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千年ぶりの魔法をあなたに〜生贄にされた王女と処刑された護衛〜

作者: 美原風香

「殿下!? なぜ嘘なんて……!!」

「だってあなたは止めるでしょう?」


 私は微笑む。じゃないときっとあなたは諦めないから。


「当たり前でしょう!? なぜあなたが生贄にっ……」

「私が王女だから。この国を守る義務があるから」


 遮る。じゃないと思わず縋りついてしまいそうだから。

 彼の金色(こんじき)の瞳に映る私は泣きそうな顔をしていた。


 ごめんなさい。でも私が止まるわけにはいかないの。


「あの者をここから連れ出せ!」

『はっ!』

「殿下!?」


 私の命令に周りにいた護衛の者たちが動く。いくら最高位の魔法使いである彼といえどもこの部屋では魔法は使えない。王族しか魔法が使えない特別な部屋だから。


 彼は、剣を持った私の護衛たちに為す術もない。


「殿下! 殿下ぁ!!!」


 連れていかれる彼を見て目から涙が溢れた。


 心の底から愛してる。

 だから、あなたに今から始まることを見せるわけにはいかない。


 涙を拭って前を見た。私はこの国の王女。役目を果たすのみ。


「儀式を再開する!」


 私の声にフードをかぶって並んだ魔法使いたちが頭をさげた。

 私は聖水の泉の中に身を沈めていく。特別な水、一度入れば出ることはできないだろう。


 だが、もう迷ってはいなかった。

 胸元にある彼の名前入りのペンダントを握りしめる。


「せめて来世、もう一度巡り会うことができますように……」


 水底に沈みながら私は呟いた。

 効果があるのかもわからない、祈りのような魔法を。




 ***




「はっ」


 真っ暗な部屋で目が覚める。数瞬の間、自分がどこにいるかわからずに混乱したが、やがて暗闇に慣れてきた目が鏡の中に、銀髪に銀の瞳の少女を見つけて思い出す。


「あぁ、夢か」


 懐かしい夢を見た。私ーーティアラ・ド・ルマージェの前世。遥か昔、千年前の人生の最後。

 立ち上がってカーテンを開けると、陽の光が部屋の中を満たす。


「せっかくあの時の夢を見るなら彼の顔を見たかったな」


 最愛のあの人。しっかり私と向き合っていたはずなのに、夢の中ではなぜか顔がぼんやりとしていて見えなかった。


 私はすでに彼の顔も名前も覚えていない。神様の手違いか、千年後の時代にこうして転生した私は、その影響のせいなのか前世のことはあまり覚えていなかった。


「それでも、あの最期だけは忘れられないのだけどね」


 苦笑する。水底に沈み苦しかった記憶だけは今も記憶の奥底にこびりついて離れない。せっかくなら彼と過ごした時間を大切にしまっておきたかったのに。


「まぁ、もう私には関係ない話ね。同じ王女という身分だけれど、以前は聖女と呼ばれていたのに今は『厄介者』だもの」


 なんの因縁か、私は今世もまた前世と同じルマージュ王国の王女として生まれていた。

 しかも、以前は聖女と呼ばれて災いに呑まれていた国を救おうと奔走したのに、今世は現国王と侍女の間に生まれて疎まれ半ば幽閉されている。


 同じ身分でありながらすごい違いだ。


「のんびり過ごすのが一番よね、今は災いが降りかかっているわけでもないみたいだし」


 と割り切っているからなんともないが、でなければきっとこの人生に耐えられなかっただろうと思う。それくらい、望まれぬ王女、という身分は厄介だったのだ。


 コンコン。


「どうぞ」

「ティアラ様、朝食の時間です」

「ありがとう、エマ」

「いえ、それでは失礼いたします」


 朝食を置くとそっけない態度で出て行く侍女。今まで私付きの侍女はおらず、王宮と同じ敷地にありながら隔てられた場所に建っているこの離宮に王宮の侍女が三食運んでくれていた。


