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飯島佳代子編 狩人のルール ~周囲の変化~

 数日後――相変わらず、いつも通りに家事をこなして日課のデイトレードをしている。逃亡生活を送るようになってからは、こちらが主な資金源となっている。

 一応、そちらの方では偽名を使って取引が出来ているし、ほとんど人と対面して身分証明される機会がないためにバレる心配はない……これもすべて、あの女のおかげである。

 あの後……近所の奥さんの言ったとおりに、私のところに回ってきた回覧板には行方不明者の事が記載されていた。しかも、今も行方不明者の数は増えており、いずれもこの村の小学校に通う小学生であるらしい。

 その対策として、村の見回りを各地域の男性や女性で行うこととなり、この村唯一の小学校では登下校に複数人の大人が付き添うこととなった。

 むろん、この村を下った先にある街の中学校や高校にもこの村の出身者がいるため、そちらの方にも持ち回りで警備が付くそうだ。しかも、可能であれば、これらの登下校はなるべく親族で送り迎えをするようにとの念の入れようである。


(はぁ……案の定、大事になったわね)


 パソコンの画面に意識を向けながらも、私の気持ちは一向に晴れない……もし、このまま事件が解決しなかったら……そんなことを考えていると、玄関の呼び鈴がなった。

 やや緊張しながら出ると、外には昨日会った近所の奥さんがいた。


「あ、神牙さんっ!」


 彼女は私の姿を見るなり、安堵した表情を見せる。

 正直言って、私は彼女が苦手だ。それなりにこの村や他の街に関する情報をくれるのはありがたかったが、そのために私は何度も彼女と接触している。

 逃亡生活を送っている身としては、そのことは致命的だった。いつ彼女が、私の正体に気付くか気が気でない。

 別に彼女を始末することに罪悪感があるわけではない。単純に面倒なだけだ。神牙さんの動向をあの女から得るまでの私は、可能な限り人目を避けて生きてきた。今からその生活に逆戻りすることになっても、一向にかまわない。

 だが目の前にいる彼女は、私のそんな気持ちなど一切くみ取りもせずに話を続ける。


「大変なのっ! 行方不明だった人、見つかったって!」

「あら、良かったですね」


 私は可能な限り彼女の心証を良くしようと思ってもいない言葉を口にしたのだが、彼女の表情は険しさを増すばかりだった。


「とんでもないっ! 見つかったけど、殺されているそうよっ!」

「……え?」


……どうやら、私には何かと不運なところがあるらしい。


(状況から考えて、いなくなった人が亡くなっていることは想像していたけど……まさか殺されていたなんてっ! これで警察が介入してくることは間違いないわね……)


 そうなれば、今の生活を続けることが危うくなるの必然……どうしましょう、今すぐ目の前の奥さんを殺して逃げようかしら? 

 でもそんなことしたら、その行方不明者殺害の罪も私に着せられることになるかも……。


「神牙さん? 大丈夫?」

「あ……はい。すみません、ちょっとビックリしちゃって……」

「そうよねぇ。この村、ずっと平和だったのに、まさか殺人事件なんて……それで、神牙さん、村から少し離れたところに暮らしているでしょう? 

 それで、もしかしたらと思って、ちょっと寄ってみたのよ」

「そんな……わざわざありがとうございます」

「いいのよ、別に。でも、お互いしばらく気をつけなくちゃね」

「ええ、そうですね。ところで――」

「ん? なに?」


 私はキョトンとした様子の奥さんに対して、一呼吸入れてから言葉を発した。


「その行方不明者が殺された場所、どこだか分かりますか?」


 私がそう聞くと、奥さんは露骨に嫌そうな顔を見せる。正直でよろしいわ。


「なに? まさか、死体を見に行くつもりなの?」

「それもありますけど、行方不明だった人がどこで殺されたのか、興味がありまして……」

「あぁ、そういうこと。私もね、近所の奥さん達との話でチラッとしか聞かなかったけど、確かほら、商店街を抜けた先に田んぼがあるでしょ?

