第17話 蜘蛛の迷宮(後編)
芹沢達人がf市のショッピングモールの異常を知ったのは偶然だった。
彼は母親を見つけた公園の最寄り駅近くの定食屋にいた。
どんなに気分が落ち込んでも腹は減る。
彼は梓の私塾の手伝いの報酬として少ないながらもバイト代を得ていた。
最初は断ったのだが、どうにも押し切られる形で手渡された現金の残りの金額(電車賃にいくらかは既に消えていた)を今ほど感謝しない事は無かった。
しかし注文を頼んだ後室内に備え付けられたTVの緊急速報でショッピングモール周辺で人や車が消滅するという異常事態を見た彼は外に飛び出すと人気のない路地裏に入りレジリエンスの箱を召喚し、巨大化したその中に入ると鎧を装着して一路現場へと向かった。
チバ・フーフィの巣と化したショッピングモール内から脱出する為他の人々との合流を図るべく階段を下りた紗良達。
だがおかしな事に階段は延々と続き、階下から聞こえる、カソコソ蜘蛛の動く音と助けを求める声と悲鳴、そして想像するだに身の毛のよだつ音を聞きながらやっとの思いで降りた先は3階にある服飾店だった。
そこへ先程別れたエリクシリオが合流してきたのだった。
それは彼女らが今いる3階に閉じ込められたことを意味していた。
「もうやだ。こんな所に来るんじゃなかった」
ショッピングを楽しみに来たであろう女性はへたり込みながら泣き出した。
それを引き金にこの状況に耐えていた他の人々も一斉にすすり泣きと怨嗟と困惑の声を上げる。
「君、君はさっきの化け物を退治したよな!その不思議な力で私達を脱出させることは出来ないのか?」
藁をもつかむ思いの男性に
「すみません。流石に私一人ではこれ程の大規模な異空間を突破する事は・・・・」
「クソッそれが分かっていながら何故」
エリクシリオに詰め寄った男性はその顔についている血を見てすぐに飛びのく。
「君、その血の色は何だね!?」
「私は魔法が使えるので」
彼女自身は赤い血も青い血も見慣れている。故に彼らもそれは知っていて当然だと思っていた。彼女の世界でも青い血の人間の数は少なくなってきているので知識としては知っていても実際にあった事が無いというアトランティス人は珍しい事ではなくなってきているのが現状なのだ。
彼女としては男性の反応はそのようなものだと思っていたから次の言葉には大きなショックを受けた。
「ば、化け物・・まさか君いやお前を狙って?」
それは小さな呟くほどの声だったがその場にいた全員に瞬く間に伝播していった。
そんな。まさか。でも。
疑心暗鬼に駆られた人々はその不安のはけ口とばかり聞くに堪えない罵詈雑言を浴びせる。
その光景を見ていた紗良・さゆみ・かおりは互いに顔を見合わせると同時に頷くとエリクシリオの前に飛び出した。
「ちょっと待ってください。エリクシリオさんは私達を助けてくれたんですよ。それをこんな」
「助けるって言うならここから出せってことだよ。それができないんじゃ一緒だ」
「そんな無茶な事を」
かおりが言い返そうとするが糾弾の口火を切った男性は収まらない。
「出来ますよ」
全く別の所から声が聞こえてきた。
見ると彼らとは離れたベンチに仏教系の小柄な尼僧が腰かけていた。
「何だって!?それは本当なのか?」
先程の男性の声は打って変わって明るくなる。
「ええ。私も彼女と同じですから」
そう言うと尼僧はどこからか取り出した針で自身のその色素の薄い顔を刺すと傷口から青い血が流れる。
「だが、こいつは出来ないと言っていたぞ」
「もちろん。各人で魔法の向き不向きがありますゆえ」
尼僧は傷口に手を当てながらそう言った。
手を離すと頬にはまるで傷など最初からなかったかのように元通りになっていた。
「そうですね。それは認めます」
尼僧の顔に若干の嘲りの表情が浮かんでいるのを見てエリクシリオは不快感を顔に出さない様に努めながらも笑顔で肯定する。
水の魔法は治癒や物体の修復だけではない。その奥義は時間や空間を操る事にある。
