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怪物と因習 ~山村~

ある日……時刻は昼を少し過ぎた頃、私が昼食を終えて警視庁のいつもの仕事場に戻ると、すでに食事を終えて戻っていた鳴海刑事と大倉刑事が自分達のデスクで暇そうに雑談しているのが見えた。


 鬼島警部は、相変わらずソファで横になり、競馬新聞で顔を覆って寝ている。彼女が昼食を食べたのかどうかは不明だ。


 私が自分の席についてしばらく書類仕事をしていると、大倉刑事が大きく伸びをした。




「暇ですなぁ……せめて他の部署の手伝いでもあればいいのですが……そう思いませんか、先輩?」




 対面のデスクに座る鳴海刑事の方を見ながら、大倉刑事はそう問いかける。それに応えるように、鳴海刑事は顔を上げて口を開いた。




「そうですねぇ……でも、僕達が暇ってことは、それだけ事件がないってことですから……」


「確かに……そう思えば、この暇も甘んじて享受出来ますなぁ……はぁ……」




 彼らはそう言うが、安心してほしい。たった今、私の携帯端末に事件発生の知らせが入った。


 画面には短く、事件の概要と発生場所が記されている。


 私は鳴海刑事と大倉刑事の二人に事件発生を知らせて、席を立って後ろのロッカーに入れてある装備類を取り出した。




「むむっ!? そう言った矢先に事件かっ!?」




 言葉とは裏腹に、大倉刑事は私よりも先にさっさと支度を終えて、喜々とした表情で倉庫から出て行ってしまった。


……あの調子で捜査を開始するつもりなのだろうか?……やめた方が良いと思うが……。




「……大倉さん、現場で働きたかったのでしょうか?」




……私は鳴海刑事の質問に生返事を送り、手早く支度を済ませて鬼島警部に形だけ挨拶をし、鳴海刑事と共に倉庫を出てエレベーターへと乗り込んだ。


 一応、私達が所属しているオモイカネ機関の本部がある倉庫はこの階の一番奥にあり、上手く歩けば誰にも見つからずにエレベーターまで行くことが出来る。


『だから?』と聞かれてしまえば元も子もないが、私が属する組織の都合上、人目に付きにくい活動拠点があるのはありがたいことなのだ。


 私達が乗り込んだエレベーターの中は、しばらく沈黙の時間が流れる……が、鳴海刑事が私の方を向いて口を開いた。


 彼に気づかれないように横目で見るが、彼はとても深刻な表情をしている。




「神牙さん……この前の地下施設での事件ですが……あの施設は、神牙さんと何か関係があったんですか?」




……私は、その質問に答えられなかった。その質問に答えた結果、彼の人生を大きく狂わせてしまう可能性があったから……。


 今でも、普通の警察官の人生に比べれば充分に異質な人生を鳴海刑事は送っているが、組織や私の個人情報などを深く知ろうとしたら、それこそ消されてしまうかもしれない。


 ちょうど運良くエレベーターが一階に着いたので、私は逃げるようにエレベーターを降りた。


 後ろから鳴海刑事の『あっ……』という声が聞こえたが、彼はそれ以上は何も聞かずに私に付いてきてくれる。


 彼には悪いが、それでいい。最悪、彼に組織などの情報を話す機会があったとしても、そのタイミングは今ではない。


 もっとも、私としては彼にそこまで組織に深入りして欲しくはないというのが本音だ。なんというか……のんびりとした彼の性格を考えると、とても組織で生き残っていけるとは思えない。


 私達が少し気まづい雰囲気で警視庁を出ると、すでに大倉刑事が正面入り口に隣接する道路に車を寄越していた……ここで路上駐車をしても良かったのだろうか?……まぁ、いちいち気にしてもしょうがないか……。


 私達が車に乗り込むと、大倉刑事は私の座る後部座席へ振り返って口を開いた。




「それで、現場はどこだっ!?」




 私は携帯端末を取り出して、事件発生現場の情報を大倉刑事に教えた。




「よし、分かったっ!」




 彼は私から情報を聞き出すと、警視庁の正面入り口の前であるにも関わらず、私と鳴海刑事がシートベルトを締めるよりも早く車を急発進させた。




           ※




「……神牙……神牙、着いたぞ」




 うたた寝をしていた私の脳裏に、聞き覚えのある声が流れた。


 目を擦って姿勢を正し、周囲を見渡す……私達を乗せて走っていたはずの車はいつの間にか停車しており、周囲の風景はコンクリートに囲まれた都会から、緑深い森林へと変わっていた。


