かくれご
私も妻も俗に言う「視える人」。霊感が強く、昔は良く霊的な現象や事象に遭遇していた。これはそんな霊が「視える」夫婦の話。
【其ノ壱】妻が小学二年生ぐらいの頃の話。友達9人と「かくれんぼ」をしていた妻。鬼になって一人また一人見つけて行く。そして最後の人を見つけた時に違和感が?!かくれんぼを始めた時より人数が一人増えていて?!
【其ノ二】私が高校生時代の話。かつてはライフルの射撃場として作られ、今は廃屋が幾つも並ぶ地元では有名な心霊スポット。その廃墟の中をある日探検していると、聞こえてきたのは居るはずの無い人の声。か細く聞こえる「もう良いかい?」の声。思わずその声のする方へと振り向く私。廃墟の奥に待っていたモノとは?!
其ノ壱〖かくれご〗
あなたは【人為らざる者】の存在を信じますか?
こんな事を唐突に聞かれて直ぐに「はい」と答えられる人は少ないでしょう。でも私は迷わず「はい」と答えられます。
何故なら私は人為らざる者達が『視える』人だから。
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F県某市、そこが私の妻の生まれ故郷。山林深くにある地域の計十軒程の小さな村落。街灯も無く、夏には蛍が飛び交うと言う、良い言い方をすると自然溢れる環境で彼女は育ちました。
小学校まで片道一時間以上もかかり、当然の事ながら遊ぶとなると村落近辺。当時1970年代と言う事もあり、遊ぶと言っても小川で魚や山林で虫を採ったり、木登りしたり、自然に成っている木の実をおやつ代わりに食べたり、或いは村落の子供達で広場を中心に良くかくれんぼをしていたそうです。
その広場は一段高く丘の様になっていて、そこには一本だけ電柱がポツリと立っていて、その電柱に顔を伏せる様にして鬼が十数えていたそうです。
その当時、村落には彼女を含めて男の子四人、女の子六人の十人の子供が居たそうです。なので一人が鬼になると残りは九人、鬼はじゃんけんで一番負けた人が務め、次の鬼は一番最初に見つかった人が務め、見つけられた人は鬼が全員を見つけるまで広場で待機していたそうです。その辺は他の地域のかくれんぼと大差ありません。
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「よーいドン! いーち、にー、さーん、しー、ごー……」
その日もいつもと変わらずかくれんぼとなり、その日の鬼になった千鶴子(私の妻:仮名)が電柱に寄り掛かる様に顔を伏せると、ゆっくりと数を数え始めました。
何故かその日に限り千鶴子はじゃんけんであっさり負けたそうです。しかも九人全員がグーで千鶴子ひとりだけチョキと言う大差で。
「……はーち、くー、じゅー! それじゃあ行くよぉ!」
十数え終わった千鶴子が動き始めます。ゆっくりとは言え、僅か十数える間に皆んな結構広場から離れてあちこちに隠れています。
あちこちの家には薪小屋に物置小屋があったり、空き地には土管が何本か置かれていたりもします。皆んなそう言う所の中に隠れたり、或いはあちこちの家の影に隠れたり、中には村落の端まで行って、木の影に隠れている子もいました。
しかも常に移動して一箇所には留まる事をしません。特に男の子はそうしたのが上手かった話を聞くと、まるで忍者か何処かの軍の特殊部隊に思えるのは私だけでしょうか? 逆に女の子は一箇所に留まる子が多かったらしいです。
鬼である千鶴子も辺りに注意を払いながら、隠れていそうな場所に当たりを付けてどんどんと確認していきます。そして
「○○ちゃん、見っけッ!」
「あーあっ、見つかっちゃたァ」
一人また一人と薪小屋や物置小屋、家の影や土管から先ずは女の子を見つけていきます。此方もまるで忍者か特殊部隊みたいです。
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「あっ! ○○がいたッ!」
「ちきしょー! バレちゃった!」
五人の女の子を見つけると今度は四人の男の子達を見つけて行く千鶴子。そうして村落内を逃げ回る男の子達も千鶴子は次々と見つけて行きます。
やがて残りの男の子を捜している千鶴子の目に空き地の土管が映りました。何の気なしに覗くと、土管の中で蹲っている女の子の姿が?!
(あれっ? 女の子は皆んな見つけたはずなのに?)
