予知夢 ~久しぶりの再会~
「先輩……予知夢というのを信じるでありますか?」
「予知夢……ですか?」
私が座るデスクの前方――その左側のデスクに座る大倉刑事の一言に、私は耳を傾けた。
今日も今日とて、我がオモイカネ機関はこれといった仕事もなく暇を持て余しており、二人の部下が雑談に興じることに注意を促す気にもなれない。というか、注意する気がない。
「予知夢って……近い将来に起きる出来事を、あらかじめ夢で見るっていう、あれですか?」
「はい、そうであります」
「う~ん、どうでしょう……」
鳴海刑事がそのまま頭を抱えていると、大倉刑事が構わず話し始めた。
「実は、自分が昨夜見たのが、まさにそういった夢でありました。自分と先輩、そして神牙の三人がこの部屋にいて、座っている位置もちょうどこの位置。鬼島警部はいずこかへ出払い、たいした事件もなく、自分達はとりとめのない会話をしていた」
……彼のせいではないのだろうが、私を予知夢に巻き込まないでほしいものだ。
「ね、先輩。どう考えても今のこの状況と同じじゃないですか。自分が何か尋ねると、先輩が困ったような顔をされたのまで、まったく同じであります」
「はぁ…そうですか……」
「ひょっとして、自分にはそういう特殊な能力があるのでしょうか? 自分で自分が恐ろしくなるであります」
「おう、客だぞ」
大倉刑事の妄想がひどさを増していく矢先、出入り口となる扉が開かれて鬼島警部が入ってきた。その傍らには、我々の見知った顔があった。
「あっ! さ、さつきちゃん!?」
大倉刑事はイスからガタッと立ち上がり、鬼島警部の横にいる人物の姿に目を見開いている。
「久しぶりね、大倉さん」
そう言って、ニコッとはにかむ笑顔……その姿はまるで人気芸能人のようであるが、実際彼女は一度はその地位にいた人物なのだから、当然であろう。
我々の前に現れた人物……それは、篠宮麻衣だった。
かつて、我々が飯島佳代子と接触し、彼女の異常性をたっぷりと見せつけられた事件――あの時の重要参考人であり、被害者の一人でもある。
事件が一応解決してからは、私の保有するセーフハウスでしばらくひっそりと暮らしていたが、最近になって地方のモデル雑誌を中心に活動を再開したことを、私は本人からのメールで事前に知らされていた。
しかし、彼女とはなるべく接触をしないように気を付けていた。まだ、飯島佳代子が彼女を諦めたとは確信できなかったからだ。それだけに、彼女がこの場所に鬼島警部と共に来訪してきたことに、私は少なからず衝撃を受けた。
「鳴海さんや神牙さんも、お変わりなく」
「あ、うん、久しぶりだね……」
私はファッションというものに疎いのでなんと言えばいいか分からないが、彼女は白を基調とした清楚な上着に身を包み、下は黒のロングスカートといった、きわめて清潔な印象を抱かせる装いだった。
「この子、警視庁のロビーでキョロキョロしてたからな。声掛けたら、神牙の名前を出してよ。ここに連れてきたんだ。じゃ、こいつらにも話してやんな」
「あ、はい。分かりました」
なにやら、訳アリのようだ。私は篠宮を奥のソファまで誘導し、座らせて話を聞きだした。
「……最初におかしいと感じたのは、数か月前のことよ」
彼女が話を始めるタイミングで、大倉刑事が横からスッとお茶を出す……さすがに、毎日鬼島警部のお茶くみ係を務めているだけはある。
篠宮の話によると、最初は誰かに見られている気がする程度だったが、数日後から奇妙な人影に後をつけられるようになったという。時を同じくして、不審な手紙が直接郵便受けに投函され始めたそうだ。
私は初め、その郵便物が彼女の家族あてに届いたものかと思ったが、今の彼女は例の事件以降両親と絶縁状態になって一人暮らしをしているため、それは絶対にありえないと悟った。
それにしても、私が確保しているセーフハウスでそのような事態が起こっていたとは……内心、憤慨する思いである。
「その手紙には、絶対に私のことを見張っていないと分からない内容が書かれていたのよ」
