怪物と因習 ~調査~
「……どんな現場なんでしょうね……」
車がアスファルトの道路を進むなか、後部座席にいる鳴海刑事は隣に座る私にそう話しかけた。
その言葉の意図するところは私にはなんとなく理解できるが……その問いに答えるのは難しい。
私は鳴海刑事にそう伝えたが、彼はしばらく考え込んだ。
そして、再び私に話しかけてきた。
「あの時、村役場で言った言葉……何かあったら、ためらわずに捜査を中断して撤退するという話ですが……」
そこから先の言葉を鳴海刑事は紡ぐことが出来ないでいた。彼は深くうなだれ、何事か思案している。
大倉刑事も、バックミラー越しにチラチラと鳴海刑事の様子を伺っている。
私は、事件を解決するまでは捜査を続けていくことを、二人に言い聞かせるように話した。
「ええ……分かっています」
「自分もだ……」
二人は、少し弱々しく返事をして黙り込む。
再び車内に沈黙が流れ、しばらく車の走行音を聞いている内に我々は事件現場にたどり着いた。
どうやらここは、村を少し離れた所にある林道のようだ。
私達が車を降りると、先に着いて車を降りていた老婆は運転席から加山巡査を引っ張り出してどんどん林道の方へ歩いて行ってしまう。
私達も老婆に付いて行くが……おそらく、現場はすぐそこだろう。腐敗臭や血の臭いがする。
季節柄、樹木に深緑の葉が散らばる景色の中でこの臭いが漂うと、ある種異質な空間を生み出しているように思える。
そして、私達が歩を進めるごとにそれらの刺激臭がこの上なく強まった時、私達の目の前にその光景は見えた。
「うぐっ!? な、なんだ、これはっ!?」
「ひ、ひどい……」
私の後ろにいる鳴海刑事と大倉刑事も、思わず声が出てしまう。
私はすでに前方で腰を抜かしている加山巡査に近づいて、大丈夫かと声をかけた。
「は……はい……大丈……夫、です……」
うん、あまり大丈夫じゃないらしい。
ひとまず彼をその場において、老婆を後ろに下がらせた。
老婆は少し怪訝な表情を見せたが、私から目線をそらして加山巡査に近づき、彼の背中を心配そうにさする……どうやら、老婆は加山巡査に信頼を寄せているようだ。この老婆には、加山巡査に事情聴取させた方がいいだろう。
私は視線を現場の方に向け、辺りを見渡す。
なんというか……現場は非常に凄惨な状態だ……。
まず、遺体の頭部があり得ない場所にある。私の真上だ。
ちょうど、私の真上には前方の大木から張り出した木の枝があるのだが、その木の枝の先端に頭部が突き刺さっている……。
……ここからだと、太陽の光が逆光となって頭部が影になっており、それ以上の視覚的な情報が手に入らない。あそこは鑑識の応援が来てから調べようか……。
そういえば、加山巡査が呼んだ応援は私達だけだろうか?
この事件は『その者』から舞い込んできた案件だから、おそらくその情報網に加山巡査の応援の情報が入ってきて、『その者』が私達が担当する案件と考えて私達が今ここにいるわけだが……まさか、私達だけで解決させるつもりなのだろうか?
