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森の人 ~彼女達の行く末~

 あれから数日後……警察の全力の捜査にも関わらず、中本真奈と『森の人』は行方不明のままだ。オモイカネ機関の本部となっている倉庫には、未だに沈痛な気配が漂っている。

 一連の殺人事件や売春などは、テレビなどで大々的に放映された。今朝のテレビでも、元警察官やら普段はタレントなんかをやってるコメンテーター達が、ああでもないこうでもないと犯人像についてデタラな推測を垂れ流している……ハッキリ言って、受信料を返してほしいくらいだ。

 だが、私も彼らと似たようなものだ……あの時、あの滝で見た異形の存在……アレが人間だったとは、私には到底思えない。アレの正体が分からない以上は、私も彼らと同類だろう。

 あの時、真奈が言ったこと……自分の両親を殺すように頼んだ時の彼女の精神状態は、いったいどうなっていたのだろうか?

 私はその筋の専門家ではないので詳しくは知りようがないが、きっと壮絶な境地に立たされていたことだろう。


「それでは先輩……自分は、これにて失礼するであります」

「えぇ、お疲れさまでした……」


 私の目の前では、すっかり生気を抜かれたような二人の刑事の姿が見える……あくまで私の推測だが、二人は中本真奈が行方不明になったのは、自分達の力不足と考えているのだろう。

 もちろん、それは違う。あの状況、あの事件では、あのような結末しかなかった……自分でそのように考えるが、一向に納得する気持ちが沸き上がらないとなると、私も本心では自分の力不足を痛感しているのだろう。いや、ハッキリとそう言える。私は無力だった。

 あの時、真奈と初めて会った時、事件の重要参考人として保護することも出来た。もう少し本郷警部との交渉を粘って、より全面的に捜査に加わっていれば、中本夫妻の殺人は防げたかもしれない。もう少し、あの少女の話に深く耳を傾けていれば、事件の全貌をよりハッキリと理解することが出来たかもしれない。

 まるで決壊したダムから水が溢れ出てくるかのように、私の頭には様々な後悔の念が溢れていく……あと少し、もう少し……そんなワードが、私に心の中で漬物石つけものいしのようにドンッと重くのしかかってくる。

 その時、いつも『その者』とのやり取りに使っている携帯端末に連絡が入った。時刻はすでに退勤時間に迫ろうとしている……こんな時に事件だろうか?

 不審に思いながらも、私は端末の画面に目を向ける。


『大丈夫か?』


 チャットアプリを模した画面には、それだけ表示されていた。


『大丈夫だ』

『嘘だな。おおかた、あの少女の事で落ち込んでいるんだろう?』


 奴には神の目でもついているのだろうか?

 私のそんな疑問にも答えるスキを与えないかのように、『その者』から連続でメッセージが来た。


『そんな君に朗報だ』

『中本真奈は生きている』

『今は組織の方で保護している。その保護者である獣人もだ』


 私は一瞬、わが目を疑った。

 中本真奈……彼女は生きており、さらに彼女が言っていた『森の人』も彼女と一緒に保護している……『その者』から告げられた内容は、とても信じられないような内容だった。

 しかし、『その者』も私がこのような状態になるのは予見していたのだろう。すかさず、メッセージを送ってくる。


『信じられないことかもしれないが、事実だ』

『証拠はあるのか?』


 そう返信して十数秒後、画面には一枚の画像が現れた。そこには、目を閉じた中本真奈と獣人の姿があった。


『彼女達には多少の外傷があったそうだが、命には別条ないそうだ』

『彼女達を保護したのは、組織が獣人の方に興味があるからか?』

『獣人にも興味はあるが、我々は彼女と獣人のコミュニケーション手段に興味を持っている』


 画面に見える『その者』の言葉に、私はハッとした。

 確かに、今回の一連の殺人が『森の人』による犯行ならば、どうやって殺害対象を見つけ出したのだろうか?

 真奈は、獣人とかなり親しい様子だった……彼女は『森の人』に対して話しかけていたが、『森の人』がその言葉に反応した様子はない。だが、『森の人』は真奈が殺してほしいと願った相手を次々に殺害していった。もしかしたらあの獣人は、真奈の言語を解するほどの知性があったのだろうか?

 それとも、真奈は言葉以外の何らかの方法で、獣人と意思疎通を図っていたのだろうか?


