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欲しいモノ ~粘り勝ち?~

「ったく…今回の捜査はホント、やりにくいなっ!」


 オモイカネ機関本部の、それほど広くはないリビング部分をうろつきながら、鬼島警部はそのような悪態をつく。


「仕方ないですよ。今回はこの国でも珍しい連続殺人事件。それも、同じ地域で、同じような被害者が、同じような殺され方をされているわけですから……」


 自分のデスクで書類仕事に精を出すかたわら、鳴海刑事はなんとか鬼島警部のご機嫌を良くしようと努めている。

 私はといえば、今回の一連の事件の捜査資料を読み込みながら、改めて聞き込みを命じた大倉刑事の帰りを待っている状況だ。

 確かに鬼島警部の言う通り、今回は現場での捜査はかなりの困難を極める。あまり仲の良くない捜査一課との正式な合同捜査なうえ、マスコミや野次馬の目もある。

 いつもであれば、それなりに事件の概要が見えてくるものであるが……今回は捜査不足のためか、あまり進展は見られないし、捜査一課の早とちりのせいで、警察への世間の目は一層厳しくなっている。


「ちっ、どうせマスコミはウチらの悪口でも言ってんだろっ!」


 そう言いながら、鬼島警部はテレビをつけた。悪口を言われることを予想しながら、それでもなお自分の耳に情報を入れておこうとする彼女の姿勢には驚嘆する。案の定、テレビ画面には警視庁正面玄関を背景に海野正志の姿が映っていた。


『今回の警察の捜査は、実に横暴極まるものであり――』

「てめぇが怪しい素振りを見せるからだろうがっ!!」


 そう言って、テレビ画面に向かって怒鳴り散らす鬼島警部……捜査一課が正志を連行した時、それなりに抵抗を示していた彼女だったが、どうやら正志を無実と信じているゆえの行動ではなく、単に捜査一課に先を越されるのが嫌だっただけらしい。それにしても、彼女も相当ストレスが溜まっているようだ。

 室内に鬼島警部を中心として険悪な雰囲気が漂うと、タイミングよく出入り口のドアが勢いよく開いた。


「押忍っ! 大倉、ただいま戻りましたでありますっ!」

「よぅ、どうだった、聞き込みの方は?」


 彼が再度聞き込みに行っていることはすでに他のメンバーに伝えていたので、鬼島警部は早速成果を問いただす。

 彼女の言葉に、大倉刑事はすかさず背広の胸ポケットから手帳を取り出してペラペラとめくりだした。


「はっ、報告するであります。えー、今朝の事件についてですが、被害者はこれまでの連続殺人と同様の手口で殺害されており、死亡推定時刻は午前三時から午前四時の間であります」

「ずいぶんと遅い時間だな。なにしてたんだ?」

「さあ、そこまでは……被害者の米倉さんはどうやら個人投資家らしく、普段からあまり外出しなかったそうです。そのため、近所にはこれといった知り合いもいないようであります」

「ご家族には聞き込みはされたんですか?」

「はっ、そちらも捜査一課からもたらされた情報によると……確かに、事情聴取はしたものの、米倉さんのご両親は娘が実家を出てから疎遠そえんになっていたらしく、最近のことはあまりよくわからないとのことでした」

厄介やっかいだな。知人や家族なんかの証言から、ガイシャのある程度の行動は予測できるもんだが……」

「ええ、そうですね……」


 鬼島警部の言葉に、鳴海刑事は深く頷く。私も同じ気持ちだ。

 被害者の行動の大半は、周辺の人間関係によって明らかになる場合が多い。残りは監視カメラや携帯の位置情報などだが、いきなり捜査につまづいてしまった形になる。

 さらに、被害者の死亡推定時刻…つまり殺害された時間帯についても、今回は不審な点がある。これまでの犯行では、被害者達が死亡したと思われる時間帯は早くて午後十時、遅くても午前0時には殺されていたと考えられる。

 だが、今回の被害者の死亡推定時刻は午前三時から四時の間…時間帯が遅すぎる。もしかして、今回の被害者は帰宅途中に殺害されたのではなく、あらかじめ拉致するなどされたうえで、どこか別の場所で殺害されたのだろうか?