そう言って彼女は、一通の手紙を黒革の手提げバッグから取り出して、私達に渡した。封筒には、住所も宛名も差出人の名前も書かれていない。中には正確に折りたたまれた便箋が一枚。それを開いて、私は思わず息を飲んだ。細かくて緻密な文字が、行間を開けずにびっしりと書かれているのだ。
『〇月〇日、今日は仕事だったのかな?七時三十二分十五秒に家を出るのは〇月〇日ぶりだよね?あなたが着ていた服、とてもよく似合ってたよ。でも、あの時八時発の電車に乗った時は最悪だったね。人が多すぎてあなたがびっくりしていたのがハッキリと分かったよ。運転席のすぐ横のイスに座って気を紛らわすように本を読むあなたを見て、私の気持ちがすごくざわついた。あの時、スーツを着たオヤジに踏まれた足は大丈夫?痛くない?すごく心配したんだよ?なんでこんなことするかと思ってる?分かってほしんだよ。あなたの事ならなんでも知ってる。どんな時でも、ずっと見守っているから。だから、今のあなたが変わらないでほしい』
……確かに、明らかにストーカーのような奴だ。
「この手紙は、いつ頃来たの?」
「先月の終わり頃よ。朝、出かけようとした時に入ってたの」
おそらく、夜のうちに手紙をしたためて、郵便受けに入れたのだろう。
「この手紙に書かれていることに、何か間違いはある?」
「ううん、無いわ。今は神牙さんの援助に頼ってるけど、最近はモデルの仕事なんかをちょくちょく始めてきてるの。でも、芸能界のお仕事って不定期で、なかなか毎日仕事をするってわけにはいかなくて……だから、この手紙を書いた人は、私をずっと見張ってるんだってわかったの」
確かに、今の彼女の生活環境を考えれば、この手紙の内容を完全な妄想で書くことは難しいだろう。何者かが実際に彼女を監視し、その行動を逐一観察して手紙に記したということになる。篠宮によると、そのような手紙はすでに数十通にも及ぶらしい。
さらに、たまにではあるが、玄関のドアに血らしきもので、警告めいたメッセージが書かれていることもあったそうだ。
「ち、血文字でありますかっ!?」
その言葉に真っ先に反応したのは、この部署で随一の怖がりである大倉刑事であった。その頑強そうな顔から、みるみる血の気が失われていくのが分かる。
「大倉さん、ただの赤い塗料か何かですよ、きっと」
「そ、そうでありますね」
……最近思うのだが、鳴海刑事は大倉刑事の扱い方がうまくなってはいないだろうか?
「確かにそうかもしれないけど…でも、つい最近もっと怖いことがあったの……」
そう言う篠宮の肩が、小刻みに震える。すかさず、隣に座っていた鬼島警部が真剣な面持ちで篠宮の肩に手を差し伸べた。鬼島警部は、女性が絡む犯罪となるとどうもやる気になるらしい。それなら、もっと早く捜査に協力してくれてもよかったものを……。
「ごめんなさい…発端は、私が見た夢なの……」
篠宮の話を要約すると、こうなる。
夢の中で、彼女は夜道を帰宅していた。
そして、前から歩いてきた年配の女性に道を尋ねられる。幸い知っている場所だったので、丁寧に道を説明した。
その女性と別れて数分後、今度は、いつも感じている何者かの気配を背後に感じた。逃げようとするが、足がすくんで動かない。
そしてその時、いきなり何者かが駆け寄ってきて、鋭いナイフで自分を刺したのだという。
痛みはなかったが、死んでしまうことを悟った彼女は、最後の力を振り絞って、なぜか自分も持っていたナイフを相手に突き立てた。薄れていく意識の中、彼女は最後の叫び声をあげた。
「なんて言ったの?」
「それが……自分でも分からないのよ。思い出そうとはしてるんだけど……」
その夢を見た数日後の夜……いつものように帰宅していた彼女は、年配の女性に道を尋ねられた。
普段であれば、別段なんのことはない出来事なのだが、それはまさに夢に見た光景そのものだった。
年配の女性の年恰好、その口から発せられる言葉、何もかもが夢と同じだったのだ。彼女の脳裏には、当然夢の続きが浮かんだという。
怖くなった彼女は、道を教えるどころではなくなり、ただちにその場を離れ、夢中で走った。
