婚約破棄は入学式で
「俺はお前“たち”との婚約を破棄する!」
第一王子の台詞は王立魔法学園の卒業式、ではなく入学式で響き渡った。
私、アマリリス家名なし15歳は新入生の一人。テンプレ前世の記憶持ちで、乙女ゲームヒロインへの転生者だ。
でもって今、入学式で起きた婚約破棄をモブとして見物している。
いいえ、最大の問題は婚約破棄なんかじゃないわ。
下手すりゃ国が真っ二つどころでなく荒れるの確定じゃない!
庶民で特待生の私がここにいるのは、日本なら中学校に当たる領立学園の魔法科で良い成績を修めたからだ。
中学相当とはいっても、国による義務教育ではない。諸侯が人材発掘のため、独自に定めて領民に施している。
領主たちによる学校だから、公立でも私立でもなく領立ってね。江戸時代の藩校みたいなものかしら。
で、その人材がある程度育ったところで、王家が王都に設立した魔法学園が、「王家と国を支えてくれる、優秀な人材を送り出してほしい」と要請。
領主たちはそれに応えて、貴族庶民を問わずに有望な若者を王都に送り出し、王家や他の貴族たちへの影響力を保持する。
そのためにもより優秀な人材を、と領立学園に力を入れるというWin-Win好循環が発生するのだ。上手くいけばだけど。
そんな王立魔法学園に、今年は二人の王子が入学する。
武芸に秀でた、たくましく明るい第一王子、グラン様。母親はレッド公爵家ご出身で、通称を赤の王妃。
魔法に秀でた、細身で物憂げな雰囲気の第二王子、モノン様。母親はホワイト侯爵家ご出身で、通称を白の王妃。
同い年で母王妃たちの家格もあまり差がない彼らは、まだ王太子の指名を受けていない。宮廷は水面下で王位争い中らしい。
当然二人とも乙女ゲームでは攻略対象だ。陛下によく似て整った顔と、綺麗な金髪碧眼。パッと見て違うのは表情と体格くらいかな。
第一王子グランのルートは婚約者の悪役令嬢による学園の腐敗を調査し、婚約破棄して成敗という超テンプレ。
第二王子モノンのルートでは、執拗にモノンを暗殺しようとする赤の王妃を失脚させる。
どちらもヒロインは王妃になる。
いや、私はヒロインそのままじゃないので、無理です無理!
高給取りの魔法使いになりたいから入学しただけです!
お友だちエンドを目指して、政治闘争には関わりたくない!
私は故郷にUターンするんだ!
と、思っていたんだけど。
「冷静になれ、モノン!儂の決めた婚約をなんじゃと思うて」
「ははっ、父上、いや陛下。とっくに政略なんて破綻してますよ。モノンとしての婚約も、グランとしての婚約も、どっちも成り立ちやしない」
満15歳を迎えた子供は、属性解放の儀式がある。
魔力自体は生命力の一種で誰もが持っているし、もっと子供の頃から使えるんだけど、魔力量が一定以上になると、枝分かれするように魔力に「色」が生まれる。それが属性。
ところが幼い子供の身体に、属性はかなりの負担になるのだ。
炎属性が強いと高熱が出たり、氷属性が強いと低体温症になったり。
植物属性の子供が、花束をかかえたはずみに魔力も生命力も吸われて死亡したという事故もあったらしい。
だから王国民は生まれてすぐに属性封印が施され、満15歳を迎えたら解放の儀式をする。
普通は地元の神殿で行われるけれど、王立魔法学園の生徒は王家が招聘した形になるから、特別に庶民も王宮で属性解放を受けるのだ。
今年はさらに第一王子と第二王子が揃って入学するから、王族や大勢の貴族が見届けに来た。
順番によるマウント合戦への対策か、第一王子と第二王子は同時に属性を解放された。