 私はその考えを皆に話した。


「なるほどな。確かに、それなら合点がいくぜ」

「でも、それだったらなんで住宅街の中心部に遺体を捨て去るようなことをしたのでしょうか? 被害者を殺害した後に遺体を損壊、性器を切り取ったうえで誰にもバレずに死体を遺棄するとなると、時間帯としては早朝…誰かに見つかりそうなものですが……」

「実際、第一発見者が遺体を発見した時刻は午前六時頃だそうであります」

「ほとんど時間差はねぇな。下手したら、犯人と鉢合わせになるところだ」


 確かに、今回の事件は謎の部分がさらに多くなっている。

 犯人は、もともとあの場所に死体を捨てる予定だったのだろうか? それとも、やむを得ない理由があってあの場所に捨てた?

 いずれにせよ、この件に関しては続報が待たれるが…私はもう一つ、気になる事柄について大倉刑事に質問した。


「なに? 根本さんは海野病院に通院していた記録はあるかだと? むぅ…すまん、失念していた」

「あ、待ってください」


 そう言って、鳴海刑事は手元の資料に目を向ける。その資料は、私が彼に調べておくように言った、海野病院への通院履歴の資料だった。


「……ありました。根本さんは、今から二か月ほど前に海野病院へ通院してますね」

「二か月前って、最初の殺人が起きた頃か?」

「はい。その後もなんどか通院していますが、施術歴はありません。問診だけです」

「……こりゃ、ますます海野一家が怪しいぜ」


 どうやら、鬼島警部の心中では今回の犯行の中心人物の海野家の人間に決まったらしい。他の二人の様子を見るが、彼らも同様のようだ。

 私は大倉刑事に、海野雄二が勤めていた病院に関する新たな情報を求めた。


「うむ…その、自分も再度聞き込みに行ったのだが、前回と同じような話しか聞けなかった。雄二さんは優秀な外科医だったそうだが、病院を退職した理由については、今もよくわかってない……それと、雄二さんが病院を退職したのは、今から五か月ほど前のことだそうだ」

「雄二さんも外科医だったということは、ブランクがあるにせよ彼も容疑者に入るということですよね?」

「ああ、言い換えれば、退職してからまだ五か月しか経っていないことにもなるしな。どうもきな臭くなってきたぜ。雄二が病院を辞めた理由は、本当に分からなかったのか?」

「はい。突然、本人から辞めたいといわれたそうで……」

「雄二さんは、精神的な問題で辞めたと言っていましたね」


 鳴海刑事がこちらを見て言ってきたので、私は小さく頷く。

 雄二は、同僚にはその問題を打ち明けずに病院を退職したということだろうか?


「う~ん、そこさえハッキリすりゃあな。ま、なんにせよ、このままじゃラチがあかないぜ」

「そうですなぁ……」

「実際、僕らはこれまでたいした手掛かりを得られていませんもんねぇ…海野病院が怪しいというだけでは……」


……私は意気消沈するみんなに対して、再び海野宅を見張り、異常がないようであれば都内全域で捜査をしてみる旨を伝えた。


「……そうだな。このまま地下にこもってたんじゃなんにもならねぇし」

「自分は異存はないぞっ!」

「僕もです。行きましょうっ!」


 今回の連続殺人事件…二件ほどを除いては、被害者はみんな、海野病院の周辺で殺害され、死体を遺棄されている。死体は外科的手術で殺害、損壊、性器の切除が行われ、海野親子は共に外科医としての勤務経験がある…やはり手掛かりになるのは、あの海野病院しかないように思われる。