やっとの思いでセーフハウスに帰りつき、ホッとしたのもつかの間、自宅の玄関の前まで来た時、彼女は再び凍り付いた。ドアに血文字が書かれていたのだ。
しかもその文面は、彼女を今までにない恐怖に陥れるものだった。
『夢と違うことをするな!』
その文字が、玄関の上から下までびっしりと書き込まれていたという。
「私、怖くなっちゃって……」
そういう篠宮の目には、うっすらと涙が浮かぶ。だが、彼女はその涙がこぼれる前にすくいとり、毅然とふるまい続ける。
私生活のみならず、夢の中まで覗き見るストーカー……もはや単なる気味悪さだけでは済まない。
「それで、警察に相談したんだけど、動いてくれなくて……神牙さんの名前を出しても、そんな人はいないって言われて困ってたら、鬼島さんに助けてもらったの」
「はぁ、なるほど」
鳴海刑事は肩を落として吐き出すように言った。
「でも、神牙さん達は違うんでしょ?」
「も、もちろんでありますっ! 押忍っ! 任せて下さいでありますっ! 押忍っ!」
再び、篠宮から芸能人スマイルを向けられた大倉刑事は、壊れたロボットのように『押忍』という言葉を繰り返した。
その後、我々は彼女を私のセーフハウスまで車で連れていくことにした。すでに時刻は夜になっており、彼女に気味の悪いストーカーが張り付いていると思えば、当然の処置である。
それに、彼女のことをずっと監視しているそのストーカーならば、彼女がすでに警察に来ていることは把握しているはずだ。なおさら、彼女を一人にすることは出来ない。
※
大倉刑事の車を走らせてから数十分後――私のナビを頼りに、車は郊外の閑静な住宅街に佇む一棟のマンションの前で停まった。そう、ここが、私が保有するセーフハウスのうちの一つだ。
「へぇ~、神牙、お前いい家持ってんだなぁ!」
……すでに時刻は深夜になろうというのに、口から大音量を発しながらマンションを見上げる鬼島警部を無視し、私は篠宮と共にマンションのエントランスを通る。
ここのマンションは基本のセキュリティーがしっかりとしており、エントランスに入るためにはその前に設置されている玄関にて各住人に知らされる暗証番号を端末に入力しなければ入れない。これだけで、大半の犯罪から身を守れるのだ。
その玄関にも、エントランスにも、数台の防犯カメラが設置されており、エントランスには観葉植物や抽象画などがあるが、私は特に興味はない。
エントランスの出入り口から見て右手にはどこのマンションにもあるような集合ポストが設置されており、その左横には管理人室がある。
篠宮はエントランスに入るとすかさずポストに近づき、自分のポストの中身を躊躇なく開けた……が、何も入っていなかったようで、彼女はホッとした表情を携えながら戻ってきた。
「お帰り。遅かったね、心配してたんだよ」
やけに愛想の良い声が、管理人室から聞こえてきた。見ると、『管理人室』と銘打たれた看板の下にある小窓から、管理人とおぼしき中年の男性が顔を出している。
「ごめんなさい、ちょっと用事があったの」
篠宮は、管理人に向かって親しげにそう答えた。
その言葉を聞いて、管理人の男性は窓から首を引っ込め、管理人室からエントランスに出てきた。
「用事って……仕事じゃなかったのかい?」
「えぇ、違うわ。そうじゃないの」
「ふぅむ……ところで、後ろの人達は?」
管理人の男性は我々の存在に気づくなり、おもむろに怪訝そうな顔になった。
「あぁ、この方達は警察の人で、私を送ってくれたの」
「警察っ!? 何かあったのか!」
「違うわ。ちょっと心配事があって、警察に相談に行ってたの。用事っていうのはそれのことよ」
管理人の血相を変えた姿に苦笑しながら、篠宮は事情を説明した。
脅迫文の事やストーカーの事など、篠宮が一通りの説明を終えても、管理人はまだ安心しきれない表情だった。
「それならそうと、なぜ警察に行く前に相談してくれないんだ。仮にも私は、ここの管理人なんだよ?」
「ごめんなさい、心配かけちゃいけないと思って……」
「本当にそう思うんなら、モデルだのアイドルだのいつまでもやってないで、誰かいい人と結婚してくれると、私も安心なんだがなぁ……」