 それで、その田んぼを行った先に森に面したちょっと鬱蒼うっそうとした空き地みたいな場所があるじゃない? そこの用水路に遺体があったんですって」

「用水路……犯人は遺体を隠したかったんでしょうか?」

「さぁねぇ……人様を殺めるような人の気持ちなんて、私にはちっとも分からないわ」


……それは残念ね。


「まぁとにかく、こうして神牙さんの無事も確認できたことだし、もう行くわね。まだ農作業の途中だったから」

「あ、そうでしたか。どうぞどうぞ、わざわざありがとうございます」


 私は『本当に気を付けてね』と念押ししてくる奥さんと別れた後、リビングに行ってコーヒー片手に悩むことにした。


(逃げるか、それとも……)


 私の脳裏には今、さらなる過酷な逃亡生活と神牙さんの顔がグルグルと駆け巡っている。

 あの女に頼んで、この事件の解決や逃亡生活の保障をさせるという手もあるけれど、あの女がそれを受け入れる保証もないし、なるべく関わりたくない。こうして今の生活を送らせてもらっていることには感謝しているけれど……。

 それに、あの妖怪少女のことだって、何一つ解決していない。

 そこでふと考える……もしかして、あの少女が人をさらって殺しているんじゃ……でも、動機が分からない。

 彼女とはほんの少しの付き合いしかないけれど、快楽のために人を殺すようなタイプには見えなかった……もちろん、彼女が徹底して演技していたのだとしたら、分からないけれど……。

……しばらくコーヒーを飲んで考えてみても、一向に考えがまとまらない……今、こうしている間も、麓の街の警察がこっちに向かっているでしょうにっ!

 その時――しばらく使っていなかったスマートフォンに連絡が入った。

 反射的に画面を見ると、あの女の名前が表示されていた。もっとも、本名ではないでしょうけど。


「……はい?」

『困っているみたいね』


 電話口から、相変わらず機械的な冷徹さを帯びた声色が聞こえてくる。


「……ええ、そうね」


 ここで嘘をついてもしょうがない。素直に認めるとしよう。


『助けてあげましょうか?』

「……」


 それは、私が一番聞きたくない言葉だった。

 神牙さんを殺そうとしたこの人の手を借りる……それは私にとって、神牙さんに対する裏切りである。もっとも、こうして彼女の手を借りて生活を営んでいる以上、あまり偉そうなことは言えないけれど……。


『あ、私の手はなるべく借りたくないでしょうね』


 返事を出そうとした瞬間、彼女は私の心情に気付いたのか、食い気味にそのような言葉を話す。その声色には、どうも笑みを浮かべている息遣いを感じた。


「ええ、そうね」


 これは本当のことなので、そのまま彼女に伝える。


『でしょうね。なら、これからどうするの?』


……私はその言葉に一瞬、言葉が詰まったが、考えてみれば、それは簡単なことだったのだ。


「解決するわ」

『……え?』


 あちらは私の出した答えが意外だったのか、それとも言っている意味がよくわからなかったのか……いずれにせよ、不意を突かれたようだ。

 私の出した答え……それは、神牙さんのようにこの事件を解決することだった。

 神牙さんのように上手くいくかは分からないけれど、私なりにこの事件を解決してみせる。たとえそれが、神牙さんがみ嫌うような方法や結末を迎えたとしても……。


『そう……』


 彼女は、私の出した答えに納得がいっていないようだった。このやり方は、私のやり方ではない。では誰のやり方かと思えば、当然神牙さんが思い浮かぶが、それは彼女にとっては不愉快この上ないことだろう。


『それは、あの人のように事件を解決するということかしら?』

「できればそうしたいけど、無理なら私なりのやり方でやるつもりよ」

『ふ~ん……まぁ、私としては承服しかねるけど、あなたの事だから好きにしたら? また連絡するわ』


 そう言うと、電話は切れた。

……さて、これからどうしましょうか……ひとまず現場検証って奴ね。

 私は一通り荷物をまとめて家を出ると、玄関の引き戸に鍵をかけて家を後にした。向かう場所はただ一つ……私のお節介な知り合いが言っていた、遺体の発見現場である。


                      ※


 顔なじみの多い商店街は避けて、あえて遠回りをして田んぼだらけの風景が広がる砂利道を自転車で進んでいく……この時期はちょうど田植えの季節のためか、チラホラと田んぼの中や農道で農家の人達の姿を目にする。