 私が大倉刑事にここはどこかと聞くと、彼が振り返って答える。




「貴様に言われた通りの座標だ。それで、事件はどこだっ!?」




 私は携帯端末を見るが、地図に記されたマークはこの場所を示している。どうやら、この場所で間違いないらしい。


 私は車を降りて辺りを見渡すが、特にそれらしい雰囲気は感じない。てっきり死体があるのかと思ったが、その臭いもしない。


 私は車の中に戻って、携帯端末の画面を見た。


 事件の概要欄に記載された事件発生場所には、『村』の表記がある。だが、周囲に人工物は見当たらない。


 おそらく……車が停車している位置は、村への入り口の一歩手前といった場所なのだろう。相変わらず、情報部の怠慢には腹が立つ。


 私は大倉刑事に、しばらく進んで警察署か交番を見つけるように言った。




「うむ、分かった」




 そう言って、大倉刑事は車を発進させた。


 今回は秘匿捜査ではない。


 我々の部署にとっての王道パターンとしては、所轄の警察に事情を説明して捜査に参加し、鳴海刑事達と協力して事件を解決する。秘匿性の観点から考えれば多少危険ではあるが、事件の解決率はこの方法がダントツで高い。


 組織の方もその点は理解しているようで、前に『その者』にその方法で良いかどうか相談した時は『まったく問題ない』と返信がきた。だとすれば、今回は王道パターンで捜査を開始するべきだろう。


 現時点での最善最良の選択肢が目の前にあるのに、わざわざ苦難と危険に満ちた選択肢を選ぶ必要はない。


 私は再び携帯端末を取り出して、事件の概要を流し読みする。この辺りの警察の規模を知っておきたいからだ。


……どうやら、私達が捜査を開始するであろう村は牢山村ろうざんむらと言うそうで、情報が確かなら東京都と神奈川県の県境にあるようだ。


 概要欄がいようらんには牢山村のそれ以上詳しい情報が記載されていなかったので、諦めて端末をしまう。


 そして、しばらくアスファルトの道路を進むのだが、警察署のような建物は見当たらない。


 まぁ……失礼だが、このような田舎では警察署よりも交番や駐在所を探すべきであろう……そんな気持ちで辺りの景色を見ていると、私達を乗せた車はトンネルに入った。


 トンネルの中は最新の蛍光灯設備のおかげでかなり明るく、地面の方までハッキリと見える。


 ただ……トンネルから出る時に、私は妙な違和感を覚えた。トンネルの外側に、巨大な引き戸式の鉄扉が設置されていたのだ。


 あれはいったい、何のために設置されているのだろうか……? 見た所、かなり新しい物のようだが……まったく分からない。


 私がモヤモヤした気持ちで再び車窓からの景色を眺めると、ちょうど両隣の風景が緑深い森林から木造の家屋と坂道に変わっていった。


 そして、そこからさらに先へ進むと、右側に駐在所らしき建物が見えた。というか、『牢山駐在所』と書かれた看板がある。


 大倉刑事も気づいたのか、その駐在所の前に設けられた駐車場に車を停める。


 私は大倉刑事に礼を言って、車を降りた。


……少し深呼吸をするが、やはり田舎の空気はきれいだ。私の実家も山と森林に囲まれた場所にあったが、とても空気が澄んでいた。近頃は再開発などで、このような自然は少なくなっているだろう。


