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静かなる殺意を助けた者 ~喰われた者~

「押忍、報告するであります」


 さほど広くはない警察署のロビーで、加山巡査が手帳を片手に敬礼する。

 鬼との闘いを制した我々は、あの後佐山と思われる男を五日市署まで連行した。

 その後の調査で、やはりあの男性は行方不明だった佐山秀勝だと判明し、彼がいた古民家からは一連の犯行で使用されたと思われる血染めの斧が見つかっている。

 また、リビングにあった肉塊や血は、すべてあの辺りの山に生息している野生動物のものだったらしい。

 肝心かんじんの佐山だが、意識を取り戻してからはこちらの問いかけにうろ覚えな態度を示すばかりで、事情聴取は難航しているとのことだ。

 その間に、私は加山巡査に今回の事件が起きた背景を再び聞き込みするように言って、数時間後、今こうして我々の目の前に彼はいる。


「佐山さんが犯行に及んだ動機ですが……やはり、発端は荒木家との土地を巡るトラブルだと思われます。トラブルは佐山さんのご両親の頃からあったそうですが、ご両親が亡くなると荒木さんのほうが次第に佐山さんに嫌がらせをするようになったそうで……」

「村人は気づいてなかったのか? あれくらい狭い集落じゃ、何かあったらすぐに噂になるだろ?」


 鬼島警部の問いかけに、加山巡査はう~んと首をひねる。


「聞き込みの結果、嫌がらせには気づいていたそうであります。ただ、何かと性格に難がある荒木家とトラブルになりたくなかったとのことで、皆見て見ぬふりを……」

「お前は気づかなかったのか?」


 大倉刑事の問いかけに、加山巡査は首を縦に振る。


「はい。本官が赴任したのは、つい先週の事でありますから」

「なるほどな。そりゃ、気付かないのも無理はないか」

「伊藤さんは、なんでトラブルに対処しなかったんでしょう? 彼は警察官ですし、佐山さんから相談を受けていたはずですよね?」

「それが――」

「それは、私からお話しします」


 加山巡査がそこまで言うと、ちょうど警察署のロビーに入ってきた戸津川が口を開いた。


「あ、戸津川さん。いらっしゃってたんですか?」

「ええ。佐山君が捕まったと聞いて……今回の一件は、我々の側にも責任があるわけですし……」

「どういうことですか?」


 鳴海刑事が問いただすと、戸津川は一息入れてから静かに語り始めた。


「加山さんがおっしゃる様に、荒木さんと佐山君のご両親は昔から土地を巡ってトラブルが絶えませんでした。いつから、そういったトラブルが起こったかは分かりませんが、佐山君のご両親が生きている間は、荒木さん達も特に面倒を起こしたりはしませんでした」

「つまり、佐山さんのご両親が亡くなってから、嫌がらせが始まったってことですか?」

「ええ、そうだと思います」


 鬼島警部の質問に、戸津川は頷く。


「本来なら、あの夫婦が佐山君に嫌がらせをしているという噂が立った時点で、私がなんとかすべきだったんでしょうが……荒木さんは、とにかく気難しい人で、私も怖かったんです。

 だから、佐山君が伊藤さんに荒木さんとのことで相談をしに行った時には、これでやっとトラブルも解決するだろう、と……」

「でも、荒木さんの嫌がらせは終わらなかった?」

「…ええ、残念ながら。むしろ、もっとひどくなっていきました。私達も、最初のうちは掃除なんかをして手伝っていたんですが、次第にそれもしなくなって……そのうち佐山君が街の方で宿をとっているという話が流れると、荒木さん達は村で我が物顔をして出歩くようになって……それで、気付いたら今回の事件が起きたというわけです」


 いわゆる、隣人トラブルが連続殺人に発展したわけだが……やはり、こういった話は聞くに堪えない。

 あの時、こうしていれば……そういった後悔の積み重ねの結果、今回の凄惨な事件が起きてしまった。おそらく、佐山は二度と元の日常には戻れないだろう。今の私にできることと言えば、彼が一刻も早く精神的に安定することを祈るだけだ。