 いつも見る顔や、この農作業のために駆り出されたであろう、普段は街や都会で暮らしているような親戚の若い男女の姿もあった。この風景は、どこの田舎でも同じものなのだろう。

 そのまま、しばらく砂利道を進んでいくと、整備された用水路と鬱蒼とした森林の風景が広がる。一応、この辺りにも田んぼはあるようだけれど、私が来た道よりかは少ないし、人の姿もない。砂利道の間から雑草が生えていることから考えて、あまり人の往来も無ければ道の整備もされていないようね。


(それに……)


 この辺りまで来て分かったこと……それは、臭い。

 私が幾度となく嗅いだその臭いが、この辺りに漂っている……周囲をよく観察すれば、その臭いがする場所はすぐに分かった。

 それほど距離があるわけではないようなので、自転車を森林側の脇に停めて、徒歩でその場所に向かう……人の手が入っていない森林とは打って変わって、長年に渡って整備された用水路の中から、土と草の臭いに交じって私の鼻腔に漂ってきたその臭い――血と臓物の入り混じった臭いは強さを増していった。


「これね……」


 私の目の前――臭いの原因付近となる用水路の一か所に、申し訳程度にブルーシートが敷かれていた。おそらく駐在警官が掛けたんでしょう。ということは、まだ本格的な捜査は行われていないということね。


(好都合だわ。警察が介入してくれば、じきにここを調べることが難しくなる……今のうちに、できる限りの情報を集めましょう)


 私は野良仕事なんかで身に着ける作業着姿のまま、用水路の中に入る。証拠が残らないよう、作業靴の上からは手製のシューズカバーを付けて、胸ポケットからゴム手袋を取り出して装着する。

 かなり深い用水路にハシゴを使って降りると臭いも幾分か強まったが、気にせずにブルーシートをめくった。


「……」


 ブルーシートの中は、想像していたよりもずっとひどいありさまだった。

 

(被害者は子供……見た感じ、十歳から十三歳くらいかしら? 確か、行方不明者にそれくらいの年齢の子が結構いたはず……ということは、他の人達もこうなっている可能性は高いわね)


 そう考えると、自然と吐き気を催す。だが、ここで怖気づくわけにはいかない。私は大きく深呼吸すると、再びブルーシートを元に戻して、今度は周辺の捜索を始める。

 最初に探すべきなのは足跡……といっても、ここは山林に囲まれているため、足跡を探すのはそう難しいことでもなかった。

 とはいえ、それはあくまでも「この場にいた場合」の話……もし犯人がこの近くに潜んでいたとすれば、すでに逃げている可能性もある。

 そう思って警戒しながら周辺を調べていくと、すぐに見つかった。


「見つけたっ!」


 それは大人用のスニーカーだった。サイズは27.5cm。つまり、男性用。

 その付近には、他に履物らしきものは見当たらない。という事は、少なくともここにいた人物は一人だけということになる。

 とりあえず、被害者の身元を確認しなければならないので、もう一度遺体を調べる。

 再びブルーシートのところまで戻り、シートを取り除く。


「改めて見ても……酷いわね」


……神牙さんみたいにうまくはいかないけど、私なりにこの死体を調べてみたら、色々と気になることがあった。

 遺体は、一言で言えばバラバラになっていた。

 手足や胴体など、それぞれ切断面が異なるものの、どれもこれもが鋭利な刃物で切り裂かれているようで、内臓がこぼれ落ちていた。

 しかも……切断されていてよく見なきゃ分からなかったけれど、喉を一撃で切り裂かれている。見た感じでは、ためらったような形跡は見当たらない。


(仮に、誘拐されてどこかに閉じ込められていたとして、いざ殺すとなったら、こんなあっさりと殺すものかしら? 私だったら、もう少し楽しむところだけれど……)


 そんなことを考えながらも、観察を続ける。

 遺体の目は見開かれて、口は半開き……恐怖の表情って奴かしら?