 もっとも、千葉県の一部の市などでは、再開発に伴って近くの山林を保護するようになっているので、一概に乱開発しているとは言えない。


 そんなことを考えていると、すでに大倉刑事は駐在所の中へ入ろうとしていた。


 私も鳴海刑事と共に駐在所に向かい、引き戸を開けて駐在所の中に入る。


 駐在所の中では、一人の男性警察官が受付に座っていた。正直言って、彼は大倉刑事と同類だろう……一目見た瞬間にそう感じた。


 自然光によって日焼けした肌、制服の上からでも分かる鍛えられた筋肉、制帽に隠された刈り上げられた頭髪……どう考えても、体育会系の人間に違いない。


 案の定、私達が駐在所に入ってくると、男性は勢いよく立ち上がって敬礼した。




「おはようございますっ! 本庁からお越しになられた方々でしょうかっ!? 本官は加山太郎巡査でありますっ! 押忍ッ!」




 私達を見ただけでそのようなことを発言するという事は、おそらく『その者』かその部下にあらかじめ連絡を受けていたのだろう。


 だが、私が彼に対して発言しようとすると、大倉刑事が一歩前に出てあからさまに権威主義的な態度をとった。つまり、両手を後ろに組んで胸板を強調してみせたのだ。




「いかにもっ! 自分は本庁から来た大倉源三巡査部長であるっ! こちらは鳴海警部補、こちらは神牙警視正だっ!」


「け、警視正っ!? 失礼いたしましたっ!」




……別に、失礼をされた覚えはないのだが……。




「して、現場はどこだっ!?」


「はっ! 本官にご同行お願いしますっ!」




 私が呆然としている間も、大倉刑事と加山巡査は話を進め、駐在所を出て行ってしまった。




「……どうやら、加山巡査と大倉さんは相性がいいようですね……」




 半ば呆れたように苦笑いを浮かべる鳴海刑事に対して、私は肯定の返事をして彼と共に駐在所を出た。


 すでに大倉刑事は車に乗り込んでおり、加山巡査もパトカーに乗車している。


 私達は急いで、大倉刑事の自家用車に乗り込んだ。




           ※




――私達は、加山巡査のパトカーを先頭に山道を走っていた。


 しばらく進むと、道が横倒しになった大木によって阻まれているため、私達は車を降りてここからは歩いて進む。


 ここは駐在所より数十分程車を走らせた場所だが、先程までは多少家屋やアスファルトの道路など、人が住んでいる形跡のある見慣れた風景だったのだが、今は木々と剥き出しの大地によってまったく文明の臭いを感じさせない。


 そのような道を、加山巡査は黙々と進んで行く。彼は地元の人間なのだろうか?


 気になったので、加山巡査に質問してみる。




「いえ、本官は東京生まれでして、数ヵ月前にこの村の駐在所に派遣されてきました」




 時折こちらを振り返りながら質問に答える加山巡査にお礼を言うと、彼は『警視正殿にお礼を言われるなど――』と、興奮した様子で何事か叫んでいた。


 そして、もはや道という存在さえ消え失せた山中をしばらく進むと、加山巡査が足を止めた。と同時に、むせ返るような鉄の臭いが鼻腔に漂ってくる。これは、私が何度も嗅いだ臭いだ。


 そして、先頭を歩いていた加山巡査はこちらを振り返った。




「この先が、事件現場になります」


「う、うむ……」




 途端に元気がなくなった大倉刑事は、加山巡査の前に出てしばらく動きを止めた。


 そして、青ざめた顔でこちらを振り返った。




「……僕も見ます」




 鳴海刑事はそう言って、大倉刑事と交代になるように現場となっているであろう場所を見た。




「うわっ!?」




 突然、鳴海刑事は声を上げて後ずさった。


 今度は私が彼らの前に立ち、現場を見ようとする。どうやら現場は、私が立っている場所から崖下の位置にあるようだ。


 草と土で満たされた大地の先はポッカリと穴が空いたように穿たれており、そこから先の道は無くなっている。


 私がその急激な段差から顔を出して下を見ると……ソレは確かにあった。


 地面を一色に染める鮮血……千切られた四肢……こちらを見ているように放置された頭部……この光景は気持ちのいいものではない。


 私は遺体となった者に敬意を払うように、合掌する代わりにそっと崖下から視線を外した。




「さすがですね……」




 私がいつの間にか後退していた鳴海刑事達がいる場所まで向かうと、加山巡査が私の方を見てそう言った。


 彼には適当に返事をしたが、もし遺体を見て動揺しなかったことを言っているのなら、正直言って大きなお世話だ。


 このようなことは……どれほど場数を踏んでも、決して慣れるものではない。そのような考えが態度に出てしまったのか、加山巡査は申し訳なさそうにうつむいた。


 いずれにしても、ここからでは遺体の状態などが分からない。


 私は加山巡査に、遺体のある場所へ降りることはできるか問いかけた。




「はっ! こちらになりますっ!」




 そう言って、加山巡査はスタスタと山道を歩いていく。


 どうやら、崖下への道は私達が元来た道を戻って回り込むように進めばたどり着くようだ。だとしたら、あの場所に遺体があったのはなぜだろう?


