01
カズヤはひょんな事から今まで住んでいた世界とはちょっと違う世界に来てしまった。
その世界は見た目こそ以前の世界と殆ど変わりは無いが、たった1つ決定的に違う所があった。
それは…男性の貞操観念が極端に高い世界だった。
そんな世界でカズヤは路頭に迷うもデートクラブのマスターと出会いデートクラブで働く事となった。
この世界のデートクラブとは男性店員が女性客と何処かのカフェ等で会話を楽しむだけの一般的で健全なお店。
利用客は10代から20代の若い女性が多く、女性は男性との会話を求めている。
しかし、この世界の男性は結婚するまで女性とは殆ど会話をしないのが普通で女性と手を繋ぐ事など破廉恥な行為とさえ思っている。
デートクラブで働く男性はお金の為に我慢して女性の相手をしているのである。
女性は男性との会話を求めている、そんな世界なので、この様なデートクラブが存在する。
逆に女性店員が男性客とデートを行うと言う店は当然だが存在しない。
カズヤが元居た世界では女性と会話や手を繋ぐ行為は極一般的な事だったので、そのアドバンテージを活かし仕事をしていた。
そんなある日、大恩のあるマスターが死去したのだった…
それから数年後。
カズヤはまだマスターの店で働いている。
店員はカズヤ1人になってしまったが、亡くなったマスターの代わりに新たな娘が加わった。
「カズヤさん、今日は4名で最初は10時からです」
彼女の名前はしずく。通称しーちゃん。亡くなったマスターの1人娘。
マスター亡き後、彼女がマスターの代わりに店の管理を行っている。
(はっ! 軽く回想モードに突入していたか…)
「カズヤさん聞いてますか? 気持ち悪い顔が更に気持ち悪くなってますよ?」
しずくはカズヤに対して表向きは辛辣である。
「ごめん、しーちゃん。ちょっとボーっとしてたわ。えーっと、今日は10時からだっけ?」
「そうです。人の話はちゃんと聞いて下さい」
この世界の女性は男性との会話を求めている。
更に男性と手を繋ぐ等の接触行為に憧れてさえいる。
それはしずくも例外では無い。
(うーん…相変わらずしーちゃんって何か俺に冷たいんだよなあ…俺の事が嫌いなら、自分からここで働くって言わないだろうし、嫌われてはいないと思うのだが…ちょっと、しーちゃんの気持ちを探ってみるか…ならば使うか! ホールドハンズをっ!)
ホールドハンズとは、さり気なく手を繋いで相手をドキドキさせる、この世界で得たカズヤ固有の能力。
と、カズヤは中二病的な発想で命名してはいるが、普通に手を握るだけである。
だがしかし、この世界では独身男性が女性に触れるなど考えられない。
女性は男性と手を繋ぐ等の接触行為に憧れてはいるが多くの女性は恥ずかしくて女性からはそれが出来ない。
そんな世界なので、男性から手を繋ぐという行為は非常に有効でカズヤにしか出来ない事なのでカズヤがドヤ顔で命名したのも納得…出来なくは無いのである。
(くっくっくっ。これでしーちゃんの反応を見てみるとするかっ! よし! ホールドハンズ発動!)