 バツの悪そうな表情で縮こまる戸津川に対して、私はその思いを吐露した。


「……そうですね。ええ、本当にそう思います。起こってしまったことはどうしようもありませんが、これからの事は私達次第でしょう。私としては、佐山君が一刻も早く社会復帰できるように惜しみない支援をするつもりです」

「ええ、そうですね。それがいいでしょう」


 戸津川の決意に、鳴海刑事をはじめとして我々も強く頷く。その時――。


「ああぁぁあああっ!!」


 警察署の地下――留置場から、絶叫が響き渡った。


「な、何事っ!?」

「行ってみましょうっ!」


 我々は戸津川を残して、一目散に地下へと続く階段を駆け下りて留置場へと足を踏み入れる。

 留置場では、事務所に詰めていたと思われる警官が留置場へと続く廊下の途中に設けられた鉄格子の扉の前でうろたえていた。


「あ、あのっ!――」


 我々の姿に気付くと、すぐに刑事と分かったのか、うろたえながらこちらからの指示を待ち始める。

 なので、私はこの二名の警官に対して、早く扉を開けるように言った。


「は、はいぃっ!」


 私が怒っているように見えたのか、それとも事態の異様さに慌てふためているのか…いずれにせよ、警官達は事務所から鍵の束を持ってきてあれでもないこれでもないと次々に鍵を扉の鍵穴に差し込んでいき、そしてそのうちの一つがガチャリと鍵穴のシリンダーを回すと、私達が通れるようにホテルマンのように扉を開けてくれた。

 私達はその扉を走り去り、両隣に設置された留置部屋を手前から次々と捜索していく――ここは田舎のためか、さほど留置されている人間は見当たらない。

 だが、少し奥まで行くと、途端に私達の鼻腔に、あの嗅ぎ慣れた不快な臭いが漂ってきた。


『……』


 そこで、全員息を飲んで動きを止め、自然と大倉刑事を先頭とした態勢に移行する。もはや、私が指示を出さなくても、この動きができるようになった。

 そして、ゆっくりと、大倉刑事と加山巡査が臭いのする留置部屋を覗き込む。加山巡査の方は、万が一の事態を警戒してか、制服警官に支給される特殊警棒を右手に握りしめている。


「むおっ!?」

「あっ!?」


 そして、部屋を覗き見た二人は、ほぼ同時に驚愕の声を上げた。

 そのまましばらく動かなかったので、私と鳴海刑事、鬼島警部も彼らと同じように部屋を覗き込む。


「なっ!?」

「……マジかよ」


……そこには、全身を鮮血で濡らした佐山秀勝の姿があった。

 これだけの騒ぎになっても、彼は身じろぎ一つしない。おそらく、すでにこと切れているのだろう。

 しかも、彼の全身には、今回の連続殺人事件の被害者達と同じような、食べられた痕がここからでもハッキリと確認できる。

 柄にもなく、私がしばらく呆然とするなか、遅れてやってきた警官達から鍵束を半ば奪い取って留置部屋の扉を開けて、大倉刑事と加山巡査が部屋に突入する。

 彼らは必死に佐山の体を揺すったり大声を出して呼び掛けたりするが、恐怖のために見開かれた両目は宙を見るばかりで応答はない。

……もし、これが彼女達の仕業ならば……用無しになった人間を、行き掛けの駄賃として喰らっていったということだろうか?

 だとすれば……私の、私達のやるべきことは決まっている。

 彼女達を含むすべての、人間に危害を加える怪異を、ひとつ残らずこの世から消し去ることだ。

 あまりにも長い年月が経っていたため、久しく忘れていたが……彼女達のおかげで初心を思い出すことができた。それは感謝しよう。

 そして私は、もはや治療や更生の機会を与えられることなく人生に幕を下ろした、一人の人間に向かって静かに合掌した。

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