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思い出さないで

 翌日からいつも通り一人で昼食を摂るようになったのですが。既に目を付けられているからか、相変わらず嫌がらせ行為は収まりません。まぁ何れ飽きる事でしょうから暫くは我慢です。

 そうのんびり構えていたのが間違いだったのでしょうか。


 3日後。

 わたくしはいつものように花壇に水遣りをしていた所、バシャンという音と共に水を被っていました。多分、水魔法でずぶ濡れにされたのでしょう。またもや直接攻撃です。収納魔法の中にタオルが入っていますので、髪の毛を拭き出した所でした。元々前髪もっさりの目隠れ令嬢のわたくし。足元は見え難いので慎重に歩くのですが、今は全身びしょ濡れで足元も見えない。

 そのせいでしょうね。

 割と大きな石が突如として足元に現れたようで、躓いて盛大に転びました。おそらく土魔法の使い手さんの嫌がらせでしょう。それは分かったのですが、ちょっと躓くなどという可愛らしさではなく、ビッタンという音と共に顔も上半身も地面と仲良しってヤツです。あー……顔面強打で意識が途切れそう。午後の授業は出られないかもしれませんね……。


 バチッ。

 という勢いさながらに目を開けました。相変わらず前髪で視界が悪いので、まだ地面と仲良しなのかと思っていたのですが、光が見えます。どうやら仰向けのようです。そして地面にしてはだいぶ柔らかい。そっと身体を起き上がらせれば、どうやら学院内にある保健室のようです。誰かが連れて来てくれたのでしょうね。さて、誰でしょうか。伯父様だったら、わたくしに嫌がらせをした方達が退学になってしまうかもしれませんから、止めなくては。


「気付いた?」


 仕切りのカーテンが開けられて、顔を見せたのはフィンドル様でした。


「フィンドル伯子様? 何故、此処に」


 驚くわたくし。


「君を運んだのは私だからね。ねぇ、ブルーティー嬢。君はどうして人を頼らないの?」


 フィンドル様は眉間に皺を作って此方を見ます。あ、前世でもこの表情を見ましたね……。わたくしが何でもかんでも自分でどうにかしようとして、頼らなかった時に。


「ええと、なんの、事でしょう」


「ねぇ、君、私を馬鹿にしてる? 君が嫌がらせをされているのは解ってたんだけど。私は散々周りから君と関わるなって言われていたからね? 私だけじゃなく、君にも何か有るだろうと様子を見ていたら嫌がらせされているし。そして君はその事を私に話さないどころか、私を遠ざける事を選ぶし。なんで私を頼らないの? 頼りない男に見えた?」


(あー……。前世でもまるっきり同じ事を言われて、思い切り怒られましたねぇ)


「いえ、頼りないとか思っていないです」


「じゃあなんで言わないの」


「ええと、フィンドル様がわたくしと関わらないなら、嫌がらせが無くなるかなぁ、と」


 えへへ、と誤魔化して笑う。


「それでずぶ濡れにされて転ばされてるのは、どういうこと?」


 益々眉間に皺を作ってそんな事を言われた。見ていたんですか……。


「いやぁ……もう少しすれば止まるかなぁって思っていまして」


「何がもう少しすれば止まるかなぁ、だ! 怪我したんだよ! 大体君は昔からそうだ! マミコは1人で抱え込んで俺を頼らないっ! ……マミコ? 昔から?」


 声を荒げたフィンドル様が、わたくしの前世の名前を口にして、首を傾げている。あ、ヤバイ。コレ、思い出してしまうのでは?


「あ、あの! フィンドル伯子様っ」


 な、何か言わなきゃ。なんでこんな時に前世を思い出そうとしているんですかぁ! 思い出さないで下さいよ! 思い出さないまま、お互い関わらないで生きていきましょうよ!


「マミコ、マミコ、マミコ? 人の名前? 昔? 懐かしい笑顔……。パセリ和えの卵サンド……。マミコ、は……俺の妻だ」


 あー……。思い出してしまいましたか……。

 ど、どうしよう……。

 これはウソコクされるって事を知って、どうしましょう? まぁいっか。で、済ませたのとは訳が違います……!