 まぁ、みんな関わりたくないからかほとんど会話せずに出て行ってしまうのだけど。


「いただきます」


 広い部屋で一人、ポツンと朝食をとる。疎まれている割にまともな食事が出されるのは救いだ。


 と、その時だった。


「うっ」


 唐突に吐き気を覚える。苦しくて辛い。


「くっ……〈解毒(キュア)〉」


 息も絶え絶えに魔法を唱えると白い光が私を包む。

 光が収まった時、吐き気も治っていた。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 息が荒い。だが、驚きはなかった。

 食事に毒が入れられるなどよくあることで、それが自分を特に疎ましく思っている王妃や王子たちの仕業であるということはわかっていた。


 強いていうならいつもよりかなり強い毒で、あと少し解毒が遅れていたら死んでいただろうことにゾッとする。


 私は今世ではまともな教育を受けていないから、魔法を使えることは知られていない。彼らはきっと、私がまだ生きていることを不思議に思っているでしょうね。


「まだ死ぬわけにはいかないもの。気をつけなきゃ」


 朝食に解毒魔法をかけながら呟く。

 こうやって王族が身内を殺そうとするなどあってはならないこと。上に立つものが腐っていけば、国は傾き、民が苦しむ。


 今はまだ私が表に立つわけにはいかないけど、いずれ絶対に間違いを正してみせる。


 それが私の、この国の王女としての役目だから。




 ***




 朝食後、私は自分に姿を見えなくする魔法をかけて離宮から抜け出した。


「ご苦労様」


 そう小さく呟いて、扉の前に立っていた警備の騎士の間をすり抜ける。


「久しぶりのお日様……気持ちいいわね」


 私が離宮から出ることは認められていない。今の騎士達は侵入者の警戒ではなく、私が外に出ることを警戒しているのだ。


「ん〜っ」


 久々の外は気持ちよくて思わず伸びをする。今は春。庭園には色とりどりの花が咲き乱れていてとても美しい。


「っと、ちょっと急がなきゃ」


 私のところに訪ねてくる人はほとんどいないが、全くいないわけではない。誰かが来た時に私がいなければ大変なことになる。


 風をまとって人通りの少ない道を駆け抜けて、私は王宮に忍び込んだ。


「っと、危ない」


 急ぎすぎて、たくさん書類を持った執事とぶつかりそうになり慌てて回避。倒れそうになった書類をそっと支えてあげると、執事は不思議そうな表情になった。


「誰かいるのか?」


 だが、私の姿が見えるわけではないから、首を傾げながらも足早に通り過ぎていった。


「ふぅ、良かった」


 ホッと息を吐く。


 私はそのまま王宮の中を進み、ある部屋の前で立ち止まった。


「〈探査(サーチ)〉」


 心の中で唱える。中には誰もいないようだ。私は思わず笑みを浮かべる。

 そして、扉をそっと開けた。


 中に入ると、そこは本棚がズラッと立ち並び、大量の本が所狭しと置かれている。


 ここは……国王、つまり私の父の書斎なのだ。


「今日は何を読もうかしら」


 私は月に数回、こっそりここに忍び込み本を読んでいた。

 この千年で起こったことや、今の国の在り様など、離宮にいるだけでは得られない知識を得るためだ。


 沢山の本を眺めながら奥へ奥へと足を進める。国王の書斎は広く、まるで図書館のようだ。


 私は、前世では王宮にあった本を全て読破したほどの本好き。唯一、今世生まれて来て良かったと思えることは、文明が発達したおかげで多種多様な本が読めることだった。


 と、そんなことを考えていると、ふとある一冊の本が目に止まった。


「何かしら、これ」


 古ぼけた一冊の本。カバーはボロボロで、背表紙のタイトルは読めない。保存魔法がかけられ汚れのない綺麗な本ばかりが立ち並ぶ中で、その本は異様な雰囲気を放っていた。


 私はなぜかその本から目が離せなかった。

 本棚からそっと抜き出して、恐る恐る開く。中もボロボロで文字が所々消えかかり、読める場所があることが奇跡なほど。


 だが、目に入って来た言葉に私は固まった。


「『聖女と呼ばれた彼女は利用されただけだった』」


 聖女……それは今も昔も、前世の私のことを指す。前世、生まれ持った膨大な魔力を用いて国に降りかかる災いを退けているうちについた私ーーティーナ・ド・ルマージュの異名。


 この千年のうちに他に聖女と呼ばれた女性がいたなんて話は見たことも聞いたこともない。


 つまり、これは私のこと……?


