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飯島佳代子編 狩人のルール ~様々な思惑~

 数時間後――それなりに日が暮れてきた時刻、私はいわゆる登山着の格好をして家を後にした。

 自転車を使ったほうが神社には早く着くのだが、パトロールを兼ねて今回は徒歩で向かう。そのため、集合時間よりも少し早めに家を後にした。

……この時間帯になると、いつもは数台の車とすれ違う道でも誰一人会うことはない。途中、何度か立ち止まって周囲の様子をうかがうが、特に変わった様子はない。


「やっぱり、私の考えすぎなのかしらね……」


 思わず独りごちる。この村で子供を殺すような人間がいるなんて、到底信じられない。

 もちろん、私の知らないところで今もこの村の子供が犠牲になっている可能性はある……でも、それを今考えた所で仕方がないわね。

 私は、小さく頭を振って気持ちを切り替えると、再び歩き始めた。しばらく歩くと、見覚えのある場所に辿り着いた。

 そこは、最初に死体が見つかった場所……つまり、あの忌まわしき事件現場だ。

 ここで見つかった遺体は、バラバラになって用水路に投げ捨てられていたけれど、今はすっかり綺麗な更地になっていた。


「……」


 私は無意識のうちに、その場にしゃがみこんで地面をぞる。

 地面には、土埃つちぼこりがたくさんついていたが、幸いなことに血痕らしきものは見当たらない。でも、これはあくまでも『今のところ』の話よね。


「それにしても、お祓いねぇ……」


 こんな状況で本当に効果があるのだろうか?……まぁいいわ。どうせ何も起こらないだろうけど、一応は参加しようと思ったんだもの。

 そう自分に言い聞かせつつ立ち上がり、その場を去ろうとした時だった。


「……ん?」


 ふと、視界の端に妙なものが映った気がしてそちらに顔を向ける。そこには、一本の木が立っていた。


「あれは……?」


 高さ三メートルぐらいの立派な木だが、その樹皮の一部が黒く変色していた。それだけではない……よく見ると、枝のあちこちにも同じような黒い斑点があった。


「何、これ?」


 思わず、声が出る。そして、次の瞬間にはハッとして周囲を警戒する――しかし、周囲に人の気配はなかった。

 私は、ゆっくりと近付いてその木の幹に触れる。表面はとても滑らかだったが、触っているうちに指先に違和感を感じた。


「えっ!?」


 慌てて手を離す。すると、今度は先ほどまで気付かなかったが、明らかに周囲の草とは違う質感の物が目に入った。

 それは、小さな赤い染みだった。しかも、ただの赤じゃない……まるでペンキか何かのような、どぎつく濁った赤色だ。


「まさか……血ッ!?」


 私は、思わず叫んでいた。

 確かに、今目の前にあるこの木はどこかおかしい……いや、そもそも木というのは普通もっと柔らかいものだ。それが、ここまでゴツく硬い感触を持っているはずがない。

 さらに、樹皮の一部に付着した謎のシミ……これが何を意味するのかは分からないが、少なくともこの木は普通の状態ではないことは確かだ。

 私は、その正体を確かめるべく恐る恐るその木に近づいていく。すると、突然――ガサガサッ――近くの茂みのほうから音が聞こえた。

――ビクリッ――私は、反射的にバッグから包丁を取り出して身構えて音のした方を見つめる。


「誰っ!」


 叫ぶように問いかけるが、相手からの返事はない……代わりに、カサッカサカサという音だけが聞こえる。


(動物か何かかしら?)


