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絵の中にあるモノ ~ベッドにて~

「――牙さん、神牙さんっ!」


……徐々に意識がハッキリするにつれて、私の身体の感覚も鋭敏になっていった。

 ここは……病院のベッドの上だろうか?

 病院独特の薬品臭と自分を包み込む柔らかな感触は、私に自分がいる場所が現実世界であることを確信させてくれる。そのうえ、頬を撫でるそよ風がなんとも心地よい。

 どうか、目を開ければ、いつもの日常に戻っていますように……私はそう祈りながら、両目を開けた。


「おっ!? やっと起きたかっ!」

「良かった……心配しましたよ」

「まったくだっ! 貴様はたるんどるっ!」

「怪奇現象にヤラれて死にかけてたてめぇが言えることか、あぁっ!?」

「ひぃっ!? け、警部殿、自分は、その――」


……よかった……いつも通りの日常だ。

 私が寝ているベッドの両隣には、それぞれ鳴海刑事と大倉刑事、鬼島警部とカチューシャがいた。

 全員無事なようで、鳴海刑事と大倉刑事はすっかり体調が良くなったようだ。私は二人に、その旨を問いかけた


「えぇ、もう大丈夫です。ご心配おかけしました」

「うむっ! 自分も、まったくもって問題ないっ!」


 その後、私は二人に退室を促し、残った鬼島警部とカチューシャに状況の説明を求めた。


「それがよぅ……」


 私からその質問を受けると、鬼島警部は珍しく眉をへの字に曲げ、言葉を詰まらせる……私は彼女にカチューシャに状況の説明を求めた。


「実はね。あの時、あなたは何かにとり憑かれちゃったみたいで、苦しそうに暴れ回ってたわ。そしたら、いきなり和服を着た小さな女の子が現れて、あなたを一撃で気絶させちゃったの。それで、私はその時に出てきた悪霊を退治したってわけっ!」


……説明を求めたのは私自身だが、カチューシャはもう少し言葉をオブラートに包み込む技術はないのだろうか?

『とり憑かれちゃったみたいで』って……よく本人を目の前にして言えたものだ。

 それにしても……『和服を着た小さな女の子』……私の勘が当たれば、その正体は――。


「ねぇ、ファング」


 私は唐突にカチューシャに呼ばれ、ひとまず思考の海を漂うことを止めた。


「さっきの続きなんだけど……私が悪霊を退治したら、急にあの部屋の壁から火が出ちゃってね? なんとか、あなたやここにいる鬼島さんは助け出せたんだけど……あのアパートは完全に焼失してしまったわ」

「ま、いいさ。もう新しい住処は見つけたんだ、問題ねぇよ」

「うふ、そう言ってくれると、私も助かるわっ!」


 その後、二人が退出した後に私に襲い掛かってきたのは、途方もない虚無感だった。

 あの時、自分は何も出来なかった……それどころか、カチューシャの話が正しければ、あの絵にまつわる悪霊にとり憑かれる失態を犯していたわけだ……。


「じゃ、また来るわね、ファングッ!」

「またなっ!」


……未だに思考がまとまりきらない私を残して、カチューシャと鬼島警部は病室を後にし、二人が出ていったスライド式のドアから、入れ替わるようにしてアシュリンが入ってきた。


「……調子はどうだ?」


 私が身を預けているベッドの横に置いてある丸椅子に座った彼女が発した第一声は、それだった。

 彼女に大丈夫であることを伝えると、アシュリンは『そうか……』と言って大きなため息をつく。


「はぁ、まったく……君は刑事らしいが……今まで、まともなケガをした君を見たことはないぞ? 命に関わるほどの大怪我を負ったかと思えば、今度は部下が謎の体調不調……挙句の果てに、あばら骨が数本折れた君が運び込まれてきたわけだが……念のために聞いておく……君は、本当に刑事なのか?」


 私は即座に肯定の返事をした。


「……そうか、分かった。とにかく、しばらくは安静にしてくれ。いいな?」


 私がその言葉に対しても素直に肯定の返事をすると、アシュリンは再びため息をついて病室を後にした。

 残された私は、『その者』への事後報告をするのを忘れていたことを思い出し、さっそく携帯端末を探す――幸い、すぐ横のテーブルに私の私物が入ったバッグが置いてあったので、すぐに端末は見つけられた。


『大丈夫か?』


 着信欄には、そのような文字が見えた……ということは、『その者』は今回の一件を知っていたのだろうか?


『知ってたのか?』

『なにを?』

『今回の一件を』

『いいや。ただ、君の部下や君自身がその病院に運び込まれた事実は把握している。最初の問いはそのことに関してだ』


……どうだか……こいつに関しては、まったく信用ならない。日々の事件で助けてもらっていることには感謝しているが……。


『わかった。そういうことなら、たいしたことはない。一応、オモイカネ機関が担当するに値する事件が、機関に所属する人員の自宅で起きてしまったため、報告や連絡が遅れただけだ』

『それは、例の血で描かれた絵画や毛髪に関することか?』

『そうだ』

『事件は解決したということでいいんだね?』

『捜査に協力してくれた者の話によると、事件の原因は処理済みのうえ、現場は火災で焼失してしまったそうだ』


 少し間があいて、返信がくる。


『分かった。後でまとまった報告書を送ってくれ。引き続きよろしく頼む』

『了解』


 それだけ返事すると、『その者』との交信は途切れた。

 私は端末をテーブルに置き、今回の事件に幕を引くかのように長く、大きなため息をする……すると、私の右側……窓の方から気配がした。


「元気そうじゃな」


 私がそちらに視線を向けると、いつの間にか、丸椅子に座ったタルホの姿があった。

……私は彼女に対して、助けてくれたことの礼を述べた。


「ほっほっほっ! 前にも言ったじゃろう? お主の魂はまことに美味じゃ。そんじゃそこらの奴らにくれてやるわけにはいかんでなぁ……」


……やはりそれが目的だったか……私が半ば呆れ果てていると、タルホはその特徴的な笑い声と共に窓際のカーテンの奥に消えていった。それから続いてタイミングよく、アシュリンが再び姿を見せる。


「では、ファング。さっそくだが、これを飲め」


 そう言いながら丸椅子に座る彼女の手には、カプセルや錠剤の入ったプラスチックケースがあった。よく海外ドラマで見かけるようなもので、表面には英語がビッシリと書かれている。

 私がこの薬剤類について質問すると、アシュリンは目を輝かせながら返答した。


「そんなの、決まってるだろう? 鎮痛剤に、栄養剤……あと、血液や体に有効な物質を分泌させる薬剤だな。心配するな、オピオイド系の物質は入っていないから、依存症になることはない。さぁ、飲めっ!」


 そう言ってグイグイッと水の入ったコップとケースを押し付けてくるアシュリン……いや、私には仕事が――。


「そんなこと、今はどうでもいいっ! 絶対安静だっ!」


 そう言いながら、私の身体を押さえつけてくるアシュリン……あの、絶対安静では――。


「えぇい、神妙に大人しくしろぃ、みっともねぇ!」


……ダメだ、こりゃ……。

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