その為水の魔法を極める事は極めて難しくアトランティスでこれをできる者は魔法の大家として最大限の敬意を受ける。
父アゲシラオス博士が水の四元将パンタレイを造った折鎧に選ばれた者が例え素人でもその大家と同等の力を発揮できるという事実が当時のアトランティス社会に否定的な意見と中傷を巻き起こしたことをイオアンネス老人からよく聞かされていた。
(何かがおかしい)
だからエリクシリオもその力は認めざるを得ないが同時に引っかかる物を感じた。
かといって彼らを止める手立てはない。
尼僧の案内に従って付いて行く人々を見ながらどうすべきか思案するエリクシリオに
「エリクシリオさん、気にしない方が良いよ」
「そうそう、あんなのはハッタリだって」
さゆみとかおりはそれぞれに慰めの言葉を掛ける。
「それよりもケガの手当てをしないと」
紗良はポシェットから消毒液と絆創膏を取り出す。
「用意良いね」
「まあ、とんでもない無茶する奴が最近居るから。エリクシリオさんちょっと沁みるよ」
「ありがとうございます、サラそれにカオリにサユミも」
「あたし達は何も」
「でもあの状況で私を庇うのは相当な勇気がいるはず」
「勇気ねえ。そんな事初めて言われた」
かおりの言葉に他の2人も頷く。
「そのエリクシリオさん。その…エリイさんって呼んでもいいですか」
「良いですよ、サラ。お二人も。彼らを追いましょう。嫌な予感がするのです」
「放っておいていい気がするけど」
「しかし、あなた方を助ける事に繋がるなら彼らも助けなければ」
「エリイさんがそう言うんならきっと何かあるんだよ。行くだけ行ってみようよ」
さゆみの言葉も尤もだと思った2人はエリクシリオと共に彼らの後を追った。
2階と1階には人っ子一人いなかった。
一見すると先刻の悲鳴やあの蜘蛛の化け物も夢だったのではないかと思えてくる。
しかし各所に配された観葉植物はなぎ倒され案内板や壁にはおぞましい引っ搔き傷が刻まれていた。
極めつけは床には緑色の粘液と犠牲者が着ていたであろう服がフロア中に散乱していた。そしてその犯人と目される
『連中』のカサコソ歩き回る音だけが時折響くのだった。
これらの事実からここで何があったかは容易に想像がついた。ついたから生存者つまり3階からの避難者達の足取りは1人を除いて極めて重く、何度も引き返すべきだとの意見も出た。
特に不信を買ったのはあの尼僧がこの状況に殆ど動揺していないと思われるほどの早足で出口に向かって無警戒に歩いている事だった。
「おい、さすがに無警戒過ぎないか?まさか罠にはめようってんじゃないだろうな?」
「戻りたければお好きにどうぞ。私は1人で外へ出るとします」
こう言われてしまえば他に脱出の手口を考えつかない人々は黙ってそして怯えながら付いて行く以外に道はなかった。
先行組がこんな状況だったので紗良達は容易に追いつくことができたのだった。
だが尼僧への警戒心から先行組とは少し距離を置くことにしてその後ろを付いて行った。
2階の出入り口は最寄り駅とペデストリアンデッキで繋がっていた。そこには誰もいなかったが1階の出入り口から
かなり離れた所で10名程の警察官がいるのが出入り口のガラス越しに見えた。
「おーいここだ!早く助けてくれ!!」
男性はガラスにべったりと張り付き、ガラスを両手で叩きながら大声で外に向かって叫ぶ。
その様子を外でも確認したのだろう。警官らの動きは慌ただしくなった。
だが外からはこちらに突入しようという動きは見られなかった。
「クソッ、何をしているんだ警察は!?こういう時の為の存在じゃないのか?全くけしからん」
なおもガラス叩きと大声を続けていた男性は怒り心頭で戻り警察の怠慢を残された人達に吹聴するのだった。
この一連の動きは時間にして数分程度にしか経過していないのだが中に居る人間達には1時間も経過したように感じられた。
尼僧は準備があるからと少し離れた所にあるベンチに座禅を組むように座り、一心に何かを呟いていた。
