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1日朝夜と2回更新の予定です。

「金髪」のリィレネはメイドに迎えられて、大きな応接間に案内された。

途中、吹き抜けの天井に掛かるシャンデリアや彫刻の施されたサイドボード、大きな真鍮の鏡、惜しげもなく金をつかった年代物の壁掛け時計らを半ば呆然として見つめながら、ふかふかの絨毯に足をとられかけたりもした。

なにせ、こんな高いヒールの靴を履くのは久しぶりだったので。


「こちらです」そう言って通された部屋は広く、大きな窓すべてにかけられた赤いビロードのようなカーテンが印象的だった。

繊細なつくりのテーブルや椅子はすべてアンティークだろう。長テーブルの中心に飾られた花瓶には大輪の白いバラが惜しげもなく飾られ、磨かれた銀食器が席の前に並べられている。

テーブル席にはすでに3人の金髪の美女が腰掛けていた。

流行のドレスで華美な服装をする彼女たちは、リィレネを見てわずかに眉をひそめたようだった。


それを気にもせず、給仕に椅子を引いてもらい座ろうとするが、そんなことされた記憶が小さい頃にしかないのでタイミングが合わず、前につんのめってしまう。

慌てて自分で座りなおしたリィレネを見て、貴族の女性たちはくすくすと嘲笑の声を上げた。


「あらやだ。マナーもろくに身に着けていらっしゃらない方がいらしたようね」

「仕方ないわよ、社交界にも招かれないのですから。毎日忙しくていらっしゃるものね。ジェルミオン子爵家は」

「頭を下げるのに、ですわね」

「・・・・」


リィレネは嘲りの視線を一心に受け止めて、小さく息を吐く。

こんなところに、可愛くか弱い妹がこなくて本当によかった、と心から思う。

相手にするのも馬鹿馬鹿しい。


「レムリア様はお体が弱いのでしょう?このような場違いなところにいらっしゃらずに、大人しく寝ていらっしゃればよろしいのに。寝台がお似合いよ」

「おうつしにならないでくださいませね。下賎な病気はたちが悪いですから」


だが、レムリアの病気を揶揄する言葉に、リィレネは怒りをみなぎらせた。


うつむけていた顔を上げ、すっと目を細めてにらみつける。伊達に雑草的な生活を送っているわけではない。

16歳ながら大人と対等に渡り歩いて、お金を稼いでいるのだ。

優美で暢気な彼女たちは、リィレネの鋭い視線に一瞬恐怖を覚えたようだった。


「な、なに・・・よ、その目は・・・」


言い返す覇気のない声を聞いて、リィレネは少しだけ溜飲を下げる。そのときだった。

きぃ、という音がして、緊迫した空間への新たな訪問者を告げた。

開かれた扉の向こうにいる人物を見て、その場の全員がはっと息を飲む。


そこにいたのは、黒い燕尾服に身を包んだ青年だった。

まさに彼は「黒」だった。

襟足にかかるさらさらの髪も、少しつり上がり気味の切れ長の瞳も真っ黒で、リィレネは昔、物語で読んだ不死の魂をもつ美しくも恐ろしい物の怪のたぐいを回顧させた。

顔色が悪く見える白い肌も人間離れして見える理由の一つかもしれない。

しかし何より歪にさえ思える完璧なまでのその美しい顔。

全員が息を呑むほどに整った美貌の持ち主はその赤い唇をふっと歪めると、慇懃な動作で白い手袋をはめた手を胸にやり、腰を折ってお辞儀をした。


「皆様、この度はわが主人の招きに応じていただき、誠にありがとうございます。心より、おもてなしをさせていただきます。私は執事のハルドと申します。以後お見知りおきを」


