飯島佳代子編 狩人のルール ~淡々とした復讐~
翌朝、今回の事件の犯人を始末出来たにも関わらず、私はこの上なく不機嫌だった。その原因は、私の耳元にある。というか、耳元の向こう側にある。
『もしもし、聞いてる?』
スマホからは、例の女の声が聞こえてきている。あれから一睡もしていないことも相まって、その声を聞くたびに私のフラストレーションは積もっていく。
「ええ、聞いているわ」
『よかった。それで、あなたが殺した警官の乗ってきたパトカーだけど、さっき言ったように私の方で処分しておいたから』
「絶対バレない保証はあるの?」
『大丈夫よ。粉々に砕いておいたから、誰もそれが車だなんて思わないわ』
「そう……」
証拠隠滅に手を貸してくれたことには素直に感謝するけれど……やっぱり気に入らないわ。
私があの男の死体をあらかた処分して、いざパトカーの方も片付けようとしたら、そこにあるはずのパトカーは無かった。
あれから随分と探し回ったけど見つからなくて、いよいよ焦り始めた時にこの電話……正直言って、腹立たしいわ、ものすごくね。
『それと、地元警察の方にも手を回しておいたわ。一連の事件の犯人はあなたが殺した警官で、彼はパトカーを使って逃亡。もちろん、身体もパトカーもすでに処分してあるわけだから、永久に見つかることはないわ』
「……ずいぶんと顔が広いのね。それに、不気味なくらい親切だわ」
『それはそうよ。私達は似た者同士で、運命共同体……仲間と言ってもいいわ。あなたが許してくれるなら、一緒に住んでもいいくらいよ』
それだけは、なんとしても反対だった。神牙さんを殺そうと目論んでいるこの女と私……どう考えたって、最後には仲違いする運命だもの。
「それは遠慮するわ」
『そう……まぁ、そうでしょうね。あ、最後に一つ』
その言葉に、今回の件でどんな見返りを要求されるのかと身構えていると、彼女の口から聞こえてきたのは、思いもよらない言葉だった。
『あなたのお父さんを殺した犯人……見つかったわよ』
「……え?」
それは、あまりにも……あまりにも思いがけない言葉だった。
父を殺した犯人……思えば、奴のせいでその後の私の人生は狂っていったと言っても過言ではない。
「……どこにいるの?」
『住所を送るわ。それじゃ、気を付けてね……さっきも言ったけど、あなたが私の事をどう思っていようと、私達は似た者同士の運命共同体なのよ』
そう言って、電話は切れた。直後に、犯人が現在住んでいると思われる家の住所がメールで送られてくる。
(……)
彼女が、どういう経緯でこの情報を手に入れたかは分からないけれど、私を不利な状況に追い込みたいなら、わざわざこんな手の込んだことをしないはず……一応、確認はしてみようかしら?
それから自室で旅路の準備をしていると、ふと背後に気配を感じる――振り返ると、そこには例の妖怪少女が立っていた。
「行くのかえ?」
彼女はどうやらこちらの事情を完全に把握しているようで、短くそれだけ言ってきた。
「ええ」
私も短く返す。
そしてそのまま玄関へと向かって歩き出すと、後ろから足音がついて来る。
「今回の件、意外とうまくいったのう」
靴を履いていると、不意にそんな言葉を投げかけられた。確かに今回の一件では色々と苦労させられたけれど、意外とうまくいった。もちろん、あの女の協力もあってのことだけど……。
「……そう、あなたには関係ないでしょ」
「そうかのう?」
しかし彼女は、どこか意味ありげな言葉を返してくる。一体何だというのかしら?
「今回の敵はたいしたことはなかったわ。それに、奴は私のテリトリーを犯した。そして死んだ。それだけよ」
「うむ、そうだとも」
妖怪少女はあっさりとした口調で言った。
「……あなた、どこまで知っているの?」
私が聞くと、彼女からは予想外の答えが返ってくる。
「全てを知っておるよ。だが、あまり余計なことを話すわけにもいくまい。ただ言えることは、お主はまだまだ強くなれるという事だけじゃ」
「……」
つまり、今の私が弱いということ……それは否定できない事実だった。悔しいけれど……認めるしかないみたいね。
「……ありがとう」
「礼を言う必要はない。ワシはただ、思ったことを口に出したまでよ」
そう言ってニカッと笑う少女を見ると、不思議と悪い気分ではなかった。
私は彼女に背を向け、ドアを開ける。
「世話になったわね……」
「待て」
すると、背後から呼び止められた。まだ何かあるというの?