 他にも観察すると、下腹部に血の跡がある。


(これって……)


……どうやら、この子は殺される前か後に犯されたみたいね。良い気持ちじゃないわ。ということは、これはレイプ目的の犯行ってことかしら?

 見た感じでは、そのようなことをされたらそれなりに被害者は抵抗してそれらしい傷がつくはず……だけど、遺体が切断されているせいもあってそれらしい傷は見当たらない……ということは、犯人はまず被害者をどこかで誘拐して自分にとって安全な場所まで連れていき、被害者を殺害してから事に及んだということかしらね?……いずれにせよ、犯行の目的に性的なことが関係していることは間違いないわけだから……犯人は男ね。


(こんなことを、一体誰が……?)

 

 思わずそんなことを考えてしまう……でも、今はとにかく遺体の確認を優先しないと…… 遺体の状態は、明らかに他殺体であることが分かる。死因は不明だけど、遺体の様子から見てもまず間違いなく出血死だろうし、おそらくこの首の一撃が原因でしょうね。そのわりには、この辺りには血痕が少ない……ということはやはり、被害者はどこか別の場所で殺された可能性が非常に高いということになるわね。


(他には……何もなさそうね)


 私は遺体から目を離してふと考えた。


(まさか、本当にこの子達が行方不明になった子供達だとしたら……)


 私には、一つの仮説があった。

 それは、『この近辺の村ぐるみで子供を殺しているのではないか?』というものだった。

 もちろん根拠はない。だけど、この惨状を見る限りではその説が現実味を帯びてくる。

……まぁ、ひとまずはそのことを頭の片隅に置いておいて……次に問題となるのは、凶器の存在よね。

 この辺りには、この用水路以外に水辺は無いし、周囲に人家も無い。もし犯人が凶器の存在をわずらわしく思っていたなら、この用水路の辺りに凶器を捨てるはず……。


「あった……!」


 用水路の奥に光る物体……それは、鈍く光を放つ包丁のようなものだった。

 大きさ的に考えて、おそらくは農作業に使う鎌のようなものだと思う。刃の部分が完全に潰れていて、とてもではないが武器として使えるような代物ではない。これだけでは決め手に欠ける。


(意図的につぶしたのか、それとも結果としてつぶれてしまったのか……)


 どっちにせよ、この血まみれの凶器からはそれ以上のことは分からないわね。ということで、私は凶器を元の位置に戻してブルーシートを遺体に掛け直し、周囲の捜索を続ける。

 しかし、用水路以外の場所は山林のため、痕跡を見つけるのは困難を極めた。

 一応、用水路の中も探索したが、足跡以外にめぼしいものは見つからなかった。足跡は大人用のスニーカーのもの。つまり、現状では犯人が履いていた可能性がもっとも高い痕跡だ。

 足跡は用水路の奥まで続いていたが、さすがにその後を追うには時間がない。なので、足跡は追わずにそのままにしておいた。その判断が正しかったかどうかはわからない。

 ただ、もし足跡を追っていれば、最悪の事態だけは避けられたかも……いや、もう過ぎたことは仕方ないわね。

 私は一通り現場を観察してから用水路から脱出し、ここにいた証拠を消してその場を後にする。

 すでに時刻は夕方を過ぎて夜になっている。しかも、ここは人気のない山中だ。

 商店街まで戻る途中で何度か振り返ってみたが、幸いなことにまだ犯人らしき人物は現れていないみたいだった。


「はぁ……なんとか、間に合ったわね」


 日が落ちかけている中、何とか山道を抜け、商店街まで戻ってこれた。

 ここまで戻ってこられれば大丈夫だろう。……とはいえ、安心はできない。


(……思っていたよりも、厄介ね。性的な動機がある以上、仮に犯人が村の人間なら、この村の女性はおろか、目星をつけられていたら私も狙われることになる。早く見つけないと……)


