロチョロと動き回りやがって。目障りなんだよ」
文明存続委員会のドローンを撃墜したのは新たなUMAだった。
先刻倒されたリザードマン同様の右腕と巨大な単眼
頭の中央に大きく後ろに反った角とその左右に小さな角のある兜に肩を覆う肩甲
左腕はオールのような形状をした槍とも剣とも見える異形の姿。
「遅かった。同胞は死出の旅路につけり、か」
更にその後ろから全身銀色で肘から下が大きく手には五本のカギ爪
宇宙服のヘルメットを思わせる頭部には何の表情も浮かんでいないのっぺらぼうの別の怪物が残念そうに嘆息する。
「自壊したのか?」
「よく見ろナウエリト。争った跡がある」
最後に現れた三体目は首から下だけみれば姫騎士とでも言える可憐な外見をしたオリエント風の白い鎧を着け輝く金髪が乗った頭部は鬼か夜叉を思わせる怪物が少女の物といえる声で最初に現れた怪物へ答える。
「だが反応がないぜ。仲間をやった奴が転移したにしても痕跡が感じられるはずだ」
「では彼らに聞いてみましょう」
ナウエリトを制して銀色の怪物が老夫婦に近づく。
確かにナウエリトは呼ばれた怪物は新たに現れた三体の内最も人型からかけ離れていた。
老夫婦は最初こそ驚かなかった。
そいつは姿形がほとんど人間に近かったからだ。
だが近づいてきたそいつが異形の怪物で逃げようとする自分達の頭を鷲掴みにする。
銀色の怪物は2人の老人の頭から彼らの記憶を探るべく電流を流すがそれに耐え切れず老夫婦共に悲鳴を上げて黒い影になって消えてしまった。
僅かに3秒ほどの記憶であったが
「何がわかった?フライングヒューマノイド」
「イエティ、興味深いことがわかりましたよ。これをやったのは人間です」
フライング・ヒューマノイドと呼ばれた銀色の怪物は他の生物の記憶を読むサイコメトリー能力を持っていた。
「何を馬鹿な。人間は我々に触れるどころか存在自体を信じていない、そう言ったのはあなただ」
「ところが最近我々に盾突く存在が現れた。先程ナウエリトが撃墜したあの機械の羽虫もそうです。連中はどうやら秘密兵器を作り直したようですよ」
「という事はまだ近くにいるな。早速敵討ちと行こうぜ」
その言葉に俄然闘志を燃やし血気にはやるナウエリトに
「それなのですがね。イエティ,『彼』に連絡を取れますか?できれば情報を可能な限り引き出してもらいたいのですが?」
「なんだよ。そいつと戦わないのか?」ナウエリトが割って入る。
「そいつは非常に危険な相手なのですよ。記憶を呼んだ相手が老人だったせいか物覚えと耐久力が無くてどんな
能力かはわからずじまいでしてね。下手に相手どれば我々三人がかりでも危ない」
「わかった。そこまでの相手だとあれば慎重にならざるを得まい。情報だけでいいのか?」
イエティの質問に
「その情報によりけりですね。万が一量産体制に入っているとしたら破壊工作や技術者の暗殺も考えねばならない」
フライング・ヒューマノイドはそう結論付けると三体は地面に吸い込まれるように姿を消してしまった。