静かなる殺意を助けた者 ~再会と捜査~
加山巡査の案内で、集落の出入り口となる場所に設けられた駐在所に導かれた我々は、その事務所で警察官の遺体を発見した。
「うぅ…こ、こちら、この集落で駐在警官をしております、伊藤弘明巡査長であります……」
「う、うむ、ご苦労…うぷっ……」
まるで双子のようにそっくりな症状を起こす二人をそれとなく後方に下がらせ、私と鬼島警部、鳴海刑事で遺体と周囲の状況を確認する。
「見た感じ、獣にやられたみてぇだな」
「ええ、そう見えます」
彼らの言う通り、血まみれの制服に隠れるようにして、被害者である伊藤弘明の体には齧られたような跡があった。
彼が着ている制服やむき出しのコンクリートに付着した血痕は、見た限りでは齧られた時に付いたものだろう。
「ん?」
そこで、鬼島警部は伊藤の頭部に目を向けてジッと観察する。
「神牙、ちょっとこれ、見てくれ」
彼女に言われて、私は伊藤の頭部に目を向けた。
他の体の部位と同じく、頭部もところどころ齧られているが、それらの痕に隠れるようにして、伊藤の頭部には縦一文字にパックリと割れた傷があった。
「なんでしょう? 爪か何かでやられたんでしょうか?」
私と同じく、遺体の頭部を観察する鳴海刑事がそう言った。
「いや。それだったら、両端の断面はもっとズタズタになってるはずだ。これを見な。綺麗なもんだろ?」
「確かに…刃物でやったにしては、傷が深すぎるように見えますし……斧か角材なんかで出来たものでしょうか?」
「それはまだ分からねぇが――」
そう言いながら、鬼島警部は立ち上がった。
「これで、ただの獣害って線は消えたな」
「ええ、そうですね」
鬼島警部は、駐在所の玄関の外で待機している加山巡査に声をかけた。
「おい。第一発見者は誰だ?」
「あ、自分であります」
「なに? ということは、お前が神牙から報告のあった同僚の遺体を発見した警察官なのか?」
「はっ、そうであります。自分が伊藤先輩の遺体を発見して、すぐさま地元の武蔵五日市署に連絡をしたところ、現場保存を命じられた後に待機するように言われました。
それで、しばらしくしたら警視庁の方から連絡が入り、皆さんが来るので合同で捜査をするようにと……」
「ふむ、なるほどなるほど……」
「それじゃ、遺体を発見した時のことをもう少し詳しく教えてくれるか?」
鬼島警部に言われて、加山巡査は腕組みをして『う~ん』と唸りながら当時の状況を思い出そうとしている。
「確か……遺体を発見したのは午前九時頃だったであります。いつも、自分が伊藤先輩のところに挨拶に行って当日のスケジュールを確認して勤務するのが日課だったので…それで、今日も先輩の自宅がある駐在所へ向かって中に入ったら――」
「ガイシャはすでにこの状態だったってわけだな?」
「はい。そうであります。その後は先ほどお話しした通り、連絡を終えて現場保存をした後、しばらくしてから警視庁の方から連絡を受けて皆さんを迎えに行った次第であります。それと……」
そこまで言って、加山巡査はいかにも体調の悪そうな態度を見せて、声のボリュームも下がる。
「実は……現場保存をしている時に、自分、見てしまったであります」
「何をだ?」
大倉刑事の問いかけに、加山巡査は数秒ほど黙り込むと右手で駐在所の奥を指し示す。
「実際に見てもらえば分かると思うであります。どうぞ、こちらへ」
加山巡査に導かれて、私は伊藤の遺体を後にして駐在所の奥――伊藤の自宅へと足を踏み入れた。
伊藤の自宅は、一階に駐在所を埋め込むようにして建てられており、駐在所の事務室の奥を通ると雑多に道具や書類が置かれた控室があり、その右手には自宅側の玄関と廊下が見えた。
我々は加山巡査を先頭にその廊下を進み、廊下の突き当りを左折してリビングへと続く廊下を歩く。
「うっ!?」
すると、加山巡査の後ろを歩いていた大倉刑事がうめき声を上げた。
「か、加山、これは……」
「……気づいてしまったでありますか」
よく見れば、先頭を歩く加山巡査の顔色も悪くなっている。同時に、私の鼻腔に事務室で嗅いだのと同じ、不快な鉄と血の臭いが漂ってきた。
私は加山巡査と大倉刑事を廊下で待機させて、鳴海刑事と鬼島警部と共にリビングへと続く扉を開けた。
「なっ!?」
「…こっちもか……」
扉を開けた先――一般家庭向けに設計されたリビングの中央に敷かれたカーペットの上には、一人の女性がうつ伏せで倒れていた。
その体の所々には赤黒いコントラストが配色され、部屋の中は廊下で嗅いだ時よりもさらに強い臭いで満たされていた。
「彼女の名前は伊藤あゆみさん。伊藤先輩の奥さんであります」
後ろの廊下で、加山巡査の弱々しい声が響く。
「見た感じ、こっちも同じ殺され方をしてるな」