「あら、神牙さん」

「こんにちは」


 いつものように商店街の顔見知り達相手に愛想を振りまきながら、自分の家にまっすぐ帰る。

 その途中で、麓の街に続いている村の出入り口から警察のパトカーや車両が行き来するのを目にした……良かった。どうやら間に合ったみたい。

……ここから先は、警察に任せるべきかもしれない。これ以上私が関わってしまうと、かえって捜査を混乱させてしまう恐れもある。それに、下手をすれば犯人を刺激して被害を増やすことになりかねない。もっと言えば、私がお縄になる可能性がある。


(今日のところは、とりあえずは引き下がるしかないか)


 そのまま家に着く頃には、すでに夕暮れになっていた。

 いつも通りに家事をこなして夕食をとり、お風呂に入って今日見てきた光景について私なりに推理しようと思ったその瞬間――玄関の呼び鈴が鳴った。


(誰?)


 犯人、警察、近所の誰か……いずれにせよ、私はいつも通りに包丁を忍ばせて玄関の引き戸を開けた。


「こんばんは、警察の者です」


 引き戸を開けてその言葉を聞いた瞬間、私の心臓は珍しくドクンと鳴り響いた。

 反射的に背中に忍ばせている包丁に手を伸ばそうとしたが、それを理性で抑えているうちに目の前に立つ中年の男性刑事は話を続ける。


「実は今朝、この村の用水路で子供の遺体が発見されまして……その子供が、つい最近行方不明になっていて……おまけに調べてみた結果、どうも殺されたようなんです。それで今、この村の人達に色々と話を聞いておりまして……」

「まぁ、そうなんですか? あ、そういえば今朝、近所の奥さんがそんなことを言ってましたわ」


 本当は全部知っているが、ここはあえて善良な市民、もとい村人を演じる。


「そうなんですか? まぁ、とにかく、いわゆる聞き込みって奴でして、よろしければ昨日の午後十時から午前一時までのアリバイって奴を教えてくれませんか?」

(ということは、あの遺体が殺された時間はその辺りってことね)

「その時間は家にいて、リビングでテレビを見た後に眠ってしまいました」

「あぁ、そうですか。まぁ、そんなもんですよね。ところで、ご職業は何を?」


 そこで私は、手短に答えた。


「デイトレーダーですわ。他には画家の真似事なんかも……」

「はぁ、デイトレーダーの画家さんですか」


 中年の刑事は苦笑いを浮かべてそう言うだけで、それ以上は何も聞かれず、刑事達は去っていった。


「ふぅ……この辺りって、ホントに田舎なのね。私の事に地元の警察ですら気付かないなんて……」


 リビングに戻ったその時、例によって私のスマホに連絡が入る。あの女からだ。


「はい?」

『ごめんなさい。覗くつもりはなかったんだけれど、あなたの家に警察が行くのが見えたから連絡したの』

「そう、それで?」


 この女が私の事を常時監視していることは、なんとなく想像がつく。良い気分ではないが、こうして今の生活を送れているのが彼女のおかげであることを考えると、私にはその監視を受け入れる以外に選択肢はないだろう。

 彼女からすれば、私は駒でしかないでしょうけど……それは今だけの話よ。

 でも……もし、彼女が私を常時監視しているなら、どうしてあの妖怪少女の事で一言無いのかしら?……この件は、あえて黙っていたほうがよさそうね。


『それで、もしかしたら、今朝見つかった死体の事で何かトラブルがあったんじゃないかと思ってね』

「ええ、聞かれたわ。昨日のアリバイをね」

『そう……問題なさそう?』

「今のところはね。でも、できればすぐにでも犯人を見つけて黙らせたいわ」

『そうね。私の方でも、少し調べてみるわ』


……彼女からのその言葉に、私は少し返事を出せずにいた。

 彼女がそうする理由……おそらく、私を介して自分の事が露呈するのが嫌なのだろう。だとすれば、彼女が協力してくれるのはありがたいことだ。


「ええ、お願い」

『それじゃ』


 彼女はそれだけ言って、電話を切った。

 私もスマホを置いて、寝室に向かう。この家は昔の古民家によくありがちな造りで、リビングの横に寝室がある。いわゆる床の間ってやつね。

 それで、さらにその奥には、私が増改築した作業場がある。色々とやるつもりでね。

 その一角には、いくつかの絵が飾ってある。どれも私が描いた絵で、たまにインターネットで売ったりもしているから、画家という職業は嘘ではない。もちろん、収入の面ではデイトレードに及ばないけれど……。