その時千鶴子はちょっとだけ疑問に思ったらしいのですが、友達の誰かだろうと思い
「あっ! 見つけたァ!」
そう声を掛けたそうです。その子は千鶴子に見つかると何も言わずに土管から出てきたそうです。
「それじゃあ向こうの広場に行って待っててッ!」
見つけた女の子に千鶴子はそう声を掛けると、そのまま見つかっていない男の子を見つけに向かったそうです。
当時の千鶴子は女の子ながら所謂村落のガキ大将で、男の子はパシリだったと言うくらい、良く言うと行動力がある女の子だったらしいのでした。
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やがて最後の子も見つけて、皆んなが集まっている広場に向かう千鶴子。最後に広場で集まっている友達の人数を確認しなくてはいけません。何故ならもし人数が足りなかったら、誰か見つけ損ねているかも知れないからです。
やがて広場に着いた千鶴子はそこに居た友達を並ばせて数を数えます。その結果は──十人。おわかりいただけますか? このかくれんぼは鬼の千鶴子を除くと遊んでいた友達は九人が正解なのです。千鶴子は二回数え直したそうです。ですが二回数えても友達の数は十人です。軽くパニックになった千鶴子は別の子に数えてもらいました。ところがその子が数えると人数は九人だったのです。
「千鶴子ちゃん、皆んなで九人だよ? 数え間違えたんじゃないの?」
「そんな事ないよ! ちゃんと十人いたもん!」
友達に言われてムキになって数え直す千鶴子。するとやはり人数は十人です。
「ほらっ! やっぱり十人いる!」
「千鶴子ちゃん、私達以外に誰がいるの?」
「おかっぱ頭の女の子!」
「そんな子、どこにもいないよ?」
「そんな事ないって! だってほらっ、あそこに──」
そう言って列の端を指差す千鶴子。ですがそこには「おかっぱ頭の女の子」はおろか、誰も居なかったのです。
「あれっ?! いないッ!」
千鶴子は大慌てになって皆んなに声を掛けて突然消えた「おかっぱ頭の女の子」を捜しました。ですが何処を捜して見てもどこにもいません。それが千鶴子を余計に慌てさせたのです。
*****
そのうちに夕暮れとなり友達が一人また一人と家に帰って行きます。それでも最後まで探し続ける千鶴子。
やがて陽が西の山に隠れ始め、辺りが薄暗くなった頃、ふと千鶴子は最初に「おかっぱ頭の女の子」を見つけた土管を覗き込みました。そこには──
「いたッ!」
そうです。あれだけ捜しても見つからなかった女の子がしゃがみこんでいたのです。その時千鶴子はその子の顔と服装をはっきりと見たそうです。
そのおかっぱ頭の女の子の顔面は右半分がケロイド状に焼けただれ、上着は粗末な服、下は所謂もんぺを履いていて、足元は素足に草履を履いていたそうです。
そのおかっぱ頭の女の子は千鶴子と目が合うと、にっこりと笑ってその姿が掻き消えたそうです。
千鶴子が次に気が付いたのは自分の家の前、どうやって自分の家に戻って来たのか今でも分からないそうです。
私がこの話を聞いたのは結婚してからです。実は彼女も私と同じ『視える』人だったのです。妻はこの話を暫く忘れていたそうですが、私が『視える』人と知ってから不意に思い出したらしいです。
今から考えると「おかっぱ頭の女の子」は第二次世界大戦の戦禍で亡くなった女の子なのかも知れません。
最後に妻に見せた笑顔は、きっと一緒に遊んでくれて、自分を一生懸命に捜してくれた妻に感謝して成仏したのだと思いたいです。
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其ノ二〖モウ、イイカイ?〗
この話は私が高校生時代の話。
私はS県S市に小学四年生の頃から移り住んでいますが、ここの隣りのH市にかつては競技用ライフルの射撃場だった広大な廃墟がありました。
高校生となり原付バイクの免許を取得した私は、休日に買ったばかりの原付バイクであちらこちらを走り回り、その廃墟に偶然たどり着いたのでした。でも今から思うとそれは偶然では無かったのかも知れません。
それ以来、休日の度に良くそこを訪れては、「探検」と称して廃墟のあちこちを探索する様になったのでした。
本来ならそうした所には自ら好んで近付かないのですが、その時は新しい原付バイクを手に入れたある種の高揚感からか、奥深くまでに足を踏み入れていたのです。
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「良し、今日は何処を「探検」しようかッ?」
真新しい原付バイクを建物脇にある自動販売機の隣りに停めた私は、ハーフキャップヘルメットをヘルメットホルダーに留めてから独り言ちます。
その射撃場跡の廃墟には広大な駐車場が併設されていて、廃墟と化しても尚、何台かの大型トラックがいつも休息の為に停まっていました。その為か廃墟の前には自動販売機が何台も置かれていたのでした。
季節は春から初夏へと向かっている五月頃だったと記憶しています。その日はやや薄曇りではありましたが、割と日差しがあった事を覚えています。