 かなり絶望的な賭けだが、当たるも八卦はっけ当たらぬも八卦はっけ、我々は海野病院を張り込むために部屋を出た。

 大倉刑事はそのまま地下駐車場へと向かい、残った我々は一般的に警視庁職員が使っているエレベーターとは違う、業務用エレベーターで地上一階へ向かい、ロビーをいささか早足で歩く。すると、もはや見慣れた光景が飛び込んできた。


「……」


 そこには精魂尽き果てたといわんばかりの表情を浮かべる本郷警部の姿があった。相変わらず捜査一課の強面刑事達の取り巻きを連れ従えているが、その刑事達も同様の表情を見せている。

 私は鬼島警部と鳴海刑事に先に行くように言って、本郷警部と相対した。


「……ふぅ、今回の事件には、ホントにはらわたが煮えくり返る思いですよ」


 そう言って、本郷警部は数歩ほど歩いて、私の横に立つ。


「……これはまだオフレコでお願いします」


 警部のその言葉に、私は周囲の状況を注意深く観察しながら耳を傾ける。


「どうも、この事件はお蔵入りになる可能性が高い。あの後、現場でマスコミやら野次馬なんかの相手をした後に、私のところに警視総監から直々の連絡がありましたよ。『今回の事件はしまいにする』ってね」


 それは、事実上捜査の打ち切りを告げる警察内部での業界用語だった。本郷警部が肩を震わせながら続ける。


「ったく、冗談じゃねぇや。こっちはここ最近捜査のために徹夜で取り組んでいるうえに、何かあったらずっとマスコミと野次馬の対応しなくちゃなんねぇ」


 本郷警部は、見事に刈り上げられた自身の頭部をガリガリと掻きながら、そのようなことを呟く。その言葉は、私への当てつけというよりも、今ここにはいない警視総監へてた言葉のように思えた。

 小さく息を吐いた後、警部は私をジッと見つめてさらに続ける。


「どうやら、俺達はここまでのようです……調子がいいように思われるでしょうが、後は任せましたよ」


 そう言って、本郷警部は私の横を通り過ぎようとした。


「海野のヤサを見張るんなら、気を付けたほうがいい。やっこさん、えらく腕のいい弁護士を雇ってやがる。あいつの家を見張っていたウチのもんやマスコミは、あいつの弁護士に散々警告をくらって、今は誰も見張ってねぇ」


……私は本郷警部からもたらされた情報に、小声で礼を言った。

 彼はニッと微かに片方の口角を上げ、小さく会釈して捜査一課の刑事達と共にその場を後にした。

 私は彼らの姿を見届けると、専用端末を使って『その者』と連絡を取った。


『今、いいか?』

『どうかしたのか?』


 返信はすぐにきた。


『今しがた、捜査一課の課長と話をした。彼によると、この事件は捜査打ち切りにすると警視総監から言われたそうだ』


 私は、オフレコを条件にこの情報をもたらしてくれた本郷警部に対して、申し訳ない気持ちになりながらも、『その者』に情報を伝えた。


『こちらでは、まだその件について確認は取れていないが、もしかしたら組織の上層部はこの件について不干渉を貫くかもしれないな』

『これからも被害者が出続けるかもしれないのにか?』

『君の言いたいことは分かる。だが、その辺りは組織もちゃんと考えているだろう』

『どのように?』

『それは分からないが、とにかく君達はこの事件を解決する方向で捜査してほしい』


 私は、その文言に吐き気をもよおすような不愉快な感覚を抱いたが、それを『その者』に伝えても意味はない。


『分かった。これから我々は海野病院を見張る。それでいいな?』

『頼む』


 その一言が、私を確信へと導いた。

 私は『その者』との通信を終え、急いでメンバー達の元へ向かおうとする。だが、そこで例の捜査員に出くわした。


「神牙さん」


 彼はそれだけ言うと、悲痛な表情を浮かべてうつむいてしまう。見た目はなかなかの体育会系のように見えるが、性格の方はそうとも言えないらしい。

 私はうつむく捜査員に対して、どうかしたのかと訊ねた。


「神牙さん。僕からも、どうかお願いします。僕達捜査一課と神牙さんの部署はなにかといがみ合うことは多いですが、事件を解決したいという思いは一緒のはず……どうかよろしくお願いしますっ!」


