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次回は2月16日更新です。

この日、以前より予約を頂いていた方をお出迎えするべく、瑞希はいつもの巫女服を着て、玄関に控えていた。先程、到着の電話が来たので、もうすぐここまで来るだろう。

今日は、冬のわりに日が射していて、窓辺にいると温かく感じるくらいの、穏やかな日である。


ピンポーン


甲高いチャイムの音がして、数人の人達が玄関より入ってくる。今日のお客様である方々だ。


「ようこそいらっしゃいました、鈴木さま」


「やあ、瑞希ちゃん、大きくなったね、今日も宜しくお願いしますよ」


子供の瑞希にも、丁寧に挨拶をしてくれたのは、半年に一回、必ずいらっしゃる鈴木さま。60歳と以前、本人が言っていたが、もっと若々しい感じがする、穏やかな男性だ。いつも、ビシッと一流のスーツを着ている。いつもは、そっくりな息子さんだけと来るが、今日はその他に斎くらいの年頃の男の子が一緒だった。


「はい、ご案内致します」


複雑な廊下を案内し、本殿へ向かうと、御師匠様と斎が、既に控えていた。勿論、三人分の座布団を進め、瑞希は自分用の薄い座布団へ座る。斎も御師匠様も、フカフカの座布団だが、瑞希は未だに座るとバランスが取れないため、薄い専用座布団のままである。


「お久しぶりです、正園さん、本日は宜しくお願い致しますよ」


鈴木さまは座ると、丁寧に頭を下げた。いつも礼儀正しい方なのだ。


「こちらこそ、いつもありがとうございます、鈴木さま、本日は三人の糸を拝見で宜しいですか?」


「えぇ、息子は以前に挨拶しましたね、ほら、達也、挨拶なさい」


鈴木さまに促され、斎くらいの年頃の男の子は、丁寧に頭を下げた。


「達也です、宜しくお願いします」


利発そうな子だ。髪は短く整えていて、冬であるため、厚着だが、中々にオシャレである。


「うちは、此方のお陰で、良い縁を結べておりますから、この子達にも良い縁を結べたらと思いましてね」


上機嫌の鈴木さまは、お得意様である。定期的に来ては、糸を見て、必要ならば、ほどいていく。


「では、始めましょうか」


御師匠様の合図で、鈴木さまの糸を見ていく。定期的に見ているからか、あまり絡んでは居なかったが、とある糸に、斎も瑞希も困惑してしまった。御師匠様は淡々と糸をほどいていくが、その糸については悩んでいるようだ。


「鈴木さま・・・女性で、新しい縁がございませんでしたか?」


遠慮がちな御師匠様の質問に、鈴木さまは特に気にした風もなく、考えていた。


「あぁ! 新しい秘書が入りましてな、はて? 悪い縁でしたか?」


不安が含まれた彼に、御師匠様はゆるりと首を横に振る。優雅な仕草で、嫌な部分はない。


「いいえ、ただ・・・これは、愛人やそういった色を示します、奥様を大切になさって下されば、色は付かないでしょう」


運命の相手として伸びる、赤い糸。そこに、以前までは無かった、色の無い糸があったのだ。本来ならば、こういった糸は、他に結ばれるのだが、どうやら、この糸の持ち主は、そういう意味で近寄りたいらしい。

子供の斎や瑞希は、よく分からないが、こういった糸はよく目にするため、困り顔しか出来ないでいた。


「なっ!? 冗談じゃない! 私は妻一筋です! そんな迷惑な糸があるなら、ほどくか、切って下さい! お願い致します!」


真っ青になり、慌てた様子の鈴木さまは、土下座を始めてしまった。後ろに控えるようにいた息子さんが、慌てて父親を止めるが、多分、鈴木さまには聞こえていないだろう。


「父さん、落ち着いて! 大丈夫、父さんが母さん一筋なのは、皆しってるから!」


鈴木さまは、家族を連れてくるが、奥様は最近、来ていない。膝を悪くしてしまい、神社に来るのは大変になったかららしい。息子さんの奥様も忙しい方で、一度だけ来ただけである。鈴木さまは、三人のお子さまがいて、娘二人は既に嫁いでおり、たまに別口で予約を頂いていた。奥様に似ていて、優しそうな美人さんである。


「鈴木さま、大丈夫ですわ、これはかなり細い糸です、慌てる必要はありませんわ、恐らく、これ以上は太くも色も付かないでしょう」


「・・・そうですか、お見苦しいところをお見せしました」


恥ずかしそうな鈴木さまは、糸をほどき終わると、席を息子さんに譲った。息子さんも、半年ぶりであるが、糸はほとんど、絡んではいなかった。が、変な色の糸があった。伸びているのは、知り合いのところだ。


「息子さんには、変な縁が伸びているようです、直ぐに切った方がいいでしょう、斎、ここにはさみを」


斎は指示を受けると、懐から、絹に包まれた糸切りばさみを取り出す。これは、代々伝わる特別な鋏で、縁切り鋏と呼ばれる。美しい細工がされており、代々大切にしてきたものだ。

チョキンという小気味よい音がして、変な色の糸が切れた。


「最近、評判の良くない方と知り合いましたか?」


「いや、そんな人いたかなぁ」


どうやら、記憶にも残らないような人だったようだ。早めに解く事で、悪い出来事を起こさない事も、大切な事である。

最後にお孫さんである、達也くんが呼ばれて、ちょこんと先程まで彼のお父さんが座っていた場所に座る。


「では、糸を拝見しますね」


緊張している達也くんに、優しく言ってから、御師匠様は糸を見ていく。達也くんは、そんな御師匠様の仕草を、興味津々に見ていた。


「うーん・・・変な糸はないようですね」


ためらいがちに、御師匠様が口を開く。なお、瑞希も斎も、その子の糸には驚いていた。親はともかく、子供にしては糸が多かったのだ。勿論、友達等を示す糸である。そこには、色鮮やかな糸が沢山ついていた。


「この糸の様子だと、君は、クラスの中心に居るタイプね・・・でも、一部の糸は気を付けないといけないわ」


そういった子は、自然と狙われやすい。だから、悪意に成りそうな糸は、ほどくか、切るかを選ぶ。


「斎、この糸には鋏を」


結局、御師匠様は、この中にある、既に黒くなっていた糸だけを切るように指示した。恐らく、かなり危ないと思われる黒い糸だ。


「後は様子を見ましょうか、子供の糸は、変わりやすいですから」


環境により、糸が変わる事がある。だから、悪意にもさらされやすい。本当に気を付けねば、子供の糸は直ぐに絡んでしまうだろう。


「本日は、これで大丈夫でしょう」


穏やかな御師匠様の言葉で、独特の緊張感が消えていく。

終わった後は、いつもお茶を出し、おもてなしをするのだが、今日は違ったようだ。


「瑞希、斎、達也くんと遊んでらっしゃい」


どうやら、大人たちのお話があるらしい。こんなときは、大抵、そんな指示を出される為、頷いた二人だが。


「御師匠様、着替えてきていいですか?」


斎の冷静な言葉で、着替えてから遊ぶ事になった。巫女服は、クリーニングが大変なのである。


「えぇ、着替え終わったらまた、此方にいらっしゃい、達也くんも暖かい場所で待っていたらいいわ」


それまでは、御師匠様たちも、お話は待ってくれるらしい。とにもかくにも、二人は急いで、別館へ向かったのだった。

その際、きちんと頭を下げてから向かった事を、礼儀正しい二人の名誉の為に、追記しておく。御師匠様は、怒ると怖いのである。

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