(とにかく……明日も忙しくなるわね)


 そんなことを考えていたけれど、私は不思議とその日も安眠できた。


                      ※


 数日後――この村で行方不明となっていた少女の遺体が見つかってから、多くの出来事があった。

 まず、行方不明になる者が減った。まぁ、行方不明者が出るって村が騒ぎになった時から、学校の登下校では見張りが付いたり、村人同士で固まって行動していたりしたから、そうもなるわね。

 でも、悪いニュースもある。それは、かつて行方不明とされた者の遺体が村のあちこちで発見されたこと。この件について、村中は大騒ぎ。警察もより本腰を入れて捜査をしているみたい。

 それにしても……私がこの数日間、村の中を見張っていたにも関わらずに死体をそこら中に捨てることができるなんて……どういうことかしら?

 ひとまず、今日は家事はほとんどこなしたし、買い物の予定もないから少し考えてみましょうか……神牙さんのようにはいかないでしょうけど。

 まず、数日前に私が調査した少女の死体……年齢は十代前半で、数日前に行方不明となっていた。直接の死因は、まず間違いなく首を横一文字に切り裂いたことによる失血死。

 そして、彼女は殺された直後に犯人によって犯されていた……たぶん、犯人の目的はこっちでしょうね。他に遺留品がなかったのもそうだけど、強盗目的なら子供じゃなくて大人を狙うでしょうし……今まで見つかった行方不明者は、ほとんどが十代前半の少女で同じような状態で発見されているわ。

 あの死体の周囲には目立った血痕はなかった……このことから考えて、被害者は別の場所で殺されてあの場所に捨てられたに違いないわ。他の死体も、同様の理由で村のあちこちに捨てられたと考えて、まず間違いないでしょうね。

 私が最初の死体を検分したその日に訪ねてきた刑事が聞いてきたアリバイの時間……午後十時から午前一時というのは、あの子が殺された時刻ってところかしら?

 検視だか司法解剖だか良く知らないけれど、とにかくだいたいの殺害時刻を警察が割り出したのは間違いないはずだわ。

 ここ数日、主に商店街を中心に情報を集めてみたけど、どうやら行方不明になった子供はみんな下校時に行方不明になっているみたいね。にもかかわらず、遺体の発見場所にはランドセルなんかは置いてなかった……ということは、犯人が何らかの手段で処分したか、もしくはまだ犯人が保管している可能性があるわね。

 死体を運んだ手段だけど……この辺りは公共交通機関が発達していない田舎で、ほとんどの民家では軽トラックや乗用車なんかの自家用車を持っている。死体を運ぶ手段には事欠かないわ。

 でも、犯人はいつ死体をあの場所に捨てたのかしら?

 いくらこの辺りが田舎とはいえ、今は農作業の季節……日中は商店街もあってそれなりに目立つでしょうし、かといって夜中に移動すれば車のエンジン音を誰かしら聞いているはず……。

 軽トラックを使う場合は、荷台にブルーシートでもかけて、あの場所にシートごと捨てればいいでしょうけど……ただの車の場合は、後部座席なんかに乗せればすぐバレるでしょうし、トランクに入れれば、警察の捜査とかで調べられたら、色々と証拠が残る……この点については、少し考える必要があるわね。単純に警察の捜査が不十分なだけかもしれないし……。

 それと、行方不明になった子供達の事だけれど……もし連れ去ろうとしたのが外部の人間なら、いくら子供とはいえ、多少は警戒してそう簡単には連れ去られないでしょうし、もし無理やり連れていこうとすれば、抵抗して死体に痕が残っているはず……でも、私が検分したあの子の体にはそれらしい傷がなかったことから考えて、少なくともあの子は自発的に犯人に連れ去られたことになる。

 ということは、犯人はこの村でそれなりに社会的地位のある人物ということかしら?