 そう言って、捜査員は頭を下げる……彼からは、どことなく鳴海刑事と同じ匂いを感じる。

 私は彼に、一緒に捜査を続けるように提案した。


「っ! よろしいんですかっ!?」


 バッと頭を上げ、捜査員は目を丸くして問いかけてくる。

 私は彼に、この捜査は元々捜査一課との合同捜査であることを彼に伝えた。


「っ! ありがとうございますっ! お供しますっ!」


 彼は満面の笑みを浮かべて、警視庁の出入り口へと向かう私の後をついてきた。

 彼に対して、捜査一課の本郷警部に合同捜査を続ける旨を伝えるに言いながら、私は改めて気を引き締めてオモイカネ機関のメンバー達が待っているであろう、大倉刑事の自家用車へ向かった。


                       ※


 外に出れば、すっかりと冷え切った冷気が情け容赦なく肌を切り裂いてくる夜の九時前後……我々オモイカネ機関は、捜査一課に属する若い捜査員と共に、海野病院を見張っていた。警視庁を後にしてから、すでに数時間が経過している。

 我々が海野病院にたどり着いた時、本郷警部の言う通り、海野病院やそれに連なる海野邸の周辺には、誰一人見張りが付いていなかった。

 念のため偵察に出していた鳴海刑事からそのように報告を受けた我々は、車を人気のない駐車場に停め、交代で一人か二人が病院と自宅の双方を見張る態勢をとった。今は、私と鳴海刑事が自宅側、大倉刑事が病院側を見張っている。


「このまま朝を迎えたら、捜査の方は相当苦労しそうですね」


 白い息を吐きながら、鳴海刑事はそのようにボソッと呟く。私は彼の言葉に、これまたボソッと肯定の返事をした。

 だが、私にはこの病院を見張ることに、多少の確信はあった。

 私と『その者』が通信を交わした時に、私が海野病院を見張ると告げた時に『その者』が出した『頼む』という言葉……私には、あの言葉は海野病院を見張ることが今回の事件解決に役立つものであると暗に認めているように思えた。

 しかし、それと同時にこの張り込みは一か八かの賭けの要素が強い。単純に、連続殺人の現場や被害者の捨て場所が、この海野病院を中心に起こっているというだけのことだ。

 もし犯人が、住宅街の人間だったら? あるいは、遠方からやってきてわざとこの地域で犯行に及んでいるとしたら?

 そう思うと、途端に死体発見の連絡が来ることに恐怖してしまう。今、我々が取り組んでいることが、まったくの無意味であることを思い知らされるからだ。

 その時、暗闇の静寂を打つ破るかのように端末の着信音が鳴った。

 私が思わず端末を手に取ると、アシュリンからの電話だった。


「神牙か? 私だ」


 鳴海刑事に見張りを続けるように言ってその場から少し離れ、私が電話に出るとそのような声が聞こえてきた。

 私が返事をして状況を知らせると、アシュリンも気を遣ってか、少し小声になる。


「手短に説明すると、今回の被害者である根本氏の体内から麻酔薬の成分が検出された。病院なんかで使うようなものだ。それと、彼女の衣服には女性の物と思われる茶髪に染められた長髪が付着していた。最後に、彼女の遺体についてだが、いずれもこれまでの被害者と同じような傷を負わされていたが、ロープで縛られた痕や、ところどころ小さな擦り傷などがあった」