 只管に無言でわたくしは応えます。


「ブルーティー嬢、君、マミコだな⁉︎」


「なんで思い出しちゃったの! ヨウちゃん!」


「やっぱりマミコじゃないか! 生まれ変わっても、何でもかんでも自分で抱え込むクセ、直ってないのか!」


 ヒィッ。

 マズイマズイマズイッ。

 ヨウちゃん、一度怒るとずっと説教してくるから嫌なんだってば!


「思い出さないままで居てくれれば良かったのに……」


「マーミーコー」


「ああ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ」


 此処は先に謝り倒すべし!


「はぁ。やっぱりマミコだ。ねぇ、いつから記憶があるの?」


「ヨウちゃんを最初に見た時」


「はっ⁉︎ 入学してからってこと⁉︎」


 ヨウちゃん……ステンス・フィンドル伯子様は、その麗しい顔に驚愕を貼り付けました。


「あー……じゃあウソコクの時も、俺だって解ってたんだ。じゃあ、アレは俺だから受け入れてくれたってこと?」


「えっ? いや、別に。賭けの対象になっていてイラついていたけれど、アデルネ様はかなりわたくしを嘲笑していたので、負けさせようかな、と」


「あー……。マミコらしいね。そっか、そういうとこは生まれ変わっても変わらないんだ」


「私らしい?」


「恋愛オンチなとこ」


「恋愛オンチ……」


 それはつまり、鈍いってことですか。でもねぇ、別に誰かを好きになった事もないし、誰かから好きになってもらった事もないんだけど。


「まぁ前世の俺はヘタレだったしなぁ」


「えっ? 彼女バリバリ居たヨウちゃんの何処が?」


「そうじゃなくて! 確かに彼女居たけど! マミコに責任を取るって言い方しかしなかったってこと!」


(責任を取るって言い方しかしなかった……。うん、そういう風に聞いてたね。だから責任なんて要らないって言ったんだけど)


「もしかして後悔してる? やっぱり責任なんて要らなかったのに」


「だーかーら、違うから! あー、幼馴染みで、色々俺の黒歴史知ってるマミコ相手にちゃんと伝えることが恥ずかしかったんだよ! だけど、言わないまま死んだ事を後悔したから! ちゃんと聞け!」


「え、はい」


「俺は、責任とかなんとか言ってたけど、ちゃんと、マミコが好きだった! 何でもかんでも自分でなんとかしようって抱え込んでしまう危なっかしい所は、俺が一緒に頑張りたいって思ったし、俺が好きな卵サンドを食べたい時にいつも作ってくれる所も好きだった! 幼馴染みで今更、何を言えば良いのか分からないって思って、ケジメだからって押し切って無理やり結婚したけど、好きだから、結婚した! それだけ! 恋愛感情が無い事が解ってたから、告白して振られたくなくて、なし崩しに結婚したけど、好きだから、結婚した! 理解出来たか!」


 ステンス・フィンドル様の顔に、前世のヨウちゃんの顔が重なって見えて、照れ隠しに大声になってしまうヨウちゃんが見えた気がして。


 わたくしは、ポカンと口を開けたまま、今、言われたことを反芻する。


「ヨウちゃんが、私を、好き、だった?」


「そうだ」


「ケジメとか責任とか」


「それは言い訳! 好きだったから!」


 フイッと視線を逸らす姿は、言いたくない事を言った時のクセで。気まずそうに、だけど、チラチラとこっちを見る顔は、私の機嫌を窺っているわけで。


「ヨウちゃんが、私を好き……」


 もう一度呟くように繰り返した私。

 前世の私が喜んでいるのが解る。

 そうか。

 私、ヨウちゃんに好きって言われて嬉しいんだ。


「ヘニャリと笑う顔も、パセリ和えの卵サンドを作るのも、私がヨウちゃんに喜んでもらいたかったから。私……」


 ヨウちゃんに喜んでもらうのが嬉しかった。

 好きだったから。


 ーーやっと、人を好きになる気持ちを、“私”も“わたくし”も理解した。


 わたくしが口を開くその直前。


 パサッと前髪が無くなって視界がクリアになりました。










お読み頂きまして、ありがとうございました。

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