「ちょっと。それは男尊女卑ってやつよ、島崎さん」
「ああ、はいはい。分かった、分かった。とにかく、気を付けなよ」
「えぇ、ありがとう」
そう言って、篠宮は島崎と呼んだ管理人に会釈してエレベーターに乗り込んだ。
「……随分と管理人さんと親しいんだね?」
「ええ……私があの事件に巻き込まれて神牙さんにこのマンションを紹介してもらった時、親身になってくれた人だもの」
「なるほど、そういう事情があったのですか」
動き出したエレベーターの中で、篠宮は我々に管理人の事を教えてくれた。
管理人の名前は島崎邦夫。町内会の会長を務めており、厚い人望の持ち主だそうだ。
当初、このマンションに引っ越してきた頃はふさぎ込んでいた篠宮に対して、常に親身になって接してくれたらしい。
「もっとも、さっきみたいに心配性なのが困るんだけどね」
チャイムの音と共にエレベーターの扉が開いたので、会話はそこで途切れてしまった。
周囲を警戒して最初に降りた大倉刑事に続いて、エレベーターから降りた篠宮は、私達を自室まで案内してくれた。
「ここよ。ちょっと待ってて」
篠宮はそう言って、持っていたバッグから鍵を取り出して扉を開けた。
私達はそのままリビングに通されたが、私が初めてこの物件を購入した時の殺風景な景色はそこにはなく、今どきの若い女性が暮らすような、心地よい香りが漂う部屋になっていた。
「どうぞ、座って」
「お邪魔します」
鳴海刑事や鬼島警部、そして私は難なく座ることが出来たが、大倉刑事は長年自分がファンを務めていた者の部屋が気になるのか、居場所を見つけることもなくソワソワとしている。
篠宮の部屋は全体的にクリーム色を基調とした家具で、整理整頓が行き届いている。ただ、かつて芸能界で活躍してきた彼女の部屋にしては、少し寂しい印象を抱いてしまうのは私の偏見だろうか?
「ところでストーカーの話なんだけど、さっき見せてくれたもの以外にも、何か証拠になるようなものはないかな?」
私が室内を観察していると、鳴海刑事が話を進めてくれていた。
「ええ、あるわ。ちょっと待ってて」
篠宮はそう言うと、隣の部屋からダンボール箱を持ってきて、その中に入っている一連の証拠品を我々の前に広げて見せた。
手紙はどれも、さっき見せてもらったのと同じように、切手が貼られていないばかりか、差出人や宛名すら書かれていない。
他にも玄関のドアに書かれた血文字を撮影した写真など、その数は数十点を超えていた。
「かなりの数だな……」
それらの証拠品を手に取り、鬼島警部は気味悪そうに答えた。
「ええ。手紙は多い時に二日に一回ぐらいのペースで届くから……」
「そうか……ここにあるものさ、証拠品として全部借りてもいいかい?」
「ええ、もちろん。構わないわ」
篠宮がそう言うと、鬼島警部は『ありがとよ』と言って証拠品をダンボール箱に詰め、ダンボール箱を持って部屋を後にしようとするので、鳴海刑事や大倉刑事は篠宮に礼を言って急いで部屋を後にする。
残った私は、篠宮にストーカーについて何か心当たりはないかと訊ねた。
「心当たり……」
私に質問された篠宮は、胸のあたりで手を組んで考え込んでいたが、思い出したようにハッと顔を上げた。
「そう言えば、いつもってわけじゃないんだけど、私、モデルの撮影以外にも小さなライブハウスでちょくちょく歌を歌うようになったの。その時にいつも、ハウスの一番後ろで私の事をジッと見てくる男の人がいるわ。最初は、私が事件に巻き込まれる前からのファンかなって思ったんだけど、ライブを終えて撮影会や握手会なんかをする時に、そういうことを一切せずに私のプライベートなことをしつこく聞いてくるの。
あんまりにもしつこいから、ライブが終わったらその人は最近は警備の人に立ち退かせてもらってたんだけど……もしかして、その人かしら?」
私は篠宮の疑問に分からないと伝えると同時に、その人を監視する必要があることを伝えた。
「え……それって、どういうこと?」