 私はアシュリンに、それぞれの事柄について彼女の見解を訊ねた。


「そうだな……麻酔薬に関しては、病院側が厳重に管理しているうえ、販売もそういった施設に限定されているから、個人が入手するのは難しいだろう。女性の毛髪については、米倉氏の自宅から検出された毛髪と一致している。誰の物かは不明のままだがな。

 被害者の体についている細かな傷だが、解剖の結果、生きている状態でついたものだ。犯人によってつけられたのか、自分がもがいたためについた傷なのかは、引き続き調べる。まぁ、ロープで縛られた痕があるから、おそらくもがいた拍子にでもついたと思うが……」


 私はアシュリンに、個人経営の病院なら麻酔薬は入手できるかと質問した。


「ああ、可能だ。何を専門にするかによるがな」


 アシュリンに礼を言って、私は再び鳴海刑事のもとに向かって情報を伝える。


「……ますます、あの病院が怪しいですね…あっ!」


 海野病院を監視していた鳴海刑事が、途端に驚きの声を上げる。私は彼に、もう少し声のボリュームを下げることを心の中で願いつつ、彼と同じように海野病院に目を向けた。


「神牙さん、あれ……」


 すると、彼は先ほどよりも小声でそのように言って、海野宅を指さす。私にも、彼と同じ光景が目に映っている。

……そこには、海野雅子と一人の女性の姿があった。夫である正志や、彼が雇ったと思われる弁護士の姿はない。今夜はもう、弁護士は現れないのだろうか? となれば、今すぐにでも事情聴取と行きたいところだが、そこはグッとこらえて彼女達の様子を観察する。


『……っちを……』

『……ん……』


 彼女達は何事かを話しながら、大きめの段ボールを玄関から運び出している。かなり重量があるのか、二人は段ボールの両端を持って玄関から続く階段を下りて、家の門に隣接している駐車場に停めてある車のトランクに、段ボールを置いた。どうやら、今から出かけるらしい。

 私は、突然捜査線上に浮かんだ謎の女性の事に気を取られるが、ハッとして鳴海刑事の方に視線を向ける。彼も、女性の存在に面喰っている様子だ。

 私は彼に、大倉刑事と鬼島警部に連絡を取るように言った。


「了解です」


 彼は囁きながら、しかしどこか興奮した様子でそう言って、スマートフォンを取り出す。


「あ、大倉さんですか? 実は――」


 鳴海刑事が大倉刑事に連絡を行っている間も、雅子と女性は次々と家の中からダンボールを運び出しては車のトランクに積んでいく……正志は気づいていないのだろうか?

 そもそも、あの女性はいったい何者だろうか? 背丈は女性にしては高いほうのようで、百六十センチ後半であるはずの雅子よりも頭一つ分高い。

 彼女は寒空の中、登山パンツとフリースジャケットといった活動的な服装で、髪は背中まで届く長髪で茶髪に染めている。だが、顔はこの暗がりのせいかよく見えない。

 私の脳内では、そんな女性の姿とこれまで事件現場や被害者に付着していた茶髪がリンクしていった。


「神牙さん。大倉さんが、今すぐ迎えに行ったほうがいいかと聞いてます」


 私は鳴海刑事に肯定の返事をし、鬼島警部に連絡をとった後は捜査一課の方にも連絡をするように言った。

 それからほどなくして、彼女達はすべての荷物を積み終えたのか、家の玄関に鍵をかけ、車のトランクを閉じてそのまま車に乗り込んで車庫を出る。特に焦る様子もなく、そのまま道路を右折して海野宅を後にした。

