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「おい、ここか?!」


(ハルド・・・っ?)


どんどん、と扉を叩かれて、よく知った声にリィレネは瞳を見開いた。

そして、声が出せない代わりにがん!とまたテーブルを蹴る。


「少し待ってろ。今開けてやるから」


声に鍵を回す音が続いた。


「リィレネ?!その格好・・・っ」

「う、んんん・・・!」


扉を開けたハルドは部屋の中のリィレネの様子に目を見張り、慌てて拘束をはずしてくれた。


「大丈夫か?ちっ、あいつら・・・」

「ふは・・・!ハ、ハルド・・・それより晩餐会は?何でここに?」

「晩餐会ならさっき始まったところだ。他のお嬢様たちがお前は荷物まとめて帰ったって・・・そんなわけがないのに」


その言葉に逃げようとしていた事実があるリィレネは一瞬ちくん、と胸を痛めたが、今はそれどころじゃないとばかりにハルドに詰め寄った。


「他の人たちに私の髪のことばれちゃった。あの人たち、ハルドが私と何かたくらんでるんじゃないのかって。そうやって伯爵に言いつけてやるって言ってて・・・ハルド、ちゃんと弁解しなきゃ」

「あ?そんなことはどうでもいい」

「そんなことって!だって私が嘘ついていたのは事実じゃない。もしも、伯爵に疑われたりでもしたら・・・っ!」

「大丈夫だ。俺を信じろ。それよりも、だ」

「信じろって、でも、もしもってことが・・・」

「大丈夫だといってるだろ。それより、お前にこんなことしたの、誰だ?」


強い口調でぴしゃりと言われ、リィレネは一度口をつぐんだ。質問以外の答えは受け付けないといった様子のハルドを見て、ぼそぼそと話し始める。


「・・・他のご令嬢全員。縛ったりしたのは、お付の人たちだけど・・・」

「ほう。この頬の傷は?」

「子爵家のリズアトス嬢・・・だと思う。叩かれたときに爪があたって痛かったから。あれ、扇の方が傷になってる・・・?」

「・・・殴った奴はどいつだって?全部言え」

「え・・・えと・・・」


一際低くなった声に、リィレネは自分が怒られているわけではないのに、びくりとなった。

その黒い怒りの深淵を見てしまったからかもしれない。


「さっさと言えって」

「・・・え・・・と、扇で叩いたのは・・・男爵家のレヴィヌ嬢で、平手はリズアトス嬢・・・で、でも一回ずつ・・・だし」

「鬘とったのは?というか、髪引っ張られたな?誰がやった?言え」

「・・・あの・・・それは別に・・・」


たいしたことじゃない、と言おうとしたが、ハルドににらまれて、リィレネはぼそぼそと白状する。


「・・・レヴィヌさん・・・。ルネアさんとリズアトスさんはちょっとひっぱっただけっていうか」

「水をかけたのは?」

「それもレヴィヌさん・・・」

「この指の傷は?」

「それは、ロープ切ろうとして自分がやっただけで・・・誰のせいでもない」

「そうか。わかった」

「わかったって・・・?」


声がびくびくしてしまうのは、ハルドが笑ったからだ。

5日前の夜、リィレネが彼を怖いと思ったときと同じ底冷えするような冷ややかな目つきで。


「いや、段階を決めたってだけだ」

「な・・・なんの・・・?」

「リィレネは心配しなくていい」

「あの、でも・・・」

「それより、綺麗にしないとな。怪我の手当ても」

「だっ、だから!ハルドは早く食堂行って、余分なこと言われないように見張ってないと・・・!」

「いいんだ。もう」

「もういいって!だってハルドはあんなに一生懸命に伯爵のこと・・・っ!」

「別に、もう面倒くさくなった」

「面倒くさく・・・!ハルド!何自棄になってるの!?」


慌てるリィレネの声にも動じず、ハルドはよいしょっとリィレネをその腕に抱き上げた。

そのまま危なげなくリィレネの部屋の浴室に運んでいく。


「ちょっと!ハルドってば!」

「自棄になんてなってない。ただ、今はお前のほうが大切なだけだ」