そう思うと途端に不安になり、私は携帯端末を取り出して『その者』に連絡をとった。
『どうした?』
私が『その者』に連絡をとると、返信はすぐにきた。
特にお世辞や世間話をするネタもないので、ちゃっちゃと本題に入る。
『この事件は私達だけで解決するのか?』
『場合によってはそうなるだろう』
『というと?』
『君が今いる村、つまり今回の事件の現場となっているその村は、非常に特殊な環境にある村だ』
そこまでやり取りをして私は最初に思い浮かべたのは、故郷の村だった。
暑い日照り、清らかな清流、そういった自然には不釣り合いな武家屋敷風の建物……思い浮かべただけで震えがする。
『そのため、応援は他にも呼んだが、あまり期待はしないでほしい。あくまで『要請をした』という証拠作りの一環のためだ。それと、君ならとっくに部下に言ってあるだろうが、事件解決が困難な場合は速やかに脱出することを許可する』
『了解。メールは消したほうがいいか?』
『頼む』
その返信を読んだ後、私は今やり取りしたメールの内容をすべて携帯端末から消去した。
この携帯端末は組織から支給された特注品で、一度削除したメールや電子文書の類は、決して復元することはできない。
私は携帯端末をしまって、あらためて現場を見た。
……頭部は私の真上にある。ふと下を見ると、私の足元に血痕が見えた。再び上を見ると、枝に突き刺さった生首がある。
……私は血痕のある場所から退き、再び調査を開始した。
遺体の胴体部分は私の真正面の大木に、荒縄で括り付けられている。両手や両足も、私達に見える範囲で大木のあらゆる場所に釘で打ち付けられているようだ。
大木の根元には、大量の血痕が付着している。血液の量から考えて、この遺体の主はここで殺害されたのだろう。大木にもそれなりの量の血痕が付着しているということは、殺害後すぐに大木に括り付けたと考えられる。ということは、この荒縄はあらかじめ犯人が用意したのだろうか……。
もしこの荒縄が犯人の手製でなければ、荒縄の購入ルートを辿って犯人にたどり着くかもしれない。その辺の調査もしておこう。
そして、この遺体は第一の遺体と様々な共通点がある。
まず、胴体に無数の刺し傷がある。次に、切断面が非常に荒い。
このことから考えて、二つの遺体をこの世に生み出した犯人は同一人物である可能性が高い。
しかし、この遺体は荒縄を使って大木に括り付けられたり、頭部をその上の枝に突き刺したりと、かなり手の込んだ装飾が施されている。
あるいは何らかの儀式のつもりかもしれないが……それにしたって、ずいぶんと手が込んでいる。ということは、最初の遺体は装飾か儀式の途中で、何らかの理由でその作業を中断してしまったのだろうか? 仮にそうだとしたら、その理由はなんだろう?
その時、犯人は負傷していて、やむおえず作業を中断した……荒縄などの道具を持ってくるのを忘れた……誰かに見られた?……ざっと考えてみた限りでは、誰かに見られたから作業を中断した可能性が一番高いだろう。
犯人が作業を中断するほどのケガをしていたとしたら、数滴ぐらいは現場の周囲に血痕があってもおかしくないはずだ。
もう一度、第一の殺人が起きた現場を捜査した方が良いだろう。
それと同時に、この村の人々に徹底的に事情聴取をすべきだ。もっとも、その役目は加山巡査になってしまうだろうが……。
そう思いながら、私は後ろで丸くなる加山巡査を見た。彼は今にも倒れそうで、老婆と大倉刑事に介抱されている。
……色々な意味で大丈夫なのだろうか……?
※
その後、私達は再び牢山村に帰ってきた。
駐在所まで戻り、先にパトカーから降りた加山巡査と老婆が駐在所の中に消えていく。
「神牙……」
私が車を降りると、ほぼ同じタイミングで車から降りてきた大倉刑事が、深刻な表情で話しかけてきた。
私が何か用かと聞くと、彼は視線をあちこちに巡らせた。
「その……さっきはすまなかった……自分は警察官なのに……」
なるほど、さっきの現場のことか。
私は彼に気にしないように言うと、さっさと駐在所へと向かった。
後ろから大倉刑事と鳴海刑事の声が聞こえる。
「神牙……」
「大丈夫ですよ、大倉さん。神牙さんは見ての通り気にしてませんよ」
「押忍……ですが、自分は張り切ってあの地下倉庫から出た手前、どうもバツが悪くて……」
……ホント……超がつくほどの真面目な男だ……。
私が駐在所に入ってから少し経って鳴海刑事達が入ってくると、すでにカウンターで座っていた加山巡査が老婆に対して事情聴取を開始した。