 う~ん……それなりに社会的地位があって、日中や夜中に車で外出しても怪しまれない人物……そんな人、いるかしら?

……ダメね。まったく思いつかないわ。そもそも私自身あまり村の人と交流がないから、知っている人が少なすぎる。

 もう少し広い範囲に目を向けるべきかもしれない。例えば村長さんとかね……あの人の家は、村の中では大きな方だから可能性としてはあるわね。


「はぁ……さっぱり分からない」


 私はリビングにあるソファーに座って、小さくため息をついた。今日一日だけでかなり歩いた気がするし、精神的にも疲れているのかも知れない。とりあえずコーヒーを一口飲んで心を落ち着けるとしよう―――うん、いつも通り不味いわ。いずれにせよ、私の頭ではこの辺りが限界ね。

 その時、玄関の呼び鈴が鳴った。最近はよく鳴るわね。


「はーい」


 返事をしつつ、玄関の引き戸を開けると、目の前には近所の奥さんが立っていた。


「あ、神牙さん」


 彼女は、私を見るなり安堵した表情を見せる。


「あのね、その……最近、村の近くで行方不明だった人の遺体がしょっちゅう見つかっているでしょ?

 それで、村長さん達がおはらいをしようって、今、村の人達を集めているのよ」

「お祓い、ですか?」


 正直言って、アホね。でも……そんなことは、目の前にいる奥さんの表情を察するに、とても言えたもんじゃないわ。


「そうなのよぅ。最初は駐在さんや警察の人達が反対してたんだけど、『だったら、さっさと犯人を捕まえろっ!』って、村長さん達が怒っちゃってね。ちょっとムキになっているみたい」

「はぁ、それは大変ですね」


 どうやら、奥さん自身もお祓いでどうこうなるとは思っていないらしい。村人同士の付き合いってやつかしらね。


「ええ。それで、神牙さんにも参加してほしいんだけど……ダメかしら?」

「いえ、参加させて下さい」

「あら、ホントッ!?」

「ええ、ぜひ」


 私が村人総出のお払いに参加するには、当然ワケがある。

 一つ目は、犯人がこの村の出身者もしくは関係者ならば、このお祓いに間違いなく参加すると思われるからだ。

 今、この状況で村の支配層である村長一派によるお祓いに参加しないということは、いらぬ不信を抱かせることになる。

 それは私にも他の村人達にも言えることだが、すでに何人も人を殺している犯人からすると、お祓いをはじめとしたこの事件を起因とする村の集会への参加は、もはや絶対的な義務と言ってもいいだろう。

 二つ目は、お祓いが終わった後に村人達が解散してそれぞれの家に帰る頃合いだ。

 ここ数日、行方不明者の遺体が見つかるばかりで新たな行方不明者は出ていない……ということは、犯人にさらわれた人はいないということ。

 犯人がいつ被害者を殺しているのかは分からないけれど、これほど短期間に誘拐と殺人を繰り返す犯人なら、そろそろ誰かをさらって殺して、事に及びたいはず……もし、犯人が動けば、私にもそれは分かるわ。

 お祓いの場に、犯人の好みそうな年齢の子供が参加するかは分からないけれど……もしその集会に現れなかったとしても、何が何でも犯行に及ぶでしょう。そうすれば、今までと違って何かしらの痕跡を残すはずだわ。

 私が承諾の返事を出したのが意外だったのか、奥さんは心から嬉しそうに笑って私の手を握る。


「うれしいわっ! それじゃ、お祓いは午後五時からやるから、それまでに山の神社に来てね」

「分かりました」

「それじゃ」


 そう言って、奥さんは軽トラックで走り去っていった。

 山の神社……確か、最初の遺体が発見された場所からさらに奥に行ったところの丘の上にある、大きな神社だ。この辺りでは、まだ人々の信心深さが残っているためか、たまにあの丘に登っていく老人達の姿を目にする。


(さて……それじゃ、準備に取り掛かりますかね)


 気分を改めて、私は犯人と対峙するその時に備えて準備に取り掛かった。

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