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欲しいモノ ~後悔と共に~

「結局、犯人は雄二だったな」

「あの、警部。はじめは正志が怪しいって――」

「あれは過去の話だっ! 今は未来に目を向けようぜ、なっ!?」

「は、はあ…?」


 ここは、警視庁地下の一角に存在するオモイカネ機関本部。

 その本部内に設置されているソファに寝転がっている鬼島警部のはぐらかしの弁明に、鳴海刑事はさほど納得がいっていない様子……だが、これはこれで悪くはない。

 都内を恐怖で震撼させていた連続殺人事件は唐突な幕引きとなった。それも、ほとんど賭けに近い捜査によるものである。

 あの後、我々が例の山林で海野親子を拘束してしばらくすると、捜査一課の捜査員達が次々と山林に立ち入り、証拠品や容疑者をかっさらったあげく、手柄を自分達のものにしていった。別にこれといった恨みはないのだが、やはり、どこか納得のいかない感情はある。

 私が今回の事件の報告書を作成していると、本部の扉が開かれた。


「失礼するでありますっ! やっと一課から報告書を受け取ってきたでありますよっ!」


 現れたのは大倉刑事だ。彼は健康そのものに見えるが、事件が解決してから数日の間、ずっと地上で今回の事件について調べてもらっていたためか、着ているシャツはくたびれ、浅黒い岩肌はあぶらでテカっている。

 

「お疲れ様です、大倉さん」

「よう。どうだった、様子は?」


 間違いなく疲労が蓄積されているはずの大倉刑事だが、鬼島警部に質問されても、疲れた様子など微塵も見せずに手帳をペラペラとめくりながら彼は語り始める。


「まだ、親子共に精神的には安定してない様子でしたな。父親の海野正志の方は、さきほど捜査一課が事情聴取を開始したでありますが……」

「まさか、雄二さんが女性だったとは……」


 鳴海刑事はそう言って、大きく息を吐く。


「自分も、意外でありました」

「ああ。盲点だったぜ」


 鳴海刑事の言葉に、二人のメンバーも頷く。私も、同じ気持ちだ。


「それで、報告を続けるでありますが、やはり今回の連続殺人事件の犯人は海野雄二さんで間違いないであります」

「ま、そうだわな」

「現在、彼いや……」


 そう言ったきり、大倉刑事は黙り込んでしまう。


「どうかしたんですか、大倉さん?」


 すかさず鳴海刑事が問いかけると、大倉刑事は何かを言いにくそうに口をまごまごとさせたまま、手帳と我々に視線を交互に向ける。


「なんだよ、ハッキリ言えよっ!」

「は、はぁ、では……」


 鬼島警部にうながされる形で、大倉刑事は口を開く。


「結論から申し上げますと……海野雄二さんは女性だったであります」

「なっ!?」

「はぁっ!? マジかよっ!?」


 大倉刑事の言葉に、鳴海刑事と鬼島警部はほぼ同時に驚嘆きょうたんの声を上げた。

 それは、私も同じだ。『その者』からもたらされた事件には、いつも不可解な現象が付きまとってくるが、これは予想外だった。


「はい。拘束した際にその……一課の刑事達が彼、いや、彼女の身体的特徴に気付いたそうで……それで、警察病院の方で詳しく検査したところ、雄二さんは間違いなく女性とのことです」

「いったい…どうなってるんですか? 僕達が拘束した時には女装していましたが、最初にお目にかかった時は確かに男性の姿でしたよね?」

「ああ。間違いねぇ」

「その件については、雅子さんが話してくれたであります」


 そう言って、大倉刑事は手帳に視線を向ける。


「正志さんは、雅子さんとの間にできる子供は男の子であることを希望していたようであります。なんでも、自分の職業である医者を、家業として長男に継がせたかったんだとか……病院を辞めて独立開業したのも、雅子さんによれば医者を家業にするためだったそうであります」

「別に、それだけだったら生まれてきたのが女の子でも良いんじゃねぇか?」

「はぁ、まったくそうなんでありますが……どういうわけか、正志さんは男の子に強くこだわったようで、生まれてきた雄二さんを男性として育てることに決めたようです」

「そんな……雅子さんはどうしたんですか?」

「はじめは、彼女も強く反対していたでありますが……そのうち暴力を振るうようになったそうで、結局は正志さんの言う通りにしたとのことです」


 大倉刑事のその言葉に、鬼島警部は眉間みけんに深いシワを刻んだ。


「ただ、雄二さんが成長するにつれて、どうしても身体や精神の問題で周囲との関係性に変化が起きるわけであります。彼女が高校生の頃は、正志さんと雄二さんの喧嘩は日常茶飯事だったと、雅子さんは言っているであります」