『興味が沸いてきただろう?』


 私が考察に夢中になっていると、続けてメッセージが送られてくる……なんというか、手の中で踊らされているような気がして気分が悪い。


『いずれにしても、組織は彼女達を丁重に扱うだろう。もちろん、彼女達が歯向かったりしなければ、だがね。だから君も落ち込んでいないで、部下達を励ました後はいつも通りに職務に就いてほしい。しつこいかもしれないが、組織は君の働きに期待している』

『分かった。ありがとう』

『どういたしまして』


 そのような言葉が返ってくると、私は『その者』との交信を終えた。奴の送ってきた内容には若干気になる記述があったが、彼女達が死んでいないだけでも、私にとっては嬉しいことだ。

 ちょうど、私の目の前にはこれから帰宅しようとする鳴海刑事と大倉刑事の姿がある……彼らはこのオモイカネ機関に属する構成員だ。私は彼らを呼び止め、中本真奈と獣人が生きており、保護されていることを伝えた。


「な、なんだとっ!? 本当かっ!?」

「どこにいるんですかっ!?」


 彼らに必要なことだけ伝えると、私はあらかじめ帰り支度を済ませておいたカバンを持って倉庫を後にした。


           ※


 その日の夜――帰宅した私は、食事や入浴などを済ませた後に、自室にて黒川手帳を前に思い悩んでいた。

 机の上で、ジッとその時を待つ黒川手帳……クローゼットにも同じものが山のように積まれているが、この手帳に事件の概要や詳細を書き込むたび、私は自分の無力を痛感する。

 だが、それでも気持ちを奮い立たせて書くのだが、今回は一向にボールペンが進まない……私がそのままイスに座って白紙の手帳を眺めていると、後ろの扉が開く。


「む? なんじゃ、お主……まだ起きとったのか?」


 部屋から出てきたのは、タルホだった。彼女の言葉が気になり、机の上の置時計に目を向けるが、すでに時刻は十一時になろうとしている……どうやら、ずいぶんと長い時間悩んでいたらしい。


「ほう……また事件を解決したのか?」


 タルホは机の上に置いてある黒革手帳を見つめ、楽しそうに微笑む。だが、彼女は手帳と私の顔を交互に眺めると、その少女のような微笑みは消え去り、代わりにヨモツヒメとしての冷笑を浮かべた。


「ふむ……クックックッ、どうやら思い悩んでいるようじゃの。どれ、ちとわらわに話してみぃ」


……正直言うと、彼女に事件のことを話すのは抵抗がある。

 彼女はこの世ならざる存在……弱音を見せれば、そこからたちまち人の人生を狂わせることなど、造作もない。だが、そこで私は気づいてしまった……そのようなことは、人間にも当てはまることを。

 今回の一件にしてもそうだ……自分の娘を売春させるなど言語道断。だが、海外ではそれはどうやら当たり前のように起きているらしい。鬼島警部が珍しく神妙な口調で話しているのを耳にした。

 だからこそ私は――。


「おい、聞いておるのか? 話してみぃと言っておるのじゃ」


……どうやら、また悪い癖が出ていたらしい……この際、この気持ちを鎮めるためにも、彼女に話を聞いてもらおうか。私はそう思い、タルホに今回の事件をすべて話した。

 中本真奈という、一人の少女の周囲で起きた出来事……彼女と獣人との繋がり……手短ではあるが、事件の顛末てんまつまで話し終えると、タルホは小さく一息ついた。


「……なるほどのぅ、確かに世知辛せちがらい話じゃ。お主には耐え難い経験じゃったろうなぁ……」


 本気で言っているのかは不明だが、タルホはそのような甘い言葉をスラスラと述べる……だが一瞬、彼女の瞳に強い意志が宿ったような気がした。


「じゃがな……だからといって、お主が今の仕事を放り出してよい口実にはなるまい? お主が好んで今の仕事をしているかはわらわには分からぬが……少なくとも、お主のおかげでマシな結末を迎えた者達は多いはずじゃ。わらわはそう思っとる」


 それだけ言うと、タルホはそそくさと自分の部屋に戻っていこうとする。

……確かに、彼女の言う通りだ。血がにじむような捜査の果てに、どれほどむごい結末があったとしても、それを理由に今の仕事をやめるわけにはいかない。

 だが、私はふと気になり、自分の部屋に戻ろうとするタルホを呼び止め、彼女も『マシな結末を迎えた』一人かと訊ねた。


「……クックックッ、どうかのうっ!」


 そう言って、彼女は私の質問に答えず自室に戻っていった。

……まぁ、彼女からまともな答えが返ってくるとは期待していなかった。それより、この手帳に今回の事件の記録をまとめよう。『組織』の文書管理課でも知らない、私だけの事件記録を……。

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