「ええ、そのようです。ここ…頭部の傷も、位置は違いますが痕は同じように見えます」
「それだけではありません。次はこちらへ」
「ま、まだ、あるのか?」
「押忍…残念ながら……」
我々は、すっかり元気をなくした様子の加山巡査に続いて、自宅の二階へ続く階段を上がっていく。階段は玄関がある廊下の壁に埋め込まれるような形で設置されており、大人一人分の広さがある。
二階へ上がったと同時に、やはり血の臭いが漂ってきた。
加山巡査は、迷うことなく二階の奥にある左側の扉に手をかけた。
「こちらです」
執事のように扉を開けて待機する加山巡査に礼を言いながら、我々は室内に入った。
『……』
もはやかける言葉をなくしたのか、室内の惨状を目にしても声を出す者はいなかった。
そこには、二人の子供の遺体が倒れていた。子供達の遺体も、伊藤とその妻と同じような状態になっている。
「女の子の方は、今年小学二年生になる伊藤さやかちゃん。男の子の方は、幼稚園児の伊藤陽介君であります」
「……まだ子供じゃねぇか」
「押忍……」
加山巡査は、そう言って大きくため息を吐いた。
「残念ながら……一家全滅であります」
※
その後――やってきた救急車に一家の遺体を乗せて、我々は事件の現場となった駐在所で立ち往生をしていた。いまだに『その者』から連絡がこないということは、好きに捜査していいということだろうか?
まぁ、連絡がこないうちは好きにやらせてもらう。というわけで、私は早速加山巡査に伊藤家の事について訊ねた。
彼は少々やつれているが、私に質問されるとシャキッとした態度を見せて質問に答える。
「はっ、伊藤先輩のお家とは、たまに夕食をごちそうされるなど、それはそれはお世話になりました。本官がこちらの集落に駐在として着任した際も、色々とこの集落について教えてくださりました」
「むぅ…立派な警官だったのだなぁ……」
「はっ、本官もそう思うであります」
加藤巡査の目頭に熱いものが流れないうちに、私は伊藤家が何かトラブルを抱えていなかったか訊ねた。
「トラブル、でありますか? う~む、自分が見たり聞いたりした範囲では、そのような噂は聞かなかったでありますが……」
どうやら、伊藤家にはこれといった問題はないようだが……とりあえず、聞き込みをするべきだろう。幸い、この集落はそれほど人が多いようには見えない。二手に分かれれば、難なく終わるはずだ。
私はみんなに、これから聞き込みを開始することを告げた。
「うし、じゃあやるかっ!」
鬼島警部の言葉を合図に、私達は集落へ向かっていった。
この集落はそれほど広くなく、都道に沿うようにして住宅が建設されている。その住宅地を囲うようにして、周囲には見事な山林が生い茂っていた。
「まずはここからだな」
そう言って鬼島警部が見上げる先には、見事な屋敷が建っていた。いかにも日本の田舎にある地主の家といった感じがする。道に面する場所には玄関があり、右隣には離れがあった。
鬼島警部がインターフォンを押すと、しばらくして老婆のしゃがれた声が聞こえてきた。
「はい?」
「すんません。警察のもんですが――」
「おお、よく来てくださった! ちょっと待っとってください」
そう言うと、インターフォンが切れてほどなくして、引き戸式の玄関から二人の老人が姿を見せた。
「よく来てくれた。これで事件解決だなっ!」
姿を見せたのは、共に八十代と思われる老夫婦だった。
「あ、荒木さん。おはようございます」
我々の後ろから加山巡査がそう声をかける。
荒木と呼ばれた老夫婦は、なおも興奮した様子でまくしたてる。
「とうとう警察が動いてくれたんだなっ!? いや、あいつにはほとほと困り果てていてな――」
「なんのことですか?」
鬼島警部のハッキリとした態度で、老夫婦はキョトンとしてしまった。
「なにって……土地の問題を解決してくれるんじゃろ?」
「いえ、ウチらは今朝殺された伊藤さんとその家族のことについて聞き込みをしに来たんです」
「なっ!?」
鬼島警部の口から伊藤の名前が出ると、老夫婦は揃って目をむいて驚いた様子を見せた。演技には見えないので、どうやら本気で驚いているのだろう。
「荒木さん、知らなかったでありますか?」
「う、うむ……そういえば、お前さん、今朝から慌ただしくしておったな」
「はい。それは、伊藤さんが亡くなられたので色々とやることがありまして……」
「そうか、そうか……」
そう言ったきり、老夫婦は黙り込んでしまう。
「あの、よろしければお名前をお伺いしてもよろしいですか?」
鳴海刑事がそう言うと、夫婦はハッとした表情を見せて口を開いた。
「おお、失礼。ワシは荒木吉次。こっちは妻のサヨじゃ」
「よろしくどうぞ」
そう言って、老婆は挨拶をする。先ほど、インターフォンに出たのはこの老婆だったようだ。