「ふん。当然だな」

「ただ、それでも雄二さんは正志さんの希望通りに医大を卒業して医者としてのキャリアを歩んでいったであります」

「すごいですね……僕だったら、自分の性別の事で頭がいっぱいになるのに……」

「実際、雄二さんは病院で性別にまつわる問題に直面したであります」


 そう言って、大倉刑事は手帳のページをペラッとめくった。


「雄二さんは、大学時代から座学実技共に優秀だったらしく、病院に就職してからは将来の部長候補、院長候補とまで言われていたであります」

「まさか……」


 鬼島警部がそのように反応すると、大倉刑事も強く頷く。


「はい。ある時、外科部長の退任に伴う部長就任の会議があったであります。当然、その病院では優秀な雄二さんが部長を務めると思われていたようでありますが、結局は老齢の男性に決まったそうであります」

「……だよな」


 鬼島警部のその言葉は、これまで自身が経験してきた事と雄二が経験してきた事を重ね合わせた結果、出てきた言葉のように思えた。


「でも病院の人達は、なんでそんな重要なことを聞き込みでは言わなかったんでしょうか?」

「……再度聞き込みに行ったでありますが、もし、そのことが明るみに出れば、女性を差別したということで世間から叩かれることを恐れたそうであります」

「そんなっ! もっと早く証言してくれれば――」

「ま、過ぎたことはしょうがねぇさ。それで?」


 興奮した様子の鳴海刑事を制して、鬼島警部は大倉刑事に報告をうながす。


「はっ。その後、ほどなくして雄二さんは病院を退職され、家に引きこもりがちになったそうであります。しかも、約三か月前に自宅で女装――この場合は自身の性別に基づく格好ということになるのでしょうが、とにかくその場面を父である正志さんに見つかり、二人はまた喧嘩するようになったと雅子さんは証言しているであります。

 もっとも、実際のところは正志さんが一方的に罵声を浴びせて、雄二さんはそれをただ黙って聞いていいることがほとんどだったとか……」

「ひどい……」

「まったくであります。それで……これはまだ捜査途中でありますが、そこから、雄二さんは殺人を開始したものと思われます」

「自分の、女として生きたいって願いを父親に真っ向から否定されたんじゃな……ましてや、女であることが原因でキャリアを棒に振った後じゃ、なおさらか……」


 鬼島警部の言葉に、大倉刑事は深く頷きながら話を続けた。


「まだ状況証拠から推測するだけでありますが……殺害時、雄二さんは女装していたようであります。犯行現場にたびたび女性のものと思われる茶色の長髪が見つかるのは、そのためだったと思われます。その姿で被害者を油断させているうちに――」

「メスか何かで首をスパッとやっちまったってわけか?」

「はい。ほとんどは犯行はそうであります」

「雅子さんは、雄二さんのやっていたことについて知っていたんですか?」

「最初は知らなかったそうでありますが、被害者が自宅近辺で殺害、発見されていくうちにもしやと思って雄二さんに問いかけたそうであります。そしたら、雄二さんは『自分がやった』と言ったそうで……」

「なんで、その時点で警察に自首させなかったんだ?」


 鬼島警部の質問に、大倉刑事はせわしなく手帳のページをめくる。


「えー、最初は自首させようと思ったそうでありますが、子供がこうなったのは自分に責任があると感じて、むしろ雄二さんの犯行を手伝うようになったであります」

「そ、そんな……」


 こう言ってはなんだが、父も父なら母も母という感じである。


「それで、雅子さんいわく、米倉智子さんが自宅で殺害されたことについては、彼女が海野病院に通院していた頃に雄二さんが彼女と仲良くなったそうで……当日、米倉さんと会う約束を雄二さんはしていたようであります」

「それで、自宅で殺されたってわけか」

「はい。それで、その……根本さんの死亡推定時刻に関することなんでありますが……」


 そこまで言って、大倉刑事は再び黙り込んでしまうが、今度は唇をわななかせて恐怖に怯えているようだった。


「どうした? 根本さんがなんだって?」


 鬼島警部に催促さいそくされて、大倉刑事はポツリと語り始める。


「正志さんを逮捕した際、一課は病院の方しか家宅捜索しなかったそうで……それで、今回の事で改めて住宅側の家宅捜索に踏み切ったところ、これまでの犯行を立証する証拠が次々と出てきたであります」

「それが、根本さんの死亡推定時刻となんの関係があるんですか?」


 鳴海刑事が問いかけると、大倉刑事は一瞬、口を真一文字に結んでから話し始めた。


「自宅の二階にある雄二さんの部屋から、根本愛さんの体液が検出されたであります」

「えっ!?」

「……なるほどな」


 非対称的な反応を見せる二人に対して、大倉刑事は報告を続ける。


「雅子さんいわく、彼女も雄二さんと親しかったようで、正志さんが警察に連行された夜に自宅に招いたそうであります。そこで彼女に睡眠薬を飲ませて雄二さんの部屋に監禁したとのことで――」

「待てよ……」


 大倉刑事の言葉を遮るように、鬼島警部が口を開いた。


「もしかして、アタシ達が家に行った時には、まだ根本は生きてたってのか?