『その者』からもたらされた情報によると、今回の事件は殺人事件とある。


 私もパッと見ただけだが、仮に崖下から転落しただけでは、あれほどの損傷具合にはならないだろう。


 ならば、私達がさっきまでいたあの場所で、犯人が被害者を殺害して遺体をバラバラにした後、あの崖下に放り投げたのだろうか? それも違う気がする。


 一応、崖下を覗く時に私は地面をよく観察していたが、血痕などは見当たらなかった。ブルーシートを敷いてその上で解体したとも考えられるが、なぜそれほどの手間をかけたのかが分からない。


 今のところ、崖下で被害者を殺害、遺体をバラバラにして放置したというのが私の見立てだ。


 もっとも、なぜそのような事をしたのかは分からないし、被害者がどういった人物なのかも不明だ。分かっているのは、あの崖下で見た無残な光景だけである。


 そして、私達は加山巡査の案内で遺体のある崖下に到着した。


 やはりというべきか、遺体との距離が縮まったおかげで血の匂いがより濃くなっている。それに、かすかに腐敗臭も漂う。


……大倉刑事はこの辺りで待機してもらった方がいいだろう。私がそのように言うと、




「すまない……」




 と言って、大倉刑事は近くの木にヨロヨロと近づいてうなだれてしまった。


 私は鳴海刑事の方を見て、遺体を見るか問いかけた。




「はい……」




 鳴海刑事は、覚悟を決めるように深く頷いた。


 私は加山巡査の横を通り過ぎて、遺体へと近づいて行った。


 遺体との距離が近くなるたびに、腐敗臭と鉄の臭いが強くなっていく。普通の人間には、耐えがたい苦痛となるだろう。


 そして、とうとう被害者の遺体の状況が分かった。




「うっ……」




 私の後ろで、鳴海刑事が嗚咽おえつする。


 彼がそうなるのも無理はない。このような状態の遺体を見るのは、私も久しぶりだ。


 まず、遺体周辺の地面にはやはり血痕が大量に付着していた。よく見てみると、血液に混じって遺体の組織片なども周辺に散らばっている。


 そして、遺体自体はバラバラにされていた。


 しかし、地面にしゃがんでよく見てみるが、遺体の切断面は非常に不均一だった。


 てっきり、切れ味の鋭い刃物などで切断したと思っていたのだが、切り口を見るにどうやら違うらしい。恐らくだが……この切り口はノコギリで出来たのではないだろうか? まだ断定はできないが、一応頭の片隅に入れておこう。


 頭部は切断箇所である首を覗いては、比較的綺麗な状態である。


 もっとも、亡くなってから時間が経っているため、その見た目は非常におぞましいものに変わり果てているが……。


 両手両足の部分も比較的綺麗な状態だが、胴体は別だった。


 見える範囲では、仰向けにされた胴体には無数の刺し傷が見受けられる。これらが致命傷になったかは不明だが、その可能性が高いだろう。


 とりあえず、遺体をアシュリンのいる神明大学付属病院に運んでもらうように手配しよう。


 私は加山巡査に対して、遺体の収容を手配してもらった。




「はっ! かしこまりましたっ!」




 神明大学付属病院への手配は、私の携帯端末から『その者』を通してやっておく。


 私は『その者』に連絡を済ますと、鳴海刑事と大倉刑事、加山巡査に声をかけて現場の保存を徹底するように命令して、その作業を手伝った。




           ※




「神牙……犯人はいったい何者なのだ?」




 駐在所へと戻る道中で、車を運転する大倉刑事がそう聞いてきた。


 もはや今の彼に、オモイカネ機関の部屋を後にした時の気迫は微塵も感じられない。彼は、自分が血や幽霊の類が苦手であることを忘れていたのだろうか?


