06
カズヤはレイナの肩を抱く為の謀を巡らせていた。
(まさか俺にレフトハンドを使わせる者がこの世界に居ようとは…
三十六計逃げるにしかず…だが俺は敢えてこの困難に立ち向かう事により、この世界で俺の存在意義を示さねばならぬ
ならば使わねばなるまい…チェンジハンズをっ!)
チェンジハンズとは、左右の手を持ち替える事である。
現在カズヤの右手はレイナと手を握っている状態だが、相手に違和感を与えずに右手を離し左手に持ち替える事が可能。
(くっくっく。彼女には更に上のステージを堪能してもらおうではないか、よし! チェンジハンズ…)
カズヤが心の中で技名を言う前にレイナは更に手をギュっと握ってきた。
(なっ、何いいいぃぃぃぃっ!!! チェンジハンズが読まれている…だと…)
「カ、カズヤさん。もう少し近づいてもいいですか?」
(なん…だと…まだ俺のご褒美ターンが続く…だと…接客する所かされっぱなしだ…このまま身を委ねてしまいそうになる…
はっ! まて、これはチャンスだ。彼女から距離を縮めたいと言うのであれば、それを利用しない手は無い
くっくっく。策を弄しすぎたな。ならばあの手を使うか、これで彼女はキュンキュンする事間違い無し!)
「ふふっ、それはダメですよ」
カズヤは敢えてレイナの申し入れを断った。
レイナは俯いて悲しそうにしながら握っている手の力を緩めた。
(ここだっ! チェンジハンズ!)
「何故なら、僕から近寄るからです」
そう言いつつカズヤは左手でレイナの左手を握り右手を離し距離を詰めた。
(よし! チェンジハンズ成功! そしてフリーになった右手でエンブレイスショルダーを…)
カズヤは再度レイナの肩をさり気なく抱こうとしたが、またもや重要な事に気づいた。
(なっ、何いいいぃぃぃぃっ!!! またしてもアビリティーインバリッドだとーっ!!! 何故だ…何故こうも容易くエンブレイスショルダーを無効化する事が出来るんだ…)
カズヤはレイナとの距離を縮めた為、ほぼ密着状態になっている。
その為カズヤの右腕は自分とレイナに挟まれて身動きが取れない状態になっていた。
(俺が多少左に動いて隙間を作るか…? いや、ダメだ…自ら距離を詰めておきながら、すぐ離れてしまうと俺が嫌々やっていると誤解されてしまうかもしれない…今はこの距離を維持せねばなるまい
くっ、かくなる上は彼女を前かがみ状態になるよう誘導し、俺と彼女の間にスペースを確保するしかないか問題は、どうやって彼女を前にアレするかだが…彼女は稀代の兵法家、そうやすやすと隙をみせる事は…)
カズヤがレイナを前かがみにする算段をしていた時、レイナはドリンクを飲む為、テーブルにあるコップを取るため前に身を乗り出したのだった。
これはカズヤにとって絶好のチャンスだった。しかし、カズヤは前かがみ作戦に夢中になっていて、絶好の機会を見逃してしまった。
(しまったっ! 油断して好機を逃してしまったーっ!!! こ、これはまさしく兵法三十六計の一つ、順手牽羊だっ!
俺の隙を突き、悟られないようドリンクをゲットし、俺の右腕を封印状態のまま維持する事により俺の戦力を削ぐ策事実彼女はエンブレイスショルダーの発動を阻止し、悠々とドリンクを嗜んで(たしなんで)いる…くっ、実に見事な兵法だ…)
レイナは芸能人である前に、この世界の一般的な女性。
男性と手を繋いだのも数年前のデートでカズヤが初めてで、手を握られながら密着状態で座る事等も当然初めて。
平静を装っていても内心は極度の緊張状態で、自分を落ち着かせるためドリンクを飲み干した。
(くっくっく。だが俺は知っている…彼女はコップをテーブルに戻すため、再度、前に乗り出す事をっ! ふふっ、さあ、早くコップを戻すが良い! さ、さあ………そ、そろそろ………………いや、いつまで空のコップを持ってるんだよっ!)
レイナは緊張しつつも今の状況を堪能していた。
(この状況は俺にとってご褒美でしかないが、会話も無くこの状態は流石にちょっと照れてしまう…
ならば仕方あるまい、強制的にコップを戻すあの策を使わざる…)
カズヤはレイナにコップを戻させる策を実行する前にレイナは自らコップをテーブルに戻した。
(はっ! 今だっ! ライトアーム離脱!)
カズヤは何とか右腕をフリーにする事に成功した。
(危なかったぜ…しかし、俺に二度も同じ策は通用しない…そして、これからは俺のターンだっ! 過去2度に渡ってエンブレイスショルダーを阻止したのは実に見事だった、しかし、これで終わりだっ!)
カズヤはレイナの肩を抱こうとしたが躊躇した。
(いやまて、今回のデートバトルは8時間と言う長丁場…しかもまだ序盤…こんな序盤で最終奥義を繰り出していいのだろうか…
いやダメだ、確かにここでエンブレイスショルダーを発動すると形成が一気に逆転し俺が優位になる。しかし、その後はどうなる?
俺の打つ手が無くなりジリ貧になるのでは? まさか…これも狙った上での行動…だと…
くっくっく。危ない危ない…危うく手の内を晒す所だったぜ…ならばここはブランドカンバセイション、略してブラカンを使うか)
ブランドカンバセイションとは、単に当たり障りのない会話をする事。
無理に相手に合わせた会話をせず、日常的な会話をする事により誰に対してもある程度は会話を継続させる事が可能。
(おっと、その前に腕を入れ替えておくか。このままじゃドリンクを飲む事もままならんからな)
カズヤは左手を離しフリーになった右手で再度レイナの手を握り直した。
そして日常的な会話をする方向にシフトしてから数時間が経過した。
カズヤは次の話題を考えながら、ふとレイナを見るとレイナはとろんとした表情でカズヤを見つめていた。
そしてレイナはゆっくりとまぶたを閉じた。
(なっ、何いいいぃぃぃぃっ!!! こ、これは…そんな馬鹿な事が…いや、間違いない、これはキスの構えだっ!
い、良いのかな…いや、そんな、だが、しかし、でも、まさか、これは過度な接触行為に該当するのでは!?
だがそれは男性店員を守る為のルール…客に対してはどうなんだろう…この構えを取った女性を放置したら恥をかかせてしまう…
ならば乗るしかあるまい! このビッグウェーブにっ!!!)
こうしてカズヤはレイナにキスをしようとするのであった。