そう自己紹介をして近づいてきた彼は、ケーキプレートとティーセットの乗ったワゴンを押しおもむろに近づいてきた。そして優美なしぐさで一人ひとりに給仕をおこなう。

鮮やかな手並みもそうだが、やはり整った面差しを間近で見つめて、女性たちは魂を抜かれたかのようにぽぅ・・・っとなっていた。


リィレネ以外は。


リィレネは愛らしい小さな花が散らされたケーキプレートに乗っている豪華な中身のティーサンドイッチ、クロテッドクリームの添えられたスコーン、ベリータルト、チョコレートクッキー・・・それらに夢中だったので。


(すっごーい・・・食べことないよ、こんなの・・・)


リィレネの家のお菓子は昔は母が、今は妹が焼いてくれるそっけない焼き菓子だけだ。

とってもおいしいけれど、この宝石のようなお菓子とは比べ物にならないだろう。


あんまりがっついてもあれだな、と思いつつも、一口食べてみたくて紅茶を注いでくれている隣の黒い執事を確かめるように見つめた。

他の女性たちから向けられる視線との違いに気がついたのだろう。

ハルドは少しだけおや、と目を見張って、それからにっこりと微笑んだ。


「どうぞ、お好きなだけ。お気に召していただけましたら、シェフも喜びます」

「ありがとうございます」


許可が出て、リィレネはさくっと磨き上げられた銀のフォークをタルトに刺した。

ほろほろと崩れるそれは、口に入れるとふうわりと甘さが広がる。

令嬢はむやみやたらに感情を表すのははしたないとされるが、誰にでもわかるようにぱっと目を輝かせた。


そんな素直な彼女に、またくすくすと嘲笑が漏れたが、リィレネは全く気にしなかった。

何よりこんなお菓子をたべられる機会を一瞬たりとも無駄にしたくなかった。


「もう少しいたしましたら主人がご挨拶に参ります。お待たせいたしますが、どうぞお許しくださいませ」


一部の隙のない立ち振る舞いの彼は、そう言い置いて一度部屋を出て行った。


途端にすましていた貴族女性たちはきゃあきゃあと騒がしくなる。

そんな中、リィレネだけはまだお菓子を食べ、紅茶のおいしさに舌鼓を打っていた。


(これ、持って帰れないかなぁ・・・。レムリアにも食べさせてあげたいし)


と、そんなことを考えている暢気さである。


だが、そんなリィレネもさすがに再びノックの音が響いたときには、ぴん、と緊張した面持ちに変わった。


いよいよ変わり者の伯爵の登場だ。


一体どんな男なのだろう、と少々嘲りの気持ちで見つめていると、現れた彼はあまりに予想外だった。


(え・・・っ)


まず、長い金色の髪が印象的だった。

長身で細身の彼は正装をぴしりと着こなしていて、紳士ご用達の杖もよく似合っていた。

精悍というよりは甘い顔立ちで、ダークグリーンの瞳は優しげな色をたたえている。

先ほどの執事の隣に並ぶと、一層そのきらびやかさが引き立った。

偏屈者の、意地悪な面差しを連想していたリィレネは、完全にぽかんとなった。

一方で、他の彼女たちは予想以上の美丈夫に目を輝かせている。


これほどまでに格好が良く、さらに当代一と噂されるお金持ちの伯爵の花嫁にだったら、たとえ引きこもり社交界の花を捨ててでもなりたいと思うのは当然かもしれない。


「はるばるようこそいらっしゃいました。フロナード男爵家レヴィヌ嬢、カシュナファイヴ男爵家ルネア嬢、スクリアム子爵家リズアトス嬢、そしてジェルミオン子爵家レムリア嬢。歓迎いたします」


一人ひとりの名前をしっかりと覚え、挨拶をしてくれる彼はとても世間で噂されているような高慢さはなく、むしろ腰の低い印象を受けた。


(優しそうな人・・・これだったら、もしかして、借金を受け入れてくれるかな)