「大切・・・って、何を・・・?」

「だから、俺にはリィレネのほうが大切だって言ってるだろ?」

「ばばばかじゃないのっ!?」


突然の台詞に、リィレネはひっくり返った声で暴れだした。その頬は真っ赤に染まっている。


「っと。何が馬鹿だよ?」

「馬鹿でしょ!あんた、首になるかもしれないんだよっ!!」

「首、ねえ・・・。あのお嬢さん方の言いそうなことだが、やれるものならやってみろって言いたいな」

「だからっ!いくらハルドが伯爵の信頼厚くても、私みたいなのと関わってたから・・・」

「リィレネと関わって何が悪いって?」


浴室の床に下ろされるのと同時に、じろっとにらみつけられてリィレネはぱくぱくと口を動かした。


「だ、って・・・私、ここに騙して入ってきて・・・」

「だから、金髪はどうでもいいって言っただろうが」

「でも、最初のルールを無視してて・・・それに、お金借りようとしたし・・・」

「借りようとしただけで、取ったわけじゃないんだから何も悪くないだろ」

「本当は、伯爵にめちゃくちゃ文句言う気だった」

「知ってる。貴族嫌いなんだろ?」

「そんな私とずっと一緒にいたから、ハルドが・・・」


あらぬ疑いをもたれてしまうんだ、と続けようとした唇に、ふと何か温かなものが触れた。


影が落ち、その影と同じ色の髪がぱさりとリィレネの額にかかる。時が止まったかのようだった。


一瞬だけ触れたそれは、一度離れて、また重ねられた。


今度はもっと長く。

また離れて、さらにちゅっと唇を吸う音がした。


「・・・ようやく黙ったな」

「う、う、うああぁっ?!!」


にぃっと目の前で笑われてから、ようやくキスされた事実を頭が認識した。


リィレネは思わず平手打ちを繰り出したが、すぐにその手を止められてしまう。


「馬鹿。怪我してる手で殴るな。というか、人を殴るな」

「だ、な、い、いま・・・あああんた・・・っ?」

「舌入れたわけでもあるまいし。そんなに動揺しなくても」


彼にはまったく悪びれる様子がなくて、逆にリィレネがおかしいのではないかとそんな錯覚に陥ってしまう。

とにかく混乱する頭でなにか尋ねなくては、と思うが、どもってばかりでろくな声になってくれなかった。


「な、な、なん・・・なんで?」

「いつまでもぐだぐだうるさいから」

「そんな理由っ、で?!」

「まあ、あとはしたかったから」

「ふぇ!・・・な、んで?」

「俺はずっと言っていたけどな。お前が気に入った、って」

「気に入った・・・だ、だって。伯爵に・・・気に入られろ、って」


だからハルド自身はなんとも思っていないのだと考えていた。ただの忠誠心だけだと。


するとハルドはそれには答えず、上からシャワーを降らせてきた。


「ぎゃっ!」

「服ももう濡れていてどうせ洗わなきゃならないんだから一緒でいいだろ」

「よくない!・・・じゃない!質問に答えて」

「後でな」

「後で、って・・・。今答えてよ!」

「勝手に抜けてきたからな。一応舞踏会にはいかないと、まずいだろ。だから後で。知りたいこと全部教えてやるから」

「やっぱりまずいんじゃない!だったら、早く戻りなよ!」

「お前を放っておくほうが気になる」

「大丈夫だってば!ちょっと・・・ハルド!」


わしゃわしゃと髪をシャンプーで泡立てられ、リィレネは暴れだした。


「もう俺も濡れたし。どうせ今行っても無駄だしな」

「も、ハルド!」

「早く行かせたいなら、邪魔せずに大人しくしてろよ」


しかしそう言われては手を振り回すのをやめるしかない。

仕方なく、浴槽のふちに頭をのせてされるがままになっていると、彼はそっとリィレネの目元に指を伸ばしてきた。


「・・・さすがのリィレネも、怖かったか?」


泣いた跡を指摘されているのだとわかって、リィレネは頬を染めた。


「ちが・・・これは・・・っ」

「これは?」