 私は、そっと足を踏み出すと、茂みに向かって声を掛ける。


「そこにいるのは分かっているわ!……出て来なさいよ」


 少しだけ強い口調で言うと、やがて茂みの中から人影が現れた。

 現れた人物は、全身を黒のローブのようなもので覆い隠しており、フードを被っていて顔は見えない。体格から判断するに、おそらく女性……けれど背丈はかなり高く、私と同じぐらいだ。


(何者なの……)


 私は、無言のまま相手を睨む。

 女性は、しばらくの間こちらの様子を観察しているかのように突っ立ったまま動かなかったが、しばらくして口を開いた。


「――あなたね? 飯島佳代子さん?」


 その言葉を聞いた瞬間、私の心臓はドクンと鼓動した。


「……誰?」


 焦りを見透かされないように、問いかける。女性はすぐに答えた。


「私が正確に何者かは今は明かさないわ。でもしいて言うなれば……あなたのパートナーの関係者よ」

「パートナー?」


 その言葉を聞いて、私は急いで記憶の海に潜って該当する人物を捜索する。そして気付いた。一人いる。今の私の立場で、不愉快ではあるがパートナーと呼べる関係性の人間が。


「……あの女の関係者なの?」

「ええ、そうね」


 女性はたおやかな口調で言った。


「コレ、良く出来ているでしょ? 私が創ったのよ」


 そう言って、女性は近くにある木のような物体を撫でる……目の錯覚だろうか、木は女性に対して逡巡しゅんじゅんの意を示しているように見える。


「……私になんの用なの?」


 その答え次第では、この女とここで殺しあうことになる……出来れば、今は避けたかった。


「ハッキリ言うわ。飯島さん。あの子には気をつけなさい」


 しかし、女性は先ほどまでの様子と打って変わって厳しい口調でそう言った。


「どういうこと?」

「言葉通りの意味よ。あの子はあなたを利用している。それには気付いているでしょう?」


 確かに……あの女は、私の神牙さんに対する恋心を利用してあの人を殺そうとした……それは許せない。でも、こうして今も私が逃亡生活を送れているのも、同時に彼女のおかげだ。


「分かっているわ」


 女性は、そんな私の考えなどお見通しとばかりに口を開く。


「今の自分の生活があるのは、あの子のおかげだと考えているんでしょう? でも、同時にあなたなら理解しているはずだわ。あの子がそうしているのは、あなたにまだ利用価値があるゆえだからと……」


……それは、私も感じていた。ゆえに、私も迷いなく返答する。


「なら、あなたが代わりに私を助けてくれると言うの?」

「もちろん」

「えっ!?」


 女性の言葉に思わず声を上げてしまった。女性はなおも続ける。


「ハッキリ言って、私や私が属している組織の方が、あの子よりも確実に今のあなたをかくまえる自信があるわ」

「匿う、じゃなくて、監禁の間違いじゃないかしら?」

「まぁ、今よりは少し警備が厳重な場所に移ってもらうことになるわね」


 監禁の部分を否定しなかった……それなら、この女性の申し出を受けるメリットはないわ。


「残念だけど、それならお断りよ。私は今のままがいいの」

「神牙さんと会えなくなっても?」

「そうね」

「ふ~ん?」


 女性は、私に対するカードのつもりで神牙さんの名前を出してきたのだろうが、どのみち監禁されるようなら神牙さんとは会えない。ゆえに即答できた。

 彼女は私の態度が意外だったようで、声を上げて考え込む……そして、ため息をついた。


「はぁ……いいわ。でも、あの子にくれぐれも気をつけてね?」

「ええ、もちろん」

「ふふ、ならいいの。それじゃ」


 そう言って、女性と木の周辺の空間が歪んだ……そして、瞬きした時にはすでに女性も木もその場から消え去っていた。


(……いったい、なんだったのかしら?)


……むかつく話だけど、あの女性の実力なら申し出を断った私を殺すなり誘拐するなり出来たはずだ。なぜあっさり退くようなことしたのか……。

 あるいは、姿が見えなくなっただけで、今もどこかで私を監視しているのかもしれない……あの女のように……。

 このことをあの女に知らせようか……そう思ったが、やめておいた。フードを被った女性にも言ったように、私は彼女を信用していないし、一応、こうして逃亡生活の援助をしてもらっているけれど、だからといってわざわざこのことを報告する義理もない。

 そういえば……あの怪物少女はどうしたのかしら?……彼女とは、あの日以来会っていないし、見かけてもいない。

 あれほどの実力者が、まさか誘拐されて殺されているなんてことはないでしょうけれど……この事件が解決した時にひょっこり姿を見せてくれるのかしら?……とにかく、今は丘の神社に向かうことが先決ね。 

 私はそう考えて、包丁をしまって再び歩き出した。しかし、少し歩いたところで車のヘッドライトに照らされてクラクションを鳴らされる。


(あら、邪魔だったかしら?)