カズヤはそっと、しずくの手を握った。
「…」
しずくは暫し無言だったが、軽く深呼吸をしてから口を開いた。
「気持ち悪いので、さっさと手を放してもらってもいいですか?」
しずくはカズヤの想像をしていた斜め上を行く事を言い放った。
(なっ、何にぃぃぃぃっ! ホールドハンズが通用しない…だと…この世界でこの能力が通用しない相手がいたとは…まあ、しーちゃんならいつもの事なのだが…)
しずくは所謂極度なツンデレである。正確にはデレを表には出さないので表面上はツンのみである。
しかし、しずくもこの世界の一般的な少女。感情を表に出さないだけで内心はこうだった…
(かっ、かかか、カズヤ様が、わ、私の、て、手を!!! どどどどうしよう…でも…カズヤ様の手…暖かい…このまま時が止まって欲しい…
はっ! いけない。このままではカズヤ様のご迷惑に…うう…名残惜しいけど、そろそろお客さんが来る事を言わなければ…落ち着いて…)
そして、先程の発言になってしまった。
しずくはカズヤの事がとにかく大好きで、好き過ぎて心の中で思ってる事を言葉にすると妙な変換が働いて、とんでもない事を言ってしまう時がある。
しかし、しずく本人は、とんでも発言をしている事に気づいてはいないのである。
「ご、ごめんね、しーちゃん。怒っちゃった?」
カズヤは心配になり、しずくが怒っているか確認してみた。
(はぁ…カズヤ様…素敵です。カズヤ様に相応しい女になる為に努力致します…)
カズヤに話しかけられた場合、脳内しずくはカズヤの言葉とは全く関係ない事を考えてしまっている事がある。
しかし、実際にしずくが発する言葉は誤変換され何故かカズヤの問いに対する返答になっている。
「二度と私に触れないで下さい。今度勝手に触ったら、その節操の無い腕をへし折りますよ?」
こんな会話が日常的に行われる事も少なくは無いのだった。
数分後。
お客が来たのでカズヤはお客と共に店を出て近くのカフェへ向かった。
行きと帰りにはカズヤはホールドハンズ(客と手を繋ぐ)を欠かさない。
何故ならば、それがこの店唯一の売り、だからである。
他の店とマスターが健在だった頃のこの店は客と手を繋ぐ行為はオプション料金が発生する。
この世界のデートクラブは基本男性店員との会話のみで手を繋ぐ事やハグ等を求める場合はオプションとして別途追加料金が発生るするのが一般的。
しかし、会話はお金の為に何とか我慢が出来ても手を握るのは無理と言う男性店員が多いので接触NGの店も存在する。
そして女性客が男性店員に対して過度な接触行為を行った場合は罰金を取る場合もある。
オプションは結構な料金な上に女性からオプションを選択するのは恥ずかしいと言う事もあってオプションの利用は少ないのが現状。
そこでカズヤは基本料を上げ、オプションをデフォルトとして組み込む事によって集客率のアップを図ったのだ。
とは言え、自分から手を繋いでくる女性は少ないのでカズヤから手を握っているのである。
カズヤはこの世界に来てから数年、デートクラブで働いている。
この世界の男性と違ってカズヤの場合は女性との会話や接触行為はご褒美でしかない。
それなのに何故か話術は全く進歩してはいない。
それでも他のデートクラブの店員よりカズヤの方が遥かにマシなのである。
それだけこの世界の男性は女性に対してダメダメで憶病になっている。
2時間後。1人目の客とのデートが終了し店へ戻った。
「しーちゃん、ただいまー」
「お帰りなさいカズヤさん。次は30分後なので、さっさと準備して下さい」
(お疲れ様ですカズヤ様。次は30分後なのであまり時間がありませんが、それまでゆっくりと休んでいて下さい)
しずくは脳内で思っている事と実際に口に出して発した言葉では違う場合がある。
30分後。次の客がやって来た。
カズヤの客はリピーターが多い。
それはカズヤの様なおっさんが相手でも男性から手を握ってくると女性は嬉しくてドキドキしてしまう。
他の店では絶対に考えられないサービスに再度ドキドキを求めてカズヤに会いに来てしまうのだ。
「は、ハルと言います。よ…きょ、今日は、よ、宜しく、お、お願いします…」
しかし、本日2人目の客は、この店に来るのは初めて。
それどころかデートクラブに来る事自体が初めての客だった。
カズヤはリピーターに対しては以前の情報を元にそれなりに会話をする事が出来るが初対面の相手には相変わらずグダグダだ。
(久々に初対面の客だーっ! と、取り合えず、今の内に何か話題を考えておかねば…)
「か、カズヤです。で、では行きましょう」
こうしてカズヤは久々に初対面の客とデートバトル(普通に会話をするだけだがカズヤが勝手にデートバトルと命名)をする事になった。