 まぁ、あまり彼を責めても仕方ないので、私はまだ分からないとだけ言っておく。




「だが……」




 そんな言葉を発した後、大倉刑事は黙って車の運転に集中した。まるで嫌な事を忘れようとしているかのように……。


 そして、私達は駐在所へと戻ってきた。


 駐在所の中に入り、加山巡査から事情を聞くため、駐在所の奥に入っていく。


 この駐在所は加山巡査の自宅と併設されており、私達は駐在所の奥から加山巡査の自宅へと入っていった。


 休憩室にある自宅へと続く引き戸を開けて中に入り、加山巡査に案内されてリビングにたどり着くと、私はその光景に目を見開いて驚いた。




「なにぶん、本官は独り身ゆえ……」




 雑多なゴミにまみれたフローリングの床に散らかったカップラーメンの残骸や筋トレ器具を前にして、加山巡査は申し訳なさそうにうつむきながらそのような言い訳をした。




「うむ、自分もよく分かるぞっ!」




 そう言って、大倉刑事は加山巡査の肩をバシッバシッと叩いた。




「うぅ……大倉先輩っ!」




 なぜかは不明だが、肩を叩かれた加山巡査は涙目になって大倉刑事を見つめている。


……まぁ、この辺りは体育会系同士にしか分からない領分ゆえ、あまり突っ込まないことにする。


 そして、私達は適当にイスに座り、加山巡査から事件の状況を聴取しようとした。




「それで、事件の状況は?」


「はっ! 説明させて頂きますっ!」




 私が口を開くよりも早く、大倉刑事が加山巡査から事情を聞こうとする……一応、私がこの中で一番階級が上なんだけど……?




「まず、本官が事件の知らせを受けたのは今日の朝九時頃であります。山菜採りに出かけていた山中さん、あ、この人は普段は村役場で働いているのですが、今日は休みだそうで……ゴホンッ! とにかく、山から下りてきた山中さんが駐在所までやってきて、本官に『大変だっ!』と言ってきて、あれよあれよと言う間にあの場所まで連れていかれまして……本官は山中さんと山を下りた後、所轄の方まで応援を要請したのであります。


 そして駐在所で待機していましたら、皆さんがお越しになられたのであります」


「うむ、そうか……あ~……え~……」




 大倉刑事はそこから何を言うべきか、分からない様子だった。


 私は彼にだけ聞こえるように小さな声で、山中さんに事情聴取は出来るのかと聞いた。




「う、うむっ! 山中さんっ! 山中さんはどこにいらっしゃるっ!?」


「はっ!? あ、あの、どうして山中さんの居場所なんか……」




……これは驚いた……加山巡査は本当に警察学校を卒業したのだろうか?


