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王子様の思惑 ―side王子―

「ねえ王子様。あたし本当はね、貴方みたいな人、全っ然タイプじゃないの」


 絢爛豪華な結婚式の最中に、僕の『花嫁』である筈の彼女が笑顔で言った。


 視線は青い空と城のバルコニーの下、歓声をを上げる民衆達に向けたままで。


「それは奇遇だね。僕も、君みたいな女性は全く好みじゃないんだよ」


 僕が同じく笑顔で言い返してやると、彼女は「あっそ」と短い返事でそれに答える。


 彼女の容姿と中身の違いを知っていなければ、どんな男でも驚くであろう蓮っ葉な言い方だった。


 にしても……自ら宣言してくるとはな。


 民衆に顔と視線の向きを固定したまま、内心呟く。

 筋書きにない言動をしてみせた彼女を、僕は訝しんでいた。


 互いに好みでは無い事くらい、この世界の始まりの頃から知っていた筈なのに、何を今更―――と思いつつ、もしかすると彼女は気付いたのだろうかと思い直す。


 姿形は美しくとも、その外見とは裏腹に中身は十分したたかな女。

 それが僕が彼女に抱く印象だった。だからこそ、同じ「したたか」同士、気付いたのかもしれない。


 僕のしようとしている事に。


「あのさ、そろそろ話してくんない?惚れてるんでしょ、あの人に」


 いくらなんでも直球過ぎる質問に、さすがに苦笑いを零す。

 これも筋書きとは違うが、既に賽は振られているから、どうという事も無い。


 僕は僕の花嫁である女性に、視線を映した。

 民衆の歓声など、正直どうでも良かった。


 白い肌、赤い唇、黒檀の髪を持つ、彼女の名は「白雪姫」。

 不本意ではあるが、この物語では主人公ヒロインとされている女性だ。


 そして、この僕が結ばれる相手でもある。


 ……今のところは、まだ。

 

 しかしそれも、もう終わる。


 彼女を目覚めさせるための口付けを、僕はこの物語の中で何千、何万とそれこそ数え切れないほど繰り返してきた。だからこそ、気付いたのだ。


 ―――彼女が、死んではいない、という事に。


 舞台裏で本人から聞かされた話だが、上唇に前もって、時間経過で溶け出す解毒薬を仕込んでいるそうだった。


 本人曰く、僕の口付けで起こされる前から、息を吹き返しているらしい。

 よって、誰もが知るあのシーンでは、彼女はずっと『死んだフリ』を続けていたのだそうだ。


 まあ確かに、何度も死に掛けるのではやっていられなくもなるだろう。


 しかし流石は腐ってもヒロインというところか。本来ならば、物語の強制力によってキャラクターの行動は制限されるが、白雪姫に限っては若干の解放がなされているらしい。


 確かに、読み手はヒロインに夢を見、そして託すのだから、何かしら影響を受けていても不思議では無い。

 だって僕達は、これまで何千何万と読まれ続けてきたのだから。

 

 ただ、意味の無い口付けを、全く好みでも何でもない女にさせられていた事は、正直腹立たしくもあったが。 


 しかし彼女が物語の役割として本来の筋書きから逃れられないのと同様に、僕も筋書き通りに行動しなければいけないのは変わらない。


 腹を立てたからと言って、相手に何の感情を抱いていないとしても、お話を変える事は許されない。

 それに誰が言えるだろう、数え切れぬ程の死の体験を、繰り返せなどという事を。


 毒は毒であらなければならない。死は死であらなければならない。


 しかし、『仮死』であればどうなのか。何千何万何億と繰り返される物語の中、それを試したところで、どう責められるというのだろう。お妃様が使うのは毒でなければいけなかったが、白雪姫の死は一時的なものであれば良かったのだ。


 ―――そうして僕は、彼女のおかげで『行動』を起こす確証を得た。


「あの人を助けたいんでしょ?あたしもいい加減うんざりなのよね。毎度毎度」


 ヒロインらしからぬ邪悪な笑みを浮かべた白雪姫が、吐き捨てるように言い放つ。


 恐らく僕も、今は彼女と同じ顔をしているだろう。


 初めて意見が合っている事に、僕らは互いに腹の探りあいをする事をやめた。

 なぜならば、答えは既に決まっているからだ。


 僕は。


 白雪姫と結ばれる『王子様』では無く、この『僕』は。


 【この世界を変えるために】


 そして


 【彼女を救い、手に入れるために】


 これから、筋書きにはない行動を起こすのだ。


 僕の願いであり、ただ唯一の野望のために。


 物語に縛られている筈の『僕』がこの想いを抱いた瞬間から、この絵本の世界は小さく、けれど確実に綻びを抱えていた。


 いつの日も特別であるヒロイン。

 そして、それ以外の登場人物。


 この僕が、動くと決めた瞬間から。


 ……後はそう、全ての準備が整い次第実行に移すだけ。


 彼女の凍った心を解きほぐし、この腕の中へと迎えるのみ。


 ―――それだけだ。




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