 ちゃんと砂利道の端を歩いていたはず。ライトを点けていたら邪魔にはならないはずだけど……そう思いつつも、さらに身を山林側に寄せると、横から軽トラックが抜き去った後に停車した。


(なに?)


 私が怪しんでいると、軽トラックの窓が開いて中から見覚えのある顔がひょっこりと姿を見せる。


「神牙さんっ!」

「あ、奥さん」


 これまた、近所の奥さんだった。そういえば、彼女の家は村の出入り口の辺りにあったわね。


「乗っていきなさいよ、ほら」

「あ、どうも……」


 乗っていくかどうかを聞くのではなく、出会ったら何が何でも乗せようとするのが田舎のルールだ。少なくとも、この村ではそうね。だから、私は素直に従って助手席に乗った。


「さっきまで仕事でね……ちょうどよかったわ」


 そう言って運転席の彼女がバックミラーをのぞくと、後部座席に紙袋に入った大量の野菜があった。


「旦那さんはどうしたんですか?」

「ああ、あの人? 子供達と一緒に先に神社に行っているわよ。あたしは仕事の後始末っ!」


 そう言って屈託なく笑う奥さんを見ると、荒んだ心も少しは和らぐ。

 そして、私達を乗せた車はそのまま神社のある丘までやってきた。


「それじゃ、ちょっと車止めてくるから」

「はい。ありがとうございました」


 そう言って、私は車を降りる。

 私達を乗せてきた軽トラックは、そのまま走り去っていった。奥まで走り去っていった……よく見てみると、その道の先には複数のヘッドライトの明かりが見えた。どうやら、あそこは駐車場になっているらしい……あそこに車を停めるんでしょうね。

 そして、神社のある丘の上までそれなりにゆるやかな階段を上ると、神社を中心にすでに多くの村人の姿があった。しかも、大人の姿に交じって、犯人が好みそうな年代の子供達の姿も見える。

 ただ、その人波の中では警備のためか、かなりの数の制服警官と私服刑事の姿も見える。


(こんな大人数でよくやる気になったものね……まぁ、あの村長ならやりかねないか……それにしても、すごい人数ね……)


 ざっと見ただけでも、警察官や刑事だけで数十人はいるように見える。物陰に隠れている者も含めれば、おそらくもっと多いだろう。これだけの人間がいれば、もし万一、あの妖怪少女が現れても問題ない……かもしれないわね。

 そんなことを考えながら歩いていると、やがて神社の石段の前に着いた。


(さすがに、警備ぐらいはついているわよね……なら、犯人は何もしない可能性も……)


 そう思ったけれど、確証はない。


(もしかしたら、イラついて犯行が雑になるかも……)

「神牙さん」


 その声に振り向くと、そこには奥さんがいた。どうやら車を停めてやってきたらしい。

 そのまま、私は彼女と一緒に本堂に招かれてすでに座布団の上に座っていた彼女の旦那さんと娘さん達と一緒にお祓いを受けることになった。

 しかし、これが実に退屈だった。まずは、巫女さんの祈祷から始まり、次に宮司さんによる祝詞のりと……さらには、住職の読経。


(こんなことをしている場合じゃないのに……)


 そう思いながらも、私はじっとその時間を耐え忍んだ。

 その間、周囲を見渡してみてもこれといって気になる点はない。

 うつむいて祈りをささげる村人、それを見守る刑事、周囲を警戒する警察官達……この状況では、さすがに犯人も何もしてこないだろうし、できないわね。やはり、犯行に及ぶとしたらこのお祓いが終わった後でしょうね。

 その後、滞りなくお祓いは終わった。もちろん、私もしっかりと祈っておいた。


(これで、犯人が何かしらの行動を起こすことを期待するしかない……)