いつもと同じ様に廃墟に足を踏み入れる私。もう何度も見て来てすっかり見慣れた光景が目の前に広がります。それでもそこが自分の秘密基地であるかの様な高揚感と、ちょっとだけのスリリングな気分が綯い交じり、それで更にテンションが上がっていきます。
「よぉし、今日は彼処に行ってみるかッ」
広大な射撃場跡をひと通り見て回った私は高いテンションのまま、射撃場に併設されているひとつの廃墟へと足を向けるのでした。
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そこはかつてはレストハウスか何かだったらしいのですが、この廃墟群の中でも荒れ具合が群を抜いて激しく建物の外壁が辛うじて原型を留めている有様でした。
私も十何回と廃墟に通っていても、そこは片手で余るぐらいしか入っていませんでした。
それは何故かと言うと、その廃墟からは本能的に凄く嫌な感じがしていたからなのです。例え外が快晴でもその廃墟の所だけは薄暗く、そこにぽっかりと暗い「穴」が開いている──そんな感じがしていて、覗き見た内部は空気が澱んでいる様な、いつも近寄りがたい雰囲気を醸し出している場所なのでした。
ですがその日に限り、私はその「穴」の奥深くへと足を踏み入れてしまったのです。
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かつては大きな扉があったと思われる入口から中に踏み入る私。実はその横には大きな窓があります。多分はめ殺しの縦横180cmの採光用の大きな窓と思われるのが二面、とうの昔にその大きなガラスは粉々に割られ、大きく口を開けていてます。そこから差し込む光に照らし出された廃墟の内部は惨憺たる状況でした。
中は荒れ放題、置かれていたであろうテーブルやカウンターは完全に破壊され、私みたいに入り込んだ誰かが持ち込んだ雑誌や菓子パンや菓子の空き袋や空き缶などのゴミが堆く積まれ、壁一面には落書きが無秩序に描かれ、何箇所かで火を着けた跡も見受けられました。
それ等を踏み締め、或いは上手に避けながら奥に進む私。差し込む光が届かない廃墟の奥には仄暗い闇が広がっています。今までなら光が届く範囲を見てはそのまま外に出ていた私ですが、その時はテンションも上がっていた事もあり、その仄暗い闇に向かって歩を進めたのでした。
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辛うじて足元が見える程度の闇の中を注意を払いながら奥へ奥へと進む私。進むに連れて徐々にテンションは下がり、逆に不安が頭を過ります。ここに不用意に来たのは間違いでは無かったか? でも私の足は止まりません。何かに惹き付けられるみたいに歩を進めます。徐々に背中に冷たい汗を掻き始めるのを感じます。
(引き返そう!)
そう頭の中では思っているのに足は止まらず、どんどんと廃墟の奥へと進んで行きます。
(やばいッ!)
そう思った瞬間、背中に猛烈に冷たいものが走ります! 悪寒を通り越して凄まじい寒さが身体を包みます! 五月の筈なのに自分の吐く息が微かに白くなっているのが見えます! それは間違いなく霊的な何かがそこに居ると言う事に他なりません!
(やばいやばいやばいやばいやばいッ!!)
もう私はパニック状態、何とかして戻らなくては、と思った瞬間! 不意に足が自由になったのです。何が起きているか、兎に角一刻も早く外に出よう! そう思い後ろを振り向くと
『……もういいかい……』
背を向けた闇の方から声が聞こえます。その声に思わず闇に振り返る私の目に映ったのは、闇の向こうに向かってしゃがみ込んでいる白い小さな人影。その人影を見た瞬間、私の身体に戦慄が走ります。目の前の野球帽をかぶった白い男の子の影が、此方に背を向けたまま
『……もういいかい……?』
もう一度そう呟くと、身体を前後に揺らし始めます。その動きは徐々に激しくなり、そして不意に頭がガクリと後ろに倒れると、ひっくり返った顔が私を見て一言
『みぃつけたァァァァァーーーッ』
真っ白い血の気が無い顔がニタリとおぞましい笑みを浮かべました。
「ッッッーーーーー!?!」
私は声にならない声を上げると一目散にそこから駆け出し、途中のゴミに何度も足を取られながらも、何とか入って来た入口から外に出る事が出来たのです。
そしてそのまま原付バイクの所まで行くと震える手でヘルメットを被り、エンジンを掛けるとその場を後にしたのでした。
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それからもう、そのレストハウスの廃墟に近付く事はせず、やがてその廃墟群からも足が遠のいたのです。
あとから聞いた話ですが、そこはH市では割と有名な心霊スポットだったそうです。
私が見た白い男の子は一体何だったのか、今でも分かりません。
ただこの出来事が切っ掛けとなり、私は明確に【人為らざる者】を視認出来る『視える』人となったのです。
ーENDー