 そして、タイミングよく大倉刑事の自家用車が私達の目の前に姿を現す。おそらく、彼女達に気付かれない位置から見張っていたのだろう。

 急いで鳴海刑事と一緒に中に乗り込むと、すでに鬼島警部の姿もあった。


「では、行くであります」

「おう」


 鬼島警部の、静かだが闘志のこもった声を合図に、我々を乗せた車は静かに発車して彼女達の後を追う。


「先ほど、捜査一課の方に連絡をしたら、本郷課長が出てきまして……今回の事を伝えたら、『我々も同行する』とのことです」

「へっ、ちったぁ、気も紛れるだろうな」


 本郷警部の事を気遣っているのか、鬼島警部はそのように毒づく。

 やがて、我々の視界の前方に例の二人組を乗せた車が姿を見せ、そのまま数十分ほど尾行を続けた。

 時間帯のせいか、周囲にはこれといった喧騒も車の姿もなく、内心いつ尾行がバレるか心配だったが、彼女達はさほど警戒していないのか、ほどなくして都心から離れた閑静な住宅地へとたどり着いた。

 車はそのまま住宅地を抜け、街灯がだけが闇夜を照らす田んぼ道に入っていく。その間にも、私は鬼島警部と大倉刑事に、アシュリンからもたらされた情報を伝えた。

 彼女達はその情報に眉をひそめるだけで、特に何か言うこともなく前方を走る車から目を離さないでいる。すると、鬼島警部が静かに口を開いた。


「いったい、なにしようってんだ?」

「さぁ……あ、停車するでありますよっ!」


 大倉刑事の言う通り、我々が尾行を続けていた車は赤いランプを点灯して減速していった。ここからは百数十メートルほど離れているが、このまま車を停車させては怪しまれるかもしれない……私は大倉刑事に、そのまま車の横を通り過ぎて、目立たない脇道にでも車を停車させるように言った。


「うむ。了解した」


 彼は私の言う通りに、尾行していた車の横を通り過ぎた。去り際にチラッと車の様子を見るが、運転席や助手席は暗く、中の様子は窺い知れない。

 鬼島警部もそれは同じだったようで、去り際に少し席から体を浮かせて様子をうかがうも、『チッ』と舌打ちをして席にもたれかかった。

 少し進むと、農道はカーブとなって我々の姿を彼女達から隠す。私は大倉刑事に、そのまま車を寄せて停車するように言った。


「うむ」


 静かに車が停車すると、私は鳴海刑事に、捜査一課の方はどうなっているか質問した。彼は胸ポケットからスマートフォンを取り出す。


「……まだ、何も連絡は来ていません。僕達のいる場所を知らせておきますか?」


 私はその質問に肯定の返事をした。

 捜査一課に連絡をする鳴海刑事を車内に残し、残った私達は車から静かに降りて、やってきた道を徒歩で引き返す……カーブに差し掛かり、山林側に身を寄せながら例の車を確認する。

 すると、私達が見た時と同じように、その車はそこにあった。ヘッドライトが点灯しないということは、エンジンを切っているのだろうが……中にはまだ人がいるかもしれない。だが、それを確認しようにも、周囲はネオン街のきらびやかな雰囲気とは対極にある田舎道……人工の明かりは古い街灯だけというこのシチュエーションは、我々に圧倒的に不利である。

 幸いにして、車は街灯と街灯の間に停車しており、まったく視認できないというわけではない。いっそ、我々が順番に車内の様子を確認しようか?

 私は、その考えを大倉刑事と鬼島警部に相談した。


「なるほど、それは名案だ」

「でも、アタシ達は雅子に顔が割れてるぜ? 下手に動いて、証拠かなんか隠滅されたら意味ねぇぞ?」

「う、確かに……」


 鬼島警部の言う通りだ。もし、我々のうちの誰かが、あの車の様子を確認しようとして、中に誰かがいたら……例の女性は別として、海野雅子が乗っていたら、間違いなく相方と共になんらかの隠蔽工作をはかるだろう。それを止める権限は、現在の我々にはない。捜査令状がないからだ。