自然残された人々の不満は外の警官達に向けられていた。
その何の実の無い議論にうんざりした紗良は目の前の倒された観葉植物の下にある服の文字に気が付いた。
「POLICE・・・・警察の人が来ていたの!?」
「それじゃあ警察も食べられた?」
誰かから発せられた言葉は再び一同を絶望に落としていく。
服に付けられていたレシーバーを使ってみたがザーザーという音が流れるのみ。
彼らの予想通り警察は何もしていなかった訳ではない。
かなり早い段階でモール内の様子が全く判らない事を危惧した彼らは建物内に選抜チームを派遣する事を決定した。
ところが突入部隊はモールの1階出入り口にたどり着くことなくその手前3メートルほどで突如姿を消してしまった。
その後連絡は一切取れず手をこまねいていた所に3階からの避難者達がやって来た為今その対応を協議しているのだった。
「はい、はい。そうです。仰ることはわかります。こっちだって信じたくない。信じられないんですよ!いえすみません。ですが事実なんです。生存者が確認できた以上他の人々も無事だと思いたい。それで・・・・馬鹿な?このまま黙って見ていろというのですか!?」
「上はなんと?」
叩きつける様に無線機を置いた責任者らしき警官に部下が尋ねる。
「信じられるか!?もうすぐプロが行くから俺達は黙って見ていろだとさ」
「この間の高速道の件絡みですかね?なんでも化け物が出たとか」
「何かの生物の見間違いだろうよ。仮にいるとして何の目的で出てくるんだ?」
「そりゃあまあ」
「ホラ、分からんだろう?いいか?俺達の相手は人知を超えた何かじゃない。必ず理解できる実体のある相手だ。それを忘れるんじゃな・・・い」
警官は八つ当たり気味に部下にそう怒鳴ったがそれも目の前に突如空から降り立ったレジリエンスの姿を見て声は急速に萎む。
「佐藤さん、こいつE₃のタンカー襲撃時に連中と戦っていた奴ですよ」
「何をしに来たってそうだよな、あんたが例のプロか?」
「中の様子はどうなっていますか?」
「正直言って分からん。正確には生存者が最低1名はいるという事だけだ。こちらは・・・・中に入る事も出来ない。突入した部隊がいるんだが目のまえで消えてしまって以後全く応答がないんだ」
くぐもっているが予想よりはるかに若い声がフルフェイスヘルメットから聞こえる事を除けばその単刀直入な物言いに信頼がおけると判断した佐藤は隠し立てせず自身の知りえる事を全て話した。
「その生存者はどこに?」
「2階からだ。そこのペデストリアンデッキから建物の2階に入る自動ドアが見えるだろ?そこから見えたんだ」
「ありがとうございます」
そう言うとレジリエンスは飛び上がるとペデストリアンデッキへ降り立つ。
(このバリアー状の物は一体なんだ?プサクフでも解析不能とは)
だがこれが今回の事件の不可思議さ、不気味さを担っている事は明白だ。
突入部隊に何が起きたか?生存者は果たして何人いるのか?何もしないでは判らないのだ。
だがその懸念は少しは晴れた。
入口近くに何人かの人影が見えた。その内の一人は紗良だ。
レジリエンスは杖を右手に持つとモール内へ突っ込んだ。
違和感を覚えたのは入口から3m程手前に来た時だった。
突然グネグネした気分が悪くなるような空間に入ったと思うと突然目の前に木が現れた。
激突し、地面に降り立ったレジリエンスは辺りを見回すと後ろに件のショッピングモールがあった。激突した木は歩道に植えられた街路樹だった。
(馬鹿な?いつの間に建物を通り過ぎていただと!?ならば)
レジリエンスは先程出てきたと思われる空間に向けて飛び上がる。
今度はプサクフを唱え続けた状態で。
奇怪な空間に数秒入ったと思うと今度ははるか上空に飛び出していた。
「くッ」
右手で逆三角形を描きその中程を横薙ぎにする、土を現す四元素の記号を描くとレジリエンスはトイコスを唱え空中に灰色の足場を生み出しそれを足場にモール正面にいる警官達の近くに着地した。
