第一話
「金があり過ぎて辛い…」
SNSで俺が吐いた一言は、つぶやいたその瞬間からコメント通知が鳴り止まない。
「お金ください」
「Switch買って」
「結婚して」
「黙れゴミ」
「死ね」
概ね、寄せられるコメントはこのようなものである。
最初に俺がSNSに投稿した写真の現金は百万円だった。
消費者金融の亞.com、その自動契約機むげんくんで借りた現金を浴槽に入れて、なんというか、、、昔の青年誌の裏に載っている謎の占い師がかけた念でパチンコに勝ちまくれる数珠によって大金持ちになった男の感じを出したかったのだが、浴槽に入れてみると百万円では少なすぎて絵にならなかった。
他に何か良いパフォーマンスはないものかと考えたのだが、万札でケツを拭くというのは絵面的にかなり汚いので却下。
最後に考えたのは、金に火をつけるというものだった。
成金が万札に火をつける風刺画を再現する。成金の語源は第一次世界大戦中に事業に成功した男と、将棋で歩が敵陣で金になることをかけたものだが、万札1枚ではなく、百万円の札束に火をつけた動画を投稿すればきっと人気者になれるに違いない。
ちょっと燃えたところで動画を切り上げ、火を消して銀行に持っていけば新札に変えてもらえる。
紙幣の三分の二が残っていれば何も問題ないのである。
しかし実際に紙の束に火をつけてみると、紙の束が燃える様子は案外地味だ。この辺りはコピー用紙で練習しておいて良かった点なのだけれど、じゃあどうすれば動画的に映えるのか。
俺は灯油ストーブの灯油を札束に染み込ませた。
━━今思えば、そっちも予行練習をすべきだったのだが、後の祭。
札束は一瞬にして燃えあがり、俺の手の中で消滅した。
不幸中の幸いと言えば、その動画自体は俺の思惑通りにバズったわけで、とりわけ金持ちアピールが成功した理由は、燃え上がる札束を見る俺の顔が実に退屈そうだったことにある。
百万円をこうもあっさりと燃やしてこのリアクション。
こいつは本物の金持ちに違いない。
そのように思われているようだ。
実際は何が起きたか理解できずに思考停止していただけなのだが。
こうして、今の俺のフォロワーは8万人。
嘘に嘘を重ねて公言する貯金額はどんどん膨らみ、今やSNS上では千億の億万長者となってしまった。
因みに、SNSでは自らを"国家予算"と名乗っている。
そんな俺なのだが、最近いまいちフォロワー数が伸び悩んでいる。
数字が全く動かないわけではなく、増えては減り、また増えては減りを繰り返している。
その理由はアンチの活動によるところが大きい。
俺は名前や住所こそ特定はされていないものの、投稿からある程度の社会的地位や生活水準の推測がされていて、億万長者ではない事を暴こうとしている輩がいる。
その筆頭の名前。
もちろん偽名だが、そのアカウント名は"庭から石油姫"
俺と同じく富豪アピールでフォロワー数を増やしている輩なのだが、フォロワー数は9万人。俺よりも多い。
庭から石油が湧き出たことで日々の生活が一変し、その優雅な生活の日々を投稿しているのだが、これがとにかく胡散臭い。
以前、実際に庭から石油が噴き出している様子を動画で投稿していたのだが、これがどうみても地中にボトルを埋めただけのメントスコーラにしか見えない。
動画の尺も短くて、なんとかメントスコーラである事を誤魔化せる短さだし、庭から石油姫の、まるで何かが大成功したような歓喜溢れるリアクションもおかしい。
常に庭から石油が沸いているのであれば、そのリアクションは不自然すぎるのだ。
この本当に金持ちなのか、俺と同類なのかが分からない庭から石油姫が俺のアンチの筆頭である。
そして今日も早々に石油姫からコメントがついた。
「辛いのはお金がないのがバレちゃったからでしょう?」
このコメントに更にアンチが群がり、真偽を勝手に推測し始めるのである。
勿論、俺の話は偽りなのでこんな事を言われるのは仕方のないことではあるのだが、その筆頭が同じ穴のムジナであるならば話は別だ。
これから先、フォロワー数を増やし続ける為には、この庭から石油姫をなんとかしなければならない。
俺がスマホを凝視しながら考え事をしていると、近くで男の怒鳴り声が聞こえた。
午前2時。
最初に燃やした百万円を返済するためにコンビニで働く俺は、レジで怒鳴っている男の元へと駆けつけた。