「それじゃ、おばあちゃん。遺体を見つけた時の状況を教えてくれる?」
加山巡査がそう言うと、老婆は目を閉じてその時の光景を思い出すように話した。
「確か……あの時は山菜採りに出かけたんじゃ。いつも行く穴場はほれ……例の殺しがあったじゃろ?……」
そこからは察してくれといった態度で、老婆は加山巡査を見た。加山巡査も老婆の意思を忖度して口を開く。
「いつも行っていた場所は殺人事件があって行けなかったから、代わりにあの場所で山菜を採ろうとしたんだね?」
「うむ、そうじゃ。そいで、しばらく山菜を採っておったら、なにやら鉄の臭いがしたんでな。気になって辺りを探していたら、あのようなむごい光景に出会ったというわけじゃ」
そう言って、老婆は少し顔を背ける。おそらく、当時の情景を思い出してしまったのだろう。
「なるほど……それからは?」
「すぐに駐在所に行ったんじゃが、おぬしがおらなんだで、役場の方に行っておぬしらと会ったというわけじゃ」
なるほど、スジは通っている。
私は老婆に、車で山菜採りに出かけたのかと聞いた。
老婆は後ろを振り向いて、
「そうじゃ、車は役場に置いてきた」
とだけ言って、再び加山巡査の方を向いた。
「それで、犯人は誰なんじゃ?」
「そ、それは、まだ捜査の途中で……」
「なんじゃ、情けないのぅっ!」
「そ、そんなに怒らないでほしいであります……」
老婆はスクッと立ち上がって、加山巡査の制止も聞かずに立ち去ってしまう。
駐在所から出ると、老婆はこちらに振り向いた。
「おい、おぬしら」
どうやら、我々の方に話しかけているようだ。
「は、はい?」
鳴海刑事が思わず反応する。
「よいか……悪いことは言わぬ。さっさとこの村から立ち去るがよい」
「え? あ、あの」
大倉刑事が老婆を引き留めようとするも、彼女はその声を無視して立ち去ってしまった。
「……どうしますか、神牙さん?」
鳴海刑事が、不安そうな表情を浮かべてこちらを見てくる。それは大倉刑事も同じだ。
『さっさとこの村から立ち去るがよい』……この言葉は警告か、それとも親切なアドバイスか……あの老婆がどういった立ち位置にいるかを図るには、この言葉がカギになるだろう。
上手く説得してこちら側に引き込んで協力してもらえれば事件の早期解決に繋がるかもしれないが、そうでなかった場合は……撤退も現実的な手段として覚悟しなければならないだろう。
私は加山巡査に、鑑識などの応援は来たか質問した。
「あ……はっ! それが……すみません、まだのようです」
私は加山巡査に礼を言って、鳴海刑事と大倉刑事に対して、村の住人には加山巡査を通して事情聴取することを告げた。
「それはいいのだが……なぜ加山を通すのだ?」
「確かに……何か理由でも?」
私は加山巡査の方を見て、この村が非常に閉鎖的であることと、そんな村の住人達に加山巡査がある程度信頼されているということを告げ、彼を通して事情を聴けば、なにか有力な情報が手に入るのではないかという考えを二人に率直に説明した。
「むぅ……確かに、あの村役場の光景を思い出せば……」
「そうですね……ここは加山さんに手伝っていただいた方がいいでしょう」
二人が納得するのを見て、加山巡査は腰を九十度近くまげてお辞儀をした。
「ありがとうございますっ! 不肖、加山太郎っ! 誠心誠意、捜査に協力させていただきますっ!」
「うむっ! 頼むぞ、加山っ!」
「はっ! お任せくださいっ!」
……果たして、本当に大丈夫なのだろうか?
※
その後、私達は加山巡査のパトカーに乗り込んで村内を走っていた。
この小さな村で二台の車が走り回っていると、悪目立ちする可能性があると考えたからだ。
私達はまず、村の出入り口付近の家々から聞き込みを開始することを考えた。
あの辺りの場所は、二番目の死体が見つかった場所から比較的近い。なにか、事件に関係のある情報を持っている人がいるかもしれない。
しばらく道路を進んで目的の場所にたどり着くと、加山巡査は適当な空き地にパトカーを止め、私達は車から降りる。
辺りを見渡してみるが、ここの集落は五、六軒ほどの家々しか見えない。親族や一族ごとで集落を形成しているのだろうか? かなりの田舎では、いまだにそういった共同体を築いている所もあると聞く。
加山巡査は自信ありげにズンズンと先に進み、集落の奥にある他の家より大きな家の前まで向かった。