「おい、どうしたんだ?いきなり空中に現れるとは」
数人の部下を連れて佐藤がやって来た。
「信じられませんが、建物とその周囲は『クラインの壺』に似た一種の異空間になっています」
「つまりどういう事なんだ?」
「こちらからでは建物に入る事も出る事も出来ない、もしくはこれを作った奴の思い通りに入口も出口も設定できると言った方が良いでしょう。それと周辺に人の気配がありませんから突入部隊は建物内のどこかに居ると思います。空間が歪んでいるので連絡が取れないのはその為だと」
「そうか・・・・あくまでも憶測だが何も分からんよりは良い。だがこうなるとますます救出は困難という事になるが」
「一つだけ確かめたい事があります。それと生存者の様子はどうでしたか?」
「どうって何か叫んでガラスを叩いていたよ」
それを聞いたレジリエンスは三度建物に向かって突っ込む。
その姿が消えると今度は佐藤の頭上へと現れた。
慌ててその場から退くと落下してきたレジリエンスの手には水の銛が握られていた。
銛を消失させるとレジリエンスは再びペデストリアンデッキへと上がる。
(何とか中と連絡が取れないか?警官の話では中に人がいる事とその動きは確認できるが声や音は聞こえないとみるべきか。そしてあの異空間内で微かだが声の様な音が聞こえた。尤も位置までは分からなかったが)
そこで昔施設で手話を覚えさせられた事を思い出す。
声を出せない状況や喉を潰された場合のコミュニケーション手段として、というのがその理由だった。
手話ならこの異空間を作っている怪物も傍目には何をしているか理解できないだろうという強みがあった。
問題はあの中に手話が出来たり理解できる人間が居るかという事だった。
(だがやってみるしかない)
そう思うと内容を思い出しながら手を動かす。
「良かった。達人が来てくれた」
紗良達のその喜びもつかの間レジリエンスは突如姿を消してしまった。
次に現れた時レジリエンスは両手を振りまわし始めた。
「何やってんだ、あいつは」
悪態をついて入口から離れる男性は例の尼僧がすぐ近くに居るのに気が付いた。
「それで脱出は・・・」
「ええ。準備が出来ましたよ。ここから地獄への道のね」
言うなり尼僧の姿が怪物へと変わる。
小柄な体は茶色に染まり今や誰よりも大きく2m近くある。
温和そうな顔立ちは頭巾を被った口の裂けた鬼のような恐ろしい物へ
両腕は熊手の様になっており、片腕に三本の長い爪がある。
腹部に牙を生やした蜘蛛の頭、これら上記の体を支える長く細い足
蜘蛛型UMAチバ・フーフィの進化体。それは昆虫図鑑等に載っている蜘蛛の図を頭を下にした状態にそっくりだった。
「私の気にあてられて消えたり怪物化されると我が子らが食べるには面倒なのでね。このままでも外の奴らは黙って見ているしかないからね。愛しの子らよ。内と外両方の絶望を見ながらゆっくりお食べ」
母蜘蛛の言葉と共に人々の前に続々と子蜘蛛が現れ獲物に飛び掛かる。その内のいくつかは既に獲物を食らったのだろうか、成人男性並みの体の大きさになっている個体もいた。
エリクシリオは前に飛び出すとトイコスを唱え人々の盾とする。
「忌々しい奴!貴様は両手足を捥いで最高の馳走にして我が子らに供してくれるわ」
チバ・フーフィは右手の爪をアンカーの様に飛ばす。トイコスを目の前に展開するが3本のアンカーは目の前から消失する。
「エリイさん、後ろ!」
紗良の声に反応したエリクシリオは横っ飛びに躱す。3つの糸に繋がった爪が今いた場所を通り過ぎる。
(うかつに攻撃は出来ない。今の様に空間転移能力をもし防御に使われたら・・・火球や突風が壁の内側に繋がったらサラ達を殺してしまいかねない。奴は見せしめに1人くらいならそうしかねない)
そう考えている間に子蜘蛛が四方から襲い掛かる。
子蜘蛛の群れは壁を破るグループと母に協力してエリクシリオを襲うモノ達に分かれていた。
「孝行者達ばかりで母は嬉しいです。これで我が社稷は安泰ですね」