 そこで、それまでずっと無言だった奥さんが口を開く。


「もういいんじゃないかしら? これで、きっと大丈夫よ」


 その言葉に、旦那さんと娘さん達は一斉に安堵の息を漏らす。私も奥さんに言った。


「そうですね……。後は皆さんに任せましょう」

「えぇ。でも、本当に犯人を捕まえられるのかしら?」

「それは分かりませんが……しかし、警察の方がいますし、この辺りには駐在所もあります。いざという時には助けてくれるでしょう」

「そう……そうよね。うん、じゃあ、帰りましょうか」

「はい、そうしましょう」


 奥さんにはそう言ったものの、私は内心でため息を吐きつつ、帰り支度を整える……しかしそこで、とあることに気付いた。周囲の人達の顔が暗いのだ。

 お祓いが終わってもなお、誰一人として帰ろうとせずに何かを話している。中には涙を流して抱き合っている夫婦もいた。


(何? 一体何が……)


 私が不思議に思っていると、奥さんに声をかけられた。


「神牙さん? どうかしたの?」

「いえ、あの……その……」


 私は戸惑う。


「あの、今のお祓いで、何かあったんですか?」

「ん? ああ、あれね。子供達が心配で仕方がないみたいなのよ。特に、下の子が行方不明になっているから」

「下の……その子は確か、三日前からいなくなっていたんですよね」

「ええ。まだ見つかってないみたいだけど……みんな、不安なのよ。それで、今日はお祓いを受けたから、少しは安心できると思ってたんだけどね。やっぱり駄目だったわね。お祓いが効かないなんて、相当怖い思いをしたんでしょうね」


 奥さんは悲しげに言う。


「あたしも子供の頃に迷信深い親戚の家に遊びに行った時に、夜中に一人でトイレに行くのが怖くて親についてきてって頼んでも誰もついて来てくれないことがあったけど、あの時は本気で泣きそうになったわね」


 そして彼女は笑った。


「まぁ、子供だから当然と言えば当然なんだけれど、大人になってもそういうところがあるってのは情けない話だわね。それにしても、子供達はどこに行っちゃたんだろうね。もしかしたら、今もどこかで泣いているかもしれないわ……可哀想に」


……その言葉は、まぎれもなく本心から出ているのを私は感じた。同時に、この人と知り合いになれてよかったと思う。


「えぇ~、それでは各自――」


 その後、村長の長ったらしい話を聞いた後に、村人達は散り散りになって神社を後にした。その様子を眺めているが、怪しい人物は見当たらない。

 でも……なんとなくわかったわ。今回の事件の犯人が……でも、証拠はない。犯人はおそらく、自分の存在を気づかせないために何らかの手段を使って姿を隠している。

 つまり、このまま何もしなければ、事件は解決してしまうということ。そうなれば、私の負け。下手すれば、この村で新参者の私が冤罪を被るハメになるわ。

 ならばどうするか……決まっているわ。犯人を見つける。そして殺す。


「神牙さん。一緒に帰らない? 途中まで送っていくから」


 私のどす黒い感情とは無縁の奥さんが、そう言ってくれた。


「……そうですね。帰り道も用心しないと」

「そうよ、そうよ」

 

 奥さんの好意に甘えて、私は車で帰路についた。徒歩であれば、その分村の様子を観察できるのだけれど、ここで断って不審に思われるのもまずいわ。やってもいない殺人で批難されるなんてまっぴらごめんよ。

 彼女が運転する車に乗り込んでしばらくして、奥さんが話しかけてきた。


「ねぇ、神牙さんはいつ頃この村にきたの?」

「そうですね……もうすぐ一年になります。前の会社を辞めてから、すぐにこちらへ来ました」


 あらかじめ、あの女と打つ合わせして作ったカバーストーリーが役に立った。


「あら、そんなに早く?どうして?」


 奥さんは興味深げに聞いてくる。


「ちょっと……会社の人間関係がうまくいかなかったんです。それで、なるべく人と関わりたくなくて……」

「あーなるほどね。私も転職しようかなって思った時はすぐに行動に移したもんね」

「奥さんも?」

「そうよ。私の場合はこの村に実家があって、あの旦那も幼馴染だし、就職したと思ったらすぐに結婚して子供が生まれちゃったから……結局、転職目的で会社を辞めてからはずっと農作業と家事育児ばかりで、なかなか思うように動けなかったんだけどね」