「利用されたってどういうこと……?」


 手が震える。指で書かれた文字をなぞりながら読みづらいその文字を追っていく。


「『彼女は……生贄として……だがそれは間違い……国王が力を手に入れるために……』 どういうこと……?」


 頭が働かない。内容が理解できない。

 とりあえず読み進める。


「『災いを鎮める方法は別にある……あの儀式は……王家の血筋に魔法が得意な者が多い理由……彼女は死ななくてよかった……』」


 ドサッ。


 思わず本を落としてしまう。全身から力が抜けて床に崩れ落ちる。

 途切れ途切れの言葉は、理解できないこともあるが明らかに一つのことを示していた。


「私が生贄になる必要はなかった……?」


 呆然とする。


「私は……国のことを、民のことを思って……」


 全てが無意味だった?


「わからない……どういう、こと……?」


 拾い上げて必死にページをめくる。文字を拾う度に、私は絶望を覚えるしかない。

 しかし、ある一文を見て手が止まった。


「『私は……陛下に詰め寄ったが……気がついたら牢獄の中……これが生贄を差し出した国王の力……私にできることは……』 詰め寄った……? もしかして……」


 ハッとする。そこに書かれている文字は確かに見覚えがあった。細くて几帳面な、少し斜めった字。


「あなた、なの……?」


 手の甲に冷たいものが落ちる。

 私はそこでようやく自分が泣いていることに気づいた。


「私がいなくなったあと、必死に戦ってくれたのね……」


 名前も思い出せない彼がこの本を書いたのだと、私はなぜか断言できた。


 最愛の人。

 かけがえのない人。


 人が千年も生きれるわけはないから、会えるわけがないと諦めていた。


 けれど……


「こんな、こんなことってっ……!」


『私は明日処刑され……やっと彼女の元に……彼女が守ろうした国を守れなかった……許してくれるだろうか……』


 続きの一文は私をさらなる絶望に突き落とすのに十分だった。


「なんであなたがっ……!」


 処刑されなければいけなかったの?


 その言葉が出ることはなかった。

 なぜなら、誰かが入ってきたからだ。


 コツン。


「あっ……」


 慌てて本を戻そうとして音がなる。入ってきた男が足を止めた雰囲気がした。


「おいっ、誰かいるのか!?」


 大きな怒鳴り声に必死に息をひそめる。いくら姿が見えないからって音は聞こえてしまうから、静かに本棚の間で固まっているしかない。


 見つかったら一巻の終わり。心臓がバクバク言っていてその音が聞こえないか心配になるほど。


「陛下? どうされましたか?」


 最初の声とは別の男の声がした。陛下……最初の声は父である国王のものだったようだ。私は国王に会ったことはない。初めて聞く声だった。


 低い声。なぜか私の肌を泡立たせた。


「誰かいた気がするのだが……気のせいか」

「お疲れなのでは?」

「いや、大丈夫だ」


 少し安心する。とりあえず彼らがここから出るまで私は出るわけにいかないから、少しでもリスクを減らすために彼らから離れようとした、その時だった。


「儀式の件、どうなっている?」

「はい、着々と進んでおります」


 儀式、という言葉に私はピタリと足を止めた。


「あやつには知らせたのか?」

「まだ、知らせていません。数日以内には知らせる予定ですが、事実をそのまま伝えれば抵抗されるかと……」

「ふむ……」


 儀式。あの本が本当なら災いを治めるのに儀式は意味がないということだ。儀式……それは国王が力を手に入れるためのもの。


 力を手に入れるためだけに、また誰かを生贄に捧げようとしている……?