「・・・その、ハルドの足ひっぱっちゃうのが、悔しくて。それで・・・。あ!私、普段全然泣かないんだからね!」

「俺のことを心配して?滅多に泣かないリィレネが?」


正直に言い過ぎたとすぐに後悔したが、どこか嬉しそうな響きを感じて、リィレネはむきになって否定することをあきらめた。


「・・・う・・・まあ。その、ハルドにはお世話になったし・・・私のせいっていうのも・・・」


ごにょごにょと続けると、髪を洗い流してくれていた手がそっとリィレネのこめかみの辺りを撫でた。


「リィレネは、ほんと可愛いよな」

「はっ?!」

「動くなって」


たしなめられ、起こしかけた体を元の位置に横たえると、温かく湿らされたタオルが顔を覆った。そっと顔全体をぬぐってくれながら、ハルドは笑う。


「だからずっと目をつけていたんだが」

「・・・え?」

「はい、髪」


今度は乾いたタオルで濡れた髪をぬぐわれた。

小さく聞こえた声が聞き間違えでないか尋ねたいのに、ハルドは髪を乾かすのに夢中になっている。

あきらめて、リィレネはため息をつくに留まった。

ハルドの真意がまったくつかめなかった。


***


とりあえず着替えるだけかとおもいきや、きっちりドレスを着込み、髪も結い上げ、薄く唇に紅をさすところまでやってからハルドはリィレネを連れ出した。


今のリィレネの髪は地毛の真っ黒なものだ。

ハルドよりは幾分茶色みがかっているものの、それでも金髪とは程遠い。

鬘を持っていかれてしまったので、仕方ないのだが、本当にこんなんでいいのか疑問でならないリィレネだった。


(いや、髪結いは本当に綺麗にやってくれたんだけどさ・・・。ていうか、何でこの人、女の人の髪を結えるわけ?伯爵の執事では?)


謎が深まるばかりのハルドに手を引かれるまま、大広間にたどり着いた。


軽快な音楽が聞こえるその中を想像すると、リィレネはすこしびびってしまう。

だが、かすかに震える手をハルドが包み込むように握りしめてくれた。


「大丈夫だ。何も心配しなくていい」


どこからその自信が来るのか、まったく分からなかったけれど、ハルドの深い闇色の瞳を見ているとなんだか自然と気持ちが落ち着いた。


初めてみたときは、怖いと思ったはずなのに。いつの間にか安心できるものに変わっていた。


「・・・うん」


リィレネもまたぎゅっとその手を握り返す。

満足そうに頷いて、ハルドは豪奢な扉を勢いよく開いた。


楽師たちの演奏の中でくるくると回っていた人々がぴたりとその動きを止める。


この屋敷内の者のみで行うといっていたのでもっと小規模かと思えば、家庭教師他を集めたためにフロアには十数人がおり、令嬢たちは彼らと優雅に踊っていたようだった。


「な、なんですの?!無粋な・・・」

「その娘は・・・っ」


令嬢たちが驚いた顔をする、ハルドは堂々とフロアを突っ切って、金色のまばゆいばかりの伯爵が座る椅子に近づいていった。


「へ、ちょ・・・ちょっと、ハルドっ?!」


しかも手はつないだままだ。

なにかおかしくないか、と焦るリィレネがその袖をひっぱったり、腕を振り回したりしたが、彼はまったく意に介していなかった。


「は、伯爵!その娘・・・レムリア嬢は、実は金髪なんかじゃありませんでしたのよ!伯爵に取り入るために偽ってこの城に入ってきたんですの」

「そ、そうですわ!執事殿はそのことをご存知みたいでした。それにも関わらず、その子ばかりを贔屓して・・・伯爵のお心を尊重していらっしゃるのか、怪しいものですわ」

「ちょっと、何勝手なこと・・・!」


リィレネを監禁していたことをばらされたくない令嬢たちは、途端きゃんきゃんとわめきたてた。


それにリィレネは憤ったが、ハルドは無視して伯爵の傍まで寄った。


そして慇懃な態度で一言呟いた。


「どけ」



物語もいよいよ佳境になってきました。


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