ゲーム通りなら二人とも王家に伝わる光属性のはずだった。
「!!!!!!??????」
その場にいた全員の空気が凍った。
特に王妃様たちは解凍したかと思ったら、ワナワナ震えて扇を落っことしちゃった。でもそりゃ動揺するよ。
赤の王妃様のレッド公爵家は、炎属性の名門。
白の王妃様のホワイト家侯爵は、氷属性の名門。
でも今、赤の王妃様の息子のグラン様は全身に吹雪をまとってて。
白の王妃様の息子のモノン様は、手のひらから渦巻く炎を見つめていた。
おかしい。
属性って、必ず親のどちらかの属性が子供に発現するんだよね。魔力量が多い王族や貴族だと、訓練次第で両親や祖父母の属性も発現して、複数属性になる人もいる。
でも突然変異はかなり発生しづらいの。
そして解放された時に魔法陣が読み込んだ波長が、潜在的に受け継いだ属性も記録する。
魔力的な遺伝子検査になるんだ。
国家の一大事を目撃してしまった私たち新入生は、このまま野放しにされるはずもなく待機だよ。生きて帰れるのかなー。
騒然とする中、大慌てで神官や魔法使いたちが魔法陣を読み解いた。
結果わかった、予感はしていたけど衝撃の事実。
第一王子グラン様と、第二王子モノン様は、どういうわけか入れ替えられて育っていた。
陛下も王妃様たちもご実家も、知らなかったみたいで蒼白だ。
二人とも陛下そっくりだから、小さい頃だと見分けがつかなかったんだろうな。
ややこしいから頭の中では今までのお名前通り、第一王子モノン様と、第二王子グラン様って呼ぼう。
「わ、わたくしの…」
特に顔色が悪いのは赤の王妃様だ。乙女ゲームの通りなら、我が子を王位に就けるために、モノン様を執拗に暗殺しようとしていたはず。
そのモノン様こそ、本当は自分の子だったなんて。
「モノンは弟でなく兄だったのか!」
一番落ち着いてるというか、マイペースなのがグラン様。
元からグラン様もモノン様も、王位争いとか乗り気じゃいないって有名だったもんな。周りが勝手に御輿にしようとしてるの。
特にグラン様は冒険者志望だと公言してたし。
「で、殿下」
あっれれー?
モノン様に婚約者のご令嬢が話しかけているけど、不仲で有名でしたよね。王位争いにやる気のないモノン様に苛立ってるとか。
妙に目がギラギラしてる。
入れ替えられていたなら、モノン様こそ第一王子。そしてグラン様に野心はなし。
長子相続なら、モノン様が王太子になるはず。
さらに魔法に秀でている分、魔力量ではグラン様より上。いずれ王家の光属性にも目覚めるだろう。
実母の赤の王妃も、わずかだが家格が上。
気づいたグラン様の婚約者が、「お待ちなさい、わたくしこそが第一王子の婚約者」と悪役令嬢同士のキャットファイトを始めた。
ここでモノン様が、やったらキレーに笑って冒頭の台詞を叫んだ。
「俺はお前“たち”との婚約を破棄する!」
よっぽど鬱憤が溜まってたのね。物憂げで細身な王子サマが、一気にヤンキーな雰囲気になってるよ。
陛下は慌てて殿下をたしなめたけど、政略なんて破綻してるっていうモノン様の言葉は当たっている。
赤の王妃派閥は、武に秀でたグラン様を擁するため騎士団の掌握に力を入れた。
白の王妃派閥は、魔法に秀でたモノン様のために魔法師団を。
それがひっくり返ったんだもの。
血筋による忠誠や、家同士の利害関係が全部メチャクチャだよ。
このドサクサに婚約者を二人とも遠ざけるのは……政治的にはどうなんだろ?
すでに悪役ムーブしてるのを、まとめて片付けたい気持ちはわかるけど。
これからこの国、どうなるんだろ。
ゲーム開始より前に、王子たちが取り替えられていた件。