「嘘を言えばいい。あやつに王女として王宮で暮らすためには儀式を行わなければならないと伝えろ。どうせあやつは聖水のことを知らない。しかも一人で寂しく過ごしていただろうから、こっちで暮らせるとなれば喜んで儀式をするだろう」


 王女……そんな……。


「なるほど。さすがでございます」

「私が力を手に入れるためには王族の誰かを生贄にしなければならないからな。せっかく厄介な存在がいるのだ。ちょうどいいだろう」


 儀式には王族の血が必要……。そして厄介者といえば私しかいない……。

 顔から血の気がサーっと引いていく。


 今世もまた生贄にされるのだろうか。


「名目はどうされますか?」

「近々災いが訪れる予兆があり、それを防ぐため、で良いだろう。民は災いを恐れる。戦争や大雨、干ばつは飢えにつながるからな。誰もが納得するだろう」

「さすがでございます。その名目で準備を進めます」

「あぁ、頼んだぞ」


 男が出ていく。一人になった国王が呟いた。


「あやつの存在はずっと疎ましかったからな。せめて最後くらい役に立ってもらわねば……」


 私の目の前は真っ暗になった。




 ***




 どうやって部屋に戻ったのか覚えていない。気がついた時、私は自室のベッドの上で寝ていた。


 テーブルの上には冷めた夕食が置かれている。

 無意識に部屋に戻り、眠っていたのだろう。カーテンも開きっぱなしで、窓から見える空は真夜中だった。


 不意に昼間のことを思い出し、涙が溢れる。


「会いたい……」


 前世で生贄になったことが意味がなかったことも辛い。今世でまた生贄になりそうなことにも受け入れ難い。


 だが、それ以上に彼が処刑された事実を、私はまだ受け止めきれていなかった。


「なんで、なんでよっ……!」


 民の幸福が私の幸福だった。王女として生まれた自分は生贄になり民を救うことこそが正しいことだと思っていた。


 だが、それでも……


「私の中で一番大事なのはあなたの笑顔だったのにっ……!」


 自分勝手なことだとわかっている。置いていった自分に言う資格がないこともわかっている。


 しかし、言わずにはいられなかった。


「私のために、あなたが処刑される必要なんてなかった! あなたには生きて欲しかった! 私の分までこの王国を見守って欲しかった!」


 何より……


「あなたには幸せになってもらいたかったのにっ……!」


 これでは私が彼の人生を壊したみたいだ。いや、みたいではなくきっと私が壊してしまったのだろう。


 あまりの事実だった。

 心が壊れていく、そんな音が聞こえてくる。


「う、うぐっ……あぁぁぁぁぁぁあ!」


 やばい、そう思う間もなかった。感情の高ぶりとともに溢れ出てきた大量の魔力が暴走し始める。


『魔法を扱う上で大切なのは感情をいかに制御できるかだ。もし感情を制御できなくなれば体の中にある魔力が暴走して飲み込まれる可能性がある』


 彼の言葉が聞こえてくる。前世で魔法を教えてくれた彼の言葉。

 しかし、感情を抑えることができない。


 暴走した魔力は部屋全体を揺らし始める。


 だからだろうか、幻聴が聞こえた気がした。


「まったく、あなたって人は……」


 若い男の声。すでに視界を奪われている私にはそれが生身の人間が発した声なのか、それとも死に際に聞いた幻の声なのか判別できない。


 だが、なぜか、懐かしいような気がした。

 と同時に魔力暴走が(おさ)まっていく。


「これで大丈夫か?」


 完全に魔力暴走が治まった時、真っ先に視界に入ったのはさっきから聞こえていた声の主であろう、金髪の青年だった。


「あ、あなたは……?」

「その前に、体は大丈夫か? 相当な量の魔力が暴走していたが……」

「だ、大丈夫です。あなたが暴走を抑えてくれたのですか?」

「あぁ。あのままだったら死んでいただろうからな」


 さらっと言われて背筋が凍る。危ないところだった。

 慌てて着ていたドレスの裾を持って頭を下げる。


「助けてくださりありがとうございます。お名前を伺っても……?」

「あぁ、俺の名はヴァール。君はティアラ王女であっているかい?」

「は、はい」


 名前を知られていることに驚く。同時に私は警戒する。助けてくれたわけだし良い人なのだろうが、名前を知られていること、それにそもそもこんな時間に訪ねてくるーー窓が開いているし窓から入ってきたのだろうーーことを不審に思わないわけがない。