母蜘蛛の涙さえ流して喜びと我が子を誇るその姿は戦闘中とは思えない。
「手話だわ。あの彼の手ぶりは手話よ」
入口付近に追い詰められた人々の悲鳴の中さゆみはレジリエンスの行動の意味に思い当たった。
「何でそんな事知ってんの?」
「教師になるの夢だから。教職課程には手話があるから今から勉強してるの」
「それでなんて言ってるの?」
「ええと・・・『声や意思を送れるか』だって」
「どうやって!?」
「出来ます!皆で助かりたいと心を一つにすれば届きます。届かせます!!」
かおりの絶叫にエリクシリオが答える。
「エリイさん・・・やろう。さゆみ、かおり」
目の前の蜘蛛共が牙や足を使って半透明の壁を削る音は恐怖そのものだ。だが今目の前で必死に戦い、これまでも戦ってきたあの2人を信じる紗良の思いはそれを上回った。
友人2人も紗良に倣って目を閉じる。
こうなると人間という物は不思議なものでドミノ倒し的に行動は連鎖していく。
「こんな事で助かる訳が・・」
「こんな事で助かったら儲けものでしょ!」
最後まで渋る男性を紗良が反駁する。
その剣幕に押され彼も祈りに参加する。
一方のエリクシリオは間断なく迫る蜘蛛達の攻撃を躱す事で手一杯だった。
その状態で紗良達を守るトイコスを維持しながら今新たに声を送る為の魔法の詠唱は精神・体力共に限界に近づいていた。
「サユミ、5数えたら来るようにと伝えて。皆さんは身を屈めてください!」
「させると思うか!」
チバ・フーフィは両手の爪6本を全て射出する。
その攻撃をエリクシリオは両腕をクロスして防ぐ。
母蜘蛛のアンカーはエリクシリオの腕や足を切り裂き、膝をつかせたが同時に彼女を襲おうと飛び掛かった子蜘蛛の体を貫く事で結果的に敵の命を救う事になった。
「しまった!!」
「全てを知り、全てを伝える風よ!我らの声を虚空の外へ届けよ。ハルモニア!!」
同時に紗良達を守っていたトイコスの色が薄くなる。効力が低下したのだ。
それは同時に蜘蛛共の攻撃を耐え切れない事を意味する。
壁を破って蜘蛛の軍団が雪崩れ込むのとレジリエンスがその先頭の1匹をパンチで破砕したのは同時だった。
人質側の手話で突入のタイミングを知らされたレジリエンスは時間通りにバリアーへと突っ込んだ。
(これか?明確な意思や言葉の流れが分かる)
その方向へ突進するがそれを阻もうとするかのように空間がうねり始める。
「邪魔をするな!!」
レジリエンスはタイダルキャリバーを形成すると銛を意志の流れの『源流』へ向けて飛ばす。青白い光のリールを巻き取りながら空間の一点を殴りつけると、拳はいつの間にか1匹の蜘蛛を粉砕していた。
思わぬ侵入者に気勢を削がれた蜘蛛軍団は放射状に跳び退る。
レジリエンスはそのまま前進しエリクシリオを助け起こす。
「鎧ならともかく生身の体で無茶を」
「出来る者が出来る事をする。当然でしょう」
新たな侵入者には自分が対処する必要があると感じたチバ・フーフィは前に出る。
「我が子らよ。その者の相手は私がします」
両手足に傷を負ったエリクシリオを横目にそう言ったチバ・フーフィの顔には笑みが浮かんでいた。
「ハハハハッ、脱出どころか新たな犠牲者を迎え入れるとはとんだ疫病神だこと」
「子供と言ったな。あんたは母親なのか」
「だとしたら何か?」
「子供達と共に居るべき場所に戻れ。怪物のUMAの本能が人間の殲滅なら、それを超えて子供を守るという母親の務めを果たすべきじゃないのか」
「馬鹿めが。居るべき場所とはここよ。狩りやすい獲物がごまんといる狩場をみすみす逃す狩人が居ると思うてか?我が子ら成長こそ我が喜びに勝るもの無し!」
チバ・フーフィは再び両手指のアンカーを全て伸ばす。
体を最小限に捻ってそれを躱すレジリエンス。
直進するだけの軌道は彼にとって躱すのは容易い事だった。
だが後方へ行ったはずのアンカーが真横から突如出現し装甲表面を切り裂いた。
さらに動く間もなくアンカーは地面から出現しレジリエンスは傷を増やす事となった。