 私は二人に、しばらく様子を見て、動きがないようなら偵察しようと提案した。


「うむ」

「分かったぜ」


 その後、我々は山林に半ば身を預ける形でその車を見張ることになった。途中、連絡を終えた鳴海刑事も合流し、十数分ほどが経ったように思える。


「なぁ、もうそろそろいいんじゃねぇか?」


 街灯の明かりを避けるように暗闇に身を置く私に対して、鬼島警部がそのように言う。私は肯定の返事をした。


「よし。なら、行ってくるぜ」


 そう言うと、彼女は草むらから出て車に近づいて行った。

 彼女が近づいても車からはなんの反応もなく、鬼島警部はそのまま車内を覗いたりトランクを開けたりしながら車の周囲をぐるりと一周した後、我々に向かって手招きした。


「車の中には誰もいねぇ。あんたらが言ってたダンボールも、消えてなくなってるぜ」


 鬼島警部にそう言われて、私も改めて車内やトランクを見るが、人の姿もダンボールも見当たらない。


「いったい、彼女達はどこへ?」

「おそらく、この林の中では……?」


 そう言って、大倉刑事は背後にそびえる山林に目を向ける。

 時刻はすでに深夜。山林はそれほど広くないが、事件の重要参考人を追跡するにはあまりいい状況とは言えない。とはいえ、このまま引き下がるわけにもいかないので、私はメンバー達にこのまま雅子達の捜索と尾行を続けることを宣言し、鳴海刑事には捜査一課との連絡は常に保つように命じた。


「うむっ!」

「よし、行くかっ!」

「分かりました。気を付けておきます」


 各々(おのおの)からの、決意のこもった返答を聞いて、私達は気を引き締めて山林へと分け入っていった。

 案の定、山林の中は街灯の明かりや月明かりが届かないために、漆黒の闇に包まれていた。先ほどまで、それなりにはっきりと視認できていたメンバー達の姿も、よく見えなくなってしまう。

 だが、そのことはそれほど問題にはならなかった。林に入ってすぐ、懐中電灯のものと思われる明かりが見えたからだ。

 その明かりは、私達のいる位置から百数十メートルほど前方でせわしなく動いている。もし、あの明かりが雅子達が持っている懐中電灯のものだとしたら、これはチャンスかもしれない。他の者達もそう思ったのか、私の周りに集まって私の合図を待っているようだ。

……耳を澄ますと、明かりの方からザクッザクッと、土を掘る音が聞こえる。どうやら、雅子達はここでダンボールに入ったものを処分するらしい。

 私はメンバー達に、相手に気配を悟られないようにゆっくりとした動作で展開を指示した。もちろん口頭による指示ではなく、即席の手信号による指示だ。

 私の指示を受けたメンバー達は、それぞれ地面のれたえだや草が起こす音に注意しながら、ゆっくりと――しかし確実に、雅子達の周囲を取り囲んでいく。

 やがて、彼らの姿が闇夜に消えた頃、私は意を決してポケットから小型の懐中電灯を取り出し、ライトをけると同時に雅子達に声をかけた。


「ひっ!?」

「っ!!?」


 聞きなれた声による小さな悲鳴と、ある程度離れた場所からでも伝わってくる、息をのむ音……二つの不快な濁音だくおんが聞こえた刹那せつな、周囲に控えていた刑事達が姿を現す。


「おんやぁ? 誰かと思ったら雅子さんじゃないですか。どうしたんですか、こんな夜中に?」

「け、刑事さん?」


 鬼島警部の挑発的な言動にも、雅子は呆気あっけにとられた様子である。


「け、刑事さん達こそ、こんなところで何をしてるんです? まさか、私達を尾行してたんじゃ――」

「いえ、ご自宅の周囲で不審車両の目撃情報があったので、周辺をパトロールしていたところ、あなた方が乗ってきた車を発見しました。

 車の車種やナンバーが不審車両の情報と一致していたので、そのまま尾行を開始していると、このような状態になった、というわけです」


 鳴海刑事は、二人に対して落ち着いた調子で語る。実際は嘘なのだが、咄嗟とっさについたにしてはバレる可能性が低い、高度な嘘だ。もし、私達が意図的に彼女達を尾行していたとなったら、優秀な弁護士を用意できる海野家の事だ。あの手この手を使って、どのような状況証拠も法廷で使い物にならなくしてしまう可能性がある。