 そのことに気づいてか、ヴァールは苦笑した。


「そんなに警戒しないでくれ。俺はただ、君を助けに来ただけだ」

「助けに?」

「さっきの様子だと、儀式の生贄になること、知ってしまったんだろう?」


 思わず黙る。私の魔力が暴走したのは彼の人生を壊してしまったことを知って絶望したから。だが、生贄になることを知ったのも間違いではない。


 しかし、そもそもなぜヴァールがそのことを知っているのか。


「俺は、隣国クワロン王国の者だ。我が国の間者から報告が上がってな。近々儀式が行われ、それの生贄にティアラ王女がなる、と」

「……そんなこと、私に言ってもよろしいのですか?」

「問題ないだろう? 知ったところで君にどうこうできるものではないのだから」


 睨むが、ヴァールは飄々とした態度を崩さない。悔しいことに図星だった。

 これ以上その件を追求してもしょうがない。私は気になっていることを聞くことにした。


「それで、助けにとは具体的にどういうことですか?」

「災いを治めるため、と言ってこの国は数十年に一回、ひどい時は数年に一回、儀式を行ってきた。そして今回、君を生贄として行おうとしている」

「……はい」

「だが、災いを治めるために儀式は必要ない。これは国王が力を手に入れるために行なっているということを我が国は突き止めた」

「っ!」


 驚くことしかできない。そこまで突き止めているとは、クワロン王国は相当諜報に長けているということだ。


「だから、君に一個提案があるんだ」

「……なんでしょう?」


 にこりと笑みを浮かべるヴァールに悪い予感がする。だが、私が助かるためにはその提案を聞くしかない。儀式に連れて行かれる前に逃げ出すことは可能だが、一生逃亡生活だろう。そうなるわけにはいかない。


「我が国はすでにこの国に攻め入る準備ができている」

「っ!?」

「国王を始め王宮が儀式に気を取られている間に我が国はこの国に攻め入り儀式を阻止、同時に儀式の本当の意味を民衆に知らしめ、二度とこのような儀式が起きないようにする」


 ーー手伝ってくれないか?


 思わずその力強い瞳に見入る。星空を背景に立つ彼は神秘的な美しさをまとっていた。なぜだろう、一瞬、ヴァールが彼に見えた、愛しいあの人に。


 だからだろうか、私が頷いてしまったのは。この、無謀な計画に同意してしまったのは。




 ***




 一週間後、とうとうその日が来た。


「王女様、ご案内いたします」


 侍女に案内されて王宮の中を進む私は、千年前のあの時と同じ、真っ白な衣を身に纏っていた。


 この一週間、私は儀式に関して何も知らないふりを貫いた。王宮に住むために必要な儀式、と伝えられた時も、純粋に喜んでいるふりをしてい見せた。


『俺たちは儀式が始まってから王都の外壁を突破する。王宮にたどり着くまで儀式を伸ばせ』


 なんと無茶な要求だろうか。ヴァールの言葉を思い出して顔をしかめる。


 外壁から王宮までかなりの距離がある。儀式の間は騎士団長が独自に軍を動かして王都の守りに務めるらしいから、いくら不意打ちといえどそう簡単にはここにたどり着けないだろう。