私達もその場所まで歩いていくが、近くによると家の大きさに驚嘆してしまう。もはや屋敷と言ってもいいぐらいだ。
この屋敷に住んでいる人間は、この集落を形成する本家の人間なのだろうか? もしそうなら、何としても味方になってもらわなければならない。
私が加藤巡査に許可を与えると、加山巡査は家の呼び鈴を鳴らした。
「すみませんーっ! 迫水さこみずさん、いますかーっ!?」
加山巡査が声を上げると、建物の中から『はーい』と老婆の返事が聞こえた。
しばらくして、中から引き戸を開けて一人の腰が曲がった老婆が現れた。
年齢はもう九十代頃だろうか? 使い込まれた紺色の着物から見える手足や顔には、無数の深いシワが刻まれており、すっかりと白くなった髪は、かなりキレイに結ゆわえられている。
私や鳴海刑事が老婆の様子を見守るなか、加山巡査は柔和な笑みで老婆に話しかけた。
「こんにちは、迫水さん。実は、今朝ここで事件が起きたと思うんですが、なにか見たり聞いたりしてませんかね?」
「はぁ……」
老婆は眉間にさらにシワを刻み、自身の記憶を手繰り寄せていく……が、何も思い出せないのか、ゆっくりと首を横に振った。
「すまんなぁ……あたしゃ、なんも知らんよ」
「そうですか……分かりました、ありがとうございます」
そう言って、加山巡査は敬礼して引き戸を閉めて立ち去った。
私達も彼の後に付いて行き、他の家に聞き込みに向かった。
加山巡査が別の家について呼び鈴を鳴らすが、私はそこであることに気づいた。表札の名前が迫水と書かれている。
「あれ? これって……」
鳴海刑事も気がついたのか、表札をジッと見つめて考え込んでいる。
その様子に気づいた加山巡査が口を開いた。
「ああ、実はここら辺の家々は迫水家の一族の方達が住んでるんですよ」
「へぇ、そうなんですか」
そう言いながら、鳴海巡査は表札をチラチラと見る。
彼の出身は確か東京都の港区だそうだから、よほど珍しいのだろう。だが、これほど山奥にある村ではそれほど珍しいことでもない。
私達がしばらく家の前で待っていると、引き戸が静かに開かれた。
「……」
中から出てきたのは、中年のやせ細った女性だった。
先程の老婆とは対照的で、長袖のカーディガンにスカートといった現代的な装よそおいだ。
「こんにちは。実は現在、この辺りで起きた殺人事件について聞き込みをさせて頂いているんですが、何かご存知ないでしょうか?」
加藤巡査がそう訊ねると、女性は首を横に振った。
「……いいえ、なにも……」
「や、そうですか、分かりました……どうも、失礼致しましたっ!」
そして、加藤巡査は笑顔で立ち去って行った。
その後も他の家々で聞き込みを行うが、事件に繋がるような情報は得られなかった。
我々は少し意気消沈した気持ちで、再びパトカーを停車させた空き地に戻ってきた。
「むぅ……手掛かりなしか……」
「はぁ……申し訳ありません」
加山巡査が、意味もなく大倉刑事に頭を下げる。
だが、いくらなんでも事件の目撃証言や関連していそうな話まで知らないというのは少し妙だと思う。
ここは小さい村だ。普段と違う事が少しでもあれば、たちまち目につき耳に入り、人々の噂となるだろう。それさえもないとなると、正直言ってその証言そのものが怪しく思えてきてしまう。思い過ごしであってほしいのだが……。
結局、この日の捜査はいったんここで終了とし、我々はさっそく宿を探すことにした。
私が皆にその事を伝えると、鳴海刑事は携帯端末を取り出して検索を開始した。
「う~ん、ここら辺で泊まれるような場所はないですね」
しばらくして、市販の携帯端末で検索しながら鳴海刑事はそう言った。
「それでしたら、今夜は我が家に泊まって下さい」
「なにっ!? いいのかっ!?」
大倉刑事が目をカッと見開いて質問しても、加山巡査は一切動じずに二カッと笑って答えた。
「もちろんですともっ! ぜひ、いらしてくださいっ!」
「そうか、そうかっ! それでは、厄介になろうっ!」
「はっ! 自分に付いてきてくださいっ!」
……私の判断も仰がぬまま、大倉刑事と加山巡査はパトカーに乗り込む。
私と鳴海刑事も急いでパトカーに乗ると、加山巡査はパトカーを発進させた。
「……それにしても」
不意に、鳴海刑事が口を開く。
「これだけの事件が起きているというのに、村人達はだいぶ落ち着いているんですね?」
彼はそう言いながら、パトカーを運転する加山巡査の方を見る。
加山巡査はバックミラー越しに答えた。