「それで、お二人はこんな時間にここで何をしているでありますか?」


 そう言いながら、大倉刑事はズイッと雅子達の前にその筋骨隆々の肉体をさらけ出す。彼の巨体は、例え本人に悪意がなくとも対峙する相手に恐怖を感じさせるものがある。少なくとも、相手の自供を促すにはもってこいの人材だ。


「あ、あの、私は……」


 そのようなことを呟きながら、雅子は茶髪で長身の女性の方をチラチラと見る。彼女はこの状況下でも体一つ動かさず、ジッと地面を見つめている。大倉刑事もその様子に面喰っているのか、女性の方をいぶかしげに見つめる。


「ん? なんだ、この臭い?」


 しかし、鬼島警部がそう言って近くに置いてあったダンボールを覗き見た瞬間、雅子はまた小さく悲鳴を上げ、女性はビクッと体を震わせて鬼島警部の方に頭部を向ける。


「うおっ!? こいつぁっ!?――」


 鬼島警部が、珍しく驚きの声を上げた瞬間、女性は脱兎だっとごとく私の方に走り出す――思わず身構えるが――。


「待たんかぁっ!!」


 女性に向かって、大倉刑事は情け容赦なく掴みかかり、そのまま巨体で押さえつけるように羽交はがめにしてしまう。女性はなおも逃げようと必死に抵抗するが、大倉刑事の両腕や巨体は万力まんりきのようにビクともしなかった。彼の対人戦における心強さは、『組織』の戦闘部隊と比べても決して劣ってはいない。

 しばらくすると観念したのか、女性はガクッとうなだれる。なおも逃走を警戒してか、彼女を離さない大倉刑事の代わりに、鳴海刑事が彼女に近づく。それに合わせて、私も女性にライトの光を向けた。


「うん?」


 鳴海刑事はそのように声を上げて首をかしげると、しばらく顎に手を添えて考え込む。


「先輩? どうしたでありますか?」

「いや、この人……」


 そう言って、鳴海刑事はなおも黙り込む。

 しかし、急にハッとした表情を浮かべたかと思うと、急に女性の髪を引っ張り始めた。


「せ、先輩、何を――あっ!?」


 大倉刑事は、目の前の光景に確実に驚愕きょうがくしたことだろう。私も同じ気持ちだ。


「……」


……そこにいたのは、海野雄二だった。

 彼の二つの双眼は、昼間見た時とは打って変わって敵意に満ちており、とても同一人物とは思えない気配をかもし出していた。


「おい。こっちも見てくれ」


 鬼島警部がそう言うので、私は大倉刑事にそのまま雄二を拘束しておくように言うと、鳴海刑事と共に鬼島警部が見つめるダンボールの中を覗き見た。


「うわぁっ!?」

「どうしたでありますか、先輩っ!?」

「い、いや、これは……」


 大倉刑事の問いかけに、鳴海刑事はろくに答えられないでいる。私も、今、かなりひどい表情を浮かべているに違いない。

 そこには……複数の切り取られた女性器があった。完全に血抜きをしていないためか、ダンボールの内側は完全に赤黒いシミに覆われており、下の方を見てみれば、外側にもそのシミは広がっていた。それでいて、鉄と生臭さの融合体であるこの臭気は、何とも言えない不快感を私にもたらしてくる。


「うぅ……うわぁぁあああっ!!」


 その時、雅子の絶叫が静寂な森林にこだまする……そのまま、彼女は地面に崩れ落ち、その姿を雄二はただジッと、相変わらず恨めしそうな表情で見つめるばかりだった。

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