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謝られました

「ブルーティー嬢!」


 あれから数日、わたくしは今日も今日とて水遣り中です。この花壇ですが、実は学院長から直々に手入れを仰せつかってしまいまして。雑草を取ったり水遣りしたり、という日々を送ってます。


 学院長はお父様の長兄でして、つまりわたくしは姪っ子です。お父様は元は公爵家の末っ子四男で、公爵家が所有するいくつかの爵位のうち、男爵位を賜ったそうです。お母様と結婚するために貴族の爵位を譲り受けただけで、本人は平民になるつもりだったようですが。


 そんなお父様は三人のお兄様……わたくしから見て伯父様達に可愛がられておりまして、その妻子であるお母様とわたくしも可愛がって頂いております。わたくしの前髪の件はお父様から聞いているのか知りませんが、わたくし自身は何も尋ねられていないので、お父様から話されていなくても薄々勘づいておられるかもしれませんね。


 話がズレました。可愛がって頂いているのは大変有難いのですが。わたくしは誰かに知られて煩わしい学院生活を送りたくなかったので、伯父様にはわたくしが姪っ子だと言わないようにお願いしました。その代わり、この花壇の手入れを頼まれたのです。毎日お世話していると愛着が湧きまして、楽しいんですよね。そんな中で、再びわたくしはフィンドル様に呼びかけられました。


「ご機嫌よう、フィンドル伯子様。わたくしに何か御用でしょうか?」


 あれ、またもやウソコク? でも、あれってバレないから騙されるのであって、バレちゃったら使えなくないですか? 尤も最初から嘘だと解ってましたけど。


「その、君に、謝りたくて」


(ああ……そういえば、ウソコクの直後も謝りたいみたいでしたものね。本当に、前世の時から真っ直ぐ過ぎるというか不器用なお方です。生まれ変わっても性格は変わらないものなのでしょうか)


 謝りたい気持ちに気付きながら、気付かないフリをしてしまったのは、わたくしなのに。それなのにこうして謝りに来てくれる。……わたくしの方が子どもみたいですね。


「気にしないで下さいな、フィンドル伯子様」


 わたくしはニコリと笑いかけます。これで少しは罪悪感が薄まればいいのですが。不器用な人ですから、きっと忘れられないのでしょうからね。


「ブルーティー嬢、昔、何処かで会ったことが有るかな」


 ええと……前世の記憶が無い、はずですよね?


「いいえ? どうしてでしょう?」


「ああ、そうだよな。昔、お茶会か何かで会ったことが有るかと思っていたが。私も記憶に無い。だが、何故かその笑みを見ていると懐かしい気がして」


「懐かしい、ですか。笑顔が?」


 前世の記憶が無くても、懐かしいと思えるものなのですかねぇ。今世では、学院で初めてお会いしたので、間違いなく前世ですけど。


「うん……。君、笑っているけど、本当は気にしているだろう? 気にしないで、と此方に言いながら、笑顔に隠して君は心を、いや、負の感情を、覆っている」


(あー……そういえば、前世でも似たような事を言ってましたね、この人は。あの時はなんて応えましたっけ)


「きっと、それはあなたの気のせいですよ」


 前世もそんな風に流した気がします。あの時は……ああ、そうです。前世の母が死んだ時でしたねぇ。元々前世は、離婚した母がわたくしを連れて母の実家に身を寄せていました。わたくしが幼稚園に通う前の頃でしたっけ。そうしてこの方の前世である夫と出会い。社会人になって一人暮らしをしていたわたくしは転勤で一人暮らしの部屋を解約して、地元も離れました。それから数年後に戻って来て、祖父母と母が暮らす家に身を寄せ……その後、再び一人暮らしを始めた矢先に母が倒れた、と祖父母から連絡をもらい、そのまま母は帰らぬ人となった。


 そうでした。

 母の死の悲しみから立ち直ろうと踠いている時でしたね、似たような事をこの方の前世である夫が言っていたのは。


 でも、あの時と今は状況も関係性も違いますから、とやかく言われる必要も有りません。この方がわたくしに心を配る必要も、また無いのです。


「そう、でしょうか」


「はい。気のせい、ですわ」


 だから気にしないで欲しい。わたくしを気遣うよりも、その分誰かに心を寄せて下さい。そう、思います。


「そう、ですか」


「……謝罪を受け入れます。この先はどうぞお忘れ下さいませ」


(そういえば、謝られたのでしたか。受け入れなくては、この方は前へ進めませんね)

 わたくしが言えば、フィンドル様はハッとしたお顔の後に、ややして頷きました。


「本当に申し訳なかった」


「わたくしだったから良かったものの、他の方でしたら誤解を招くなりお相手を怒らせるなり、とても大変だったと思われますわよ」


「そうだね。私も、そう思う」


「それなら良かったですわ。次に告白される時は心から想うお相手で有る事を勝手ながら祈らせてもらいますね」


 わたくしは心から笑顔を浮かべました。尤も半分髪で顔が埋まる目隠れ令嬢のわたくしの笑みに変化なぞ無いかもしれませんが。


 フィンドル様に前世の記憶が無くても。

 わたくしに夫への愛など無くても。

 それでも前世を振り返れば、彼との思い出は人生の半分以上で、情は有ります。その情が訴えるのです。

 この方が幸せになれますように、と。


「やっぱり、君とは昔、何処かで会ったのかなぁ。記憶に無いのに。その笑顔、見た事が有る気がする」


 フィンドル様の言葉に、わたくしは困ったように首を傾げつつ、適当に言いました。


「もしかしたら、何処かのお茶会ですれ違ったか何かしているのかもしれません。公的なものですと、公爵家から準男爵・騎士爵まで招かれますから、それでかもしれませんね」


「そうか。そうなのかもね」


 本当にそうだったとしたら、わたくしの笑顔よりも前髪の印象が強過ぎるとは思いますけどね。


「謝罪を受け入れましたし、これでフィンドル伯子様のお心に引っ掛かることは無くなった事でしょう。わたくしは昼休憩中はこの花壇の手入れをするのが日課ですの。フィンドル伯子様も昼休憩に何か行うことが有るようでしたら、やっておかないと直ぐに昼休憩が終わってしまいますよ」


 遠回しに邪魔扱いしてみましたが、理解してくれたでしょうか。わたくしは平穏に学院生活を送って卒業出来れば、それで良いのです。この方との関わりも、もう最低限で良いのですが。以前のように図書館で顔を合わせて挨拶する程度のもので。


「あ、ああ。うん。じゃあ済まなかったね」


「どうぞ、お気になさらず」


 ニコリともう一度笑って、わたくしは去って行くフィンドル様の背中を見送って、また水遣りを始めました。














お読み頂きまして、ありがとうございました。

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