拾肆
お待たせ致しました。
外は、冬にしては珍しい晴天であるが、残念ながら、まだ風は冷たいため、いつもの巫女服の子供達は、寒そうである。柚希も、正園が作った、小さな着物姿である。着替えた柚希は、大変可愛らしく、皆でデレデレしていたのは、当人には内緒である。勿論、大人達も寒いが、客を招くため、顔はキリリとしていた。
それから直ぐ、何かの羽ばたきが聞こえ始める。
「ぴぇっ!?」
柚希の何とも変わった、可愛い悲鳴が聞こえるのと同時に、彼らの目の前には、巨大な鳥が現れる。勿論、背中には長男の信彦さんと達彦くんが乗っているのだろうが、式神の羽ばたきから来る強風により、残念ながら、腕で顔を庇ったため、斎も瑞希も見えなかった。
大人達は平然としてはいたが、柚希は驚きから泣きそう・・・いや、既に涙がいっぱいのため、泣く寸前で、正園があやしていた。
なお、今回の瑞希は、慣れたお陰で、隠れたりはしなかった。お姉さんになって、ちょっと成長したのである。誉めて欲しい。とはいえ、斎の袖を握っていたのは、ご愛嬌だろう。まだ、ちょっと怖いのである。
「斎~! 瑞希~!」
真っ先に、達彦が降りてきて、二人に駆け寄ってくる。今は、冬真っ只中である。更には空の旅だからか、久しぶりに会った達彦は、かなり、着込んでいた。でも、真っ赤になった顔は元気いっぱいである。
「久しぶり、達彦」
「達彦くん、久しぶり!」
斎も瑞希も、久しぶりの達彦との再会に、満面の笑みを浮かべて、はしゃいでいる。山頂にある神社であるため、気軽に遊びに行けない。やはり、年の近い子供同士で会えるのは、嬉しい出来事なのである。
一方で、大人組は、丁寧な挨拶から始まった。
「本日はお時間を下さり、ありがとうございます」
「こちらこそ、遠路遥々、ようこそお出で下さった、ゆっくりしていって下さい」
信彦と大先生の挨拶も済み、早速中へ案内する。流石に、外は寒い。
「まずは、糸を拝見で宜しいですかな?」
「はい、お願いします」
という訳で、神殿へ向かい、暖まりながら、糸を見ていく。勿論、大先生が担当している。斎と瑞希は、柚希と一緒に、近くの座布団に座って、見学している。なお、瑞希と柚希は、ぺたんこな座布団である。瑞希は未だに、フカフカ座布団では、バランスが取れないのである。
良太郎と正園は、そんな子供たちの近くにいる。
「ふむ、信彦さんは随分と、顔が広いようですが、最近、何かありましたかな? 糸が少し絡んでおりますが」
「えぇ、仕事先で少しトラブルがあって・・・」
人当たりの良さそうな顔が、困り果てていた。どうやら、かなりの出来事だったらしい。優しく触ってから、糸をほどいていく。
「ふむ、異性関係ですかな?」
「・・・やはり、分かりますよね・・・・・、依頼人のところで、一目惚れをされまして」
聞いていた大人組は、何とも言えない納得顔だが、純粋な子供達は、意味が分からず、キョトンとしていた。柚希も、首を傾げている。可愛い姿だが、残念ながら、誰も見ていなかった。インパクトが大きすぎたのである。
「初めて組む地元の術者だったんですが、いくら断っても、何回断っても、言い寄ってくる始末で・・・」
かなり押せ押せな女性だったらしい。意味が分かった斎が、微妙な顔になった。かなり整った顔立ちの斎は、妙に女性に言い寄られやすい。その為、そういった押せ押せな女性がすっかりダメになってしまった。
「ふむ、赤い運命の糸に成りたいようじゃが・・・」
ここで、運命の人が誰かを言うのは、許されていない。思わぬ事態があるかもしれないからだ。そもそも、糸の相手が誰かまでは、間近で繋がっていないと分からない。
「そもそも、糸に色がないのぅ・・・良くて知り合い、みたいじゃから安心せい」
そう言われ、ホッとしたようである。中々、苦労しているらしい。
「ふむ、他に気になる糸は・・・これかのぅ? あまり、良い糸じゃないのぅ、・・・うむ、これは切った方が良い糸じゃな、斎、来なさい」
不意に、斎が呼ばれた。斎は鋏を持つ許可がある。普段から、大切に扱っており、瑞季にも触らせない徹底ぶりであった。
「この糸を、鋏で切りなさい」
「はい、大先生」
素直に切る斎の後ろで、羨ましく見ているのは、瑞希だ。未だに鋏は早いと、許可が降りていないため、羨ましいのだ。
そんな瑞希を不思議そうに柚希は見ているし、達彦は心配そうに見ている。短い間とはいえ、一緒に居た達彦は、瑞希が羨ましいと思っているのを知っている。達彦も、兄が居るため、羨ましい事が多々ある。年上が先に何でも成功するから、末っ子は悔しいし、羨ましいのだ。勿論、努力をしているのも知っているから、こちらも嬉しいけれど、やっぱり羨ましい。
「ふむ、気になるのは、後はないのぅ、どれ、次は達彦くんの番じゃよ」
「はい! お願いします」
元気にお返事して、達彦は信彦が居た場所へ行く。興味津々で避けた信彦が、達彦の手元を見ていた。
「フム、あれ以来、黒い糸や怪しい糸は無いのぅ、良かった良かった・・・じゃが、身内で少し絡まっとるのぅ・・・・・兄弟喧嘩か、親御さんと何かあったかのぅ?」
大先生に問われ、達彦は気まずげに視線を反らした。近くに居た信彦は、理由を知っているからか、苦笑している。
「糸は正直だな、達彦」
確認するように言われ、ムスッとした顔になっている。近くに居る斎が心配そうに見ているが、それにも気まずげだ。とはいえ、兄は理由を知っているから、こればかりは理由が分かってしまい、苦笑するしかないのだ。
「実は、上の弟が、達彦の欲しがっていた式神と、契約しまして・・・」
簡単に説明した信彦は、兄弟だから、感性が似る事も知っているし、満彦が意図した訳で無い事も知っている。本当にたまたま、召喚したら来てくれて、契約できたのだ。でもそれは、達彦がずっと契約して欲しい、と願っていた式神だった。
と、黙って静かに座布団に座っていた柚希が、トテトテと達彦へ向かっていく。
「にいたん、だいじょーぶ?」
まだ、舌が回らない柚希の、拙い励ましに、達彦はビックリして、でも何だか恥ずかしくて、複雑な不安そうな顔をしてから、くしゃりと泣き出してしまう。
彼もどうしていいか、分からなかったのだ。
「柚希、いらっしゃい」
優しく正園に呼ばれ、柚希はまた、トテトテと帰っていくが、斎は益々不安そうに達彦を見ているし、瑞希も同じように見ている。彼らは空気を読んで、柚希みたく動けはしなかった。
柚希はまだ心配なのか、何度もチラリチラリと、達彦を見ていた。