(外にいた時から予想はしていたが厄介だな。攻撃力が低いのが幸いか)
レジリエンスは全身から青白い血の様なエレメンタル・エナジーを傷口から吹き出しながらも頭の中で対策を考える。
(遠距離武器は事実上封じられているも同然だ。空間の出入り口を自由に設定出来る以上はこちらの攻撃を食らいかねないし、何より他の人達を巻き込みかねない。これは接近戦でも同じだろう。そうなれば・・・)
そこまで考えた時目の前に突如チバ・フーフィが現れる。
反射的にレジリエンスは右腕を動かしそうになるがすんでの所でそれを止めるのと怪物の姿が消えるのはほぼ同時だった。
次に敵の背後に姿を現したチバ・フーフィは腕と腹部にある蜘蛛の顔の牙を突き立てる。
突き立てられた傷口から煙の様な物が立ち上る。
「硬いのならば溶かしてやればよい。さぁ今から念仏でも唱えておくといい」
「お前の方がな。フロギストン!」
レジリエンスは右足で三角形を描くとその中心を踏み鳴らすと同時に足元から赤い火柱が上がる。
「何を、グオッ!?」
それは術者諸共チバ・フーフィを焼く。
(よし、これで勝機が見えた。後はタイミングだ)
「信じられん・・・自爆さえ厭わないとは。だが我ら親子が力を合わせれば恐れる必要はない。子らよ、獲物を食らえ。数で勝る我らに分があるのは明白ぞ」
警戒しつつも激励する母に応えるように1匹の子蜘蛛が紗良達へ飛び掛かる。
「タツト、フロギストンを」
「了解」
エリクシリオの指示に従いレジリエンスは火球を放つ。
「血迷ったか」
それは当然チバ・フーフィによって軌道を操作され、エリクシリオらと散々対立したあの男性に向けられていた。
恐怖に引きつった男性の前に青い円が突然現れた。
それは鏡が光を反射するが如く火球を跳ね返す。火球はその先にいる子蜘蛛を焼き尽くした。
「おのれ、2度までも我が子を手に掛けるとは」
その瞬間チバ・フーフィの頭の中から警戒心が消え我が子を殺したという罪の報いを受けさせるべく、激昂したチバ・フーフィは腹部の蜘蛛の顔状の巨大アンカーをエリクシリオ目掛けて伸ばす。
その間に割って入ったレジリエンスが吹きとばされる。
「タツト!」
エリクシリオは自分の頭上を飛んで地面に叩きつけられたレジリエンスへ駆け寄ろうとするがある物を見て目を見開く。
彼の手にはいつ間にかタイダルキャリバーを生成した杖が握られていた。
レジリエンスはアンカーが体に当たる直前に杖を突き出し杖先端をアンカーへ押し付けていた。
その状態で射出された銛はアンカーを越しにチバ・フーフィの体を宙に浮かせていた。
その光景は傍目には正月の凧あげにも見える。
すかさず杖を土の戦鎚ランドキャリバーを振りかぶったレジリエンスは飛び上がり落下してくる怪物の頭へ叩き込む。
頭は砕け胴体が石化し次いで他の部位も次々に石化し、チバ・フーフィは粉々に砕け散った。
同時にモール内にいた全ての子蜘蛛が断末魔の叫びを上げて光となって消滅していく。それらの光のエナジーが1点に集中し、巨大な渦を形成しだした。
「これは・・・?」
「恐らく母親と精神が繋がっていたのでしょう。その死に至る衝撃に生まれたばかりのモノが耐えられる訳が無い。そして向こうへ帰る扉が出来たようです」
「俺はあなたに教えられてばかりだ」
「でも私は助けられましたよ。他ならぬあなたに。サラ、カオリ、サユミそしてタツト。異世界の友よ。縁があればまたお会いしましょう」
そう言ってエリクシリオは笑顔で振り返りまるで役者の様に後ろに歩きながら渦の中心へと歩を進める。
だが紗良達女性陣にはその笑顔がぎこちない物に見えた。
レジリエンス達はその姿が見えなくなるまで立ち尽くしていた。
(そうか。俺は受け取る側ではなくて与える側でもあるんだ。ならいいじゃないか。戦う事が母さんとあの子を守る事に繋がっていくのなら)
異変発生から約5時間にして事件は収束した。
人々に巨大な爪痕と一人の戦士の決意を残して。