「それは大変ですね……」

「でも、もう慣れちゃった。今の生活も悪くないしね」


 奥さんはそう言いながら、すでに月明かりに照らされた窓の外を見る。


「そうですか……。ところで、奥さんのところはお子さんは何人でしたっけ?」

「三人よ。上の娘が今度中学生で、下の息子が小学生。一番下の娘が幼稚園ね」

「子沢山ですね。おめでたいことです」

「ありがとう。そうだ、良かったら今度家に遊びに来てよ。みんな喜ぶから」

「いいんですか?」

「もちろん。歓迎するわよ。それに、あなたのことも知りたいし」


……その発言を聞いて、私は返答を躊躇ちゅうちょした。

 もし、彼女や彼女の家族が私の正体に気が付いたら……おそらく、私は彼女とその家族を殺すだろう。この、純真無垢にして極めて凡庸な、どこにでもいるようなごく平均的な幸せを送っている家庭の構成員を……だが、私の口は私の意思に反して言葉を紡いだ。


「ふふっ、分かりました」

「連絡するわね」


……結局、奥さんとはそのまま会話が弾み、車はあっという間に私の自宅の前に到着した。


「着いたわ。今日は楽しかったわ。またね、神牙さん」

「はい、私も楽しめました。では、失礼します」


 私は笑顔で挨拶をして、車を降りた。


「……」


 車を見送った後……私は家の中に入る。


(さて、ここからが本番よ)


――私は家中にある仕掛けを施して、ある人物に電話をかけた。


「あ、もしもし――」


 奥さんの車で帰路についている間、私は必死に今回の事件について考えていた。

 そして、ある結論に至った……私の推理と勘が正しければ、この人物が今回の犯人でしょうね。間違っていたら、そのまま帰せばいいわ。


                     ※


「こんばんはー?」


――数時間後、私は声のする玄関に向かって引き戸を開けた。


「はい、どうぞ」

「えーと、神牙さん? なんです、話って?」

「まぁ、まずは中に入ってください」

「はぁ、どうも……」


 私はその人物を家に招き入れ、その人物にばれないように引き戸に鍵をかけてリビングに通す。今の私の格好は、神社に向かった時と同じ、登山着のままだ……もし事が起きても、この格好ならば対処しやすい。


「はい、どうぞ」

「あ、これはどうも」


 リビングに通してお茶を出して座らせる。それを見届けた後に、私もイスに浅く座った。


「それで、話というのはなんです?」

「今回の殺人事件のことですわ」


 私はその人物に向かって、躊躇なく事件の事を口にした。


「まず、発見された遺体についてですが、私の見解が正しければ、犯人は特定の年齢層の少女に性的暴行を加える目的で誘拐。その後、暴行を加える前に被害者を殺害し、その後に性的暴行を加えた後、しばらく放置しています」

「……」


 いきなり私がこんなことを言っても、目の前の人物は微動だにしない。


「ここ最近、この村の近辺あるいは村の中で同様の状態の遺体が見つかるわけですが、このことから考えて、犯人はこの村に住んでいる可能性が非常に高いと思います。

 それでいて、少女達には性的暴行の痕跡と殺害する際の傷以外に目立った外傷がないことから、彼女達は犯人に誘拐される際、無理やり誘拐されたのではなく、犯人に自発的についていったと思われます。

 村の外からやってきた人や見慣れない人物が犯人なら、こうはいかないでしょう。ということは、犯人は少女達と顔見知り――この点においても、犯人がこの村に住んでいる可能性が高いと考える要因ですが――で、連れていこうとしても被害者や周囲の人々が怪しまないような人物……つまり、社会的地位がかなり高い人物ということになります」

