04
ハルとの激闘後、カズヤは特に取り乱す出来事も無く数日が経過していた。
「しーちゃん、おはよー!」
毎朝カズヤが店に来た時には既にしずくは店にいる。
何時もの様にしずくは淡白な挨拶をするが内面ではカズヤに対する愛情に満ち溢れている。
しずくはカズヤに対する感情を表には出さないので、カズヤはしずくの想いに気づいてはいなかった。
(ふふっ。しーちゃん、今日も隙だらけだぜ。これではホールドハンズを仕掛けてくれと言わんばかりではないか。まあ、そんな事より、今日のスケジュールはどうなってるのかな?)
カズヤは今日のスケジュールをしずくに確認した。
すると今日は3名のみとの事だった。
「あら?今日は随分少ないんだね?空き時間は何しよっかな~」
「空き時間何てありません。過労死するまで働いて下さい」
例によってしずくは無慈悲な事を口にしてはいるが、心の中では常にカズヤの心配をしている。
「い、いや、でも…3人しか居ないなら結構な空き時間があるんじゃ…」
通常なら多い場合は10人位になるが、少ない場合でも5、6人は居るので3人しか居ないなら空き時間があるとカズヤが思うのは当然の事だった。
「今日は480分のお客様が居ます」
「よっ、よんひゃくっ!!!」
(っていうか、もうそこまで行くと分で言われても、よー分からんわ…時間で言って欲しいわ。えーっと、480分って事は60で割って…8時間かよっ! なまら可愛い娘だったとしても会話だけで8時間は流石に…
ってあれ!? 何か…もの凄いデジャブー的なアレを感じるのだが…しかし、逆に1人で8時間も使うのに、他に2人もいるのかよっ! まあアレだな、俺でも8時間はちょっとアレなのに、この世界の男子なら拷問に等しいだろうて…)
そんな事を思いながらも、1人目と2人目の客とのデートが終了し、ついに3人目、8時間の客が姿を現した。
「お久しぶりですカズヤさん。レイナです!」
「ああ、うん。ひ、久しぶりですね…そ、それでは行きましょうか…」
(久しぶり!? 誰だーっ! 全く分からん…まさか…初対面でありながら俺を混乱させる策か? はっ! こ、これは、ま、まさか…俺を混乱させ、自分の望む行動を取らせるよう仕向ける兵法…混水摸魚だっ!
くっ、出来る…まさか第一声から、こんな大技を仕掛けてくるとは…なるほど、そう言う事か…8時間と言う長丁場、よっぽど自分の兵法に自信があるって言う証拠…ならばここは…)
カズヤは例によって意味不明な妄想に没頭しながらもレイナと共に店を出て歩き始めた。
するとレイナはカズヤの横に密着し、ある行動を起こした。
(なっ、何いいいぃぃぃぃっ!!! こ、これは…ホールドハンズの上位技…ホールドアームズだとっ!!!)
ホールドアームズとは、ただ単に相手と腕を組む事である。
(しかも同時にアビリティーインバリッドも発動している…くっ、これでは俺がホールドハンズを発動する事ができん、先制を許したか…)
アビリティーインバリッドとは、相手の能力を無効化する事。
先に腕を組まれた事でカズヤは相手の手を握る事が出来なくなったのである。
(しかし…確かにうちの店はデフォで接触オッケー店だが、いきなりこんな大胆な技を仕掛けてくる猛者が居たとは…他の店の男子がいきなりこんな事されたらならば発狂案件だが、俺にとってはご褒美でしかない。
だが、彼女が相当な手練れなのは間違いない。ならば確実に彼女の側面に陣取れるように、あの店に行くとするか…)
カズヤはデートを行う店をレイナに提案したら既に予約してる店があるとレイナは言う。
またしても先手を取られたとカズヤは思いながらも、レイナが予約している店へ向かった。
店に到着し店員に案内された部屋に入ると、そこは個室で尚且つボックスシートしか無く、2人で並んで座るしかない状況だった。
(これは…くっくっくっ。墓穴を掘ったなっ! 良いだろう…望み通り、異性との接触行為を存分に堪能してもらおうではないか!
ならばまずは陣立だ。俺は彼女の左側面に陣取らねばならない。何故ならば…その方が俺のポテンシャルを十分に発揮出来るからだ!
先ずは彼女目線から見た場合、彼女を椅子の中央より、やや右側に陣取らせる必要がある。そうする事で自ずと空きスペースが広い左側に俺は陣取る事が…)
カズヤが意味不明な作戦を企てている最中にレイナは着席した。
(なっ、何いいいぃぃぃぃっ!!! 左側に陣取っただとーっ!!!)
レイナはカズヤの思惑など知る訳も無く普通に着席した。
(いかん…このままでは俺のポテンシャルを十分に発揮する事が出来ん…な、何か策は無いか…)
カズヤが何かを思案している時、レイナがうっかりテーブルに置いてあったコップを倒してしまい、水がこぼれてしまった。
レイナは濡れるのを回避する為、少し右側に座り直したのをカズヤは見逃さなかった。
(ここだっ! インタラプト!)
インタラプトとは、割り込む事である。
カズヤは多少余裕が出来たレイナの左側のスペースに割り込むように座る事に成功した。
「あの…濡れてますけど…」
レイナはテーブルから滴り(したたり)落ちている水がカズヤにかかっているのを気にしている。
「だ、大丈夫です! 全く濡れてませんから!」
「い、いえ、でも…」
(策を実行する為には多少の犠牲は付き物…ズボンが濡れる程度、全く問題では無い。ふふっ、多少予定が狂いはしたが、何とか当初の目的通り彼女の左側面に陣取る事ができたぜ…
よし、次は情報収集だ。彼女が策士なのは間違いないが、本当に過去に会った事があるかどうかを確かめておかねば…)
カズヤは数年この仕事をしてる割に話術がさほど上手では無い。
さり気なく聞こうにも上手く表現できず、言い訳をしながらほぼストレートに尋ねていた。
そのかいあってかどうかは定かでは無いが、一応以前会った時の事を聞く事が出来た。
レイナは数年前、この店に来てカズヤとデートをしている。カズヤがこの世界に来て間もない頃だ。
当時のレイナは某アイドルグループに所属するアイドルだった。
過去形なのは、現在グループを卒業し女優業に専念してるからである。
当時、アイドルとは言えレイナも、この世界の女子なので男性との会話に飢えていた。
この世界のデートクラブは芸能人や有名人のお断り店が多い中、カズヤが働いてる店はお断りしていなかったのでレイナが来たのだった。
こうしてカズヤはレイナと2度目のデートを行うのであった。




