陸
長らくお待たせ致しました!
今週より、連載を再開致します。来週はまた、別の作品を更新致します。
詳しくは、秋月の活動報告にて。
次の日。神社の朝は早い。とにかく早い。日の出と共に、なんて訳がない。
朝4時から、身支度を整え、朝食の準備やら、掃除やら、準備が始まる訳である。
それは、幼い二人にも適応されており、朝の身支度を終え、ラジオ体操をした後、朝の仕事をしていく。
「寒い・・・」
今日の朝は、更に寒く、水が凍ってしまい、仕方なく乾拭きを廊下へしていく。瑞希の今日の仕事は、廊下の水拭き。しかし、悪天候ゆえに、乾拭きに免除された。
斎は、雪かきと、風呂掃除を担当する。トイレ掃除は、御師匠様がしてくれた。
「終わったぁ」
くたくたに成る頃、ちょうど良い匂いがしてくる。朝食である。
「斎、今日は何かな?」
「お客様がいるから、お粥かも」
「温かいお粥・・・朝だし嬉しいかも」
瑞希はお粥が好きだが、育ち盛りの斎は、いささか物足りないから、ちょっと不服そうである。とはいえ、恐らく、御師匠様もそれは分かっているから、斎には多目に出されるだろう。育ち盛りは、ハラペコ魔神なのである。
朝の7時。お客様も起きてきて、皆で揃ってご飯の時間。
「頂きます」
丁寧に挨拶をしてから、箸を手に取る。やはり、育ちが良いお客様。満彦も、達彦も、大変綺麗な食べ方である。
本日の献立は、温かい具沢山キノコのお味噌汁と、ワカメご飯、山菜のごま和えに、ひじきの煮付け、焼き豆腐の餡掛けであった。大変、ヘルシーかつ、ボリュームがあり、お腹に貯まりやすい物だろう。なお、男性陣は大盛りにされており、斎が嬉しそうに食べていた。
「ご馳走さまでした」
食後のデザートであった、バナナのチョコゼリーも、しっかりと完食し、後片付けも終われば、本日のお仕事スタートである。
「本日も、宜しくお願い致します」
この挨拶が、始まりの挨拶となり、糸を解いていく。昨日と変わって、弟の達彦が起きている。どうやら、指の辺りの絡まった糸が解けた事で、落ち着いたらしい。
兄の満彦さんは、神社の固定電話で、家に報告するため、今は席を外している。ここは、携帯の電波が入らないのである。
黙々と、昨日の続きから解いていく訳だが、どうやら興味があるらしい達彦の、興味津々な視線が煩い。じーっと、見られると、人間、やりにくい物である。
「達彦さん、最近、変わった事はありました?」
優しい正園の言葉に、年よりも大人びた、けれども、まだまだ子供らしい瞳が、キョトンとして、首を傾げた。
「・・・変わった事、ですか?」
朝食の時は、黙々食べるため、話したのはこれが初めてだろう。何せ、昨日は、諸々の事情により、気を失っていたのだから。勿論、話ながらも、正園たちは、手を止めていないが。
「うーん・・・最近、あんまり覚えていないんです、断片的になら、記憶はあるんですけど、曖昧だったりして」
声変わりをしていない、子供特有の高い声が、困惑をしているからか、少し震えていた。最近の記憶が無いのだから、怖いのは仕方ないだろう。瑞希とて、記憶が無くなったら、きっと怖くて泣いてしまうだろう。斎も、これには、思うところがあり、顔が困惑いっぱいになった。そんな子供たちの、困った様子にすら気にせず、電話からいつの間にか戻っていた満彦さんは、壁に背中を預けながら、こっくりこっくり、船を漕いでいた。大変、マイペースな方である。というか、いつの間に戻っていたのか、誰も気付かなかった。
「兄さんっ! こっちは真面目に話してるのに!」
ぷくっと頬っぺたを膨らませる達彦に、流石に目が少し覚めたらしい満彦さんは、気まずそうに頭を掻いていた。
「すまん、昨日は心配であんまり寝れなくてな・・・達彦の元気な顔を見たら、安心したんだよ」