「ええ。発見者の皆さんも最初は慌てふためいていたりするのですが、時間が経つにつれて落ち着き払って様子でして……」
「むぅ……年の功というやつだろうか……?」
「さぁ……自分にはなんとも……自分も早くこの村になじめるように村の皆さんとお話をするのですが、特に変わった様子もありませんですし……」
加山巡査がそう言ったきり、車内に沈黙が流れる。
その沈黙を漂わせる空気は不気味で重々しく、私達のこれからの捜査が何らかの壁にぶつかるのではないかという、根拠もない不安を抱かせるには充分だった。
やがて駐在所の方まで到着すると、加山巡査はパトカーを駐車場に停めて車を降り、駐在所の中に入る。
私達も彼に続いて駐在所の中に入ると、加山巡査は『どうぞ』と言って駐在所の奥の方まで歩いて行き、自宅へと続く引き戸を開いて横の壁に設置された駐在所の電灯のスイッチを切って、我々を自宅の方に案内してくれた。
引き戸を開いてすぐの場所にあった玄関の床で靴を脱ぎ、相変わらず汚らしいフローリングの床に上がって右の廊下を進んで突き当たりを左に曲がってさらに進む。
すると、そこはリビングとキッチンを兼ねている場所のようだった。
「いや~、それにしても疲れましたなぁ……」
帽子を脱いでフローリングの床と同じくらい汚らしいキッチンに置き、大きく伸びをしながら加山巡査は吐露するように言った。
確かに、彼とは違う意味かもしれないが、私もこの捜査ではかなり疲れた。
「そうだなぁ……自分も疲れた……」
「確かに……」
大倉刑事と鳴海刑事も、この捜査ではだいぶ苦労しているようだ。
「あ、自分は風呂をいれてくるので、先輩方はどうぞおくつろぎください」
「うむ、すまんな」
そう言って、加山巡査はリビングから出て行って奥の廊下に消え、大倉刑事はカーペットが敷かれた床にドカッと腰を下ろした。
私と鳴海刑事も、彼の動作を真似するように腰を下ろす。
しばらくボーッと無意味な時間を過ごす……本来なら、事件について議論すべきなのだろうが、疲労のためにそれもままならない。
ただ、沈黙に耐えられなかったのか、大倉刑事は私の方を向いて口を開いた。
「なぁ、神牙……いったい、犯人はどんな奴なんだ?」
私は分からないとだけ伝えた。
「そうは言ってもなぁ……」
「確かに、考えてみれば色々と不気味な事件ですよね。いや、でも……」
そこから先、鳴海刑事は黙り込んでしまう。
「何か、引っかかる事でもあるのですか、先輩?」
「その……僕は昔に知った話なんですが……ある村で、普段からいじめられていた男がある日村人達を惨殺していった事件があったらしいんですが……聞いたことありませんか?」
「いえ、自分は……今回の事件は、その事件と類似したものがあると?」
大倉刑事にそう問いかけられると、鳴海刑事は首をかしげた。
「さぁ……なんせ、まだ被害者の身元さえ分かっていないのでなんとも……」
確かに、その通りだ。だとしたら、明日の捜査でやるべきことは決まっている。
私は三人に、明日はこの村で近日中に行方不明になった者はいないか聞き込みを開始すると宣言した。
「なるほどっ! もし行方不明者がいたら――」
「その人が殺害された被害者かもしれないということですねっ!?」
私は肯定の返事をした。
「よしっ! ぜひ、そうしようっ!」
大倉刑事が発奮していると、タイミングよく加山巡査がやってきたので、風呂の準備が出来るまで私達はインスタント食品での食事を済ませて順番に風呂に入り、二階の寝室で布団を眠りについた。
幸い、布団が五つもあったので部屋に敷き詰めて寝ることが出来た。
だが……他の皆が眠りにつくなか、私だけどうしても眠りに付けずに木材の天井を眺めていると、静寂に包まれていた家の外から物音が聞こえた。
……念のため、皆を起こさないように私は寝室の窓際までより、カーテンを少し開いてガラス越しに外の様子を探った。すると、駐車場の奥……アスファルトの道路を挟んで向かいの作業場のようなトタンで出来た建物に明かりが点いており、建物の外からこちらを見張るようにして四人の人影が立っていた。
辺りは暗いうえ、その者達の姿は建物の明かりのせいで逆光になっており、ハッキリとは良く見えなかった。
……はぁ……念のため、私が見張っておくべきだろう。
そう思って、私は布団の傍に置いてあった上着から拳銃とナイフを取り出して、再び窓際まで寄って外を見た。
……しかし、すでに建物の明かりは消えており、人影も姿を消していた……。