篠宮がいまいちピンときていない様子なので、私はさらに踏み込んで、篠宮の身辺警護をすることと、ライブ終わりにその男性客をこっそり内偵することを伝えた。
私がそのことを伝えると、篠宮の顔にあからさまに笑みが溢れかえる。
「ふふ、ありがとっ! 大丈夫、あたし信じてるわ。あなた達が付いててくれれば、世界一安心だってね!」
私は彼女の言葉に生返事で返し、どうしても知りたかったことを伝えた。
それは、なぜこれほど被害が出ているにも関わらず、私にこのことを知らせなかったのかだ。
この部屋は、私がセーフハウスとして確保していたうちの一つ……その近辺でなんらかの被害を被っていたと知ったら、ここまで彼女に苦しい思いをさせなかったのに……。
「心配……かけたくなかったの」
私に問い詰められるような形になってしまった篠宮は、絞り出すような声でそう言った。
「あの時……佳代子さんと話してたら眠くなって、気づいたら病院のベッドの上だった。そしたら、警察の人が佳代子さんが連続殺人の犯人だって教えてきて……それで、アンタの名前を教えたら、『そんな人は知らない』って……悪夢なんじゃないかって思った。今までのは全部夢で、ちょっと頬をつねったら起きていつも通りの日常が待ってるって……でも、現実だった。それからよ。会社からはクビにされるし、両親からは絶縁されるし、いっそ死んでやろうかって思った時、あなたからメールが来たの。覚えてる?」
それなら、確かに覚えている。私が彼女を危険から遠ざけるため、そして彼女に新しい人生を歩んでもらうために送ったメールだ。
「あのメールに書かれてた住所に行って、暗証番号を入力して部屋の前に行ったら鍵があって……中に入ったら手紙が入ってた。『もう心配いらない。ここなら安全だ』って……でも、今はこの状態でしょ? 変に思うかもしれないけど、あたし……裏切りたくなかったの、あなたがあたしのために用意してくれた新しい人生を……あたしがもう一度やり直すための人生をくれたあなたのことをっ!
でも、意味なかったわね。こうしてあなた達の所へ行って、思いっきり頼っちゃってるんだもの……」
もしかして、彼女を追い詰めてしまったのは私のせいなのだろうか?
私がいらぬ世話をしてしまったがために、彼女はここまで苦しんでいるのだろうか?
そう思うと、全身から冷や汗が止まらない。罪悪感で身体が押しつぶされそうになり、立とうとしても両足が震えて力がまったく入らない。
「勘違いしないでね? 別に、あたしがこうなったのはあなたのせいだって言いたいわけじゃないの。ただ……佳代子さんみたいに、信じてたものがある日いきなり崩れていくのを見たくないだけ。あなたにこのことを話したら、あたし、また違う場所に行って、あなたとも離れちゃうんじゃないかって……ああ、もうっ! とにかく、あたしがこうして話した以上は、なんとかしてよねっ!」
……なぜだろう、彼女が急に年相応な態度を取り始めたように見えるのは、私の錯覚だろうか?
煮え切らない気持ちを抱いたまま、私は彼女の部屋を後にした。
時刻はすでに夜中……空を見上げると、都会よりは澄んだ空気のおかげが、星々が夜空に爛々(らんらん)と輝いているのが見える。
飯島佳代子……彼女もまた、私と同じ、この星空を眺めているのだろうか?
「それにしても警部殿。今回は現場に出てきているようですが、いったいどういう風の吹き回しでありますか?」
――警視庁への帰路につく車内で、運転をしながら大倉刑事が少し嫌みなニュアンスで後部座席に座る鬼島警部に問いかけた。最近は、鬼島警部も何かと捜査に加わってくれていると思うのだが……。
鬼島警部はその発言に特に怒ることもなく、膝の上に乗せたダンボール箱をさすりながら、静かに応える。
「別に……あの子が巻き込まれた事件が起きてた時、アタシは倉庫でずっと暇しててな……もしあの時、お前らと一緒に捜査に行ってたら、もうちっとマシな結末を迎えられたんじゃねぇかなって思ってよ……」
「……申し訳なかったであります」
鬼島警部のふざけ一切なしの解答に、大倉刑事は恐縮した様子でハンドルを握り直し、安全運転を続けた。