そう言いながらも、巨大なアクビがまた一つ。お腹も膨れて、安心すれば、仕方ないのかもしれない。
「もうっ! いつもじゃないかっ!! 信彦兄さんが来てくれたら良かったのに・・・」
どうやら、この兄弟にはもう一人居るらしい。年が離れた兄弟かと思っていた斎も、瑞希も、これには驚いた。勿論、手は止めていないが。
「・・・満彦さんの弟さん、でしたか?」
御師匠様の言葉に、二人は、そういえば顔見知りであった事を思い出す。ただ、御師匠様も、うろ覚えのようだが。
「はい、僕の下で、達彦のもう一人の兄なんですが・・・あいつは運悪く、仕事で県外に居まして・・・」
何とも言えない沈黙が起きた。達彦は不満そうに、プイッと顔を背けてしまい、完全に不機嫌になってしまったようだ。その一瞬で、家族に関する糸が、また絡まった。目の前で見えてしまう故に、一番幼い瑞希は狼狽え、斎も困ってしまう。
「あらあら、兄弟喧嘩もするくらい、仲良しなんですね」
コロコロと笑う御師匠様には、大丈夫な兄弟喧嘩に映ったようだ。満彦さんは、苦笑いするしかない。原因は自分なのは、自覚しているらしい。
「いや、お恥ずかしいところをお見せしまして」
恥ずかしそうに頭を下げる満彦だが、素直に慣れないお年頃の達彦は、視線を外したままだ。
「さぁ、続きをしましょう、二人とも手が止まっていますよ」
そのまま、また糸を丁寧にほどいていく。穏やかな時間が過ぎていくが、ふいに、玄関からインターホンが鳴る。これに、御師匠様は手を止めて、お客の二人に断りを入れてから、斎と瑞希も連れて、玄関へお出迎えの為に足早に向かっていく。
そこには、長らく待ちに待った、二人の人物が居た。方や、穏やかに微笑む、優しげな初老の男性。方や、中年にはまだ早い、30歳くらいの男性である。二人とも、スーツ姿であった。
「師匠、ご無事の帰還、何よりです、お帰りなさいませ」
丁寧に頭を下げて、出迎える御師匠様。勿論、斎と瑞希も、ちょこんと座って、一緒にお出迎えしている。
「うん、今帰ったよ・・・変わりはないかね?」
穏やかに訪ねる師匠と呼ばれた初老の男性は、先代の正園であり、今は瑞希と斎から、大先生と呼ばれている。もう一人の男性は、名を、良太郎と言い、瑞希と斎には先生と呼ばれている。
訳あって、正園の名は彼女が継いだ。兄弟子である彼が、継ぐ気が無かった事と、人に教える事に、全く向いていなかった為である。
「実は・・・」
正園より、説明を受けた大先生は、穏やかな顔を一瞬で険しいものに変えた。
「うむ、着替えたら直ぐに行く、良太郎、お前も来い」
「はい」
直ぐに、部屋に戻り、5分程で二人は着替えて出てきた。瑞希と斎は、御師匠様と一緒に、お客様のところへ戻ってきた。説明をする為である。
「只今、先代が帰りましたので、これよりは先代が行います」
正園の穏やかながら、ハッキリした言葉に、彼は待ちに待った瞬間だったんだろう。満彦は、先代の正園に向かって、綺麗に頭を下げた。所謂、土下座である。
「弟を、宜しくお願い致します」
そこには、兄としての、色々な気持ちが籠っていた。斎には兄弟がいないから、そこはよく分からないが、多分、同じ事があったら、同じように頭を下げたかもしれない。それだけ、真剣だったのだ。
「話は聞いてますよ、いやはや、大きくなりましたなぁ」
好々と穏やかに微笑む初老の先代は、面識があるらしい。孫を見るような視線であった。
「ふむ、・・・厄介な奴に、目を付けられたようですなぁ、さっさと解いてしまいましょうか」
それは自信に満ちた者、特有の力強い言葉であり、近くで見学していた斎と瑞希の背筋が、無意識にピーンと伸びた。側で控える、正園も、良太郎も、見逃すまいと、かなり集中しているようだ。
・・・そして、その時が来た。