 しかも、彼は民は傷つけないとまで宣言していた。それは殺すよりも難しい。

 つまり、相当な時間儀式を伸ばさなければならないということ。


「無理言わないでほしいわ……」

「どうかされましたか?」

「い、いいえ、なんでもないわ」


 案内してくれている侍女が首を傾げて聞いてくるが、慌てて首を振る。無意識に声が漏れていたようだ。気をつけねば。


 文句を言ったって、私が生贄にならないようにするには時間を伸ばすしかない。それに、これはこの国の間違いを正す絶好の機会。逃すわけにはいかなかった。


 この国がルマージュ王国でなくなろうとも、民にとって良い国であってほしい。

 そのためには私はいくらでも頑張れる。


 強い決意とともに儀式の間に入った。



「おお、よく来た」


 最初に目に入ったのは、儀式の間の奥にある玉座に座った国王の姿。千年ぶりに入る儀式の間は、フードを被った魔法使いが並んでいるところまで全く変わっていなかった。


 国王に対しカーテシーをする。


「初めてお目にかかります、陛下。ティアラ・ド……」

「良い、堅苦しい挨拶などいらない。そなたは私の娘なのだから」


 笑みを浮かべて言い切る国王に嫌悪感が湧き上がる。娘だなんて微塵も思っていないだろうに。自分が力を手に入れるためだけに利用する相手によくそんな笑みを見せれるものだ。