 何も考えずに発言したのか、加山巡査にそう言われた大倉刑事は『あ……うぅ……』と言葉にならない声を上げている。


 私は大倉刑事に対して、事件の第一発見者からも事情を聞きたいと言うように助言した。




「そ、そうっ! 事件の第一発見者からも事情を聞かなければならんのだっ!」




 大倉刑事がさも自分が思いついたかのように言うと、加山巡査は目を輝かせて口を開いた。




「な、なるほどっ! さすがは本庁捜査一課でありますっ!」


「は、はははっ! なぁ~に、これくらいすぐに思いつくことだっ! わーはっはっはっ!」




……まぁ、いちいち気にする必要もないだろう。


 私達は加山巡査の案内で、山中さんが働いているという村役場へと向かった。




          ※




 村役場に到着すると、加山巡査は迷うことなく村役場の受付に行き、受付の女性と一言二言話す。


 私達が村役場の受付の前に設けられたソファで様子を伺っていると、受付の女性は席から立ち上がって奥の席の方へ歩いて行った。


 そこには一人の初老の男性が座っており、受付の女性が話しているとこちらの方をチラッと見た。


 ここからではよく分からないが、おそらくあの男性が加山巡査の言っていた第一発見者の山中だろう。




「せ、先輩……」


「はい?」




 私の後ろで、大倉刑事が鳴海刑事に話しかけた。




「あ、あの……自分の気のせいかもしれないのでありますが……自分達は監視されているような……」


「え? 誰にです?」




 大倉刑事の言葉に鳴海刑事は驚いて辺りを見回す。


 私も同じようにするが……確かに、視線を感じる。しかも、まるで隠すような気配がない。


 なにせ、私達のすぐ隣にいる老婆などは、先程からジッと私達の事を見ている。その視線に温和な気配など微塵もなく、まるで公安警察のように鋭い気配を放っている。


 それは、老婆以外の村役場内の人間も同じだ。まるで、私達を拒むかのように村人が結束しているような雰囲気さえ感じる。




「神牙さん……」


「か、神牙……」




 気づけば、鳴海刑事と大倉刑事は不安そうに私の事を見ている。恐らく、この雰囲気に飲まれたのだろう。


 私はそれほどでもないが、二人のことを考えるとこの状況はまずい。


 最悪、この村に泊まり込みで捜査をすることになるかもしれない。その際、村人達と関係が悪いというのは何かと弊害がある。失礼だが、とりわけこういった孤立した村や集落などでは、この現代においても非常に封建的、排他的思想を住人が共有している場合が多い。


 もしかしたら、村人の誰かが犯人、あるいは犯人の関係者だった場合、その存在を隠蔽する恐れがある……まぁ、その場合は正直に『その者』に報告をして指示を仰ごう。気は進まないが……事件解決のためには致し方ない。


 私は二人に、もしもの場合に備えてこの村にいる間は最大限注意すること、もし捜査が困難となった場合は、ためらわずにこの村から撤退する考えを周りに聞こえないように小声で話した。




「むぅ……そうか……」


「はぁ……」




 二人はあまり納得できない様子だったが、命には代えられないのだから仕方ない。


 そして、私達の目の前に山中が現れた。




「あのぅ……加山君から、皆さんにもう一度状況を説明するように言われたのですが……?」




 山中は私達の顔を見回しながら、丁寧な口調で話した。


 しかし、私の勘が正しければ、彼は決して礼儀正しい性格というわけではないだろう。


 あくまで周りの目を気にして、柔和な人物のフリをしているように感じる。


 その証拠に、彼は身長が百六十センチほどしかないように思われるが、その気迫には凄まじいものを感じる。案の定、リーダー気取りだった大倉刑事はさっきから後ろで小刻みに震えてしまっている。


 仕方ないので、私は山中から事件の詳細を聞くために遺体発見時の状況を訊ねた。




「今日は仕事が休みだったので、山に山菜採りに出かけていました。遺体があった周辺は山菜などがよく採れる場所だったので、私はいつも通りにその場所へ向かったのです。ですが、その場所に着いたら、なにやら異臭がしまして……不審に思ってその原因を突き止めるために周辺を探していたら、崖下であの遺体を目にしたのです」




 その時の状況を思い出したのか、山中は銀縁メガネを外して眉間を押さえた。


 彼がメガネを掛け直して『すみません』と言うと、私はそれからの行動を質問した。




「私は山を下りて、駐在所へと向かって加山君に状況を説明し、彼を連れて再びあの場所へ向かいました。彼は崖下の遺体を見て心底驚いてたようで、慌てた様子で私と共に山を下り、駐在所へ戻ってどこかに応援を呼んでいました。そして、『あとは警察のお仕事ですので』と言って……家にジッとしてもいられませんでしたので、こうして出勤してきたのです」




 次に、遺体発見時に何か変わった様子はなかったか質問した。




「いえ、特には……」




 彼がそう言うので、私は彼に礼を言った。




「では、私はこれで……」




 山中はそう言って、村役場の奥へと去っていった。




「警視正殿……これからいかがなさいましょう?」




 山中が立ち去ると、加山巡査、大倉刑事と鳴海刑事の三人が私の事をジッと見つめていた。


 私がこれからの捜査手順を考えていると、出入り口からせわしない物音が聞こえた。




「あっ! いたいたっ! 駐在さんっ!」


「あ、おばあちゃんっ!」




 加山巡査は村役場に入ってきたその老婆に声を上げるが、老婆は構わずに加山巡査の腕を掴んで引っ張って行ってしまう。




「ちょ、ちょっとおばあちゃんっ! どうしたのでありますかっ!?」


「どうもこうもないわっ! 人が死んでるんじゃっ!」




 その一言で、村役場に緊張が走る。


 気づけば、役場内のすべての人間が私達を見ていた……。

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