 あの時に雅子が倒れた原因は、根本を監禁しているのがいつバレるか分からない緊張のせいで、二階で音がしたのは、根本が必死に抵抗していたからで、ペットフードはアタシ達を欺くためのトリックだったってのかっ!?」


 鬼島警部のまくしたてるような質問に、大倉刑事はゆっくりと首を縦に振る。


「おそらく、そうかと……実際、あの自宅にはペットは一匹にもいなかったそうでありますから……」

「そんな……」


 雄二が、母親が倒れたにも関わらず、救急車を呼ばなかった理由が、今分かった。大事にしたくなかったのだ。

 あの時、私達が二階へ確認に向かっていれば……急に、私の胸に罪悪感の洪水が襲い掛かってくる。ほんの数メートル……距離にして、それほど近くに助けられるはずだった犯罪被害者はいたのだ。

 もっとも、あの段階で雄二に二階への出入りを断られたら、それはそれでなすすべがなかったわけだが……これは、私にとって大きな教訓になるだろう。


「……ったく、胸糞わりぃな」


 大倉刑事が報告を終えると、鬼島警部はそう吐き捨てた。


「本当ですね。実の我が子をなんだと思ってたんでしょう」

「それもあるけどよ。アタシはどっちかっていうとこっちのほうだな」

「え?」


 そう言って、鬼島警部はテレビの方を指さす。テレビ画面には、相変わらず昼のワイドショーが流れていた。


『――以上で、都内を震撼させていた連続殺人事件は終息となり――犯人は――家庭の教育方針が今回の事件を――さて、今日のお昼のクッキングタイム。担当は――』

「……ああ、なるほど」

「だろ?」

「え、何がでありますか?」


……私はキョトンとした様子の大倉刑事に、あれだけ世間を震え上がらせ、警察の無能を突き上げたマスメディアが、事件の犯人が捕まるとこれで一件落着とばかりに次の世間が関心のある話題に移ろっていくことに、二人は憤りを感じていることを伝えた。


「おおっ! そうかっ! あ、ゴ、ゴホンッ! ああ、まったくその通りでありますな、お二人とも」

『……』


 大倉刑事の間抜けぶりに、二人は何も言えなかった。

 直後、私の専用端末に連絡が入った。

 私がなにげなく目をやると、そこには『その者』からの連絡が入っていた。


『事件解決おめでとう。上層部も納得しているようだ』

『納得だけでは足りない。感謝してもらわないと』

『分かっている。今回の事は君の人事評価に加点しておくよ』


 私は、ふと海野家の事が気になった。


『あの家庭は、これからどうなる?』

『当然、それなりの裁きが下されるし、組織の監視下に入る。だが、悪いようにはしないし、彼らには反省と癒しの時間も必要だろう』

『反省は我々の側にもあると思うが?』

『それについてはノーコメントだ。いずれにせよ、よくやった』


 そうして、『その者』との通信を終えた私は、何とも言えない無力感に襲われた。結果として、海野家は何とかなったにしろ、犠牲となった被害者は帰ってこないし、おそらく組織もなにも変化しないだろう。今、この瞬間も、どこかで誰かを犠牲にしているはずだ。自分達の欲望のために……。

 その後、我々は今回の事件の報告書を何とか書き終えた。まだ、関係者の証言については空欄が目立つが、それは彼らが口を開いてからでも遅くはない。


「それじゃ、神牙さん。お疲れ様です」 


――私と最後まで仕事をしていた鳴海刑事に、警視庁一階のロビーの前で別れの挨拶を交わす。彼の華奢で小奇麗なスーツ姿を見送ると、私の背後で気配がしたので思わず振り向く。


「おっと、俺だ」


 そこにいたのは、今回の事件で散々な目に遭ったであろう、本郷警部だった。

 私が彼に挨拶を送ると、彼は『おう』と応じてからポリポリと岩肌を掻いた。


「まぁ、その、なんだ…今回は世話になったな」


 何かと思えば、今回の事件解決を恩義に感じているらしい。彼は私と視線を合わせずに言葉を続ける。


「もし、あんたらがやっこさん達を押さえてくれなかったら、俺の首も飛んでただろうし、被害者達も報われなかっただろうよ」


 私は、彼からの感謝の言葉に、素直に返礼した。


「……へっ、それはそうとあんた、よくもマスコミ対応を俺に押し付けやがったなっ!?」


 今さら頭にきたのか、警部は急に眉間にシワを寄せて怒り出した。私は彼に、マスコミを無視して警視総監に怒られるか、マスコミにやり玉にあげられるかどちらが良いかと質問した。


「……ふん。相変わらず、喰えん奴だ」


 彼は恨めしそうに言ったが、私達は直後、何気なしに互いに笑いあった……彼とは、これからもぶつかることは多いかもしれないが、少なからず彼の信頼を得られたと思う。

 だから……今はこうして、彼と共に同業の悩みを互いに笑いあっていたいと思う。

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