「これは忠告じゃ。お主にはまだ時間がある。今すぐに復讐をやめろとは言わん。だが、少しだけ考えてみることじゃ。本当にこのままでいいのかと……」
「……分かったようなことを言うのね」
「ああ。実際、分かっているつもりじゃ」
……不思議なことに、その言葉は素直に聞き入れることが出来た。でも、私の意思は固かった。
「……それでも、行くわ」
「そうか……達者でな」
意外なことに、彼女は私を止めようとはしなかった。私も、特にその理由を聞くつもりはない。
「あなたもね」
「うむ」
短いやり取りの後、私は家を出た……まったく、最後まで訳の分からない子だったわね。
家を出て、そのままもはや慣れ親しんだ山道を歩いていると、ふいに周囲の空気が変わるのを感じた。
そこで私は、直感的に歩みを止めて口を開く。
「どこにいるの?」
そう言うと、私から見て左側前方の林の中から、また例のフードの女が姿を見せた。
「事件解決、おめでとう」
彼女は開口一番、そう言った。
「どうも。それで? 私にまだ何か用かしら? あいにく、あの女との関係をやめるつもりはないわよ? はからずも、借りが出来ちゃったしね」
「そうみたいね」
女はそう言った。まぁ、このタイミングで現れたということはそういうことなんでしょうけど……でもどうして?
「それなら、もう目的は果たしたんじゃないの?」
「いや、実はもう一つ話があってね」
女は私の問いに対し、小さく首を横に振ってからそう言った。
「なんだか嫌な予感がするわね」
正直言って、この女の言っていることが信用できるかどうかは微妙なところだ。それに私自身、今は父の復讐のことで頭がいっぱいだし……これ以上、面倒な事はごめんだった。
「そう言わないで。別に取って食おうっていうんじゃないんだからさ」
「どうだか……」
そもそも、この女は何が目的なのかが分からない。私を陥れるためだけに、わざわざこんなことをしたとは思えないけど……やっぱり油断はできない。
「安心して。今回、あなたには直接関係のある話ではないし、むしろ助けになる情報だと思うわ」
「どういうこと?」
「私と一緒に来てほしい」
「はあっ!?」
あまりにも唐突すぎる申し出に、思わず声を上げてしまった。
「ふざけてるの? そんな誘いに乗るわけがないでしょ!」
「真面目な話よ。私達は仲間。だから協力しようと言ってるの」
「……あなたに何が出来るというの?」
「あなたの力になれると思う。どう? 悪い提案ではないはずよ?」
確かに彼女の話は魅力的ではあった。
けれど……なぜだろう? その言葉には妙な説得力があった。まるで、今までずっと彼女についてきたのは間違いではなかったと思わせるような……。
「……」
「返事を待つわ」
そう言うと、女は再び林の中に溶けるように消えていった―――。
「……なんだったのかしら?」
あの女からの、いきなりの協力要請……裏があるのに決まっているのに、どうしてこれほど胸の中に居心地よく居座るのかしら……?
とにかく、今はそのことを考えても仕方ない。
私はそのまま歩き続け、やがて村の中心部である商店街の近くに設置されたバス停のベンチに腰掛ける……しばらくすると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あら、神牙さん。お出かけ?」
「あ、ええ。ちょっと」
声の主は、近所の奥さんだった。見たところ、これから商店街に買い物に行くようだ。
私は彼女の姿を見るなり、抱えていたリュックからあるものを取り出して、彼女に手渡した。
「え、なんなの、これ?」
「実は、実家から送られてきたお肉なんです。一人じゃ食べきれないので、よかったらご家族で食べてください」
「まぁ、こんなにっ!? ありがとねぇ~」
おっとりとした様子で、彼女は私から大きな包みを四つほど受け取る。
「ずいぶんと大きな塊ね。それに鮮度もよさそう」
「ええ、昨日の夜に届いたばかりですから」
「あら、ホントッ!? わざわざそんなお肉頂けるなんて、うれしいわ」
「どういたしまして――あっ」
そこでタイミングよく、数少ないバスが私達の前に姿を現した。
私は素早く、そのバスに乗り込む。
「そういえば、どちらまで行かれるの?」
「ちょっと、東京まで。古い知り合いを訊ねようと思っています」
そう……本当に久しぶりの再会になる、古い知り合いにね……。