「それで、伊藤さんの事について聞きたいんですが……」
「いい人じゃったよ。ここでは、あまり警察が動くようなことは起こらんでな……村の寄り合いに顔を見せたり、迷い込んできた猪を山に追い払ったり……まぁ、色々とやってくれたわな」
「なるほど……」
どうやら、ここでも伊藤家に対する評判はいいようだ。鬼島警部は質問を続ける。
「ちなみに、さっき土地がどうとか言ってましたけど?」
「あ? ああ、そりゃ、隣の家とのことじゃ。ワシらはずっと土地を明け渡すように言ってるんじゃが、向こうはなかなか言う通りにせんでな。伊藤さんにも言ったんじゃが、ほれ、なんじゃ……警察はどうたらこうたらって」
「警察は民事に介入できない、であります」
「おお、そうじゃ、そうじゃ」
加山巡査に促される形で、吉次は話しを続ける。
「それで、おたくらが警察の者というから、てっきり土地の問題を解決してくれるのかと……ま、どうやら違うらしいがの」
「ははっ……」
吉次の言葉に、鳴海刑事は乾いた笑いを上げる。我々は礼を言って、荒木家を後にした。
「どうでありますか?」
「まだ聞き込み始めたばかりだろ? もっと情報がいるぜ」
「押忍。では……次はお隣の佐山さんのお宅へ」
「この家と土地で揉めてる家だな?」
「押忍。そうであります」
そして、我々は荒木から数十メートル離れたところにある佐山家の自宅へたどり着いた。佐山家の自宅は荒木家と違って現代的な作りになっている。だが、よく見ると奥の山林側の方には昔ながらの家が建っている。どうやら、元ある家に増設する形で、新しい家を都道に面する敷地に建てたようだ。
先ほどと同じように鬼島警部が玄関のインターフォンを鳴らす……だが、一向に出る気配はない。見える範囲の窓から人の気配を探るが、それらしい気配は感じない。
「留守……でしょうか?」
「そういえば、佐山さんは武蔵五日市の方で工場にお勤めだとか……今日は平日なので今頃出勤されているかと……」
「なるほどな。じゃ、ここは後回しだ」
続いて我々が向かったのは、佐山の自宅からでもはっきりと豪邸と分かるほどの屋敷だった。荒木家とは比較にならない。
「ありゃ、すげぇな」
あまりの豪邸ぶりに、鬼島警部も声を上げる。
「あの自宅には、この集落の代表である。戸津川さんが住んでいるであります。戸津川さんは武蔵五日市の方でスーパーを経営されているでありますよ」
「ほぉ、地元の名士というわけか」
「押忍、そうであります」
我々が玄関にたどり着くと、隣には大きな庭があり、そこでは一人の老人が土いじりをしていた。老人はこちらの姿に気付くと、スクッと立ち上がってこちらに近づいてくる。
「あの……どちら様ですか? あ、駐在さん?」
「おはようございます、戸津川さん。実は、お聞きしたいことがありまして」
「はあ、あの、そちらは?」
「こちら、警視庁から来られました神牙さん達でありますっ!」
加山巡査に紹介されて、我々は一人ずつ自己紹介をする。
「はあ、どうも。私、この集落の代表をしております、戸津川宗弘と申します」
そう言って、戸津川は会釈をする。身なりからして、かなり育ちが良いようだ。
「早速ですが、戸津川さん。いくつかお尋ねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「ええ、なんでしょう?」
鬼島警部の言葉を、戸津川は快諾する。
「実は、今朝、駐在の伊藤さんとその家族が殺されているのが発見されましてね――」
「えっ!?」
鬼島警部の話の途中で、戸津川は大きな声を上げた。無理もないだろう。これだけの田舎ではそうそうに殺人事件など起きることもない。ましてや、その被害者が駐在警官とその家族となればなおさらだ。
「ええ、それで、現在我々はこうして集落の方々に聞き込みをしているんです」
「はあ、そうですか…なるほど……それにしても、伊藤さんが……」
伊藤家が殺されたことがよほどショックだったのか、戸津川は地面に目を向けてそのようなことを口走っている。
「あの、大丈夫ですか? よろしかったら、日を改めますが?」
「あ、いえ、大丈夫です、はい。それで、何をお聞きなりたいんですか?」
戸津川がそう言うと、鬼島警部が早速質問する。
「殺された伊藤家の人達について教えてもらえますか?」
「そうですね……とても良い方達ですよ。伊藤さんは警察官だけど、ここじゃろくに事件なんか起きないから……村の雑用なんかをやってもらったりしてね」
その後も、戸津川の口から語られたのは、荒木家で聞いた話と大差なかった。
それは、他の村人の自宅へ聞き込みに行った時にも同様であり、皆口をそろえて伊藤家の人の良さを語っていた。
結局、この日はそれらしい手掛かりを得ることなく、我々は加山巡査の自宅で寝泊まりすることとなった。