わずかな希望が見えてきて、リィレネも興奮してくる。

だが、やはりそれは甘い考えだったようだ。


「早速ですが、皆様にはこれから5日間、この家で生活していただきます。私は邪魔をされること、うるさくされるのを好みませんので、いかに静かに日々をすごしていただけるか・・・それを確かめたいのです。他人が屋敷内に入るのを避けるため、当家では身の回りのことはほとんど自分でやっていただきます。しかし突然のことですし、譲歩として侍女は一人まで認めましょう。それ以上お連れの方はお引取り願ってください。もちろん、この条件は飲めないというお方は、従者の方とご一緒に帰られてもまったくかまいませんよ」


ファイハント伯爵の言葉は、その柔らかな雰囲気とはまるで似つかわしくなかった。


いきなりの屋敷引きこもれ宣言と条件の一方的通達。


やはり、噂どおりの偏屈者か・・・とリィレネはうんざりと肩を落とす。

期待した分、傲慢な言い方に腹が立った。

あくまで自分優位に進めようとしている彼に、反発が沸く。

絶対にこんな男に、妹はやらないと誓った瞬間でもあった。


「そして5日後の夜に、最終チェックとしてパーティーを開かせていただきます。いくらなんでも最低限の淑女のたしなみは備えていていただきたいので。その場で私の花嫁を決めさせていただきますよ」


彼はにこにこしながらそんなことを言う。

まるで結婚をゲームのように考えているみたいだった。

合格点をつきつけて、女たちを競わせるのを楽しんでいる。いかにも貴族らしい享楽の求め方に、リィレネは瞳を険しくした。


(富をちらつかせて、女を道具のように扱う。ほんと最悪だわ、この人・・・)


自分より爵位が下、それもあまり社交界の中心とまでは言えない家庭からばかり候補を選んでることからしても、彼が融通の利く結婚相手だけを探していることが良く分かる。

愛情など、ひとかけらも必要がないと考えているのだろう。

癇癪の虫が口から這い出てきそうだ。

だが、腹に力を入れ、それはぐっと耐える。

せめて、脅してでも借金の申込をするまでは・・・せっかくこんな慣れない格好でここまで来たのだから。


断られた瞬間に罵ってやろう、とその場で誓って、リィレネはまっすぐ彼を見やった。

すると何故か執事のハルドと目が合う。

彼は整いすぎて神経質にも見えるその黒い瞳でじっと見つめてきて、まるでリィレネを観察しているようだった。


(何・・・?)


びくっとなってしまったのは後ろ暗いことがあるせいと、彼に対して感じたわずかな恐怖心のようなもののせいだ。

鋭い視線は、穏やかそうな笑顔を裏切っているように感じる。

それでも負けてなるものかと生来の負けん気で怯まず見返すと、ふいとその視線ははずされた。


「私は、午後のティータイム、それと夕食前の1時間のみ皆さんとご一緒します。それ以外の際に、私に話しかけないでください。書斎にこもっておりますゆえ、そのようなことはないと思いますが。万一にもマナーを破ったお方は、即お引取り願いますので」


視線が合わなくなった後も未だハルドを見つめていたリィレネは、伯爵のその言葉にはっと目を見開いた。


(え、そ、それじゃ・・みんながいるときしか会えないっていうの?)


さすがに他の人間がいる前で、家の事情を話すのは恥だ。

だが、書斎にこもっていられては話しかけにいくこともできない。

考え焦るリィレネには、次の伯爵の言葉の真意は分からなかった。


「皆さんのおもてなしは、すべてこちらのハルドがおこないます。何かあれば彼に言いつけてください。私が一番信頼を置いている人物ですから」


主人の隣で、ハルドがすっと一礼する。

光り輝くような伯爵のまさに影のように、しかし、どこか不思議な存在感を示していた。


ひそひそと令嬢たちが扇の下で何かを話している。

リィレネは、いつどうやって借金申込すればいいのかをぐるぐると考えていた。


だから、その彼が、下げた頭の下でどこか企みめいて笑っていたことも誰も気が付かなかった。

燕尾服に白手袋ってストイックでいいですよね。

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