拾伍
お待たせしました・・・。
今日はまったり、ちょっと成長したお話?
泣き出してしまった達彦も、兄にハンカチを渡され、頭を撫でられて、少しずつ落ち着いてきた。
「ふむ、少し糸が緩んだのぅ、大丈夫じゃ、ちゃん解決するからのぅ」
優しく言われて、小さく頷いた達彦は、心配そうに見ている斎や瑞希に、笑いかけた。大丈夫そうに見える。
「ふむ、こんなもんじゃな・・・どれ、これにて終いじゃ、斎と瑞希は私服に着替えておいで」
「達彦くんは、二人が来るまで、暖まっているといいわ」
斎と瑞希は、互いに顔を見合わせて、直ぐに動き出した。勿論、礼儀正しくはしていた。廊下に出るまでは、間違いなく。姿が見えなくなると、バタバタと走る。早く遊びたかったのだ。
その音が聞こえた御師匠様が、頭を密かに抱えていたのは、この場に居る人達は、苦笑しかない。
・・・・・どうやら、斎と瑞希は、後程、御師匠様からありがたいお小言を貰うようだ。
と、柚希がトテトテと大先生へ、向かっていく。
「どうした? 柚希」
不思議そうに、柚希に問う大先生は、好々爺の顔だ。
「先代様、この子は?」
信彦の質問に、先代は、そういえば説明していなかった事を思い出した。
「この子は、うちで引き取った子で、柚希と申します、あの子等の弟弟子になりましてなぁ、可愛らしいでしょう?」
その説明に、信彦は納得したらしく、柚希に視線を向けた。
「柚希、どうしたんじゃ?」
柚希の視線は、ずっと、先代が持つ立派なハサミに、釘付けである。キラキラとした視線で、興味津々にハサミを見ている柚希に、流石に危ないため、先代は直ぐにハサミを布に巻いて、懐へ仕舞う。改めて柚希を見れば、残念そうにしていた。どうやら、皆が持っているハサミが、気になるらしい。
「ハサミが気になるか・・・柚希、ハサミは危ないからな、また今度みせてやるから、今は諦めなさい」
優しく言い聞かせると、少し考えてから、柚希は素直に頷いた。
「素直でいい子ですね、・・・そうだ、こういうのは好きかな?」
信彦の手には、いつの間にか、一枚のお札。彼が小さく何かを呟くと、そのお札は、小さな子犬になり、尻尾を振って柚希を見ている。
「にょっ! わんわん!」
大喜びの柚希は、直ぐに興味を持ち、追い掛けて夢中で遊び始める。一気に場が、ほんわかした穏やかな空気になった。
「あらあら、楽しそうね」
上品にコロコロと笑う正園に、目元を和ませる大先生と先生。ちょっと不安そうな達彦も、柚希に興味津々だ。自分より小さな子を身近で見る事は、達彦には少ない事で、瑞希でさえ、最初は緊張したものだ。今回は、更に幼い子である。どうすればいいのか、まったく分からなかったのだ。
「達彦も今日は見せるんだろう?」
優しく信彦が達彦に言えば、ちょっと恥ずかしそうに、うんと頷いた。ちゃんと練習もしたし、両親からも許可を貰った。二人に約束したし、何より瑞希が怖そうにしていたから、怖い存在ではないと、ちゃんと教えたかったのだ。
とはいえ、今回見せるのは、柚希が遊んでいるような、小さな式である。式神では、色々とあるため、単純な式、それも瑞希が怖くないような、可愛らしい見た目の式である。それを調整するのが、中々難しいため、いっぱい練習もして、達彦はやっとお披露目に漕ぎ着けたのである。
とはいえ、目の前で軽々と、自分がいっぱい練習した式を作られては、内心、かなり凹んでしまったけれど・・・。
と、正園に話しかけられる。
「達彦くん、式は大きいのかしら?」
「えっ? いえ、あの犬くらいの大きさです」
「外は寒いし、茶の間で皆で遊べばいいわ」
ちょうど、プライベートな空間の茶の間には、そこそこの広さのスペースがある。山頂の神社とはいえ、昔から避難所等にもなっていたため、かなり広さがある。
「いいんですか!?」
嬉しそうな達彦に、正園も笑顔で頷いた。斎や瑞希、達彦なら、走り回ったり、危険な事は無いと分かっているからだ。
「ありがとうございます!」
達彦にしてみれば、少しの間、お世話になった、大切な場所だ。また行けるのは、純粋に嬉しい。
「良かったな、達彦」
兄にも言われて、達彦はますますご機嫌になる。
と、タイミング良く、斎と瑞希が着替えを終えて、帰ってきた。二人とも、セーター姿である。
「斎、瑞希、皆で茶の間に行きますよ」
正園に言われ、二人は急な事で、不思議そうにキョトンとしている。そんな姿に、達彦がちょっとだけ可笑しそうにしていた。
「あちらなら、暖かいでしょう? それに、遊ぶならちょうどいいわ」
益々意味が分からず、ハテナを盛大に飛ばしている瑞希と、素直に頷いた斎。キャッキャッと子犬の式と遊ぶ柚希。因みに子犬の式は、偉いもので、柚希に大人しく抱っこされている。そんな三人と皆で、別館の茶の間へ向かう。本殿の他に、客人が泊まる小さな離れ、そして、皆の生活スペースである別館がある。
扉一枚で入るそこは、ダイニングキッチンになっており、一角に広めの畳のスペースがある。そこを普段は、茶の間と呼んでいた。
「さぁ、そっちで遊んでいて良いわよ、でも、気を付けて遊ぶのよ?」
正園達は、別件で話があるらしく、子供だけが茶の間に集まる。美しい畳の空間には、立派な漆塗りのテーブルがあるだけの、和の空間である。
「達彦くん、先に紹介するね! 弟の柚希だよ!」
瑞希がお姉さん風を吹かせて、ちゃんと柚希を紹介した。残念ながら、柚希が抱っこしていた子犬は、お札に戻っていた。兄もこれから達彦が見せるのに、意地悪をするつもりはないのだ。柚希は不満そうだったが、泣き出したりはしなかった為、大人組はホッとした。
「よろしくね、柚希くん」
「あい!」
元気に挨拶した柚希を前に、ちょっと怯んだが、今日の目的を想いだし、緊張したまま三人に向き合う。
「あのね? やっと許可が出たから、式をね? 見せたいんだ」
不安そうな顔のまま、達彦はハッキリと口にした。