「……つまり、村長さんのような?」


 そこで初めて、その人物は口を開いた。まるで、疑いを自分からそらしたいかのように……。


「いいえ。私も、はじめはそう言った人達を疑いましたが、それだと色々と無理があるんです」

「というと?」


 そう言う相手の口元がピクピクと震えだす。


「まず第一に、人間一人を誰にも気づかれずに拉致できたとして、その後、誰にも気づかれずに殺して犯すということは、そうそう出来ることではありません。少なくとも、家族のいらっしゃる村長さんは難しいでしょう。それに、村のめぼしい人気のない建物も警察があらかた探したのに、何も出てきませんでしたしね。

 もう一つ、できない理由をあげるとすれば、時間帯です。私は警察の聞き込みで知ったのですが、おそらく被害者達の死亡推定時刻は午後十時から午前一時の間に集中しています。

 そして、被害者達の遺体はいずれも早朝に見つかっています……ということは、被害者達は下校時に誘拐され、午後十時から午前一時の間に殺害、その後に性的暴行を加えられ、未明深夜か早朝間際の時間帯に捨てられたということ……その時間帯、人間を抱えて車でも使って遺体を捨てに行こうにも、家族がいる身では難しい。それに、うっかり誰かに会ってしまえば、警察にそのことを話されるリスクがある」

「なら、いったい誰が――」

「あなたですよ。駐在さん」

「っ!?」


 私に呼ばれて、目の前にいる人物――駐在警官の男性はビクッと体を震わせた。


「この村に住んでいて、パトロールがてら少女達と面識を持つことができる。誘拐するには、彼女達が登下校する際に『送っていくよ』とでも言えば、簡単に信じるでしょう。

 調べさせてもらいましたが、あなたは独身で被害者達を思う存分いたぶれたでしょうし、事が終わって遺体を捨てに行く時も、あなたが一番有利です。

 パトカーのトランクにブルーシートに包んだ遺体を入れて、村のどこかに遺体を捨てに行く……途中で誰かに会っても、パトカーに乗ったあなたを見れば熱心にパトロールしてるんだくらいに思われない……おそらく警察も、犯人が身内とは思っていないでしょうから、あなたの自宅やパトカーは調べていないでしょう」

「……」


 男は言い返す気力がないのか、がっくりとうなだれている。


「……クソッ!」


――かと思ったら、いきなり私に飛び掛かってくるしっ! もうっ!


「グアアァッ!」

「静かにしなさい、うるさいでしょ?」

「ぐぶっ!?」


 まだテーブルの上にあった男の手に包丁を突き立てて、わめき散らす口を塞ぐように奴の頭をテーブルに叩きつける。


「お、お前、何者だっ!?」

「それに答える義理はないわね」

「ま、待っ――」


 そのまま、私はもう一本の包丁で男の喉を掻き切る。

 正義のヒーローを気取るつもりはないけれど……この男が少女達にしたことに比べれば、かなり優しいほうよ。

 男の首は見る見るうちに赤く染めあがり、声帯を通って叫びとなるはずだった声は気管から空気となってヒューッヒューッと音を立てる。

……しばらくビクビクッと痙攣けいれんした後、男の体は動かなくなった。


(……さて、後始末に取り掛かりましょうかね)


 それから、私は自分の部屋に戻って着替えを持って風呂場へ行き、返り血を浴びた服を脱いでシャワーを浴びながら、体についた血液を流し落とす。

 一通り洗い流した後に、脱衣所にある洗濯機に入れて回してから浴室を出て、タオルで全身の水滴を拭いて、持ってきた服を着てリビングへ戻る。


「人間を解体するのは久しぶりだけど……ま、なんとかなるでしょ」


 そう考えて、私は増築した『仕事部屋』にこと切れた男の死体を運ぶ。

 当然、この部屋には『仕事』で使う道具が所狭しと並んでいる。なんだったら、東京にいた頃より説部が充実しているかもしれない。


「それじゃ、始めましょうか」


 すでに返事をすることない物体に向かって、私はそう呟いて斧を振り下ろした。

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