 だが、そんな思いは隠し、笑みを浮かべる。


「陛下にそうおっしゃっていただき嬉しいですわ」

「あぁ」


 鷹揚に頷くと、陛下は宣言した。


「では、儀式を始めようか」


 儀式が始まった。粛々と進んでいくそれは、千年前と全く変わらず、ただ私の心持ちだけが違った。


「それでは、王女殿下。こちらの聖水の泉にお入りください」


 その時だった。


「待て!」


 扉が破られる大きな音とともに、大量の人が部屋の中になだれ込んで来た。

 私の目の前に青年が立ちはだかる。


「遅くなってすまない」

「いいえ。早かったですね」


 ヴァールだった。思った以上に早い到着に驚く。だが、それ以上に私は混乱していた。


 ヴァールが入って来たタイミングが、前世で彼が入って来たタイミングと全く同じだったからだ。


 入って来た瞬間、彼が来たのかと思った。

 だが、そんなわけないと首を振る。


「貴様ら……何者だ!」


 国王が喚く。国王は剣を持ったクワロン王国の騎士たちに囲まれていた。


「私の名前は、ヴァール・ファン・クワロン。クワロン王国の国王だ」

「なっ……なぜクワロン王国の国王がここにいる!?」


 国王が驚愕の声を上げる。それは私も同じだった。


「なぜか? そんなのこの儀式を止めるために決まっているだろう?」

「どういうことだ」

「災いを鎮めるためと言って行なっているこの儀式、これは貴様が力を得るためだろう?」

「っ!?」

「そのために王女を生贄にするという非人道的なこと、見過ごすわけにはいかない」


 国王は歯を食いしばって黙っている。ここまでバレてしまっている以上、言い返せないのだろう。


「この国はクワロン王国がしばらく面倒を見る。儀式の件を公表すれば他国も私が治めることを認めるだろう」

「く、くそっ。あと少しで力を手に入れられたのにっ……」


 国王が悔しそうな声を上げる。


「連れて行け!」

『はっ!』


 国王が連れていかれる。私は黙ってその様子を見ているしかなかった。


「この国は私の大切な人の場所だから」


 ヴァールが呟く。私は首をかしげた。


「大丈夫か?」


 国王が連れていかれると、ヴァールがようやく振り返った。


「えっ……」


 私は固まった。彼が振り返った時、そこにいたのはヴァールではなかった。


 彼だった。真っ黒な髪、金色(こんじき)に輝く瞳、優しげな眼差し。


 唐突に名前を思い出す。


「ヴァン……? ヴァン・ドゥール……?」

「ティーナ様、お久しぶりですね」


 彼が、何よりも大切な彼が笑みを浮かべてそこにいた。


「ど、どういうこと……?」

「私もこの時代に転生したのです。そしてあなたが生まれてから今日までの十五年間、陰ながら見守っておりました。すぐにお迎えに上がれず、申し訳ございません」


 深々と頭をさげる彼に呆然とする。見た目のみならず、口調までヴァールとは大違いだった。それは、彼ーーヴァンと全く同じだった。


 そのことが、私に彼が本物のヴァンであると信じさせる。


「本当に、本当にヴァンなのね……」

「はい、ティーナ様」


 以前の名を呼ばれて涙が溢れる。もう会うことはないと思っていた彼に会うことができた。それがどうしようもなく嬉しくて、私は泣きながら笑みを浮かべる。


 彼が、そっと抱きしめてくれる。その胸に顔を押し付けた。


 彼は前世のこと、転生してからのことをポツポツと語った。


 儀式が嘘のものであることに気づいて国王に詰め寄ったが、国王が儀式によって得た力に負け、投獄され、処刑されてしまったこと。

 転生してから、この儀式がまだ行われると聞いて止められるよう準備してきたことなど。


「前世は力不足であなたが生贄になるのを止められなかった。先にこの儀式の本当の姿を知っていれば、あなたを守ることができたのに……だから、この儀式を止めるまであなたには会えないと思ったのです。主を守れなかった護衛が主の前に姿を表すわけにはいきませんから。

 でも、それで長い間辛い思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした」


 聞きながら涙が溢れてきて止まらなかった。彼が私のために戦ってきたことを知って、形容しがたい感情が溢れてくる。


「ありがとう……本当にありがとう……ヴァン」

「私はっ……あなたにこうやってもう一度会えて、今までの全てが報われました」


 声を震わす彼が愛おしくてしょうがない。


「そういえば、なぜさっき姿が変わったの? それに、なぜ私がこの国に生まれたことに気づいたの?」


 疑問に持っていたことを聞く。いくらヴァンが優秀な魔法使いといえど、幽閉されていた私のことなどどこで知り得たのだろうか。


 その疑問に彼は、あぁ、と頷いて笑みを見せた。


「千年前、私は二つの魔法をかけたのです、魔法ともいえないような、稚拙なものですが。それが効果を発揮したのでしょう」

「魔法?」

「一つ目は、処刑される前に私が自分自身にかけたもので、この儀式を止めるまでこの姿に戻れなくする魔法です。さっきも言いましたがこの儀式を止めない限り、あなたに顔向けできないと思ったので。二度目の人生がありますように、と願って」


 だから、儀式を止めた瞬間姿が戻ったのね。真面目すぎる彼に思わず苦笑する。


「二つ目は?」

「それは……」


 彼が私の目を見つめる。金色の瞳は涙で濡れていた。


「あなたが生贄になる直前に、あなたにかけたのです。もし私に次の生があるなら、あなたがこの世に生を受けたときに気づく魔法です。魔法といっても効果が発揮するかわからない、祈りのようなものですが」


 私は言葉を失った。千年前から、彼が私との再会を願ってくれていたことに胸が熱くなる。


「千年の時を超えて、私の祈りがあなたに届いてよかった」


 彼が眩しいほどの笑みを浮かべる。私は思わずその笑顔に見惚れる。


 もしかしたら、私の魔法も効果を発揮したのかもしれない。水底に沈みながら祈ったことを思い出す。


『せめて来世、もう一度巡り会うことができますように……』


「ねぇ、ヴァン」

「なんでしょう?」


 彼を強く抱きしめる。


「もう、離さないわ」

「それは私のセリフですよ、ティーナ様」


 私たちはどちらからともなくキスをした。


『千年ぶりの魔法を、あなたに』



 読んでくださりありがとうございました!


 「面白かった」「感動した」「後日談が読みたい」そう思っていただけたら☆☆☆☆☆を★★★★★にしていただけると嬉しいです!


 感想、評価、お待ちしております!


 また、1月24日から異世界ファンタジーの投稿を始めました。ぜひそちらも読んでいただけると嬉しいです!


「元最強執事の迷宮攻略記〈ダンジョン・ノート〉〜転職したら悠々自適な冒険者ライフを……迎えられなかった!?〜」


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